396. 遠征前日・オーリン参戦
ミンティンに謝りながら、イーアンはサグラガン工房へ向かう。午前中だから人々も外に出ている時間。
目立つだろうなと思いつつも、今は仕方ない。龍でサグラガンの前に降り、案の定、人々にガン見される中、急いでミンティンを降りて工房の扉を叩いた。すぐに老職人が来て開けてくれて、笑顔で挨拶。
「ダビに聞きたいことがあります。いますか」
「いるよ。ダビ、なんだ。あのお姉ちゃんだ」
ああ、はいはいと前掛けを付けたダビが来て、イーアンの格好を見てから『もう遠征?』と驚いていた。
「お仕事中にごめんなさい。あなたに弓の強度を確認したくて来ました。遠征は明日からです」
急いで弓の弦を見せて、イーアンはこの弦を自分が作ったことを話す。それから、と上半身用のパワーギアを見せる。
『これも作りました。実戦でどのくらい持つか、明日で確認しますが苦戦しそうで』眉根を寄せて早口のイーアンに、ダビは表情を変えずに頷いた。受け取った弦を伸ばしてから『ふーん』とちょっと眉を上げる。
「いいんじゃない。遠征って4~5日ですよね。持つでしょ、普通の強弓で。何回矢を使うかにも寄るけれど。これはとにかく、何その腸で作りましたって感じの。何?」
口で説明するのが難しいので、イーアンはダビを戸口から引っ張り出して、くるくる胴体の前後を回りながら1分後に装着。『何するんですか』ダビが困惑して、職人が笑っていた。『お姉ちゃんには形無しかよ』生意気言ってるけど、と笑われて、ダビは苦笑。
「ダビ、サインさんに生意気なのですか。いけませんよ」
ちょっと笑うイーアンに諭されて、ダビも笑いながら首を傾げる。『で。これでどうするんです』イーアンは弓を射ろと命じる。それを聞いたアーメルが弓矢をダビに渡し、ダビはイーアンをちらっと見て『普通に?』とだけ聞いた。頷くイーアンにダビは矢を番えて、引く。
「うぉっ」
驚く顔のダビは、瞬間で矢を放って急いでイーアンを見た。イーアンはちょっと微笑んで『そういう使い道です』と言った。
「何ですか。こんなの使う相手でも見てきたんですか。これとあの弦で戦うって」
「もっとです。もっと固めないと。今回はぶっつけ本番なので、万全で行かねばいけません」
アーメルも驚いていて、ダビが凄い怪力だと誉めた。ダビはアーメルに、怪力はこの道具だと教えた。そこでふとダビは気付く。ちょっとイーアンを引っ張って表へ出て、相談。
「遠征から帰ったら、この道具の片腕版作れます?」
「片腕?あ、もしや」
ダビが頷いたので、イーアンはやってみるとすぐ答えた。ダビはニコッと笑って『頼もしい』と言ってくれて、イーアンの道具を返し(※自分でも外せる人)イーアンの肩を叩いて無事を祈ってくれた。
「あの。もし、もっと詳しく知りたかったら。私は今ここで動けませんが、オーリンさんに聞いて」
ああそうか、と思い出し、ダビにお礼を言う。イーアンはこのまま向かうことにした。『皆に宜しく、ボジェナに宜しく』飛び立つイーアンにダビが手を振る。伝えますよ、とイーアンも笑顔で手を振った。
「オーリンがいたんだった。彼に聞けば良かったのか。ダビの仕事を邪魔してしまった」
呟きながら、イーアンはオーリンのもとへ向かった。
それから5~6分。ミンティンに待っててもらって(※ミンティン仏頂面)イーアンは急いでオーリンの工房へ走った。オーリンは家の中なのか。それとも山の中か。扉を叩いて暫く待つ。
「お?イーアン。もう来たのかよ。この前来たばっかで」
工房の裏手から出てきたオーリンは、言いかけてイーアンの鎧姿に言葉を止めた。じっと鎧と剣を見て、へぇと顔が笑う。『すごい格好だな』イーアンの顔を見て笑う。
「急に来てすみません。助言を下さい」
イーアンは明日から遠征で、自分はこうしたものを用意していてと、荷物から弦とパワーギアの全身用を取り出した。オーリンは弦を受け取り調べて『これ、何度引くかによるぞ』と困ったように呟く。
「ダメ?ダメそうですか。支部にある強弓で、4~5日間の遠征中に耐えてくれたらそれで良いのですが」
「支部の強弓って言われてもな。幾つか種類もあるし。新品じゃないならそれも考慮だろう。持ってないのか」
イーアンはしょげる。そこまで考えていなかった。持っていませんと項垂れて首を振ると、オーリンはそれには答えず、パワーギアの全身用を手にして、着けさせてくれと言い始めた。
そんな暇ないのよ~とイーアンは心の中で叫ぶ。
表情に出たのか、オーリンが真顔で『遊ぶわけじゃないから』とちょっと怒って言う。渋々着けてあげることにしたが。着ければ着けるで、オーリンの目の色が変わる。獲物でも捕らえたかのような、活き活きした目つきで突然屈伸。次の瞬間、びゅっと音を立てて跳び上がった。
イーアンは呆気に取られて、上を見上げる。ドルドレンの跳躍力も人間離れしているのを見ているが。オーリンはその2倍近くを跳んで、一旦屋根へ降りてから、地面に降りてきた。子供のような笑顔で弓職人が手を叩く。
「すげぇ。最高だっ!これ使うのかよ。イーアンは退屈しねぇな。よし。良いだろう、一緒に行ってやる」
黄色く光る片目をキラキラさせて、オーリンはニヤッと笑う。イーアンは言われた言葉を反芻し、瞬き複数回。『え。今、何て仰いました』ちょっと耳を疑うような発言だった気がする。
「ちょっと待ってろ。火の始末してくるから。後あれか、動物の飯だけ用意して」
「待って。待って下さい、オーリン。あなたは私と一緒に支部へ行くのですか。行っても、明日から1週間近く遠征で戻れません。
私は午後はもう支部から動けませんので、ここに戻れません。支部であなたは、どうお過ごしになるのです。ここの動物たちの食事や危険は、どうされるのですか」
はぁ?とオーリンが振り向く。一度工房の中に入りかけて、心配そうなイーアンを見て戻ってきた。
「大丈夫だ。こいつらは。一週間くらいなら。俺が町へ行く時だってあるんだし、心配要らない。それに支部にいるなんて一言も言わなかったぞ。君と一緒に行ってやるって言ったんだ」
「何ですって。遠征に」
「そうだ。俺は別に戦えないわけじゃないし。人手があったほうが良いだろ」
とんでもない思いつきで勝手に行動しようとする職人に、血の気が引くイーアンは必死に止めた。危ないとか、責任取れないとか、ドルドレンに何て言えば良いのとか(※これが一番厄介)。
オーリンは、焦るイーアンを往なして、さっさと工房の火を片付けて、戸締りして。表へ出て動物たちの動きやすいようにして、食事だけは山積みして。もう一度工房へ戻ってから、背負い袋にがさっと工具と必要なものを詰めると、オーリンは大きい黒い弓と矢筒を背負い、変わった形の小振りな弓を腰に下げた。
イーアンがぎゃーぎゃー喚いているのを苦笑いしながら、付いて回って弱音を吐くその背中を押して、工房の外へ出し、扉に鍵をかけた。
「諦めろ。一緒に行くと俺が言えば、一緒に行くしかないんだ。悪いようにはしない」
今が悪い状態です、と裏声で叫ぶイーアン。オーリンは笑う。それからイーアンの背に屈み込んで、ニヤッと笑った。『俺に会いに来た自分を責めてくれ』ハハハと軽く笑い飛ばされて、イーアンは真顔で溜息。
この人、何歳なのかしら・・・・・ 呆れる心の声が口に出ていて、オーリンは振り向き『俺?45だ』とちゃんと答えてくれた。黙るイーアン。私と同じくらいの年・・・それでもこんなに人のこと考えないで動けるって。
オーリンは固まるイーアンに『行くぞ。早く行かないといけないんだろ』そう他人事のように言いつけた。そして勝手にミンティンのいる方へ歩き出す。呆れてる場合ではないので、イーアンは気を取り直して走って後を付いていった。
ミンティンに乗る時、イーアンは自分勝手なオーリンをちょっと睨んで『本当に行くのですか』と確認する。
オーリンは側へ来てから龍を眺め、『俺はオーリンだ。よろしくな』ニコッと笑って、龍の体をぽんぽんした。龍はちらっと見ただけ。
・・・・・私の質問は無視。イーアンがむすっとすると、その顔を見て弓職人がイーアンの頭をぽんぽんした。
「怒るな。良い顔してるんだから。君と戦ってみたいんだよ」
「何を考えているのです。私は魔物以外と戦いません」
そうじゃないよ、とオーリンは龍に乗る。イーアンも慌てて龍に乗り、思いっきり嫌味な溜め息をついた。
『ミンティン。支部へ戻りますよ』全く・・・遠慮する気にもなれないイーアンは、ワガママ男を振り返ることもなく、龍を浮上させた。ドルドレンに何て言われるやらーっっっ
後でオーリンははしゃいでいた。龍の背中が大変気に入ったようで、大喜び。フテくさるイーアンの気持ちは無視して、どんどん話しかけていた。
あんまり自由過ぎて、イーアンはびしっと叱る。『他人を思い遣る年齢ではありませんか』私の身にもなって下さいと感情のままに声にした。すると後からすっと手が伸び、イーアンの腕に触れた。イーアンが振り向くと、黄色い片目でじっと見るオーリン。
「俺は思い遣ったつもりだ。迷惑にならない。必ず、連れてきて良かったと思わせるから」
そんな目で言ったって許しませんからねと、無言で見つめ返すイーアンは警戒する。イケメンの技を使われる回数が、この世界は多過ぎる。イケメンだらけというのも、良し悪しだと最近つくづく感じる。女性も綺麗な人がこれまた多いので、綺麗な女性に弱い自分を発見したくらい(※パパワイフ)。
「イーアン。君がもしな。俺を要らないと判断したら。そしたら俺を置いて行け。勝手に馬で戻るから」
「そんなこと出来るわけないでしょう。あなたの工房まで、どれくらいかかると思うのです。一緒に来るという意味は、連れて行くしかないと、さっき言いました」
「怒るなよ。怒らないで。な」
振り向いて叱るイーアンの腕を、そっと柔らかく掴みながら、オーリンの黄色い瞳が寂しそうに光る。
悪気ゼロの人って苦手なイーアン。悪気があればまだ、叱ったり怒ったりできるが、視点が違う上に悪気がないのは合わせるだけで疲れる。
「一緒に行くことになるでしょう。でも私はあなたを断ったのです。ですので、そうした言い方であなたをドルドレン他皆さんに紹介するでしょう。それは承知下さい。
今回の遠征は全体遠征で、相手も質が異なり、苦戦する可能性があります。そんな状況であなたを、民間人を連れて戻るのです」
「な、イーアン。俺が役立たずなら、それをもう一度言ってくれ。でもなかったか?無関係な自分が、誰かの役に立てるって分かって、押し付けで飛び込んだこと」
イーアンはその言葉に、ちょっと止まり、ゆっくり振り向く。黄色い瞳が自分を射抜くように見える。『なぜそんなことを』小さい声で呟くイーアンの顔に、ちょっと指を動かして触れたオーリンは『ここ。傷がある』そう言って微笑んだ。
「君の顔にも、首にも。傷があるだろ。昔の傷だろうな。力の限りで暴れたことなかったか。誰かのために力を振るっても、理解されなかったことなかったか。相手はそれで助かっても、礼の一つもないっていう、あれだ」
「あなたはなぜ」
「イーアンはそういうこと。もう嫌で捨てたんだろうな。俺はそのまんま。ちょっとは丸くなったけど、変わらないかな。でも分かる。俺と同じ匂いがする。俺と同じような性格だと分かる」
そんな人間の戦う姿を見たかったから付いてきたと、オーリンは微笑んだ。不思議なことを言うなとイーアンは思う。むしゃくしゃした気持ちは、話を聞いているうちに引いていた。
「だからな。俺が弓を見るから、それだけでも役に立つって」
「もう言わないで下さい。それと。私の過去も探らないで下さい」
肩越しに寂しそうな目をしたイーアンに、オーリンはちょっと見入った。『分かった』短く答えてから、オーリンはまた口を開いた。
「せっかく何かの縁で出会ったんだ。まだよく知らないのに、嫌いにならないでくれ」
「なりませんよ。怒ったりはするでしょうけれど。でも嫌いません」
「好きにもならない」
「あなたの力量は尊敬しています」
ちょっと笑ったイーアンに、オーリンも笑った。『あなたは私のいる隊に。ドルドレンの隊です』多分、とイーアンは伝えた。弓引きがいないドルドレンの隊。ダビがいたらダビのポジション。
「お願いがあります。私のお世話になる支部は、個性を豊かに表現する方も少なくありません。彼らを見た目や態度で判断されないで下さい。とても素敵な人たちですが、反面傷つきやすくもあります」
「優しいな。分かった。俺は飛び入りの迷惑者だ。余計なことは言わないよ」
ふーっと溜め息をついて、イーアンは眼下に入った北西支部へ龍を向けた。お昼より早い時間の到着。裏庭には、たくさんの騎士が合同演習をしていたのが見えた。
 




