395. 遠征前日午前その2
やることがたくさんあるイーアン。でもこの忙しさや、頭の動かし方に慣れれば、今後はこれが普通になる。そうしたら自分にとっても良いと分かっているので、今は頑張るのみ。
「ちょっと吹き出物が出来たのよねぇ。疲労かしら」
顎辺りに出来た吹き出物を気にしつつ、イーアンはマブスパールへ高速で飛ぶ。高速だと寒いが、時間の制限があるので耐える。30分近くかかるマブスパールでも、高速のお陰で20分くらいで到着した。
『全身羽毛スーツが欲しい』寒がりイーアンは膝や腿の冷え方に嘆いて龍を降り、一旦龍を帰して町の中へ入った。
「あらやだ」
入ってすぐ。町の入口の壁沿いに、でかいヘビがゴロゴロ転がっていた。大きくて重かったんだわと想像する。
さっと見渡すと、近くを通った男性が来て『あんた。騎士修道会の人?』と鎧と剣を見て訊ねた。イーアンがそうだと答えると、おじさんはしげしげイーアンを見て『一人なの。大丈夫?これ重いよ』と蛇を見た。
イーアンは頷いて、ここに東の騎士がいるかどうか。いなければ、エンディミオンという人がいるかどうかと答える。おじさんは『ああ』と驚いた顔で、『エンディミオンか。呼ぶよ』と言ってすぐに町の中へ行った。
「東の騎士はいないのね・・・・・ 」
東の騎士がいれば良いだけのことなのに、おじさんはエンディミオンの方に反応してしまった。続けて言ったのは間違えたかとイーアンは反省。
とにかくおじさんがお祖父ちゃんを呼びに行っている間。イーアンは蛇を観察。『凄い胴体ねぇ』太さが異様。直径50cmくらいある。全長が20mくらい。胴のわりには短く見える。
退治で頭を割られていて、胴体もかなり傷つけられている。大きいので、皮が傷ついていても使える部分が多いため、皮は回収対象。
「後はどこがあるかしら」
大丈夫そうなお腹側。短いかもしれないが腸はもらっていこうと決める。それから割られた顔を見て、剣でちょっと口を開くと、『お。良いですね』前の方に長い牙がある。ちゃんと穴もある。イーアンは毒腺も頂戴することにした。
エンディミオンが来てからと思ったが、時間がないので始める。
近くの人に、自分はヘビを解体するため見ないようにとお願いし、終わったら刻んで町の外に出すと話した。その人は恐ろしそうな目でイーアンを見たが、仕事だと言われて了解してくれた。
「本当は。皆さんに見えない場所で行うのが礼儀ですが」
巨体ですから仕方ありませんと、イーアンは独り言。腹を向けて横倒しになっているヘビから始め、首から尻尾までざーっと剣で切り込みを入れた。
皮と腸を回収してしまってから、刻んで壁の外へ出し、そこで毒腺を取るつもり。ヘビ系は腸はそれほど長くないし、袋に入らないなら縛ってぶら下げようと(※ミンティンいい迷惑)考えている。
イーアンはさっさか、さっさか皮を剥く。魔物はぺろっと皮が取れるのが快感である。面倒もないし、ダニも寄生虫もない。皮を取るだけであれば、不謹慎だが魔物は大好きな対象。
ぺろぺろ剥いて、くるくる丸めて縄で縛る。鱗はトカゲのような感じだった。小石の粒が埋め込んであるような。
紫・黒のヘビで、柔軟だが防具に使える気がした。幅は1m50~60cm程度。長さは頭と尾を外して12~13mくらい。『これだけあれば、皆さんにたくさん作れるかも』嬉しいイーアンは、運ぶミンティンのご機嫌取りを考えながら作業する。
お腹が下に向いている1頭は、エンディミオンに手伝ってもらうことにして。次は腸。腹の筋肉を割いて、胃袋の繋がりを綱で結んでから切る。お尻側も同じように綱で結んでから切る。これをずるっと出して、4頭分。
腸を回収した後、内臓がぼろんと出ているので、イーアンは内臓をちょっと小分けにしてから、壁の外へ引きずり出した。
引きずり出していると、『イーアン』と。来たかと振り向けばお祖父ちゃんが笑顔と困惑を綯い交ぜにした表情で近づいてきた。
「お前。これ何してるんだ」
「仕事で呼ばれました。回収して、死体を外へ出します。私だけでは重くて。申し訳ありませんが手伝って下さい」
「ドルドレンは」
「私一人です。これを回収したら、この後また用事で動きます」
お祖父ちゃんを見ないようにして、イーアンは内臓を引っ張り出しては引きずる。ちらっとお祖父ちゃんを見ると、凄く嫌そうな顔をしていた。
どうも解体現場に意識を取られた様子で、今日は自分の身の危険はないと知る。『お嫌?』気持ち悪がっているので、可哀相かなとイーアンが訊ねると。
「おい。あのな。嫌って、答えるわけにいかない質問をするな。女のお前がやっていて、俺が言えるわけないだろう。嫌だけど」
「仰っています。無理はされないで下さい。では私が内臓を担当しますので、そこにいる一頭をひっくり返して頂けますか。お腹が下では解体できません」
お祖父ちゃんはぬぐぅと唸って、とりあえずイーアンの指示に従う。でかい蛇をどっこらしょとひっくり返し、『腰がやられる』とぼやいていた。
『夜に響くんだよ、腰は』とやらしい発言をイーアンに向けるので、急いでいるし内蔵も重いしのイーアンは『女性に上になって頂いて下さい』と作業の手を止めず、大真面目な顔で適当に答える。
「お前は。可愛い顔をして。何だかびっくりするようなこと言うなぁ」
「お褒めに預かって嬉しいです。でも内蔵が重いので、あまり話しかけないで」
うんうん言いながら、必死に内臓を引っ張り出すイーアン。お祖父ちゃんはペースを乱されるものの、大変そうなイーアンが気の毒なので嫌々手伝ってやる(※親切)。気持ち悪ぃとこぼしつつも、内臓をずるずる引きずって外に出してくれた。
「ありがとうございます。エンディミオン。私はあなたに返してもらった魔物の皮を剥ぎますので、これが済んだらまた内臓を出しましょう。それからぶつ切りにすれば、体も外へ出しやすくなります」
お祖父ちゃんは東の騎士が話していた『回収』『イーアンがしたがる』の意味がようやく理解できた。呼んだ俺がバカだった・・・・・
呆然と自分を見つめるお祖父ちゃんを放っておいて、イーアンは剣で皮を切り裂き、あっという間にぺりぺり剥いてくるくる巻いた。それから腹の筋肉を割いて、綱で腸の上下を縛ってから切り出し、残りの臓物を引っ張り出す。
「はい。ではこれを運びましょう」
もう手伝ってしまったからには断れない。お祖父ちゃんはこんな目に遭うなら、自分で魔物を外に出すべきだったと激しく後悔した。しかし命令が飛んでくるので、嫌だけど頑張って、内臓を運び出してやった。
「私はこれを細かくしますから、次は体を外へ出しましょう。その後はもう、私一人の作業ですので、お帰り下さって構いません」
そう言うと、お祖父ちゃんが何かを答えるより早く、イーアンは剣を振るって、ばすばす魔物を切り刻む。切れ味が半端ない剣で、こんな切れる剣を振り回す女に、目をむいて驚くお祖父ちゃんは腰が抜けかけた。
――俺が人生で。もしかすると一番恋した相手は。恐ろし過ぎる。なんておっかないんだ。こんな危ない女だったのか。戦う女どころじゃねぇや。平然と巨大ヘビぶった切って、内蔵引っ張り出す女なんて見たことないよ・・・・・
よく孫が殺されていないもんだと、妙な部分で同情しながら、お祖父ちゃんは無敵の剣を振るうイーアンを見つめる。浮気したら、間違いなく斬られる気がする。
イーアンは、魔物の頭以外をせっせと切り刻み、出来るだけ一つ一つが軽くなるように小さめにする。細切れ作業も5分くらいで終わったので、剣を鞘に納めて、そそくさ運び出し作業を始めた。『エンディミオン』と振り向いて声をかけると、お祖父ちゃんは無言で手伝ってくれた。
「頭はこのデカさのままか」
「はい。壁の外でこれを割りますので、今はこれで」
これ以上質問すると昼飯が食えないと判断し、お祖父ちゃんは黙々と作業する(※67才肉体労働)。
そうして全てを運び出してから。大急ぎのイーアンは次々に頭をナイフで切り開いて、上顎の内側に入った毒腺を慎重に引っ張り出し、毒の出口を縛ってから、持って来た袋にポイポイ入れた。
あまりに手際が良く進むので、イーアンはちょっと鼻歌交じり。お祖父ちゃんは老体というけれど、なかなか良い働き手で時間も効率的。
お礼に、今度ゆっくりお昼でも作って差し上げましょう・・・そう思いながら、上顎を切り開いて毒腺を外し続けた。
「今の時間はお分かりになりますか」
急に話しかけられて、お祖父ちゃんは町の柱に付いた時計を見る。『ああ、あの。10時前だな』衝撃的な場面を連続で見せ付けられて、ぼんやりしているお祖父ちゃんは答える。イーアンは満足げに頷いた。
「到着してから1時間ちょっとですか。まぁまぁです。良かった。エンディミオン、有難うございました」
それではねとイーアンは、回収した皮と腸と毒腺の入った袋をずるずる表へ出して、どうにかこうにか綱でまとめる。
「ちょっと大きい荷物でミンティンが辛そう。でも仕方ありません(※こき使う)」
うんと頷いて、左右にかかるように配置して結んだ大荷物を前に、笛を吹こうとした。ハッとしたお祖父ちゃんは急いでその手を止めて、イーアンを見つめる。『もう行くのか』鳶色の瞳が見上げて頷く。
「そんな。もうかよ。ちょっとうちに上がっていけよ。ここにこれ、置いてあっても誰も気にしないから」
「いいえ。明日から遠征なのです。今回の遠征は苦戦しそうなので、私は明日までに・・・やるべきことを行わないと。皆さんの無事がかかっていますもの」
「イーアン。分かるけど。でもさ、ちょっとくらい。頑張って仕事したんだから、休憩したって」
「有難う、エンディミオン。でも行きます。またお会いしましょう。今回はお手伝い下さって助かりました」
「なぁ。どうしたらまたお前に会える?何か思いついたか?」
まだですとイーアンは首を振る。笛の複製については言えないけれど『呼ぶ人たちが、確実に魔物を撃退できるような、そうしたものを用意出来るように考えている』・・・とは伝えた。
「そうか。考えてくれてるんだな。有難う。俺は待ってるから。遠征から戻ったら、また来てくれよ」
「そうですね。遠征が済んだらまた。東に来る用事もありますので、その時にでも立ち寄らせて下さい」
「いつだって良いんだよ。俺はここの町にいるからさ。でも早く来てな。ほら、年だからいつ死ぬか分からないだろ」
死ぬ気がしませんとイーアンは笑い、でもじゃあ近いうちにと約束した。エンディミオンはイーアンの鎧を見つめ、無敵の剣と美しい鞘を見てから、イーアンの顔を撫でた。
「遠征か。気をつけるんだぞ。お前は格好良いなぁ。鎧も剣も最高に似合ってるじゃないか」
イーアンはニコッと笑ってお礼を言い、それから笛を吹く。すぐにミンティンが来て、転がっている荷物を見て嫌そうな目をしていた。
エンディミオンに手伝ってもらい、龍の背に荷物の綱をかける。『揺れないようにお腹に結びますよ』ミンティンはとても嫌がっている態度だったが、イーアンはきちっとお腹側に結び付けて、荷物を固定した。
お祖父ちゃんはそれを見て、龍にも同情した。凄く嫌がってる気がするが、イーアンが真面目にやってるから、渋々言うこと聞いてるんだなと分かる。伝説の聖獣が嫌がることをする主人・・・・・
複雑な気持ちで見守るお祖父ちゃんをよそに、イーアンは龍に跨って微笑む。『それでは行って参ります。エンディミオンもお元気で』そう言うと龍はくさくさした様子で浮上し、東の山の方へ飛んでいった。
青い点を見送るお祖父ちゃん。なーんであんな、可愛い顔して。おっかねぇことするんだろうなぁと一人呟く。
ぶつ切り細切れの魔物の死体が寄せられた、町の壁を見て溜息。『他のヤツに言っとかないと』やれやれと頭を掻きながら、朝から疲れる仕事に精を出した自分を誉めて町へ戻った。
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