410. イオライの岩山~実戦指導後半
ギアッチが軍師となって、全体に指示を出す。
「ではね。1班の騎士は皆、魔物を見下ろせる高さへ移動して下さい」
総長の横でギアッチが指示し、1班の剣隊は動く。『用意は良いですか。じゃあ、誰が良いかな。ビッカーテかな、一番命中率高いのは。ビッカーテ、一頭獲って下さい』ギアッチ先生が弓の名手を指名して、用意させた矢を放つようにお願いする。
「どれでも良いんですよね」
ビッカーテは一番射掛けやすそうな、表面に動いている一頭に矢を放つ。ブズッと刺さり、綱の付いた矢が引き戻され、のたうち回る魔物が釣り上げられた。
3mくらいのぶっとい派手なのが、ブンブン体を回して鏃に抵抗している。ギアッチはじっとそれを見て。『こりゃ大きいね』と魚屋のおじさんみたいな一言を呟く。
「ではね。先ほど言ったみたいに、まずちょっと詳しく観察しますよ。でもどうすれば良いかなぁ。動いてるから・・・イーアンはいないし(←いたら、やらせるつもり)。うっかり感電したら危ないしねぇ」
のんびりした先生は、騎士たちにとりあえずお預けを言い渡し、横の総長を見上げて『あのね。総長あれちょっと割って下さい。死んでからで良いんですけど』さらっと総長にお任せする。嫌そうな顔の総長。『あれ。痺れるんじゃないのか。イーアンが言ってただろう』イヤイヤしている。
「だから死んだらですって。どうすりゃ早く死ぬのか。聞かなかったなぁ。早めに死んでくれると良いですけどね」こっちの時間もあるしねぇと。暢気に死ね死ね言う先生。イーアンに感化されてきたと総長は思う。
「何かないのか。酸とか。飛び散らないであれが死にそうな道具。俺たちも飛び散りたくない(※ガス石は止めろ)」
総長の弱気な発言に、先生は仕方ないなぁと馬車へ戻り、イーアンの荷物を探る。そして戻ってきて、『これかな。黒い液体で、臭いがこの前のと似てるから』そう言って、容器を持って魔物へ近づいた。
これは酸ですよ、きっと。適当なことを説明しながら、ギアッチ先生は容器を傾けて、魔物の頭にちょっと振りかける。と同時に、魔物が大暴れして先生は飛び退く(※他の人が盾)。魔物の頭からぶすぶすと煙が立った。
バタバタしながら暫くして動きが止まる。先生は他の騎士の影に隠れて見守り『うん。死んだかな』と頷いた。そして総長を手招きする。
『はい。出番ですよ』おいでおいで・・・ 呼ばれて嫌々ドルドレンは側へ行き、何で俺がと不平を垂らしながら、あまり触らないように、スパンと頭を斬り割った。魔物はまだ動いたので、ドルドレンは急いで全身をスパンスパン斬って分割した。
「これで良いのか」
「はい。良いですね。もう大丈夫でしょう。じゃ、皆よく見て下さい。この頭はほとんど内臓ですね。こっちの胴体は内蔵がありませんよ。この白く美味しそうな部分はね、これがクセモノ。電気って言ってね。雷みたいなのを出すんですって。イヤですねぇ」
すごく緊張感のない解説で、朗らかに先生は魔物の解剖された胴体を説明。ここ見ましょう、これ何かなと。頭の中が、剣と鎧で出来てる騎士たちに優しく教える。
イーアン受け売りで、ある程度教えてから、『だからね。あれだけまとまってるのを、うっかり突っ込んで行って触ると、厄介なことになるので止めましょうね。一匹はぐれた場合は、頭と尻尾。このほら、先っちょは白い所がないでしょう。ここのところなら、触ってもまぁ・・・大丈夫じゃないかな。多分』と曖昧に、一番重要な危険性を濁した(※自分がやらないから)。
「では。皆分かったみたいだから(※未確認)。早速やってみましょう。安全策って言うかな。気休めもね、実行してみようか。せっかくだから」
「ちょっと待て。何で安全策が気休めなんだ」
クローハルが苦い顔でギアッチに突っ込む。ギアッチはジゴロを振り向いて、『え。だって、初めて会う魔物に、本当に効くか分からないでしょう』当たり前のことを、と肩をすくめた。
「知識ですよ。イーアンの知識。やってみる価値はあるって、いつもイーアンが言うでしょ」
やってダメなら、別の方法試すだけ。ハハハと先生は笑いながら、油の入った小ぶりな壷を出してきて、1班剣隊の騎士たち半数に、その壷を手渡した。
「壷のない人たち、合図で魔物を刺激して。刺激すれば、当然、相手も怒りますよ。そうしますと、放電と言いまして、光や痺れが強くなりますから気をつけてね。ある程度、バチバチした後に、壷の人たちは魔物にかけて下さい」
頑張ってーと他人事のように応援し、ギアッチ先生はそそくさと、総長のいる一段高い場所へ戻った。
「ギアッチ。魔物と騎士たちの立つ場所に、段差があまりないが。魔物が上がってきたらどうする」
「それはもう。戦うしかないでしょう。でも昨日のやつに比べれば、ちょっとビリってなるだけです。潰されるわけじゃないし、可愛いものですよ」
完全に他人事の先生は、ニコニコとお昼の陽射しを浴びて笑顔で語る。ザッカリアはどこかな?と後ろを見て、大事な大事な息子を呼び寄せ『危ないから。私の側を動いちゃいけないよ。万が一痺れたら、大怪我するんだからね』と真剣にきつく注意していた。子供も素直に頷いていた。
ドルドレンは、ギアッチの恐ろしいまでの子煩悩振りは、黙って見つめるだけだったが、騎士とザッカリアへの愛情の差が、天地の如く開いていることに複雑でもあった。仲間なのに・・・・・
ザッカリアに何かあったら、お母さんがどんなに辛いか分からないよ、とか。お母さんなら絶対ダメって言うからね、とか。お母さんはイーアン。この場合のお父さんは。そこまで考えてドルドレンは眩暈。
「ほら。皆、待ってるから。そろそろ開始してくれ」
総長はくらつく頭を押さえ、子供に飴をあげている微笑のギアッチに促す。
ギアッチは『え』と振り向いて『あれ?頑張って、って言いましたよ』と。自分はとっくに号令をかけたと言う。ダメだ、こりゃ。総長は溜め息をついて『分かった。後は俺が』そう言って流れを引き受けた。
「よし。では1班。足場の悪い場所を避けて、高さのある位置から攻撃しろ。魔物の固まり外側だけ、突き刺さないで、引っ掛けて斬り裂け。深くしなくて良い。剣を入れると万が一がある。気をつけろ」
おうっの応えと共に、魔物溜りの溝のようになった左右へ、騎士たちは馬で近づく。魔物は大群だが、跳ね上がるなどの動きはどうも出来ない様子。バタンバタンと体を打って動くが、構造上、言ってみれば筋肉が少ない。
1班は、魔物の川に見えるその場所で、馬から腕を伸ばし、盛り上がった端にいる魔物を、勢いよく剣を振って斬りつける。斬った途端に剣を伝うような閃光が見えるが、騎士たちは問題ない状態。そのまま剣に触る位置にいる魔物にはどんどん斬りつけていた。
そうこうしている内に、魔物のまとまる川状態のその場所は、異様な放電が起こり始めていた。
「やっぱり大丈夫なのね」
離れた場所から見つめるイーアン。剣は普通なら感電する対象だと思うし、人の振る剣の速度より、電気の方が絶対に早く伝わるだろうが。『大したものです』ゆっくり頷いて、彼らの剣に敬意を持つ。
イオライの剣は、雷に打たれないと・・・タンクラッドも親父さんも、話していたことがある。最初にそれを聞いた時、金属がそんな馬鹿な、とイーアンは思った。だが暫くタンクラッドの工房に通っているうち、一点気になったことを思い出す。
それは、彼らの製造工程に理由がある気がした。金属を使うのは確かだし、勿論、金属そのものなら電気も流れるだろう。が、仕上げに、電気抵抗の高い物質を使っているのを見たことがある。研いだ後に、それを行う。彼らとしては、その仕上げは刃のためのケアらしいが、そんな工程を知らないイーアンには不思議に見えた。
似たようなもので思い出せば、元の世界の、紀元前600年頃のトルコや中東地域の鍛冶屋が、確か製造時にそれを使ったというのは知っている。詳しい文献は英語じゃなかったから、それ以上、詳しい部分は読めなかった。だが彼らの神話にも、稲妻を切る剣があったりするので、何かに基づいているのかと感じたことがあった。
不動態皮膜のありそうなイオライの金属に、あの物質を使ったら。その物質は、皮膜の孔に入り込んでいる可能性がある。もしそうなら。
何度も使える技じゃないだろうが、1度2度くらいであれば。恐らく、電気に触れても抵抗が高いため、僅かな通電はあるにせよ、衝撃的な感電には耐えるのではと思う。
「名前が出てきません。昔、本で読んだだけだから、思い出せないけれど。でも多分、そういうことなんでしょうね。あれのお陰なのかもしれません」
記憶力が良いのか悪いのか分からない自分に、こうした時は寂しい。呼び名はまた、この世界でも違うだろうから、別に構わないのだけど。名前がこういう時、すっと出てくると良いのに~とイーアンは思って見ていた。
「今後、いつ役立つか分かりませんから。この状況から学べることは覚えておきましょう」
うんうん頷いて、イーアンは高台から騎士たちの戦闘を見学し続ける。『そろそろ油ですよ』そう呟いて伴侶の背中に微笑んだ。
ドルドレンは、親バカギアッチを放っておいて、放電具合が薄気味悪いと感じ、1班の最初を下がらせた。『1班。壷を持つものに代われ』命じて剣を下がらせ、壷を持つ騎士たちを進める。
「よし。両側から中心に向かって油をかけろ」
総長の号令と共に、胴体ほどの小さめの壷を持った騎士たちは、馬の上から魔物へ壷の中身を振るってかけた。放電中の魔物の上にびしゃびしゃと油が落ち、のたうち回る魔物の群れに勝手にまぶされていく。
「壷持ち。さがれ。2班出ろ。横にはみ出たヤツから頭を斬って落とせ」
1班が下がり、2班の剣隊が交代に前へ出て、馬を下りて魔物を斬り始めた。ギアッチに見せてもらったように、頭を集中して落とす。胴体は万が一のために避け、それぞれが感電を意識しながら頭を討つ。
「切ったやつは間もなく死ぬ。その分、元気なヤツが横になだれ落ちてくるぞ。気をつけて斬れるだけ斬れ」
総長の声に、騎士たちは従う。ざくざく斬って、山になっていた魔物がずるっと滑り落ちてくるのをまた斬る。これを繰り返して暫くしてから、状況を見て、再び1班に交代する。1班も全員剣を使い、残る魔物をがっさがっさ斬っては片付けていく。気が付けば騎士の中には、段差から下りて、死んだ魔物の中に立って奥の魔物に斬りつけるものも出ている。
イーアンはその様子を見ている。多分、もう大丈夫だろうと。放電もしたし、油もかけたし。
「油代が結構かかっちゃったわね。ドルドレンに言っておかなければ」
動物脂は支部でも使う。熱して漉して油を用意した。植物油は、種類をヘイズに聞いた時、元の世界で言う、トウダイゴマ系の植物から採っている油があると教わり、それは香りもあるし、時々薬代わりになるから高価ですよ・・・とした話だった。
「使ってしまいました。ごめんなさい」
えへっと笑いながら、こんな場所で謝るイーアン(※ヘイズには言っていない)。
動物油とヒマシ油的なもので、イーアンは混合油を出来るだけ用意した。以前の世界の紀元前。乾燥地帯の、戦車の車軸に使ったのは天然グリースだった。ちょっとそっとの摩擦で燃えず、放電した高圧ではない電気なら通さない。レリーフに残ったそれと資料を読んだ時、鉱物油よりずっと身近だった材料に感心した。
「あれなら大丈夫でしょう。そしてここへ高温を発生させてしまえばね。あとは」
高台で一人呟くイーアンを背方に、総長は全体の動きを見ながら、もう切り上げても良いかなと考えていた。『結構。斬ったよな。半数はいけた気がする』イーアンは半分以上斬れば良いと話していた。
「剣隊。終わりだ、下がれ。3班弓部隊、前へ出ろ。一の矢を全体に隈なく放て」
総長の言葉で、コーニスとパドリックが隊に命じ、一の矢を番えた騎士たちが、先に粗い目の袋を結んだ矢を号令と共に放った。びゅんびゅん矢は飛び交い、生きた魔物にも死体にも関係なく突き刺さる。
大きな針の山のように変わった長い距離を見て、ドルドレンは隊長に合図し、最初の矢を止める。
「次だ。待機陣の馬車隊位置まで全体下がれ。二の矢、番える前に距離を持て。上から射ち込むぞ」
昼の説明の通り、騎士たちは一斉に離れる。魔物の川と化した岩の道は、今や矢が突き刺さった針の道。針の山。相当な長さで続いているが、矢は満遍なく刺さっている。
二の矢の弓部隊が、高い場所を選び馬を進め、鏃の代わりに松明をつけた矢を番える。『射ろ』隊長の号令でボウッと音を立てて炎の矢が魔物の群れに放たれた。
すぐには燃えず、矢が落ちた場所で少しの間、火が揺らいでいると思ったら、突然業火をあげる。一つ二つと火柱が立つと、どんどん連続して引っ張られるように、あっという間に火の海に変わった。
全体は風の向きも考えて、炎の熱気はあるものの、無事な距離を保って集合し、炎の海を見守った。イーアンも満足そうにそれを見つめる。ドルドレンは高台のイーアンを振り返り、ニコッと笑った。イーアンも頷いて微笑んだ。
ミンティンで上空から見ていたタンクラッドも、最終的に炎が焼き尽くす群れを見ていた。
「最初から、あれじゃダメだったのか」
台無し。そんな一言を呟いて、それを聞いていたのがミンティンだけで何よりだった。
頑張った皆さんの実戦練習なので、幾つかの動き方と、戦いの持って行き方を、複数混ぜて勉強した場である。今回の魔物は比較的、安全な部類だとイーアンは思っていた。
動きが素早いわけでもないし、こちらが攻撃を仕掛けた時にこそ、電流でまずいものの、落ち着いて対処すれば、きちんと怪我もなく倒せる相手である。そう考えて、練習に使おうと決めた。
初っ端からイオライの石で、ぼーっと焼いて片付いたとしても、いつまでもイオライのガス石があるわけではありません、とイーアンは教えた。それは龍の力も同じ。使えるものは使うが、そういかない状況・場合のことも、体験を通して身に付ければ、必ず思い出して役に立つ時が来ますと話していた。
「何であんなまどろっこしいことを。ミンティンで凍らせても良かったよなぁ」
何にも知らない親方は、ヘンなのーと観客意見をこぼしていた。やり方なんて幾らだってあるじゃないかと、不謹慎な『手っ取り早く』『効率よく』を、ぶつぶつ空の上で呟き続けた。
そんな効率最優先思考の親方は、ミンティンが突然動いて驚く。『どうした』声をかけるが、ミンティンは一気に急降下。これはイーアンが呼んだかと前を見ると、思ったとおりで、イーアンが微笑みながら高台に立っていた。
「乗せて下さい。仕上げますよ」
いつもイーアンが乗る位置にタンクラッドが乗っているので、ミンティンはタンクラッドを落としたい(※それしか方法を知らない)。でも親方はがっつり跨っていて、振り落とせそうにない。
仕方ないのでミンティンは、イーアンをぽんと跳ね上げて。『おっと』嬉しそうな親方はイーアンをキャッチ。『あらやだ』と言われて、親方が怒る。
『なんだ。落として良かったのか』ふてくされる親方の機嫌を取るのも面倒なので、イーアンは親方の上に乗る格好で、『後でドルドレンに説明して下さい』と嫌そうに責任をなすりつけ、そのまま魔物の燃える炎の川の上へ、龍で上がった。
親方が『その言い方は何だ』とか『ちょっとはお礼を言え』とか煩いが、イーアンは無視して『忙しいので後で聞きます』と往なし、ミンティンに、燃える魔物を白い炎で片付けてもらうようにお願いする。
ミンティンは心得ているので、あんまり大量には出さず、びょーっと白い炎を全体に被るように吐いてくれた。
下から叫び声が聞こえ、イーアンが気が付いてそちらを見ると、下で伴侶が怒っている。ああもう、とイーアンは困る。タンクラッドも気が付いたようで、ニヤッと笑っていた。
大量の魔物退治は、最終的には、ミンティンに鎮火される形で完了となった。騎士たちは誰も怪我をせず、今回自分たちが動いて気が付いたことや、理解したことで印象に残るものを話し合っていた。
ミンティンが降りてからは、暫く親方と伴侶がケンカしていた。イーアンはギアッチに呼ばれて、改めて今回の勉強を復習する時間について話し合った。
誰ともなく、馬に乗り、他の隊長の支持で(※総長と職人は放置)野営地に戻り始める。大きなアオファが目印の野営地へ戻る頃には夕方も終わりかけの時間で、料理担当は焚き火を起こして夕食の準備にとりかかった。




