399. イオライ遠征・野営一日目
負傷者は、斬った魔物の飛沫で怪我をしていた。暴れる魔物の体から飛び散るので、運悪く騎士の2人は被害に遭った。
顔ではなく、首と、鎧の肩や胸だったようだが、びちゃっと付いたので火傷をしていた。幸い、酸が付いたのは鎧で、無防備な皮膚に大きな怪我はなかった。イーアンは以前と同様に、彼らの傷を石鹸で洗い(※石鹸を積んでおいた)獣脂を塗って清潔な布を当ててから、包帯で押さえた。
「暫くヒリヒリするかも。でも戦闘から外してもらって、休んでいれば痛みは引きます」
騎士はイーアンにお礼を言って、馬車の中で大人しくしていると伝えた。イーアンを迎えに来た総長がちらっと彼らを見て『拭けるところは自分で拭くように』と命じた。『怪我人にどうして、そういうこと言いますか』イーアンは笑って窘め、また明日包帯を替えますと騎士に約束し、馬車を降りた。
野営地までの間、何回か同じ魔物が出現して、中には馬の足が地面に開いた穴に取られる者も出たが、負傷者は出さずに済んだ。
大体は、主力の総長と隊長が率先して戦い、跳躍の得意な騎士が補助したり、火矢を使ってガス石で焼いたりといった具合で退治した。『前回に比べると大きいのが増えた気がする』誰ともなくそうした感想もちらほら。
「イーアン、やっぱりそろそろ。魔物の数がハイザンジェルは終わるのかな。前触れのような」
「だとしますと。最後、一気にまとめて、強いのが出てこられると困りますね」
馬上で不安を打ち明けながら、二人はこれから向かうイオライの魔物を案じる。これまでで一番、苦戦を強いられる魔物が相手とまでは、この時、知る由もなかった。
イオライの岩山まで2時間未満の距離を取って、野営地に到着する頃。日は傾いて、夕方も半ばに入りかけていた。
全体遠征なので、料理担当は焚き火も大きいものを熾し、テントはすぐに分担で張られた。ドルドレンとイーアンのテントは小振りで、別に端の方にあっても構わないのに、どういうわけかみんなのテントの中心に張られる。毎度遠征ではよくあることだが、今回はテント同士の距離が近い。
「悪意を感じる」
「その悪意。夜間の楽しみが関係していますか」
「それ以外の何がある」
笑うイーアンが仏頂面の伴侶の背中を叩いて『遠征ですから』と注意する。『最初を思い出します』良い思い出ですね、と話を変えると、ドルドレンはすぐ『それは良い思い出だが、こんな具合で日々が続くと、遠征中に死ぬ可能性もある』と言い返した。
死なないでとイーアンが笑って伴侶の腕を組み、料理の手伝いに行きたいと言う。ドルドレンは仕方なし、焚き火の前で料理担当が作ってる所まで送ってやった。『あまり疲れないように』きちんと注意して側で見張る。
「あれにしましょう。せっかくイーアンがいるんだもの」
ロゼールが笑いかけてブレズを指す。『肉を薄切りにして下さいますか』ロゼールに確認する代わりに、その次の言葉を言うイーアンに、ロゼールは満足そうに頷いた。『もちろんそのつもりで』後は煮込んで良いですかと答えが返り、イーアンもそうしましょうと同意。
元気良く肉をざんざんスライスするロゼール。74個のブレズを3段に切っては、獣脂を塗って一つずつ篭に戻すイーアン。
二人が終わった時、顔を見合わせて笑う。『凄い量』『作り甲斐ありますよ』ハハハと笑い合いながら、ロゼールがブレズに一人分の肉を挟みながら、イーアンが香辛料と木の実を散らす。それをどんどん積んで、煮込みが完成する頃には74個の加工ブレズ(←サンドイッチ)が完成。
イーアンの提案で、煮込みの根菜の汁物にも、イーアンが持ってきた魚の干物を入れた。『ちょっと違うでしょ』笑顔のイーアンにロゼールも首を振って『全然違うものですよ』と笑う。
――なんで。ロゼールとこんなツーカーなんだ。笑顔出しっぱだ・・・一緒に料理すると、一瞬でダビ&イーアン状態(?)になるのか。俺もした方が良いのか。何だか、ここにも彼らだけの花爛漫世界がある気がする。イーアンの特技か。年上たる利点か。なぜ横にいる俺の影は薄いんだろう。いないみたい・・・・・
難しい顔のドルドレンをよそに、二人は4日分の食材と料理の変更について、嬉しそうに話が弾んでいた。そうこうしている内に、ちらほら騎士が焚き火周りに集まり始め、それぞれ加工ブレズと魚入りの汁物を受け取って食べ始めた。
ちょっと違う遠征食は、どうやら好評で何より。イーアンは馬車の負傷兵にも持って行って(※ドルドレンに『食べさせてはいけない』と連れ戻される)戻ってきた。
「ロゼールが良いと言ってくれたから、出来たのです。ドルドレンもどうぞ」
イーアンがニコニコしながら口に運ぶので、目の据わるドルドレンも食べる(※食べさせてもらう)。美味しいのですぐ忘れる嫌なこと(※単純)。美味しいと笑顔で、次も次もとねだりながら食べさせてもらった。
オーリンも夕食を受け取り、いちゃつく二人を観賞しながら食べる。ふうん、と一声漏らす。東の魚を使ったか。イーアンを見て、フフンと笑った。
加工ブレズも良い味している。塩漬けの肉と木の実が丁度良いコクを口に残す。なるほどな。これなら一人暮らしの剣職人が、朝昼晩ねだるのも分かる。
男所帯で一人の女かと周囲を見渡す。彼女は女として受け入れられているのか、仲間として受け入れられているのか。どっちつかずのような気もする。
でも。美味い食事を味わいながらオーリンはイーアンを見つめる。『心の奥に鬼が潜んでるんだな。悲しみと正しさを守るための鬼が』俺と同じだと、黄色い片目を光らせた。それから美味しい加工ブレズの最後の一口を飲み込んだ。
その夜。イーアンとドルドレンは、周囲を囲まれたテント(※密接)で眠る。毛布を体に巻いてから毛皮に包まって、イーアンは目だけ出して伴侶に笑いかける。ドルドレンは愛妻の目を覗き込んで、笑みを湛えながら、チュニックを脱いで毛布を巻いて毛皮の中へ。
んふんふ、いちゃいちゃで二人は楽しい。やらしいことがお預けのドルドレンは、気がおかしくなりそうな一瞬もあるが(※我慢と性欲の戦い)イーアンはこんな具合で温め合うのも楽しいと思える。
「温かいのは変わりませんから」
「どう温かいのか。どこが温かいのか。それはかなり状況と今後を左右する」
ハハハと笑うイーアンは、毛皮の中でドルドレンを抱き締めて『愛しています』と囁く。ドルドレンも抱き締め返して、細い背中をかき抱き『今すぐ愛したい』と答える。『いつだって愛されています』そう笑われて、ドルドレンはやり切れない股間に悩む。
「イーアン。服脱がないの」
「脱いだら凍死します」
「させない。俺が温める」
「遠征中ですよ」
ぶーたれる伴侶を胸に抱いて、イーアンは笑いながら慰める。『旅に出たら、ずっとこうでしょう』今から慣れないとと言うと、ドルドレンが貼り付いて嫌がる。死ぬ死ぬ言われて、イーアンは笑うしか出来なかった。
どうにか宥めつつイーアンは、明日に備えて眠るようにと伴侶を寝かしつける。自分も緊張で疲れているので、伴侶の寝息を聞いてすぐに眠った。翌日、実力試しのような一日になるとは、全く思うことなく。
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