393. 遠征準備~用意開始
イーアンは支部へ戻り、袋を持って鎧を付けたまま工房へ。
タンクラッドの家で袋をもらえて助かった。でも。ちょっと、タンクラッドだけ頻度が増えているのも、自覚はあるので、もうちょっと減らそうかと過ぎる。
オーリンの工房は月2回と最初に言ったが、本当の所、それで良いと言われたら、イーアンはその間に、もう2回くらいは様子を見に行こうと考えていた。
オークロイ親子がそうで、契約する時に月1で良いくらいの感じだった。それで両者了解したが、何かしら小さい用事があれば、ちょくちょく言って御用を聞くつもりでいた。
実際そうなって、オークロイ親子の仕事を特に邪魔するほどの時間を取ることなく、でも顔を見れたり、必要な工具や道具の話をタイムリーで聞けたり。こうした付き合い方が自然で、イーアンはそれを良い状態と感じている。
オーリンは自分から4~5回と指定してきたので、それならそれでという感じ。そのくらいが普通かなと思う。親父さんの工房はダビが入ったから、何かあればダビから聞けるだろうし、タンクラッドを通すだろうからと・・・思っていたけれど。
「うーん。ちょっとタンクラッド率が高過ぎる気もします(※今更)」
でも3日開けないと、再約束をしたばかりだしなーとも思う。謎ときも頼もしいし、旅に必要な金属系は彼にお任せなのもある。旅の仲間というのも大事な点。
とはいえ。オーリンに指摘されて、全く知らない人から見れば、かなり異質な特別扱いとも再認識する。
「ドルドレンに慣れてもらって、私も甘えてるのよね。タンクラッドは旅でも一緒だし、旅までの間は他の工房の訪問もあるから、タンクラッドにもうちょっと。開けてもらうよう相談してみようかしら」
盾を作る人とも関わるとなると、一ヶ月でどのくらいの訪問回数になるだろうと考える。ルーティン営業みたいになっている。
盾の人は、タンクラッドやオーリンと同じタイプと聞いている。『そうすると、大量生産型の工房も、もう1軒お願いするわけだから』呟きながら、こりゃ営業雇わないと厳しいかもとイーアンは呻いた。
「タンクラッドが言ったみたいに。自分たちが出発した後も、武器防具が供給できる状態を急がねば。残り半年で、全部自分で動くのは、範囲にも時間にも無理がある(※気付くの遅い)」
今後、急いでこの辺りの話も片付けようとイーアンは考えた。ドルドレンに相談して、一緒に良い案を見つけるのが一番早い。
こんなことを工房で、もう一つの治癒場から持ち帰った綱を手に、ぼんやり考えていたが。ふと、魔物の入った袋に視線を落とし、遠征を忘れていたことを思い出す。
「準備しなければ。魔物見に行ったのに、ぼんやりしてる場合じゃなかった。とりあえずドルドレンに報告して」
ということで、イーアンは魔物袋を提げて執務室へ行った。
ドルドレンは午後の二部に出ているとかで裏庭と、執務の騎士に言われた。『うわ。鎧まで。鎧と剣を着けると、もうイーアンは立派な騎士ですね』鎧姿に拍手。恐れ多く、本業の騎士たちに(←限定執務勤務)頭を下げて、笑いながらイーアンは執務室を出た。
裏庭の演習で、ドルドレンの声が聞こえる。そしてすぐ分かる。人一倍跳躍力があるので、ぴょんぴょん跳ねている・・・・・
『あら。あれは』びよん、と棒が撥ねて、同時に軽業師みたいな騎士がドルドレンに回し蹴り。『やだわ、ベル』伴侶を蹴っぱぐるベルに、イーアンは悩む。槍を作ったのは私・・・ごめんなさいと伴侶に謝るイーアン。
側へ行って、皆の間をくぐり、ザッカリアに『鎧カッコイイ』と抱きつかれながら、イーアンはドルドレンに微笑む。ドルドレンはすぐに来て、イーアンを見てちょっと驚いた。
「どこへ行っていた。なぜ鎧を」
「下見に行きました。お時間頂けますか」
「イオライに?一人で?危険なことを。時間は構わないが」
ドルドレンが皆に続けるように号令をかけて、イーアンとドルドレンは演習の邪魔にならない場所へ下がる。自分が見てきたイオライの魔物について伝え、今日の残り時間と明日一杯で、用意をしたいとイーアンは話した。
「ちょっと待ってるんだ。クローハル、ポドリック。ブラスケッド、コーニス。パドリック、ヨドクス、あと駿馬がいるな。フィオヌ、来い」
総長に呼ばれて、隊長が集まる。イーアンが鎧なので、クローハルとブラスケッドは、やらしい目つきで上から下までニヤニヤしながら見ていた。ドルドレンに睨まれてから、全員でプチ会議。
「イーアンは今、イオライに行ってきたそうだ。魔物の種類が、とりあえず2種類確認された。場所も分かる。だが移動しているようだから、明後日の遠征までにどれくらい動いているか。それが気になるな」
「魔物の一種類は、それほどではないかもしれません。数はいました。だけど怖いのは、もう一つの種類です」
自分がイオライセオダで倒した魔物の話をして、それと印象が似ていることを話すイーアン。彼女の顔から、本当に不安そうなのが伝わる各隊長は、自分たちの戦歴の中でも、それと似た魔物がいなかったことを思い出していた。
「何かに操られているような、そういう動きではなかったですが。だけど何となく気になります」
「大きさは?」
「5~6mだと思います。地上から遠い場所で龍が止まっていたので、それ以上近づくと攻撃されると判断した可能性はあります。
だとしましたら。例えば、地上から龍が止まった位置まで大凡100mはあったでしょうから、それくらいの距離は何かを投げたり、攻撃範囲に入っていると考えてもいいかも知れません」
「きっついな」
クローハルが嫌そう。コーニスも首を捻って『100m離れると、矢が。飛ぶ弓はあるにはあるけど、威力が』ないよねぇとパドリックと顔を見合わせる。
「イーアンは、そいつらにはどう対処する気か。考えはもうあるのか」
聞きながら、ポドリックが腕を組んで、自分じゃ思いつかないと言う。イーアンはドルドレンを見上げ、うーんと困る。ドルドレンも愛妻を見下ろして『ちょっとまずいかもな』と頷く。
「完全に分かっているなら良いのですよ。動きが鈍いとか。頭が悪いとか。でもそうではないのです。私に気がついた様子はなく、少し動いては止まるを繰り返していましたが、もし気がついたらどう動くのか。見当がつきません」
「素早くなるとか。飛び上がるとか。そうしたことか」
「そうです。火を噴くやら、魔法を使うやら。思いがけないことも可能性がないわけではないので。対応しようにも、あれは難しいです。ぶっつけ本番かもしれません」
ブラスケッドとのやり取りで、イーアンが『ぶっつけ本番』と言ったので、ドルドレンはちょっと訊ねる。
「イーアン。さっき、遠征用の用意をしたいと話しただろう。あれはその、でかいヤツじゃないのか」
イーアンは伴侶を見上げて、少し首を傾げる。じっと見て『自信がないのです』と答えた。上を見てるイーアンは可愛いなぁと、ドルドレンはニヤけてしまう。クローハルにどかっと突かれて、睨まれた。
ドルドレンは咳払いして、愛妻に真面目に説明を促す。『じゃあ、どんな用意なの』そう聞かれてイーアンはちらっと袋を見た。皆がイーアンの視線の先の袋に、嫌そうな目を向ける。
「これ用です」
イーアンは手袋をしている手で、袋に腕を入れて引きずり出した。ぶつ切りの魔物。頭と体を5分割したものを地面に並べ『先にお話した魔物です』と地面に膝を着いて、隊長たちを見上げる。
クローハルはくるっと後を向いて、パドリックは顔を手で覆った。コーニスはポドリックの後にちょっと隠れて見ている。ブラスケッドとポドリックは笑っているが、ヨドクスもフィオヌも苦笑いで横を向いた。
ドルドレンはじっと愛妻とぶつ切りを見つめ、皆の代弁として質問。『これ。どうしたの』まずここから。
イーアンは、これの大群を見つけたから、龍で上から近づいて1匹取ったこと。その頭を切って、酸で焼いて殺してから切ったことを話した。それでねとイーアンは説明を続ける。
要は。これは電気を出す魔物で、出す部分はこの胴体です・・・と指で示した。内臓はこっち、と頭部分を指し、開いた頭の中身に臓器が入っているのを見せる。尻尾近くなると胴体断面とは色合いが変わっている。
「この胴体の殆どが発電する気がします。確実ではありませんけれど。この部分は、体を動かす力を出せる、縮拡張の出来そうな気配はありません。だから全体で押し合いながら動いていたのでしょう。単体だと恐らく、ほとんど動きが取れない気がします」
「でも触ると。でんき。はつでん。それは何だ。それで攻撃するんだな?」
イーアンは気がつく。そうだった。ここは電気がなかった。ええっとねと、電気の正体から説明し直す。
灰色の瞳がきょとん状態で、疑問符だらけと見て分かる表情。他の隊長も同じ。ブラスケッドだけは、何となく理解していそう。
自分だけでは無理なので、イーアンはギアッチを呼ぶ。
ギアッチに電気の存在を確認すると、『雷のことですね』すぐに空を指差し答えた。ああ、そうそう、それですとイーアンは、ギアッチの手を握って感謝する。
「で?この死んでる魔物が、電気でも出すのかな?」
そうよそうそう、さすが先生っ イーアンは嬉しい。そういう簡単で簡潔で、分かりやすいポイント説明、私には頭が回りませんと大喜び。ドルドレンは目が据わる。頭の良さと知識で負ける自分がイヤ。
先生は、ふむふむとイーアンの説明を聞きつつ、男の生徒たちにも分かる優しさで翻訳。お陰で、頭の中が剣と鎧の生徒たちにも伝わった。
「面倒だな。こいつは雷みたいな奇妙な攻撃をするのか。痺れるやつか」
「痺れるのは分からないが。雷が落ちた時のあの火は怖いな」
「私はあります。離れた所にいましたが、大雨の夜中で雷が落ちて。金属触ってたんで、伝わってきて驚きました。金属痺れるんですよね。驚いて手を放しました」
それぞれの体験で少しずつ、雷=怖い・厄介の式が埋め込まれていく雑談。先生はイーアンに、その魔物の特徴と、イーアンの思うところを聞き、対処は何か考えているかを質問した。
「はあ・・・なるほどね。これはイーアンの分野だな。ちょっと、この人たちにやらせるのは危ないです。イーアン、お好きになさい。それでこの人たちでも大丈夫な部分だけ、手伝ってもらって」
「私のやり方。怪我人が出るでしょうか」
「いいえ。イーアンと同じくらい理解出来ていれば、出ないんじゃないかな。でもほら。この人たち」
「ギアッチ。あまり『この人たち』でまとめてくれるな。バカみたいじゃないか」
総長が仏頂面で窘めたので、ギアッチは笑って『いや、そうじゃないですけど』と曖昧にした。それから、この発電魔物はイーアンに任せてしまいなさいと伝える。
「お手伝いする時はしましょう。そっちの方が安全だからね」
「ぬうっ。どうにもバカ扱いされている気がするが。止むを得ん、よく理解できないのも事実。任せる」
「それでイーアンは、後は何かあるのかな」
イーアンは、もう一つの魔物の懸念も話す。とても心配であることと、自分にもどうすれば良いのか分からないと。先生は頷きながら話を聞くだけ聞いて、本を読めと言った。
「発電魔物の準備は今日、出来るでしょ?そっちの獣頭人体の魔物については、多分、あなたの工房にある魔物の本。見て御覧なさい。ザッカリアが前見ていたページに、そんなようなの載っていましたから」
目を丸くしてギアッチを見つめるイーアン。魔物の本を全部見ていた気がしたけれど、そんなの載っていたのかと驚く。お礼を言って、イーアンは早速、本を見ると伝えた。
「うーん。ではここまでかな。イオライには、2種類の魔物は確認できた。とにかく体を鍛えて、精神を高めておけ。出来ることは今はどうやらそれくらいだ。俺たちには」
ギアッチをじろっと見て、総長が各隊長に告げる。ギアッチは笑って『そんな嫌味な言い方して』と総長の背中を叩いていた。
クローハルはイーアンに、鎧姿をまず誉めてから『手伝えることは何でも言ってくれ』と言葉に釣り合わない不要な微笑で、協力を申し出てくれた。
お礼を言ってから、イーアンは皆さんに演習中のお邪魔をお詫びし、明後日の支度に急いだ。
お読み頂き有難うございます。




