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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
404/2947

404. イオライ決戦後半・アオファ参戦

 

 ギアッチの機転で炎の輪を作った野営地。総長がギアッチを呼んで、どれくらい持つかと訊く。ギアッチは馬車を見て、イーアンの荷物を使っているからまだ持つだろうと答えた。


「イーアンの荷物」


「彼女が話してくれました。ヘビのような魔物に使うための荷物を、一台馬車にまとめたと。その内容も教えてくれて、自分がいない時に使えるなら使ってと言いました。イオライの石で火柱を起こしたんですが、ガス石はまだたくさんあるし、使って良いと思います」


 ドルドレンは、皆のために火柱を絶やさないように頼み、ギアッチを戻した。


 時々。光の壁が揺らぐときがある。その隙にまた、魔物が出てくる。結界が薄れるのは数秒なので、出てくる頭数は少ない。慎重に額の石を見つけて焼けば、その魔物は退治できる。

 だが、光が揺らぐたび、奥にいるシャンガマックとアティクが心配だった。結界がある以上、無事だと思いたい。ドルドレンはとにかく、この光の壁と、炎の輪から魔物を出さないように戦うことに専念した。



 イオライセオダを出発して1時間ほどで、高速で夜空を飛んでいたミンティンの動きが変わり、うろうろするように同じ場所を行き来している。イーアンを自分の上に座らせているタンクラッド。落としては大変と、がっちりイーアンの腰に腕を回して、ホールドしながら下を見る。月明かりで浮かび上がる、青白さと黒の影が交互に織りなす山脈。


「イーアン。よく見えないが、ミンティンが止まったということは、この辺りなんだろう」


「はい。でもどうしたら良いのでしょう。冠は持っていますが、これは音が出るわけでもないし」


 うーん。二人で目を見合って悩む。『俺もそれは思ったのだが。どうにもピンと来なかった』親方も困っている。イーアンも考えつく限り思い浮かべるが、どれもそう・・・効果がある気もしない。


「龍は知ってるだろうか。訊いてみたら」


「でもこの仔は、言葉で返事が出来ません」


 ちらっと龍が振り向く。金色の目でじっと二人を見ている。『これ。訊いてほしいんじゃないのか』親方がイーアンに囁く。イーアンもそんな気がする。ちょっと考えてから、ミンティンが答えやすい言い方を選んで訊いてみた。


「ミンティン。アオファを呼ぶのに、冠と。あとは何が良いのかしら。私は何が出来る?」


 ミンティンはじーっとイーアンを見つめ、首を揺らす。そしてたくさんの鈴が鳴るような声を少し出す。イーアンは何かと思って考える。冠は被っている。これは指摘されていないから、このままで良いとする。


「あの。何だろう。何か答えてくれたのは分かります。でも」


 ミンティンは考えているみたいに首をゆらゆらして、もう一度振り向いて、また小さい『チャリチャリ、チャリチャリ』声を出した。そして突然動き出して、軽くぴゅーっと飛んでから、元の位置に戻る。


「あ。分かった」


 親方がひらめく。何?イーアンが見上げると、親方はミンティンに確認。『お前。もしかして、笛を吹けば呼べるって言ってるか』そう訊くと、ミンティンが嬉しそうに大きな声で鳴いた。


「すごい!さすが親方」


「いや。分からんぞ。やってみないと。イーアン、冠はそのまま被ってろ。笛を吹け」



 イーアンはいそいそ腰袋から笛を出し、タンクラッドを一度見上げてニコッと笑う。タンクラッドも微笑んで頷く。それから息を吸い込んで、下で眠る龍に届くように勢いよく笛を吹いた。


 冠がほんのり白い光を放つ。イーアンには見えない。『冠が光ったぞ』タンクラッドはぞくぞくし始めた。『来るぞ、来る。合ってる気がする』嬉しそうに下方を覗き込むと、ミンティンはいきなり上昇した。



「タンクラッド。アオファが起きました」


 イーアンの脳裏に、最初にミンティンが現れた時と同じように、映像が見える。暗い山の中で大きな体が波打ち始める・・・・・


「来ます。どうしましょう」


 静かだった月夜の山脈に、どこからか轟くような地鳴りが渡り響き、空気も震える。ゴゴ・・・ゴゴゴゴゴゴ・・・・・ 地の底が揺すられるような音と共に、山脈の山が振動する。イーアンとタンクラッドは目をむいて眼下の山の火口を見つめ、次の瞬間叫んだ(←『わーっ』『きゃーっ』)。


 アオファの眠っていた火口が。山が。バガーンと割れたと思ったら、月夜にドンッと飛び上がった巨大な、見たこともないほど巨大な生き物の影が空を覆った。アオファがいた山は粉砕。



 浮かぶ体はミンティンの前に留まる。その全体の大きさたるや、イーアンとタンクラッドが以前見たより、遥かに巨大だった。


「し。島。島だ。これ」


「アオファ。あなたが」


 声が声にならない二人。ミンティンが小さく見える。


 アオファの頭一つで、ミンティンが4頭くらいは入りそう。そんな頭が7つ首でふらふらしている。艶やかに輝く青紫色の体に翼はなく、首から尾の先まで、長い棘の鰭が二列で立ち並ぶ。7つの首を支える肩、胸部は大きく広い。多頭に吊り合う、体と同じくらいの長さがある逞しい尾と、太く筋肉質な肉食獣のような手足。



「多頭龍。だな」


「想像したことはありますが。まさか目の前で見るとは」


 当たり前のことしか言えず、二人は巨大なアオファを見つめる。中央の首がイーアンを覗き込み、渦巻く虹色を映す金色の大きな目がきょろきょろ動く。その様子が可愛くて、思わずイーアンは笑って『可愛い』と呟く。タンクラッドびっくり。


 頭には大きな3本の捻れた角があり、それらは額の中心と、魚の鰭のような耳の内側から生えて、後ろへ伸びている。アオファは頭を寄せてイーアンを待つ。『乗るの』イーアンが訊ねると、ミンティンがアオファの眉間上に乗って、イーアンを降ろした。


 タンクラッドも下りようとすると、ミンティンはすぐに浮上した。『何だ。俺はこっちか』タンクラッドの不満に、対するミンティンは無視。ふららっとアオファから離れる。嫌なら落ちろ、と言わんばかりの態度に、剣職人も仕方なし従う。



「イーアン。自分を支えられる場所がアオファは少ない。何かないのか」


 だだっ広いアオファのおでこに、イーアンも気になる。これは軽く駐車場の広さ。ふと、パワーギアを付けていたのを思い出した。『アオファ。まだ動くのは待っていて下さい』とお願いし、急いでパワーギアを外し、一生懸命解いて、大急ぎで自分の胴とアオファの角3本を固定した。


『もし外れたら落ちます。そうしたら拾って下さい』ミンティンとアオファに声をかけると、アオファの体がぶるっと震えた。ミンティンが大鐘のような声で空に吼える。行くのか、と剣職人に緊張が走る。


 続いてアオファが吼えた。 世界中に轟くような恐ろしい声で、全ての頭が吼える。


 イーアンもタンクラッドも、その吼え声に頭が割れそうで叫んだ(←『わ゛ーっ!!』『ぎゃーっ!!』)。



 二人の叫びは全く相手にされず、アオファは凄い勢いで山脈に降下し、激突寸前で4つの山頂をガシンと掴んだ。着地?!イーアンが驚くと、次の瞬間、アオファは山を蹴って跳ぶ。


 山脈を足場に、アオファは駆ける。ドッカンドッカン、ガッシガッシ、遠慮なく山を蹴り割って、山脈をぶっ壊しながら、猛烈な勢いで巨体が山脈の地域を駆け抜ける(※被害大)。


 イーアン絶叫。散々、戦闘で吼えた後のしゃがれ声でも、怖くて叫びが止まらない。滅多に悲鳴を上げないイーアンだが、これは怖すぎる。飛んでも良いのでは!それを提案したかったが、舌を噛む恐れがあり喋れない。


 わーぎゃー言いながら、イーアンはパワーギアに全力で掴まる。帰ったら即、アオフォ用の手綱を作らねば!最優先事項でこれを決定する。マウスピースも要る!絶対に要る!


 悲鳴を上げるイーアンは、巨大な龍に翻弄されながら、ものの10分後にイオライの岩山まで進んだ。


 ミンティンも高速飛行で、背に乗るタンクラッドは体をかがめ、顔を下に向けていないと、『首がゴキッ』と後に向きそうだった。こっちも喋るに喋れず、友達のいるミンティンは、背のタンクラッドに気を遣うことなく、嬉しさでブイブイ飛ばした(※無制限高速)。




 野営地と谷を包む、金色の壁を境に応戦し続けていた騎士たちは、大地が揺れ、空気を轟かした謎の咆哮に怯えた。西の壁の方から聞こえたそれに、もう終わりかと誰もが覚悟した。


「こんなことが」


 ドルドレンは剣を振るいながら、悔しい思いに包まれる。この状態で、西の壁から一気に魔物が溢れたら。俺たちはもう。死ぬまで戦うと、イーアンに出会う前に思っていたそれが、ドルドレンの脳裏に過ぎる。


「いや。違う。イーアンは死なせないと俺に約束した。俺は生きるために戦うんだ」


 頭を振って、弱気を追い払う。ドルドレンは黒い髪を振り上げ、恐れを武者震いに変えて吼えた。『戦え!必ず勝つために!』全体に叫び、目の前の魔物に飛び込んだ。騎士たちも、総長の声に弱気を捨てて『おうっ』と応え、魔物に切り込む。


 戦う間、止まない地鳴りが嫌でも体に伝わり、全員の恐怖と諦めを鷲掴みにする。それでも力の限り、勝つために戦う騎士。ひたすら心を昂ぶらせて剣を振るい、矢を放った。


 ザッカリアはこの時、ギアッチに急いで伝える。『イーアンが帰ってくるよ。アオファと一緒に来るよ』その顔は嬉しそうで。驚くギアッチは『アオファ?誰?』と訊ね返した。心が恐怖に包まれる大人を周りにして、子供は一人『来るよ。アオファを連れてくるんだ』と喜んでいた。




 恐ろしい雄叫びが聞こえてから10分ほどした時。ドガンッと山を砕くような轟音がした。『出たぁっ!』叫ぶ騎士(※ハルテッド)の声が、騎士全員の手を止めた。


「何だあれは」


 現れた()()に、総長ドルドレンは言葉を失う。


 輝く金色の結界に照らされて浮かび上がった、とんでもない大きさの化け物。巨大な上に首が何本もある化け物は、連なる岩山の上に四肢を伸ばして立ち、まるで枝に止まる鳥のよう。何本もの長い首が、真夜中の空に揺らぐ。金色の光を下から受けて、ぼうっと輝く青紫色の巨体は、この世の終わりを告げる姿に見えた。



「無理だ。あんなの倒せない」


 誰かの諦めが、とうとう声になって落ちる。誰もがそれを思う。もう終わりだと。ぐぬぅっと唸るドルドレン。手が出せない相手が出てきてしまった――



「逃げて下さいっ」


 ハッとする。聞こえたのはイーアンの声。ドルドレンはイーアンを探す。再び声が響く。『逃げて!壁の外へ出来るだけ離れて』降ってくるように夜空に渡る、掠れたイーアンの声。


「逃げろ、早く、全体逃げろ!イーアンが壁から離れろと」


 驚きからすぐさま意識を取り戻し、総長は全員に命令する。『魔物はどうする』ブラスケッドが馬に乗って急いで訊く。


「放っておけ!イーアンが逃げろと言うなら、必ず何かある」


 魔物を振り向けば、魔物も突如現れた巨大な化け物を見ているようだった。谷に向いた体は動いていない。


「逃げろ!!出来る限り遠ざかれ!!」


 総長の号令に、騎士たちも馬車も一斉に駆け出す。どこまで逃げれば良いのか分からないまま、とにかく結界を背に、イオライの夜の荒地を走る。結界の外に出た魔物は5頭いるが、それらは追いかけてこない。とにかく騎士たちは全力で馬を走らせた。



 イーアンは、アオファの上から叫んだ声が届いたか心配だったが、他の音に遮られない場所だからか、騎士たちが動いたのを見てホッとした。


 それから岩の上にいる、光の中のシャンガマックとアティクを見る。シャンガマックは見えない。精霊に届くように、イーアンは大きな声で伝えた。


「アオファが、アオファがこの谷を攻撃します。結界で魔物を閉じ込めて下さい」



『アオファ・・・・・ 聖なる力よ。イーアン、バニザット・ヤンガ・シャンガマックを受け取ることを許す』何重かに聞こえる声が答える。


 受け取れって言われても。どうしようとイーアンが考えていると、球体はすっと下がってシャンガマックが現れた。


 後から付いて来たミンティンが追いついて、すーっと岩の上に降りる。タンクラッドは倒れる褐色の騎士を見て、アオファの上のイーアンを振り返った。


「タンクラッド。彼と。そこにもう一人います、アティクを。ミンティンで壁の外へ運んで下さい」


 頷いて、剣職人は即、動く。アティクに龍に乗るように伝えると、アティクは無言ですぐに跨った。タンクラッドは『バニザット』と名を呼びかけながら抱き上げ、自分と一緒に龍に乗せる。ミンティンはすぐに金色の壁の外へ飛んだ。



『結界は消える。最大の範囲を与える。消える前に使いなさい』


 金色の結界がブワーッと広がったと思うと、併せて壁も一瞬で高くなった。しかしその壁が、すぐに下がってくるのも見える。


「アオファ。この結界にいる魔物を全て退治します」


 イーアンの言葉に、岩山の上に立つアオファは、7つの頭をそれぞれの方向へ向け、首を伸ばして顔を真下に向ける。

 光の壁が徐々に下がっていく中、アオファの頭がぶるぶる揺れて、振動がボコボコと体内から響いた。何事かとイーアンが見つめると、多頭龍は大きな口を開いて、白熱の溶岩を吐き出し始めた。



 ひええええっっ イーアンは怯える。絶対にこれが(※溶岩)付いてはいけない!この場所で(※吐き口のおでこ)これに付き合わなければいけない我が身が心底気の毒。


 イーアンの気持ちなど知らぬアオファは、ドロドロと吐き出す溶岩の勢いを強くする。量も勢いも見る見るうちに増し、谷一面に向けられた首の先から、大雨時の雨樋状態でじゃーじゃー、じゃーじゃー・・・溶岩が流れ落ちる。



 結界の壁の上が開いていることと、青い布をかけていることで、イーアンは蒸し焼きにならずに済んでいるが。上がってくる熱も凄ければ、ドロドロバシャバシャ落ちる溶岩に谷が埋まる様子に、もの凄く怖くて今すぐにでも逃げたかった。

 自分が乗っている頭からも溶岩が出ている。それが怖くて仕方ない。うっかり落とされたら一巻の終わりだと、嫌な想像しか頭に浮かばない。イーアンは恐ろしい試練の中で震え続けた。



 イーアンが縮こまって怖がる龍の頭の下では、谷の魔物が谷の壁ごと崩れ溶けていく。範囲の広がった結界に飲まれた、野営地の魔物も焼き尽くされる。足が浸かり、徐々に沈み、腰も胴も頭も沈む。そして最期は跡形もなく、真っ赤に輝く溶岩に消えていく。



 結界はアオファの溶岩を堰き止め、その領域だけが溶岩を入れた水槽のよう。夜空を背景にイオライの岩山は光り続ける。

 離れていても、巨大と分かる化け物の7つの首先から、白く赤く燃える液が止め処なく流れ落ち、壁の内側にそれは波のように揺れ、魔物を溶かしている。この異様な様子は、遠くへ逃げた騎士たちの目を釘付けにしていた。


「あれは。何だ。魔物じゃないのか。魔物を、あれ。倒しているんだよな・・・・・ 」


 異様な状態から目を離せないでブラスケッドが呟いた。横にいるドルドレンも何も言えず、ただただ、恐ろしい光景を見つめる。分かっているのは、あそこにイーアンがいること。


「魔物。死んでるよね」


「死なないみたいだけど、死んでるよ。俺は死ぬと思う」


 クズネツォワ兄弟がぼんやりと意見を交わす。呆気に取られて見つめる離れた先には、高温で輝く四角い空間。見たこともない恐ろしい状態が起きていることしか、彼らには理解できなかった。

 その恐ろしい空間の上、キラッと光る星が現れた。僅かに光った星の輝きはベルの目に止まる。


「ね。ハイル。なんかあっちから、飛んでくる気がするんだけど」


「あ?どれ?ああ。イーアンじゃないの?あれ青い龍でしょ」


「イーアンか~ 大丈夫だったのかなぁ。すごい吼えてたのは聞こえてたけど。あれも午後のことだし、今までどうしてたんだろ。あの人、頑張り屋さんだからねー」


「うーん。ベル間違えたかも。あれ男じゃねぇ?イーアンにしちゃでかくない?」


 二人が話していると、他の騎士たちも気が付く。夜だから誰かまではよく分からない。イーアンと思って、皆で両手を上げてぶんぶん振る(※お帰りー、の挨拶)。ドルドレンも、ミンティンだと見て分かるものの。勘で嫌な感じ(当)。



「おい!バニザットを介抱しろっ」


 歓迎モードの騎士たちの上に、低く力強い親方の声が降り注ぐ。全員びっくりして、やって来たミンティンをじっくり見た。ドルドレンはあからさまに嫌そうな顔をする。『なぜイーアンではなく』呟いて、已む無し。シャンガマックを連れて帰ってきたらしい、剣職人に近寄る。


 青い龍が騎士たちの前に降りると、そこには皆のイーアンではなく、逞しいイケメンが乗っていた。腕に意識のないシャンガマックを抱え、その道の人が見たら羨ましくなる構図(?)。イケメンの後から、ひょこっとアティクが出てきて飛び降り、『総長。この人が助けてくれた』実に簡潔な説明をした(※誰かは知らない)。


「分かった。彼はタンクラッド・ジョズリン。イオライセオダの剣工房の職人だ」


 ドルドレンはアティクを労い、肩を叩く。それから青い龍を我が物顔で乗る、やたら渋くてカッチョイイ、イケメン職人に気圧されつつも、ドルドレンはシャンガマックを受け取る。『感謝する。イーアンは』龍の下で総長らしく質問すると。


「これから迎えに行く」


 ばっさり『俺の仕事だ』と言い切られた。ドルドレンはイラッとするものの、()()()()()()()()()()()をもう一度訊ねた。タンクラッドはミンティンを浮上させ(※既に自分の乗り物)『アオファの上だ。巨大な多頭龍の頭にいる』と剣職人は答えた。それから何かに気がついたように『おい。ミンティン、あれ取るぞ』と後を振り返り、上を見上げた。



 何だ?ドルドレンは剣職人が振り向いた空を見上げる。騎士たちもつられて見上げると、飛ぶ魔物が6頭、壁の向こうから飛んできていた。


「タンクラッド!危ない」


 総長は、腕に抱えていたシャンガマックをスウィーニーに預け、自分も・・・と龍に跳ぶが、タンクラッドはニヤッと笑って『休んでろ』と背中の大剣を抜いた。その、デカイ古風な金色の剣がギラッと威圧的に光り、ドルドレンは跳び上がったものの、迫力に戸惑い再び着地する。



 ミンティンはちゃんと言うことを聞いて、びゅーっと魔物に向かって飛ぶ。タンクラッドは龍の背に立ち、誰よりも大きな金色の剣を振り上げて、革の上着をなびかせながら、ばっさばっさと火を噴く魔物を真正面から斬って落とした。

 あっという間に、6頭の魔物が落下する。騎士たちが唖然として見ている地上を見下ろし、タンクラッドは可笑しそうに笑い声を上げた。


「じゃあな。休んでいてくれ。イーアンは俺が連れ帰ろう」


 あーっはっはっはっは・・・渋い中年の笑い声は、高らかに深夜の空に響き渡り、青い龍に立った剣職人は光の壁へ飛び去っていった。



 ドルドレンは悔しい!とにかく悔しかった!!

 あの剣も羨ましい(※多分あれ俺のだ!と決め付けてる)!ミンティンが言うことを聞くのもムカつく!龍の上で立って斬るのもカッコイイからムカつく(※ドルドレンはまだ未体験)!オマケに俺の奥さんをっ(※これ最重要事項)!!


 きーきー怒る総長に、気の毒そうに、哀れみを含む視線が周囲から注がれる。可哀相に~と同情を囁かれ、頑張ったのにねとか、慰めの声も聞こえ、ドルドレンは余計に腹が立つ。あろうことか、背後で『あの剣職人。総長よりカッコイイかも』『あの人の方がイーアンと似合うよね』などど暴言まで言われる。歯軋りして、むしゃくしゃしながら、地団太を踏んで総長は怒っていた。




 アオファの上から状況を見守る、イーアンの心配はもう一つ。溶岩が固まる前に結界が消えること。


 金色の壁はどんどん下がっている。アオファが溶岩を止める前にこれが消えてしまったら。『流れて出てしまう』どうしようと考える。せめて表面だけでも。固まってくれたら遅くなるのにと・・・思ってから。


「ミンティンがいるじゃない」


 そうだった、ポンと手を打つ。でも側にいない。タンクラッドはどこへ行ってしまったのか。呼ぼうと笛を持って、ちょっと待つ。『あれは』向こうの方から何かが飛んでくる。


「ミンティン」


 あー良かった、とイーアンはホッとした。手を振ると、ミンティンとタンクラッドが戻ってきた。微笑む剣職人は側まで来て『そろそろ切り上げても良さそうだ』と教えた。魔物はもう見えないと言われ、イーアンは胸を撫で下ろす。


「有難うございます。今、ミンティンを呼ぼうと思っていました。この溶岩を止めなければ」


「そうだな。ミンティンが止められるのか」


「はい。この仔はとても冷たい息を吐くのです。この仔に表面だけでも冷ましてもらえれば、数日は触れませんが、固まるまで2ヶ月かからないでしょう・・・あの、シャンガマックは」


「大丈夫だ。総長に預けた」


 イーアンはようやく心から安心出来た。それから、タンクラッドにちょっと腕を広げて待つ。タンクラッドもミンティンから降りて、微笑みながらイーアンの腕を歓迎して抱き寄せた。


「有難う。タンクラッド。最大の危機でした。でもあなたに助けられました。あなたがいたから、アオファも」


「そうかもしれないが。だが俺だけいてもな。お前がいなければ、冠も意味がない」


 抱き合って、見つめ合って。龍の頭の上で微笑み合う親方と弟子(?)。タンクラッドは、今ならちょっとキスしても良いような気がしたが、イーアンのことだから多分怒るなと思って止めた。


 イーアンは大きな広い胸に頭を寄せて、心から感謝を伝えた。傷のある頭に乗る美しい冠が、イーアンへの指輪のように思えて、タンクラッドは満足だった。

 大事なイーアンの顔は、大量の血がこびりついて、肌を引き攣らせ、睫は血で固まっていたし、髪の毛も血で所々塊になっていた。服も何もかもが、恐らく本人の血に染まったであろうその姿は、何度見ても可哀相でしかなかったが、それでもイーアンの冠は、彼女を美しく見せていた。



 イーアンはタンクラッドの胸から頭を起こし、ミンティンにお願いする。『ミンティン。この溶岩を冷やしてほしいのです』疲れてる?とイーアンが訊くと、ミンティンはふんっといった感じで顔を背ける。


「アオファ。たくさん活躍してくれてありがとう。もう大丈夫みたいですから溶岩を止めて下さい」


 イーアンが頼むと、多頭龍の頭の口が次々に閉じて、口端から出る溶岩はすぐに黒っぽく変わった。イーアンがタンクラッドから腕を離し、跪いてアオファの額に口付けした。

『ありがとう。ありがとうね。アオファのお陰です』口付けしてお礼を言い、微笑みながら何度も撫でた。アオファは何度か大きな瞼を閉じて、ちゃんと聞いていることを知らせてくれた。それを無言で見守るタンクラッドはとても羨ましかった(※自分もちゅーってされたい)。


「ではミンティン。お願いします」


 青い龍はぶるっと筋肉を震わせ、カーッと口を開けて、白い炎を噴き始めた。

 白く赤く、泡立つ大地にミンティンは白い炎を浴びせる。何往復も谷を行き来し、谷を越えた場所まで流れていた溶岩も、ミンティンは白い炎で冷やした。地上からどんどん白い赤さが消えて、溶岩は暗い色に変わってゆく。


「ミンティンも大した龍だ」


「もちろんです。あの仔がいなかったら何も出来ません」


 タンクラッドは、ちゃんとイーアンを抱き寄せている状態を保ちつつ、龍の話を淡々と続けていた。イーアンも疲れているので、この状態に頭が回らない。楽なので、体を寄りかからせて龍の役割を話していた。


「アオファはどうするんだ。この大きさだろう。今後どこにいるんだ」


「それは。私も考えていません。どうなのかしら。ミンティンみたいに、いつもは別の所にいるのかどうか」


 アオファに訊くと早いと剣職人に言われて、イーアンはアオファに話しかける。『アオファ。あなたは私といない時はどこですか』大きな頭が少し反応して動く。乗っている頭ではない、別の頭が一斉に地面を見てから、何本かの長い首がイーアンに顔を向けた。


『もしかして。地面の下にいるの』毎回?イーアンはそっちの方が心配。毎度、呼ぶたびにどこかの地面に大穴が開くのか。


 青紫の龍は地面を見つめ、イーアンを見て、止まる。


「お前。地面の下なの」


 確認されても、アオファはイーアンを見つめたまま動かない。剣職人もそれを見て『恐らく、そうなんじゃないのか』と困ったように呟いた。お互いに思うことは同じ。地面に大穴続発。


「もうちょっと。問題ない場所にいられると良いのだけど」


「とりあえず。北西の支部の外に連れて行けば良いだろう。広いし。草っ原(くさっぱら)だから良いんじゃないのか(※他人事)」


「大問題になります。ご近所が驚かれます(※農家さん)」


「大丈夫だ。今更、龍の1頭2頭増えた所で」


「そんな他人事な。確かに、農道までは距離がありますけれど」


「じゃ。良いだろう。田舎なんだし」


 ええ~ 田舎だと良いの~? イーアンは困り顔。タンクラッドは畳み掛ける。『じゃあ、そこら中、いつでもすり鉢のデカイ穴が開くんだぞ』良いのかそれで、と言われる。イーアンは悩む。巨体ちゃん・・・・・


 自分では判断できないので、とりあえず遠征中は、アオファに荒野にいてもらうことにして。そこから先は、ドルドレンに相談することにした。

『ええっとね。アオファは、私と一緒にあと何日か地面の上にいて頂戴』大丈夫かな、と訊くと、アオファのたくさんの頭が揺られ、何となく嬉しげに同意してくれている様子だった。



「では。とりあえず、皆さんの野営地へ戻りましょう」


 イーアンがその言葉を口にした時間は既に、もうすぐ夜明け近い、暗い早朝だった。戦闘開始から実に20時間。長い一日がようやく、一旦終了の幕を下ろした。タンクラッドとイーアンは、それぞれの龍に乗って(※ミンティンはタンクラッド担当)野営地へ向かった。

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