40. 帰還
「ちゃんと言えよ」「内容だ」 「何の」 「遠征中に何してるんだって話だ」「お前は総長なんだぞ」
――翌朝。 出発前に各隊長に囲まれたドルドレンは尋問?に時間を割かれて苛立っていた。
野営地から支部まで6時間の距離。早朝に出発すれば、正午までには到着すると分かっていて、つまらない尋問で10分20分と浪費していることは、早く帰ってイーアンの世話をしたいドルドレンには実に無駄に思えた。もう出発できるのに、部下たちはこの尋問のために待機を余儀なくされた。
――それにイーアンと楽しむはずの朝食の時間もこれでパァだ。この責任は重いぞ。
「朝っぱらから呼び出して食事前に言いがかりとは。イーアンと何もないと何度言えば分かるんだ」
「部下が何人も見てるとさっき言っただろ。お前のテントでイーアンが押し倒されたって報告が入ったんだぞ」
「その部下をここに呼べ」 「お前が睨んだら喋らなくなる」「そもそもお前がいけないんだろ」
目一杯大きな溜息を、不愉快丸出しで吐き出すドルドレン。早く戻りたい。遠征は戦うのが目的だ。ちゃんと勝ったじゃないか。黒髪の騎士は仏頂面で『馬鹿馬鹿しい』と呟く。
「帰ったら即行、ドルドレンとイーアンの部屋を分けねば」
クローハルが汚いものを見る目でドルドレンに吐き捨てる。灰色の瞳に怒りの炎が一瞬で燃え上がる。弓部隊のコーニスも仕方なさそうな顔で、頭を振り振り言う。
「昨日、うちの隊のやつ(アエドック)も言っていましたよ。イーアンに話しかけたら総長に脅されて目の前でいちゃつかれたと。でもそれ、しょっちゅうですよね」
そういうことが増えると士気に影響が出るだろう、と3班のヨドクスが心配そうに呟く。
3班は負傷者を保護したり馬車を守る隊なので、今回の負傷者全員がイーアンになついているのはヨドクスも知っていた。昨日朝のブーイングに何事かと話を聞いたら『総長だけが独り占めしてずるい』と騒いでいた。何だか路線が違うような気はしたが、一応士気に影響している報告ということで伝えた。
ドルドレンの周りの空気が一気に重くなる。重力が増す魔法でも備えているかのように。
「黙って聞いていてやれば。言いたいことはそれだけか」
深い闇の底から響き渡るような背筋を凍らせる声の凄みに、各隊長が一歩後ずさる。物凄く怒ってる・・・・・言わなくて良かった、とブラスケッドとポドリックが後ろの方で自分の判断の正しさに頷く。
「テントを覗き見するような輩の言葉を安易に信じ、本当か嘘かも確認する以前で言いたい放題とはな。いちゃついていると捉えるのは勝手だが、戦場に連れてきている女性を丁重に扱って何が悪い」
「失礼します」
ドルドレンの怒気が漲る半径5mの中に、イーアンの声が投げ込まれた。各隊長がぴたっと固まる。
「立ち聞きする気はありませんでしたが、朝食を受け取りにそこを通ったら聞こえてしまいました。
今の彼の話は本当ですから、信じてあげてくれませんか」
「イーアン。押し倒されて何された?」
クローハルが胡桃色の目を心配そうに向ける。ポドリックはイーアンの様子を見ながら、頭を掻きながら『うーん』と唸っている。
「皆さんが思っているような内容ではなくて、残念かもしれませんけど」
イーアンは普通の顔で普通に、ちょっとおかしそうに話し始めた。
――昨晩、二人で話をしている最中に、私が知らず知らず使った言葉が大変恥ずかしい言葉だったようで、ドルドレンが慌てて私の口に手をあてがい、突発的でしたからその勢いで倒れました――と。
外で私たちのテントの側を歩いていた人たちには、ランタンの明かりで映った影が押し倒したように見えたかもしれないです・・・・・ と説明を終えると、イーアンは『皆さん、聞き耳立てていたみたいでしたよね』と苦笑しながらドルドレンに鳶色の瞳を向けた。ドルドレンは『実に失礼極まりない奴らだ』と不快そうに頷いた。
イーアンの話の中に登場した『大変恥ずかしい言葉』の部分で、ポドリックがクローハルの背中を小突いたので、クローハルがハッとしてポドリックを振り返り、合点が行った様子だった。
「そうか・・・・・ 」 「ではイーアンは無事だったんですね?」 「私たちはてっきり」
口々にちょっとした安堵の声が上がったが、その反面、ドルドレンの無言の怒りには周囲は立つ瀬もなく、ぼそぼそと言い訳をしたり謝ったりしつつ縮こまった。
「以上だ。この場で無意味に俺の時間を潰した諸君ら6名の朝食はなしとして、即出発する」
ドルドレンは、フンと鼻を鳴らして踵を返し、イーアンの肩をいつもどおり抱き寄せて『全体出発』と大声で号令を出した。
二人の遠ざかる背中を見つめながら、コーニスは複雑そうにぼそっと『でも、いちゃつくのはやめないんだね』と漏らした。コーニスの言葉をドルドレンに伝えられる者はその場にいなかった。
「朝食がないとお昼まで辛そうですね」
ウィアドの横でイーアンが同情して隊長たちを振り返る。ドルドレンはイーアンの肩をそっと撫でながら微笑む。
「優しいイーアン。気にしてはいけない。彼らは頑丈なのだ」
『それにしても』とウィアドの背にイーアンを乗せてから、自分もひらりと飛び乗ると手綱を掴んでドルドレンは続けた。
「イーアンの機転は素晴らしいな。いつもいつも感心してしまう」
ありがとう、とドルドレンは眩しく輝く笑顔でイーアンの横から覗き込んだ。
イーアンは目が眩みそうで俯き『どういたしまして』と答えた後、『機転と言うべきか、真実の必要な部分に少し脚色しただけです』と付け加えておいた。心臓に良くないわ、と美丈夫の笑顔に有難く悩みながら。
「それを機転と言うんだよ。今回は俺だけではなく全員、イーアンの宝のカラクリ箱で驚かされた」
ドルドレンは晴れ晴れした笑顔で自分の部下たちを見渡し、『さあ、支部へ戻ろう』と馬を先頭へ進めた。
部隊はこの日も魔物に会うことなく、休憩なしの6時間きっちりで自分たちの根城クリーガン・イアルツア支部へ帰って来た。
普段は『北西の支部』とだけ呼ばれる此処。 土地の古い言葉で『白い砦』の意味を持つ。
この日。騎士たちは、一人も欠けることなく無事に戻ってきたことと、久々に完勝した遠征であることから、自分たちが『砦の騎士』であることを意識し、感じ入っていた。
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