394. 遠征前日午前その1
イーアンはこの日残業。塩漬けの腸をたんまり戻してから、外で出来る作業は一通り、日暮れまでは行った。準備の整ったものは馬車に積んだ。その後、お風呂夕食と続いて、工房でパワーギアを作った。
今日の夕食は、一品モノで勘弁してもらうことにして、ドルドレンには他の人と同様、ちょっと料理担当のお夕食も食べてとお願いした。
一品モノは、生の根菜と生クリームを注いでチーズをかけて焼く、ザペカーンカというグラタン。どっさりざくざく耐熱容器に並べ、薄切りにした野菜と塩漬けの魚のほぐし身を並べて、クリームをかけて焼き釜へ。『本当は肉だけど。これは魚にして。時々、創作料理も忙しい時はありです』独り言を呟き、自己納得して作った。
夕食後は、ドルドレンに事情を話して工房に籠もることに。ドルドレンも毛皮のベッドの上で本を見ていた。『ギアッチの話していた、獣頭人体の魔物があった』と教えてくれて、読み上げてもらうと。
「それは。かなり異質のような」
「うん。この2年で見なかった質の魔物だ。イーアンがイオライセオダで倒したのは、こんなのか」
「そうです。この前、支部の裏庭で倒したものも、形は違いますけれど受け取る雰囲気が近いです」
「ううっ。支部の裏庭の時のことを思い出すと、俺が辛い。だがそうか。そう・・・魔物の王絡みかな」
こんな感じで、古い本にもあるように、これは危険といった雰囲気であることは理解する。イーアンはどうにか、この魔物を倒す方法を考える必要があった。
とにかく。伴侶と過ごす夜残業時間。あれこれ思うことを作業しながら話し、工房訪問の回数等、今後の重視する行動を相談して。10時を回った頃に、イーアンは今日はここまでと作業を終えた。
二人は寝室へ戻り、明日の予定を話し合う。イーアンは、明日は大忙しということで、その行き先が分かるだけに、ドルドレンは機嫌が下降したが、そこは夜の営みで回復した。
イーアンの昼のお願いどおり、上半身裸に羽毛クロークを羽織らされ、ドルドレンはこれがどうやら、愛妻に絶大なメロMAXを生み出す格好の認識をする。夏はさすがに死にかねないが、寒そうな時期には、ちょくちょくこれでいこうと決定した。
――単にクロークに羽が生え、それを羽織ってるだけで。愛妻はヘロヘロ溶ける笑顔で擦り寄っては、顔を赤くしてしがみ付く。ちょっと触ってみると、喜びに悶えながらキャーキャー言う。こりゃスゴイ。
目を覗きこもうものなら『意識が飛びそう』との発言に、失神しかねない危険さえ感じる。イーアンには何やらドツボらしい。俺でいう、イーアンのあの服(←青碧色のテロテロ服)みたいなものか。
こうと分かれば。好き放題である。失神寸前くらいの距離で、愛を囁きを続け(※耐久制限時間:10秒)触りまくると、蕩けるイーアンは自分から脱いでくれる。これは最高!羽毛クロークサマサマだっ!!
ドルドレンは、この効果絶大の衣装に感謝を捧げ、大いに活用することにした。する段階では明かりを消すので、もちろん裸可能。しかし思い出す。遠征が控えている・・・・・
羽毛クロークで興奮真っ盛りに突入したものの。ちょっと気持ち良くなるたびに『遠征中に営めないのはツライ』と嘆くドルドレンだった。
そしてあっさり夜明けが来る。少し暖かな気温で、イーアンは張り切る。お祖父ちゃんに書いてもらった紙を腰袋に入れ、素敵な冬服に鎧を着込み、剣と腰袋を下げ、羽毛の上着を羽織って出発。
「もう行くの」
「急ぎます。昼前に戻ります。何往復かするでしょう。でも午後は支部で準備したいので、午前で動きます」
朝食も食べずにイーアンは龍を呼んで、さっさと朝焼けの中飛び立つ。
行き先がイオライ方面・・・間違いなくタンクラッド。朝っぱらから、妻は好敵手行きかと思うと、げんなりするドルドレン。だが、ドルドレンはこの時、このげんなりを越える出来事が起ころうとは、露ほどにも思わなかった。
朝も早くから、龍でタンクラッドの工房へ到着したイーアン。タンクラッドはちゃんと起きて待っていた。
「早いな。よく来た。もう鎧を着て」
「おはようございます。ええ、今日は大忙しです」
お食事を作る時間がないのと話すと、タンクラッドは家に入れて、一旦龍を帰してすぐにお茶を淹れてくれた。
「お前のことだから。自分の食事もしていないだろう。俺の朝食なんか気にするな」
優しいタンクラッドはイーアンを抱き寄せ、頭を撫でながら微笑んだ。そんな優しい親方にイーアンも微笑み、腰袋からお祖父ちゃんの書いた紙を出して渡す。『これがエンディミオンの歌の訳です』以前の自分のことを書いてあるとイーアンは伝える。
「ありがとう。これを読んで、出来るだけ意味を理解できるように考える」
「あなたがいれば。少しは遠征も違うのかしら」
イーアンは頼もしい親方の賢さに、ちょっと弱音を吐いた。タンクラッドはその言葉に、少し引っかかって続きを聞く。お茶を一口飲んでから、イーアンは昨日見た魔物の話をした。
「まだ。生き物的な魔物なら、私も方法を絞れるのですが。もう一つのものは、この前のイオライセオダの魔物のような印象で。ああした魔物は、私にはこれという方法が見つからなくて困ります」
タンクラッドはイーアンの小さな顔をそっと撫でて、励ますように頷く。『俺が行けたら良いのだが』そうもいかないしな、と呟く。
「参考になるか分からないが。ちょっと待ってろ」
少し考えてから、立ち上がったタンクラッドが寝室へ行って戻ってきた、その手には。以前見せてくれた、遺跡巡りの時の手記(※263話)があった。
「あのな。ここに、今お前が話していたような相手が出てくる」
イーアンは親方の鳶色の瞳を見つめる。タンクラッドはページを捲りながら、ここだ、と指差して読んでくれた。彼の読み上げる手記の話は、イーアンをとても勇気付けるものだった。
「と、いうことだ。以前この町に襲い掛かった魔物を、お前が倒した時の話。詳しく知らなかったが、俺も外に出て調べて理解した。
人形のような土くれが山のように落ちている中で、一体だけ人間の端くれのような死体があった。あれが魔法使いかと思ったのは、この手記を過去に何度も読んでいたからだ。
今。イーアンが話していた、岩山の向こうの土の巨人。それは手記に出てくる『獣か人か分からぬ土の化身』と実に似ている。
それも額に・・・石が入っていて、それを壊すと崩れてしまう。しかし土の化身は、側に土があれば、生き返るように思えると書いてある。石を取り上げ、聖なる力で封じないと繰り返されてしまう。お前がこれから戦うなら」
「はい。頭をまず割ってみましょう。それをするために、騎士の皆さんにも、相当頑張ってもらわねばなりません。私は龍がいますが、彼らは肉弾戦です」
「イーアン。騎士の命を守ろうと思うなら、まだ出来ることはある。バニザットに頼め。
彼は、精霊と共にあると自分で言っていた。精霊の力をどれだけ彼が使えるのか。それは分からないにしても、バニザットに、魔物の正体を教えてもらうように頼んでからでも遅くない」
タンクラッドは、椅子に掛けるイーアンの頭を抱き寄せた。『無茶をするな。お前一人で戦うな』約束しろと溜息混じりに言われて、イーアンも頷いた。『シャンガマックに相談します』そう答えるイーアンも、緊張が解けなかった。
「それとな。請負の仕事の間、空いた時間で作業を進めていた冠が、もうじき出来そうだから。もし出来たらすぐに呼ぶ。
お前は戦闘中かもしれないし、手が放せないかも知れない。だが俺には分からない。笛を吹くだろう。冠が功を奏すかどうか、時の運だ」
親方はイーアンの額にそっと口付けして、『精霊がお前を守るだろう』と目を覗き込んで囁いた。イーアンは、親方の額への祝福に目を閉じて頭を下げ、真っ直ぐ見つめ返して『行ってきます』と頷いた。
冠が出来次第、タンクラッドに呼ばれる。それがどんなタイミングでも、必ず起こるべくして起こっていると信じようと、イーアンは心に強く思った。アオファが待っている。
「タンクラッド。岩山の遠征の帰りに、きっと私たちは町に寄ります。それまで数日ありますけれど、決して死なないで下さい。冠を待っています」
「死なない。お前に冠を渡して感動して抱きつかれる為には、死んでる暇がない」
表に出て、龍を呼んだイーアンを、ぐっと抱き締めて笑うタンクラッド。イーアンも抱き返して『お願いしますよ』と笑った。
それからミンティンに跨り、タンクラッドにさよならの挨拶をしてイーアンは離れた。タンクラッドは、見送る姿が見えなくなるまで見つめ、それから気持ちを入れ替えて、即、冠製作に入った。
イーアンは一度支部へ戻る。次の行き先用にパワーギアと弓の弦を持ってから、伴侶に報告へ。
執務室へ行き、タンクラッドのくれた情報を急いで伝えると、ドルドレンはすぐにシャンガマックを呼びに行ってくれた。
シャンガマックが来るまでの間、執務の騎士は朝の報告書を分類中。何か気になる報告書でもあるのか、一人が他の二人に小声で書類を見せて、首を傾げていた。イーアンは彼らの態度から、もし援護遠征が被ったら・・・と、心配が過ぎった。
伴侶がシャンガマックを連れて戻り、イーアンはすぐにタンクラッドに言われたことを簡潔に伝えた。シャンガマックは真剣な面持ちで一言一言を聞き、ゆっくり頷いた。
「分かった。精霊の力をどのように動かせるのか。精霊を呼び出してこの話を伝えてみよう。俺にしか出来ないこともあるかもしれない」
「有難うございます。頼みます。肉弾戦は、出来るだけ騎士の皆さんに、安全な状態で行ってほしいのです。我武者羅に突っ込んでいくような事態を避けられるなら、是非」
「イーアンも。我武者羅にいつも突っ込んでいくようだから。俺に出来ることは何でもしよう」
褐色の騎士はちょっと笑って、イーアンの肩をぽんと叩いた。後に立つドルドレンは、触ったのはちょっとイヤだが、確かに愛妻(※未婚)はよく突っ込んでいってしまうので、ここはシャンガマックの言葉の邪魔をしないでおいた。
苦笑いのイーアンは、重ね重ねお礼を言ってから、次はダビの所へ行くと伴侶に告げた。『ダビ?東へ行くのか』ドルドレンが理由を訊ねたので、イーアンは弓の強化を確認したいと教えた。
「あ。イーアンこれから東へ行きますか?」
会話を聞いていた執務の騎士が声をかける。何かと思ってイーアンが振り向く。ドルドレンはすかさず『魚買うわけじゃないぞ』と釘を刺す。執務の騎士が総長に侮蔑の眼差しを向け、首を振った。
「こんな時に、そんなこと言うわけないでしょう。馬鹿にして。違いますよ、東から総長とイーアンに申請が来ていますから」
ドルドレンとイーアンは嫌な予感。目を見合わせて、執務の騎士に続きを促すと。
「マブスパールです」
あっさり当たる。『断れ』総長が嫌そうな顔で手を払うと、執務の騎士は書類を見せた。
『でもこれ、内容がイーアン向けですけれど。良いんですか?』良いのかお前本当に、と言わんばかりの目つき。
「何だこりゃ。回収?今忙しいのに、何こんなことで呼びつけてるんだ。東の騎士も甘過ぎるだろ」
回収と聞いて反応するイーアンは、何のこと?と伴侶に聞く。ドルドレンは書類に書いてあることを端折って伝えるが、『行くな。それどころじゃない』こんな用事でと呆れていた。
でもイーアンは考える。ヘビ系の魔物は明日も戦う。違う種類かもしれないけれど、似通っていたら参考情報が増えるかも・・・それを思って、ドルドレンに数を訊くと『5頭とある』と不安そうに見つめて答えてくれた。
「行く気か」
「5頭くらいなら、回収はかかっても1時間でしょう。大きいみたいだけど。それに明日の参考になるかもしれません。行くだけ行ってきます。真昼間だし、お外の作業だから。エンディミオンは大丈夫ですよ」
ドルドレンも一緒に行くと行ったが、東へ向かうとそのままダビの所に行くので、そうするとドルドレンも午前中拘束することになる。一度戻れば時間を遣う。
それをイーアンが悩んで言うと、『無理でしょ、ダメですよ。明日から遠征でいないんだから、今日のうちに片付けてもらうこと山積みです』がつっと執務の騎士に遮られ、ドルドレンは泣く泣く諦めた。
「いいか。絶対に二人になるなよ。絶対に。何かあったら剣で殺せ。簡単に死なないから、刺したら酸で焦がせ」
無理ですよとイーアンは笑うが、ドルドレンは口酸っぱく、愛妻の両肩を掴んで言い聞かせた。
横で聞いているシャンガマックは不安そう。家族相手に危険を感じ、何かあれば殺せと言われる身内が総長にはいるのか(※パパ&ジジイ)。それは、家族思いのシャンガマックには強烈だった。
ともあれ、イーアンは出発する。時間は貴重である。倉庫から荷造り用の大袋を綱を持って、龍を呼んで跨った。ドルドレンは心配で一杯。とにかく絶対に、何か危険を感じたらまず大声を上げろと(←実の祖父相手)忠告して送り出した。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして下さった方がいらっしゃいました。有難うございます!!とても励みになります!!




