406. イオライの休息~イーアンとオーリン
朝食の時間。イーアンは手伝おうとして、ロゼールに断られた。『イーアン。そんな状態で料理なんかさせられないです』優しいロゼール(※弟分)はイーアンの傷をじっくり見つめ、悲しそうな顔をした。
「誰だったか。白いマスクを拾ったって言っていました。もしかしたらイーアンのかも」
後で訊いておくからと、ロゼールに言われ、そのまま帰されるイーアン。『この状態は確かに。見た目が酷い』こんなじゃ皆さんに気を遣わせてしまう・・・支部に戻ってお風呂に入ろうかなと思い、ドルドレンに相談した。
仏頂面のドルドレンは、イーアンが支部に戻ってお風呂に入ろうと思うと言うと。『でも。ミンティン連れてかれてるでしょ』ぶすっとした顔で答えた。
イーアンを風呂に連れて、と告げたタンクラッドは。あの後、ドルドレン・他、純愛組に丁寧に断られ、提案を阻まれた。なので『まぁそのうちな』と捨て台詞を残し、騎士たちの剣を一まとめにして、彼はひょうひょうと青い龍に乗って自宅へ戻って行った。
呼べば龍は来ると思うが、タンクラッドがいつミンティンに乗るか分からないので、呼ぶに呼べない。
「ミンティンは彼にも懐いています」
「困るよ。俺が乗れないじゃないの」
「そうですね・・・でもアオファもいます」
「あれ。動かしたら大惨事だ。ここはまだ町もないから良いけれど。あの大きさじゃ、ハイザンジェルが混乱するよ」
そうねぇとイーアンも眉を下げて困る。どうしましょう。アオファは歩幅も大きいし、ちょっと走ればすぐ北西の支部に着けるはずだけれど。『うーん。大惨事かも』困っちゃう。イーアンも頬に手を添えて悩む。飛べそうなのに、なぜか飛ぼうとしないのも不思議。
愛妻の、血がこびりついた痛々しい姿には、確かにドルドレンも悩んでいる。中から回復するというフォラヴの愛の力(※これも微妙にイヤ)のため、イーアンは表面の怪我は酷く見えるものの、本人曰くそれほどでもないと言う。
だが。見た目がきびしい。何せ頭部も腕も足も、つまり鎧のある場所以外は血が付いていて傷もある。衣服も赤黒くなっているし、これではいくら本人が『大丈夫』と言っても、部下たちは気の毒がって遠慮する。
「タンクラッドの家で、風呂を借りれば良かったのか」
ボソッと言うドルドレンに、イーアンは首を振って『そんなこと出来ません』と苦笑した。暫く考えて、イーアンはアオファに相談することにした。
「え。アオファで支部」
「はい。だって。これでは私は午後の戦闘に加われませんもの」
「イーアンは休んで良いんだよ。もう充分俺たちは助けられた」
「そうも行きません。聞けばギアッチが、あの獣頭人体の魔物に、彼の知恵を働かせ、道具を使って皆さんを助けたと。あれが皆さんに役立ってくれて本当に良かったです。
その道具も、支部まで行けば、また補充も出来ましょうから。ここはせっかくいるのだしアオファで」
うーん・・・ドルドレンは困る。イーアンが風呂に入れるのなら、確かに支部の方が良いけれど。如何せんアオファ付き。俺が一緒ならまだしも(※実の所、あまり変わりはない)。
ドルドレンが悩んでいると、イーアンはニコッと笑って周囲の人目を確認してから、ちょっとだけちゅーっとした。ドルドレンは機嫌が直った(※単純)。
「アオファに相談します。どうせいつかは紹介するんだもの」
イーアンがそう言って、アオファのいる場所へ向かうのを、ドルドレンは何となし見つめていた。何て、こう。健気と言うのか。俗にいう健気とはまた違うんだろうが、うちの奥さんは健気な人だなと。
責任感が強いからか、あんな状態でも午後の戦闘に出る準備をしようとする。眠っていない・・・ちょっと心配になるドルドレン。
伴侶に心配されているイーアンは。目の前の大きな多頭龍を見つめる。アオファは眠っているのか。幾つもの頭が背中に折り重なるように畳まれていた。瞼も閉じている。『きっと普段はこうして眠るのね』ふうんとイーアンが小さな声で呟くと、一つの目が開いた。
「起こしちゃった。ごめんなさい」
きっと疲れているだろうにと謝ると、一つの首がすーっと動いてイーアンの側に来た。他の6本は眠っているまま。イーアンの前まで顔を動かし、その目はイーアンの声を待っている。
「あのですね。私は北西の支部へ行きたいのです。いつもは、ミンティンに運んでもらっていまして。今はミンティンがいませんから、それでアオファに相談に来ました」
長い首が次々に動き出す。イーアンは慌てて止めて『あのね。もし出来たら、飛んで行けたらと思います。最初に飛んだから、アオファも飛べるかなと。歩くと町の人たちがびっくりするからね』
一生懸命、失礼のないように、でも目的を伝えるイーアン。アオファの真ん中の首が降りてきて、イーアンの前で止まる。乗れと言われているようだけれど、イーアンはさすがに強化装備もないし、3mも跳び上がれない(※普段はせいぜい50cm)。
どうしましょうと考えていると、後ろから声がかかる。『どこか行くのか』振り返るとオーリンがいた。オーリンに、アオファの上に乗りたいと話すと、オーリンは総長を振り返って笑う。
「総長。イーアンが龍に乗りたいって」
大声でドルドレンを呼んだオーリン。その声に反応した伴侶は、素晴らしい瞬発力で駆けてきた(※オーリンにまで先を越されたくない一心)。
「呼びなさい。別に呼んで良いんだから」
「たまたまオーリンが後にいました」
もー・・・ドルドレンは困った顔でイーアンを抱き上げて、ひょいとアオファに乗る。実はこれに乗りたくはない(※ドルドレンも怖い)。だけどイーアンが乗ると言うなら仕方ない。『支部に行けるの』一応確認すると、『飛びたいとは伝えてある』と答えが返る。
「俺はここを離れるわけに行かないから。辛いけれど。イーアンだけ行っておいで。気をつけるんだよ」
分かりました、と返事をし、イーアンはパワーギアの中心の輪に、よいしょよいしょと、はまり込む。それ何?と伴侶に訊かれ、『これがないと私落ちます』動きが怖いのでと、答えるイーアン。
「俺も行こうか」
黄色い瞳を向けて、下から笑顔で言う弓職人に、ドルドレンはきちんとお断りする(※『結構です』)。弓職人は笑って『誰か付き添いがいた方が良いだろ』と。 やだーっ 思わず口にしかけて、ドルドレンは言葉を飲み込み、うんざりした顔で項垂れる。
「他の誰でも良いけど。騎士のやつらはこの龍が怖いみたいだし。俺は怖くないから」
伴侶がげんなりする様子に、イーアンもオーリンの申し出を感謝しつつ断る。ドルドレンはさっきイーアンが『落ちる』と言った言葉が気になって仕方ない。万が一を思うと。愛妻の無事を願うなら。アオファを怖がらなかったフォラヴも、持ち前の能力を使い続けて疲労はある。これは。ここはオーリンに頼るのか。
「ううううっ・・・身を切られる思いだ。しかし、イーアンの無事のためなら仕方ないのか」
嘆きながらも、オーリンに同乗することを許す。イーアンは大丈夫だとすぐに言ったが、『アオファは大きくて、乗り心地も慣れないから』と伴侶は涙目で送り出すことに。
お、良いのか!と喜んだオーリンは、そんな二人の困惑も露知らず。さっさとアオファに乗ってきて、大きな龍の顔をぽんぽん叩き『俺はオーリンだ。宜しくな』と挨拶していた。
いろいろと我慢が多くて、そっちで疲労するドルドレンは、嫌々、愛妻を風呂へ送り出す。部下の哀れみの眼差しを背中にひしひしと感じつつ、デカイアオファに乗って飛び立つ二人(※ムカつく)に手を振った。
アオファは、なぜ先ほどは飛ばなかったのかと思うほど、普通に浮かびすんなり空を泳ぐ。『アオファは飛んだり走ったり。どちらも出来るのですか』イーアンが訊ねると、一本の首が伸びてきて、小さなイーアンにちょっと擦り寄った(※イーアン倒れかける)。
「能力の高い仔です。頼もしい」
オーリンに支えられて、擦り寄せに耐えたイーアンはうんうん頷いた。
ミンティンは飛ぶ印象しかない。アオファが走った時、首が大変じゃないか、血圧はどうなっているのかと、違う方向で負担を心配していたが。『そもそも、私の知っている進化や生物とは違うのよね』ぼそっと呟いて自分を笑う。
「イーアン。俺は君が。こんなことを言って良いのか。あのな、何だか違う場所から来たような気がして」
背中を支えてくれるオーリンが、イーアンの呟きを拾って質問する。イーアンはこの先、たくさんの人たちに自分を紹介するだろうと思い始めていたので、自分がどこから来たのかを簡単に話した。
「そうだったのか。何だかそうした感じはしたが。俺たちのいる、何と言うのかな。この世界と言って良いのか。こことはまた、きっと違う場所に世界はまたあるんだな。イーアンはそっちから来た人か」
違う世界の概念がないのに、それをすぐに理解して受け入れるオーリンの柔軟さに、イーアンは感心する。彼は自分から、別世界をこれまで考えたことがないと言っているので、その上での発言。
「オーリン。あなたが旅の仲間ではないことが残念です」
微笑むイーアン。柔軟で理解力があり、頭も良くて機転も利く。そして、恐れ知らずで腕の良い職人。イーアンは彼が、自分と旅をしないことを心から寂しく思って微笑んだ。
「どういう。それは・・・旅?どういう意味だ。比喩か。それとも」
イーアンは自分が来た目的を話した。呼ばれた目的というべきか。そして、これまでの流れを掻い摘んで教える。『だからです。オーリンが旅の仲間なら、また心強かったなと思いました』ニコッと笑って、頷いたイーアンに、オーリンは支える腕に力を入れて細い腰を抱き締めた。
「俺は。一緒に行けないのか」
「多分。シャンガマックはハイザンジェルを旅立つ仲間の名前全てと、今後のヨライデへの旅路に加わる仲間の名前を教えてくれましたが。10名でした」
そうかとオーリンは呟いて、ちょっとだけ口の端に笑みを作る。『でも。ハイザンジェルにいる間は、役に立てるか』それで良いかと笑う。イーアンはその潔い諦めに、有難さもあり、勿体なさもあり。ちょっと寄りかかってお礼を言った。『あなたに会えて良かったです』一緒に戦えて光栄でしたと。
「何だよ。覚えてるのか?君はもう意識がないと思っていた」
「意識は全くないわけでもなかったです。呆然としていたでしょうけれど。あなたが私を助けて下さいました。あんなに危険な場所で、我が身も省みずに。素晴らしい武器を披露してね。あの武器は感動しました」
「感動?全然そんな感じしなかったぞ。もう君は意識が飛んでて、俺のことなんか分かってなさそうで、ひたすら魔物に剣を」
「それでも。私は美しいものや、巧みの技には貪欲な本能が反応するようです。あなたの活躍はちゃんと見ていました」
感動って大事ですもの、とイーアンは笑った。ほとほと。オーリンはやられた。こんな女がいたのかと、知らずにいた時間が空しいやら、悲しいやら。もう遅いのも分かっている。だけど今は二人きりだ。
「イーアン。君を好きな男が増えて悪いけれど。俺も君に惚れた。ただ総長のことを考えると可哀相で、手は出せないけれどね」
そう言うとオーリンは、イーアンの腰をぎゅっと抱き締めて、顔を覗き込んで笑った。イーアンも声を立てて笑い『あなたにまで好かれるなんて、精霊の祝福がそうして下さるのでしょうか。それにドルドレンを思い遣って下さって有難う』とお礼を言った。
大人な二人は、それ以上はナシ。豪快に笑い合って、ただ抱き寄せられているだけのイーアンと、ただ背中から抱き締めているだけのオーリン。二人は笑顔のまま、高い位置を飛ぶアオファの上で、お互いの力と気質を誉め合いながら過ごした。
アオファは体がとても大きいからか、実際の飛行時間は短く、イオライの遠征地からミンティンで20分くらいの距離を、相当ゆっくりにも関わらずもっと早く進んでいた。短時間の会話は、お互いの存在を高め、良い仲間意識を育むのに充分だった。
「北西支部です。見えてきましたよ」
「アオファは知らないのに。知らないんだろ?よく来れたな」
「この仔たちは、何だか特別な力が働くのです。とても助かります」
へぇっとオーリンはイーアンを抱き締めながら、下方に見える草原にポツンとある建物を見つめる。支部の周囲の草原は1km半径はある。アオファがちょっと丸まれば入れる気がした(※どっちみち埋め尽くす)。
多頭龍が降りて、支部に残った10人ほどの騎士が怯えて出てこなかった数分間、イーアンは必死に宥めて説得した。そしてどうにか。アオファを待機させ、オーリンを中に入れ、自分も風呂に入ることが出来た。
お読み頂き有難うございます。




