413. イオライセオダ~4日目の午後と夜営
その後は自由時間。ボジェナに連れて行かれたイーアンは戻らないので、剣の注文を終えた面々と総長、職人で金額の確認と納期の確認。それが済むと、騎士たちを解放する。
「総長。総長も昼飯にでも行くと良い」
「俺は正直。どう行動するべきか答えが出ない。うっかりここを出て、イーアンがここに戻っても嫌だし」
「そうか。だがうちで待っていても、俺と二人だぞ。そっちのが嫌だろ」
ぐぬうっ。唸るドルドレン。コイツどこまでも。ドルドレンが眉間にシワを寄せたその時。一旦出て行ったギアッチがちょっと戻って、タンクラッドの家の扉を叩き、鍵が下りていないと分かってそっと開ける。『総長。お昼一緒に食べましょうよ』仕事中だから、と言う。
仕事。それを言われると総長の立場ではどうにも抗えないドルドレン(※お母さん譲りの真面目)・・・・・ ふんふん半泣きになりながら、ギアッチと子供に両手を引かれてタンクラッドの工房を後にした。
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タンクラッドはウソっぽい同情的な表情で手を振る。『じゃあな。美味しく食べろよ』ハハハと笑って扉を閉じ、一人になった工房を見る。
「イーアンは帰ってこないな。あれからもう2時間近いが。約束って何だったのか」
イーアンが側にいるのに、昼は一人かと寂しいタンクラッド。燻製はまだあるから、それを食べて、後ちょっと何か摘まんで。やれやれと台所へ向かう。
食材を出して軽く料理して。そんなことをしながら総長の怒りっぷりを思い出して、少し笑う。意地悪し過ぎたかと反省(※一瞬)。『本当に総長はイーアンを愛して』仕方ないな、と笑いながら鍋を振るう職人。
自分が総長の人柄も好きだと分かっている。彼は負けず嫌いでもない。ちゃんと勝負に向き合って戦う男は、度量の鍛え甲斐がある。『まだ若いからな』年の離れた弟のような感覚で、タンクラッドは捉えている。
大好きで愛した女の。先にその女を手に入れた、自分の弟のように。どうにもならない相手2人との解釈。自分が先に会っていればと何度も思うが、そんなことはひっくり返るわけもない。取り上げるわけにも行かない。二人が悲しむことは出来ない。
「参ったな」
呟いて、炒めた食材を皿に移す。そのうち。旅に出たら総長と腹でも割って。そうして話せるのかなと思いながら、一人昼食を始めた。
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ボジェナは感激。お母さんも感激。二人でイーアンを同時に抱き締めて『イーアンうちに住めば』と誘う。イーアンは丁重にお断りして、キッシュで喜んで頂けるなんて本望、と笑顔満載。
キッシュと同じような料理は、ハイザンジェルにちゃんとある。別地域出身の騎士の人が話していた。だが発祥地域が限定される料理は、常にそれほど国内で一般的ではないようだった。この辺りはインターネットや図書の情報影響がない世界だからかしら、とイーアンは思う。
女3人で焼き上がったキッシュを試食して(※試食は一台分)美味しさに悶える。『これにあの木の実入れたら』『この油にあの獣脂も良いかも』『豆が種類あっても良くない?切り口が綺麗かも』『もっとたくさん焼けば良かった』ボジェナ母子はうんうん呻きながら、キッシュにどんな改良を加えようかと。オリジナリティを目指して案を出し合う。
「これ。2切れ頂いても宜しい?お代はお支払いするから」
イーアンは伴侶とタンクラッドを待たせていると思って、一緒に作った4台のキッシュを指差して(※内1台は既に試食中)2切れを交渉。この食材はボジェナ宅のもの。お代を言うのは失礼か普通か、分からないので一応訊ねる。
ボジェナは慌てて立ち上がってイーアンの両腕を掴み『やだ、お金なんか要らないわ。1台持っていって』と許可。お母さんもイーアンに頷いて『タンクラッドさんの所に持ってくのでしょ。待ってて、包むから』そう言って急いで布を用意してくれた。
有難く頂戴して、イーアンは自分が来る時にまた何か持ってくると伝え、玄関で挨拶。二人に抱き締められ、頬にちゅーっとされた後、お母さんに『また早く来い』と真剣に脅迫された(※そう見えた)。
お母さんは家にいるから、時間が余っている(※暇)。イーアンの味は好きだと熱心に伝え(※料理研究&お父さんに誉められ料理を増やすため)一緒に作る時間を作って、次も早く来るようにと念を押す。
手厚い歓待にお礼を言って手を振り、嬉しいイーアンは作りたてのキッシュを持ってタンクラッドの工房へ向かった。
タンクラッドの工房にすぐ着いて、ドルドレンもタンクラッドも一緒にお昼食べたかしらと(※んなわけない)思いつつノックする。一回目で戸が開いて、タンクラッドが天にも昇るような笑顔で迎えてくれた。
「イーアン。迎えに行こうと」
「遅くなったかしら。でもこれを焼きました。ボジェナとの約束でした」
そう言いながら、中に通されたイーアンは食卓の上に包みを広げ、タンクラッドに焼き立てのキッシュを見せた。『美味しいって喜んで下さいました』それで一台頂いてねと言うと。剣職人は真顔になってイーアンを鳶色の瞳で見つめる。
そーっと腕を伸ばし、イーアンを抱き寄せて『お前は。いつもどうしてそう優しいのか』呟いて頭を撫でた。イーアンもちょっと抱き返して『まだ温かいの。どうぞお食べ下さい』と促した。
キッシュを切ろうとしたイーアンが『ドルドレンは』と聞く前に、タンクラッドは少しすまなそうに『切るのは待て』と止めた。
「総長はお前を待っていた。部下が迎えに来て、仕事だから一緒に昼食をと。だからここに戻るまで」
優しいタンクラッドにイーアンは嬉しくなる。そっと近づいて、ぴとっ、とくっ付き『優しいですね。有難う』と囁いた。タンクラッドはそんなつもりじゃなかったから、とっても得した気分。正直者には福があると心に刻む。可愛い愛犬を丁寧にナデナデした。
それからイーアンはドルドレンを探しに行き、タンクラッドが目星を付けた飲食店を見て発見してから、伴侶を連れて工房へ戻った。
「ボジェナが。そうだったのか。タンクラッドは俺を待てと。そうか・・・・・ 」
「お食事すぐでお腹が空いていないかも知れませんけれど。でも美味しいから一口でも食べて頂ければ」
「勿論だ。全部食べれる」
二人は笑いながら工房へ急いで、タンクラッドと一緒に3人で仲良くキッシュを食べた(?)。タンクラッドは良いことした気分。ドルドレンはちょっと嬉しい気分。イーアンは二人が少し近づいてホッとする。キッシュは思い出の一歩への架け橋となった。
「美味い。これはボジェナもかみさんも喜ぶな。セルメのかみさんは、北の方の出と聞いたことがあるが。魚を使うとセルメが自慢していたな。このイオライセオダで、魚をわざわざ買うくらいだから、きっと料理にこだわるんだろう」
「そうなのですか。彼女はとてもたくさんの料理を知っていました。この料理も試食して、すぐに他の材料を試したがっていたので、きっと新しく自分の料理に加えるかもしれません」
タンクラッドが教えてくれた、ボジェナのお母さんの話を聞き、イーアンは彼女たちが喜んでくれたことと、また一緒に料理をする約束をしたことを話した。
ドルドレンはそれは何となく理解できた。イーアンの料理は違う印象があるからかなと。
「イーアン。イーアンの料理は昔いた世界の、でも君の母国の料理ではないんだよな?確か」
伴侶に質問されて、イーアンはそうだと答える。『人口が多い世界と聞いているが、国も多かったんだろう?その分、食材も調理も異なるわけで。イーアンはどれくらいの料理を覚えてるのだ』海も山も関係なく、なんでも料理してる気がする、と伴侶は言う。
タンクラッドもちょっと思い出して『総長の言葉をなぞると。俺も思い当たる。アイエラダハッドの商人も驚いていたし、南の肉屋も気にしていたよな。イーアンは色んな地域にいたのか』市場での会話を思い出して訊ねる。
うーん、とイーアンは唸る。あまり意識して覚えたわけではないし、好きな料理は似通うので、自然に覚えて忘れていないだけ。
それを伝えてから、一生懸命を思い出し『昔いた世界は。国の数が195だか、196だかあったような資料を見たなぁ』と呟いた。聞いた瞬間、同じ反応をした二人は『どれだけ広い世界だったんだ』と本気でびっくりしていた。
「小さい国もたくさんあります。大国もありますけれど。でも私は、外国へ出かけて、料理を覚えたりじゃなかったのです。私の場合は、私の住んでいる国に来ていた、外国の人が教えてくれたので、それで覚えて」
ご家族の食事に呼ばれることも多かったし、移民の集う地域に暮らしていたから、と付け足す。それで好きになった料理は今も作れることと、この世界にも近いものは幾らもあるから、通常の料理を繰り返していると説明した。
「そうなのか。まだまだ食べ甲斐がありそうな話しだな」
剣職人が途方に暮れたように呟く。伴侶はジロッと職人を見たものの、イーアンに視線を戻して『そりゃ確かに。食材やら扱いやら。あれこれ詳しいのも判る気がする』と笑った。
それからキッシュを食べ終わり(※男二人が8割食べた)、タンクラッドはイーアンに、シャンガマックの剣の話と、フォラヴの武器について彼を知人の職人に紹介することを伝えた。
イーアンはそれを了承し、いよいよ装備を整える段階に来たなと意識した。剣と盾、次に鎧を揃えて、自分たちの装備を固めねばいけない。
そんなことを考えていると、タンクラッドが徐に台所を見ていることに気がついた。イーアンがちらっと職人を見ると、彼は振り向いて『いや。今日の夜の食事を考えていた』と。
「芋を大量に買ってある。以前お前が作った、芋と肉を挟んだ、ほら野菜で煮込んだあれ。どうやって作ったかなと思い出した」
ドルドレンは確信犯の誘いに敏感に反応する。さっと剣職人を見たが、それは外したと気付く。剣職人は本当にそう思っていたように、どうだったかなと呟いて立ち上がって台所へ行ってしまった。
「イーアン。料理教えるのか」
ぼそっと愛妻に訊ねると、本当は教えてあげたいイーアンはもじもじして、でも伴侶の気持ちも大事だし、うーんうーん言いながら首を傾げている。
これがイーアンなんだよなと、理解しているドルドレンは(※良い旦那)『行って、教えてあげなさい』と促した。自分も見張るため、一緒に台所へ行く。
こうしてなぜか。男二人が台所にいる状態で、イーアンは午後、料理教室を開催することになり(※一人は受講生・一人は監視)結局、教えながら料理をして、味見もしてと。夕方になる頃、タンクラッドの夕食は完成した。
何だか不思議な午後の時間に、ちょっと機嫌を良くしたタンクラッドは、料理中、『自分の大剣がイオライの岩山の上で反応していた』ことを話してくれた。ドルドレンもイーアンも、その話に興味が湧いて、大人しく聞いていた。
ミンティンでアオファを迎えに行く時、谷と山脈の穴の上を通った際に、剣がガチャガチャ鞘の中で揺れていたという。柄頭の黒い石は、柔らかな赤い光を中で光らせ、谷に近づくにつれて、光ははっきりしていた。それを伝えると、イーアンは驚いていた。ドルドレンは何か考えているらしかった。
「タンクラッドの柄頭に入った黒い石。俺たちが剣で焼いた、あの」
「そうだと思います。全く同じか分かりませんが。きっとあれが魔物の王の目の代わりです」
「じゃ。あそこに魔王がいたのか」
ドルドレンの言葉に、タンクラッドは小さく首を振る。『違うだろう。そいつの気配が強く出ていたという意味かもしれない』そこにいないにしても、と教えた。
味見を食べながら、3人は剣の話をちょっとして、もう夕方と気がついて2人はお暇する。すっかり半日一緒に過ごしてしまったドルドレンとタンクラッド。
ドルドレンは咳払いをして、戸口で一言『邪魔したな。では剣を頼む』と総長らしく言う。タンクラッドは少し馬鹿にしたように笑みを浮かべ『もうちょっと礼を言えるようになれ』そう助言した。
イーアンは苦笑いして、目の据わる伴侶を外へ押し出し、中を振り返ってタンクラッドにお礼を伝えた。
「そうだ。イーアン。知り合いの職人に会う予定を立ててくれ。遠征で疲れているだろうが、あっちも大人しい人間ではない。動き回っているから行ける時に掴まえないと」
「工房の言葉が出てこないな。そう言えば。その男は工房は営んでいないのか」
「工房持ちだけが職人ではないぞ、総長。縛られるのが嫌いなやつもいる。場所に縛られたくない自由な人物だ。いや・・・場所だけじゃないかな」
ちょっと思い出したように笑うタンクラッドは、不思議そうな顔をする二人に『そういうことだから』と笑顔を向ける。『早めにあっちに頼みに行くぞ』とイーアンに予定を任せた。
剣職人の工房を後にして、二人は野営地へ向かう。壁の向こうに煙が上がるのを見つけ、ドルドレンは野営地は本当に町の外すぐだと教えた。
「宿泊する者も以前はいたけど。最近は楽しいのか、別行動する者はいなくなった」
「全体遠征でも。町で宿泊する騎士がいたのですか?」
「うん。精神的にも追い詰められるからだろう。俺は一人で動く時くらいしかなかったが、全体遠征でも個人行動をしたがる者はいる。それが最近は」
ちらっと愛妻を見て微笑む総長。『イーアンがいるからかもな』そう笑った。皆、イーアンを慕っているよと教える。イーアンは嬉しそうに微笑んで首を振り、『あなたが良い総長だから』愛されているのと答えた。
そんな話をしながら野営地に入り、イーアンは夕食を手伝う。ドルドレンも焚き火の側でそれを見守っていた。
明日は支部に戻って、報告会議と慰労会と。その後は休みがあれば休んで、それですぐまた仕事だなと考える。
忙しいが、運命がどんどん加速しているのが伝わってくる。星の輝き始める夜の青さに、自分の行き先を思うドルドレン。大ッ嫌いな剣職人の家に、なぜ俺は半日もいたのかなと今更可笑しくなる。これからも大ッ嫌いなんだろう。でもどこかで、認めているのも分かる。
ふと、目の端にオーリンが映った。コーニスの弓を見てやっているらしかった。『あいつも。気になるんだよな』誰にも聞き取れないくらいの小声で呟く。名前が違うから、旅の仲間じゃないのだろうが。
何となし。イーアンと似ている気がするオーリン。見た目ではなく、態度でもなく。言葉にしがたい何かが、見えない波を寄せている。何が似ているのか、全く分からない。
「あいつは。不思議なヤツだ。冗談をよく言って、大体笑っていて、時折突然に鋭い目つきに変わる」
両目が揃ったと思ったら、片目の時よりも迫力が出た。鈍そうなのに、気がつくと一番大事な部分に入り込んでいる。普段をわざと振舞っているようにも思えない。
素と仮面が混ざっているような・・・ひび割れだらけの笑う仮面をつけて、ひびの隙間から覗く本当の顔をちらつかせて生きているのか。だとすれば、なぜ。
ドルドレンが焚き火の側でぼんやりしていると、イーアンが呼んで食事にしましょうと言う。全員に声をかけて、夕食を配給。騎士たちは、大仕事後の夜営4日目をのんびり過ごした。
お読み頂き有難うございます。




