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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
405/2947

405. イオライの朝

 

 金色の結界はもうじき消える。見て分かるくらいまで光が淡く消えかけている。ミンティンが冷やした溶岩は、内部はまだ熱を持って動いているが、随分と固まっているように見えた。



『ここまで近づく人間は、まずいない。道もないし、鉱石を取る業者は、ここは来ないから大丈夫だろう』親方の言葉に、イーアンは頷いた。それだけ分かっていれば充分。危険だから近づかないように、イオライ地域に警告を出しますと話した。


 それから、騎士たちの場所まで、ミンティンに先に行ってもらい、アオファには、ゆっくり歩いてもらうようイーアンは頼んだ。



 タンクラッドを乗せたミンティンは騎士たちの居場所へ飛んだ。剣職人がアオファについて説明をしている間。荒野の向こうから、巨大な生き物がズシンズシン近づいてくる様子に、話を聞かされている最中であるものの・・・底知れない怯えが騎士たちを取り巻いた。


「見た目はまあ。あんな感じだが。イーアンが乗っているから安全だ」


「イーアンが。あれに。あの上に」


 総長は青紫の化け物から目が離せない。愛妻がどこかにいるのだろうが、全く見えない。大きな犬の額にアリが乗っているようなものか。


「アオファだ。アオファだよ、頭がたくさんあるって、俺言ったでしょ!」


 喜んでいるのは無邪気な子供だけ。ギアッチお父さんの愕然とする顔を気にもせず、お子たまはぴょんぴょん跳ねて、喜びを体で表す。『乗せてもらうんだ』その一言にギアッチが急いで『ダメ』を言い渡した。


「おい、ドルドレン。あんなデカイの来ても。困るだろ。もうちょっと離れた所に居させないと」


 クローハルが心配そうに総長に言う。コーニスとパドリックも側へ来て『ちょっと目立つでしょう(※ちょっとではない)』と、アオファが側に来るのを明らかに嫌がっている。


「ねえ、ドル。あんなの近くにいたら、気になって寝れないんだけど」


「イーアンがいるんでしょ?ドル、もうあの辺りで止まってもらうように言ったら?皆、怖いと思うよ。あのデカさじゃ」


 クズネツォワ兄弟が、隊の騎士の代表で意見を伝える。総長が横を振り向くと、部下たちが恐れているのが分かる・・・・・ 『うーむ。現状の精神的な疲労には、アオファの存在は強烈かも知れん』眉を寄せて、ここは部下のために止めるかと決めた。



「何だ。イーアンとアオファを寄せ付けないって言うのか。男のクセに情けない」


 総長の呟きに、イケメン職人が呆れる。キッと睨む総長は『皆疲れているんだ。休ませないといけない』失礼なことを言うなと職人にやり返した。


 タンクラッドはそんな総長をじっと見て、それから疲労している騎士たちを見つめ、ちょっと首を傾げた。



「イーアンは。傷も治っていないのに、俺と一緒に山脈へ行ってアオファを呼び、その頭に乗って、溶岩の流れる河の上で見守っていた。全部の魔物を片付けるまで、彼女は決して休まなかった。それを迎えることもせず。そう。そういうこと。なるほどな。では伝えよう」


 ふーん・・・タンクラッドはここまで言うと、ミンティンを浮上させた。ドルドレンは慌て、『あっ!待て。そうじゃない、そうじゃないんだ、待て』とにかく叫んで剣職人を留まらせる。



「いいや。別に構わん。お前たちは随分、頑張って疲労したのだろう。俺は与り知らんことだから、口は挟まない。

 だが、アオファが怖くて、お前らが休めないために離れていろと言うのなら。俺は、このままイーアンを自宅に連れ帰る。アオファは町の壁の外にいさせるし、イーアンは風呂も入れてやらないと」


 可哀相に血まみれだからと、剣職人は首を振って溜め息をついた。『何て?風呂?風呂だと?!』ドルドレンが激怒する。

 剣職人は、当たり前だろうと答え『総長は、女の腕で戦って血をつけた妻を、風呂も入れさせないようだし』・・・と。青い龍と総長の周囲から、人がさーっと引く。危険を感じ、遠巻きに皆見ている。



 ドルドレンの我慢が爆発した。言いたい放題言いやがって!!人の気も知らないで!と喚く。タンクラッドはどこ吹く風。ぎゃーぎゃー怒って怒鳴り散らす、総長を鼻で笑う。


「後で聞こう。このままじゃ、アオファがもう近くに来ている。止めるんだろ?」


「止めなくて良い!!!」


 そう。ならそれで、とタンクラッドは首を回した。それから、一度降ろした龍をもう一度浮上させ、ぴゅーっとアオファに向かって飛んでしまった。


「止めるなよ!絶対に止めるな!!」


 キレる総長の裏声に、仲間の騎士たちは心から同情した。

 自分たちのために、勇気を持って戦ってくれて、人一倍頑張って助けてくれたのに。それで休ませたいと思ってくれただけなのに・・・・・ 立場のある人は大変だ、と全員が思った(※思うだけ)。



 アオファに乗るイーアンは、騎士の皆さんが立っている姿を見て嬉しかった。負傷者は全員治癒を受けたと伴侶が話していたのを、この目で見れて本当に安心した。


 向こうからタンクラッドとミンティンが来て『何やらアオファに驚いているから、とりあえずこの辺りで止まっても(←止めちゃう)』と伝えた。


 それもそうかとイーアンも頷き、皆さんまでの距離を見る。200mくらいあるかも知れない・・・でもアオファの首が伸びれば、すぐの距離。


 イーアンの、アオファ推定全長700m(※適当)。首と尾が長い。尾はとりわけ長い。首は、200mはあるんじゃないかと思える(※短距離走トラック並み)。乗れば頭は大きいけれど、全体で見たらきっと、頭は小さい方だし、首も太いとはいえ、付け根に7本収まるのだから、遠目から見れば、アオファはバランスが取れている気もする(※イーアンは間近でしか見ていない)。



「アオファが一人ぼっちでは可哀相です。私は皆さんに挨拶したら、この仔と一緒にいることにします」


 そうしましょうねとイーアンはアオファの額を撫でる。アオファの別の首がゆらっと動き、イーアンの側で目を閉じた。全部の首が動いて、近くに頭が寄ったので、イーアンは7つ全部の顔に触れて『一緒にいましょうね』と微笑んだ。


「それではね。アオファにお願いです。ここから動かないで、私をあの・・・騎士の皆さんがいるでしょう?あの場所へ」


 言いかけてすぐ、イーアンの乗っている頭がぐーっと持ち上がり、前に向かってゆっくり伸ばされた。首だけが伸ばされたので、イーアンは有難いことに、そのままドルドレンの待つ手前まで運ばれた。


「斜めエレベーターみたい」


 アハハと笑いながら、イーアンはアオファにお礼を言う。巨大な頭が指し伸ばされて、騎士がわぁわぁ騒いでいたが、ドルドレンはイーアンだと分かって、その場で待った(※出来れば逃げたかった)。



「ドルドレン。アオファですよ。この仔が2頭めの友達です」


「無事で良かった、イーアン。大きな友達だな」


 それしか言えない、黒髪の美丈夫。少しずつ空が明るくなっていく中、アオファの体がミンティンと似たような色であることを知る。うんうん、と言葉も出ずに頷きを繰り返すのみ。


「この仔が、あの溶岩を出して魔物を全滅させてくれました。起きたばかりなのに、とても頑張ってくれたから、ドルドレンも撫でてあげて」


 ああ、そう・・・。そうね、とドルドレンはぎこちなく腕を伸ばし、口の先だけで、高さが3m以上あるバカでかい顔をちょっと撫でた。口が開いたら失禁するなと思いつつ。


 ドルドレンが撫でると。奥の方で大きな瞼が上がり、金色の目に虹が渦巻いてドルドレンを見た。その目を見て、口が開かなくても、尿意を我慢していたら漏らす自信があった。助かったことに、さっき排尿しておいたので、部下の前で恥はかかずに終えた。



「目が綺麗で。目がきょろきょろして可愛いのです。ね」


 イーアンはパワーギアを角と体に巻いているので、目までは覗き込めない。でもイーアンの声に、アオファは嬉しそうに口を少し開けて、ゴロゴロゴロゴロ・・・声を出す。

 地鳴りの唸り声にしか聞こえない騎士たちは、大切な馬を守り、その体にしがみ付いて巨大な龍を遠目から見守った。馬はどういうわけか怖がっていないようだった。


「イーアン。治癒場へ行ったらどうだ。体は少しは良くなったようだが、傷が」


「残りの魔物を片付けてからにしましょう。まだヘビみたいのが、どこかにいるかも知れません。そうでした、フォラヴにお礼を」



 総長はフォラヴを呼ぶ。フォラヴも龍に驚いているようだったが、フォラヴ特有の心の広さで、アオファにも微笑む。


「イーアン。あなたはまた、とてつもなく頼もしい龍を手に入れましたね」


「有難う、フォラヴ。この仔はアオファです。大変頼もしいです。それより、私を助けて下さって本当に有難うございました。その後、あなたが死にそうだったと聞いて、何て謝れば良いのか・・・また、何てお礼を言えば良いのか。とても」


「そんなことを思わないで下さい」


 フォラヴは微笑を深めると、ちょっと青紫色の龍を見て、その顔に指を触れた。『アオファ。私はドーナル・フォラヴ。彼女の命を守る者です。あなたに少し乗っても良いでしょうか』フォラブの挨拶に、後のドルドレンは口がぱかっと開く。他の騎士もびっくり。アオファは瞬きして答えたらしかった。


「ありがとう。イーアンの側でお話したいのです。終わったら降りますので」


 妖精の騎士はそう言うと、ひょいとアオファの鼻上に跳び乗った(※強化装備装着中)。そして微笑を絶やさずにイーアンに近づき、パワーギアで固定したイーアンの元へ辿り着く。


「イーアン。あなたが生きていてくれることが私の喜びです。私の力があなたを救えたことを誇りに思います。だけどどうぞ、その傷を早く治して頂きたい。良いですか」


「心からお礼を。有難う。素晴らしい力を持つフォラヴに、ただ感謝します。はい。私はあなたの尊い力で、今は心の中も元気を取り戻し、傷も痛みはありません。表面は傷ついていますが、これは近いうちに治るよう動きます」


 白金の髪を揺らし、妖精の騎士は頷く。空色の瞳を柔らかく細めて、イーアンの顔に手を添え、少し祈りの言葉を呟いた。イーアンの中に温かい力が漲る。『フォラヴ、もう大丈夫です。力を使わないで』イーアンが止め、フォラブはニコリと笑った。


「それでは失礼します。早めに回復しますように」


 そして妖精の騎士はアオファにお礼を伝え、ぽんと地面に降りた。筋金入りの博愛の人・・・・・ 騎士が皆そう感じた瞬間。アオファさえ恐れもせずに微笑む男として、フォラヴの株が上がった。



「イーアン。降りてこれるか。今日、これからのことを話し合わないと」


「そうですね。分かりました」


 ドルドレンに今日のことを相談と言われ、イーアンは、よいしょよいしょとパワーギアの中心にいる自分の輪っかを外す。『アオファ。これをこのままにしておいて良いかしら』質問すると、アオファは特に反応しなかった。大丈夫なんだろうと判断して、次に降ろしてもらおうとすると。


「イーアン。乗れ」


 既に自分の龍の如く、ミンティンを乗り回すタンクラッドが、余裕の顔で迎えに来た。『あら。ミンティンがすっかり懐いて』まぁまぁと笑うイーアン。はははは・・・楽しそうなタンクラッド。

 二人で青い龍に跨って、ふらら~と地上へ降りてきた。むちゃくちゃムカつくドルドレンの殺気立った空気は、笑っている二人には届かない。


「降りなさい」


 咳払いし、不満100%の顔のドルドレンが腕を伸ばす。イーアンは、はいと答えて降りかけ、すぐに後からタンクラッドに抱えられて降りることになった。『怪我してるんだぞ』気をつけないと、と優しい。お礼を言うイーアン。周囲の騎士たちがくすくす笑う声がする。



 ―― ムキーーーッ!!こいつーーーっっ 絶対嫌がらせだ!!俺の奥さんにっ俺の、俺のイーアンだ!ムカつくーーーっ



 歯軋りが響く朝焼けの空。龍から降りたイーアンを、急いでドルドレンは掻っ攫う。抱きかかえて剣職人を睨んだ。『もういい。後はこちらのことだから帰って良い』・・・さっさと帰れ!心の中で叫ぶ。


「何言ってるんだ。遠征はまだまだ、倒す魔物がいるんだろ?剣はどうなんだ。欠けはないのか。苦戦してたというから、研いでやった方が良いんじゃないのか。帰れと言うなら」


「言われてみれば。弓はオーリンが来ていますから、どうにかなるものの。剣はタンクラッドが来てくれたのですし、見て頂いても」


 ドルドレンは腕の中の愛妻(※未婚)の発言に目をむく。『何言ってるの。この人、騎士じゃないんだから』小さい声で心をこめて一般論で叱る。イーアンはちょっと伴侶を見つめ『でも私たちの剣は大丈夫にしても』そう不安そうに呟いた。



 ちらっと皆を見るイーアン。剣隊の騎士たちは自分の剣を抜いて、手袋をした手で刃をなぞっていた。顔が心配そう。『ほら』イーアンが伴侶を見ると、ドルドレンは悔しそうに顔を歪め、盛大な舌打ちをした。


「どうする。俺は今、龍もいるし。工房へはすぐ戻れるぞ。剣を預かって、お前たちが休んでいる間、研いでやることも出来る。断るのは総長次第かな」



 やたらカッチョイイ職人は、やたら頭も回る。ふふんと笑う、全身革製品&ごつい鎖とバックルで仕立てた、大剣を背負うイケメン職人。何もかもが腹立たしく、苦しみに唸るドルドレンは、悔しさで頭痛がする(※無意識で負けを認めている=無意識率97%)。


「あのう。俺の剣がもう。これ、ダメでしょうか」


 ん?背後から声をかけられ、タンクラッドが振り向くと。腕組みしてのさばるイケメン職人に、騎士の一人がおずおず近づき、岩の魔物に斬りつけて刃毀れした剣を見せる。

 タンクラッドはちょっと見て『気に入ってるなら研ぐが。減るだろうな。預かれば、日数もらって打ち直しかな』少し気の毒そうに持ち主に促す。騎士は、少しでも研いで欲しいと頼んで、タンクラッドは預かった。


「私の剣は多分、まだ研いでどうにかなる範囲ですよね」


 別の騎士も来てタンクラッドに相談。タンクラッドは少し見て、少し刃の角度を触ってから対処を伝える。こんな場面を見た他の騎士も、次々に剣を見せに来て、不安を相談する。ちょっとした剣の相談所。


「大人気」


 イーアンが呟くと、ドルドレンは舌打ちを連発して『もう無理じゃないか』と断れない状況に地団太を踏んだ。


 結局。小さい焚き火を起こして朝食にし、今日の午後に戦闘に向かうまで休息時間にすることになった。騎士たちに食事を取らせ、体を休めて眠れる時間が今すぐ必要だろうと、総長・隊長同士で決定する。


 ということで。タンクラッドは剣を預かることにし『出来るだけ研いでおこう』と微笑んだ。時間が足りないかもしれないから、全員の分は無理かもしれないと先に伝え、間に合わない場合は剣を貸すと言ってくれた。


 苦虫を噛み潰した顔のドルドレン。嫌でも受け入れなければならない。それから追い討ちのように職人は言う。『イーアン。うちで風呂に入れ』血がな、と笑顔で風呂提供を提案。



 これにはさすがにドルドレンは、絶対ダメだ!!!とぶち切れる。このスケベ職人!くらいの勢いで、人の奥さん何だと思ってんだと喚いた。イーアンも『それは出来ませんよ』と頭を下げる。


 離れた所で、オーリンが笑っていた。この人がタンクラッドか、と。総長とのやり取りを見て、笑いがこみ上げてくる。こりゃ、総長も相手が悪いなと思いながら、妙に目立つ剣職人を見ていた。

お読み頂き有難うございます。

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