390. 遠征準備と治癒の洞
タンクラッドの工房から戻って、イーアンは朝食をとらずに工房へ入り、そのまま青い翅を何枚かまとめ、次にルシャー・ブラタへ飛んだ。オークロイ親子の鎧工房で、この青い翅を鎧に出来ないか。聞いてみたかった。
到着して、龍が降りるなり歓迎を受ける。タンクラッドが作った魔物製の工具は、これまでに類を見ない切れ味と親子は大絶賛。
工具のことはタンクラッドに伝えると話してから、イーアンは持ち込みの青い翅を見せた。これで鎧を作ってほしいと頼む。その色を見てオークロイがニヤッと笑い、イーアンをじっと見た。メロりそうになるイーアンはどうにか耐え(※渋い魅力にも弱い)頷いた。
「これで作れということは。ガタイの良い騎士のためだな?背が190くらいの」
「はい」
「良いだろう。試作を飛び越して、本作になりそうだから、気合を入れて作ってやる。これは魔物のどの部分だ」
「虫みたいな魔物でした。翅の一部ですが、その真ん中の隆起した黒い棘がある部分は、きっと背中です」
「凄い厚さだな。ここは使う場所を選ぶぞ。これも金属になるのか」
「なります。でも溶かすとなると、かなりの高温だそうですから、切り出して、熱を入れて叩くような加工の方が合っていると、剣職人は話していました」
「ふーん。これは誰が倒した。お前か」
頷くイーアン。龍と一緒だったことを話し、自分だけでは無理だったと笑った。オークロイはイーアンの肩を叩いて『頼むから無茶するな』と苦笑いを向けた。
「お前。知らないかもしれないけれどな。ちょっとした評判だぞ」
「評判ですか。龍と居ますから、それもあるでしょう」
「いや。そうじゃない。南の騎士がここは来るからな。鎧を着たお前の話をするんだよ。それで聞いてると、お前が一人で魔物退治した話なんかを、報告書で読むんだそうだ。家くらいの魔物を北で倒したってあったから。これ、そうか」
そうです・・・でもその話はしません。イーアンは微笑むのみ。家ほどじゃない。小屋くらいですと思いながら頷く。
「あの鎧を貫けるような魔物が、今後出てこないとも限らない。誰がどう言おうが、お前は女だ。傷だらけになるのは止めろ。強そうな話を耳にするたび、俺の意識が遠のく。血の気が引く。あまり戦うな」
親切なオークロイに、イーアンは頭を下げて『気をつけます』と返事をした。息子のガニエールも苦笑いしながら『防具の作り甲斐があって良いけれどね』と言ってくれた。
「今作ってる鎧があるが、それを今度卸に行くだろう。もしかすると呼ぶかもしれないから。それと、この青いのな。今の鎧が終わったら取り掛かる。それで良いな」
「有難うございます。宜しくお願いします」
さよならの挨拶をして、イーアンは待たせていた龍の側へ。オークロイは、イーアンの背中をドンと叩いて『約束だ。無理はするな』と笑った。お礼を言い、そろそろ遠征だからまた10日位したら来ると伝えてイーアンは空へ上がった。
支部へ戻ると、工房でドルドレンが待ち構えていた。『あら』イーアンは意外な時間に伴侶がいるので、少し驚く。普段は執務室で監禁中の時間。
「戻ってきたと思ったら。いなくなるから」
ちょっとむくれてる伴侶に、イーアンは顔を引き寄せて頬にちゅーっとする。ドルドレンの笑顔が戻る(※単純)。仕事はどうしたのと訊くと、龍が見えたからここへ来たと言う。
「ではね。抜け出し序に、ちょっとご一緒頂けますか」
「どこか行くのか」
「そうです。剣を持って下さい」
「何だ。魔物がいたか」
そうじゃないのよ、と笑いながらイーアンは広間へ伴侶を連れて行き、ベルトに剣だけ装着させる。ドルドレンは愛妻(※未婚)のすることが分からず『抜け出すのは良いけれど、行き先は』と訊ねる。
「あなたを聖別しに行くのです」
ハハハと笑うイーアンはドルドレンの疑問符には答えず、もう一度工房へ行き、ピンク玉虫のクロークを羽織らせた。ドルドレンはちょっと嫌そう。『え。これ着るの。お下がりだろう』タンクラッドのお下がり・・・・・
伴侶にピンク玉虫の羽毛毛皮を着せると、イーアンはメロメロメロメロして悶えていた。くねくねして、『素敵~』『カッコイイ~』『絵に描きたい~』あれこれ褒め称えて、しまいにドルドレンにそそそっと擦り寄って抱きついた。
顔が赤くなってるイーアンの喜び方に。ドルドレンは満足。もの凄く満足。このままベッドへ行けそうな(※午前中)満足と展開を感じる。
イーアンのメロる顔が見たいので、貼り付く愛妻の顎をちょっと手で持ち上げると、その行為だけで愛妻はヘロっていた。いつもしてることなのに、効果が違うらしかった。効果絶大。
「もう~・・・好きにしてっ」
イーアンが抱きつきながら、ついメロMAXを口にしてしまう。ドルドレンは即、愛妻を抱き上げて工房の鍵を閉め、毛皮のベッドに運ぶ。イーアンは慌てて『間違えた』と伴侶を止める。ぴたっと止まる伴侶は眉を寄せてる。
「好きにしてって言うから。良いと思う。間違えていない」
「夜にしましょう。さすがに今は午前ですから。でもそのくらい、カッコ良くて素敵過ぎます」
「ちょっと気になるんだけど。タンクラッドにそれ、そのイーアンじゃなかっただろうな」
「タンクラッドは、そのクロークを着ると、歩きながら家を買えそうなお金持ちになっていました」
「そうか。それも凄いけれど。でもそう。ならまあ良いか。で。どうするの。ベッドじゃなくて、どこへ行く」
外ですよとイーアンは窓を指す。ドルドレンに下ろしてもらって、二人は工房の窓から外へ出て、龍を呼んだ。『遠出か』『そうでもありません。昼前には帰れます』そんな会話をしながら、やってきたミンティンに乗って、イーアンは治癒場を目指した。
「今日はちょっとサボらせてしまいました。執務のお仕事が増えないことを祈ります」
「大丈夫だろう。別に俺がいなくても。いないなりに仕事を進めるやつらだ。それよりイーアン、どこへ行ってたんだ?」
そうだったと思い出し、イーアンは呼ばれた先がタンクラッドだったことを言う。それから戻ってきて、オークロイの工房に青い翅を預けたことを話した。
伴侶はそれを聞いてびっくりし、眉をぎゅ―っと寄せて抗議した。『それじゃ、タンクラッドがいつでも呼び出すじゃないか!』俺の時間がなくなると怒っている。
「夜は止めてとお願いしました」
「当たり前でしょっ その言い方は止めなさい!脳が破裂したらどうするんだ」
裏声で怒る長身の美丈夫に、イーアンの笑いが止まらない。大丈夫大丈夫と宥めて『あの方はそう、適当な使い方はしませんよ』と教えた。
「まだ。笛の規則が見えていません。そこは慎重に扱うでしょう」
「規則?笛を吹けば、イーアンと龍が来る。それ以外の何がある」
「誰が吹いてもそうか、とは分からないです。それにミンティンが何に反応して、複製の笛の音で来てくれたのかも分かりません。今後の課題ですから、タンクラッドもそれは理解しています」
イーアンはタンクラッドの家で過ごした後、タンクラッドの作った笛でミンティンを呼んでみたことを話した。いつもより遅く来たし、これまで『イーアンを迎えに来て⇒呼ばれた場所へ行く』だったはずが『龍だけの状態=自分ナシ』でも動いたことに疑問がある。それを伝えると、伴侶も納得していた。
「そうか。言われてみればそうだな。王が呼んでも、今日でも。ミンティンはイーアンを迎えに来てから、目的地へ向かう。イーアンが地上のどこにいるか分からないのに、笛の音で来たかどうか。それが分からないな」
「でしょう?この仔は私が彼の工房に居る、と理解していたかも知れませんが、笛の音で来たと解釈することも出来ます。でもその場合、私を普段迎えに来る行動が今度は疑問になるのです。
このように複製の笛には、まだ分からないことがありますから、そう簡単に彼は使用しないでしょう」
それはどうだろうね~と、ドルドレンは信用していない顔で言う。
そんな話をしているうちに、目的地へ到着した。ドルドレンは気がついた。『治癒場か。それで剣を』イーアンに訊ねると、そうだと頷く。『遠征前に、剣を整えたかったのです』だからね・・・と微笑んだ。
二人は龍に待っていてもらって、治癒場の洞に向かった。薮を抜けて、階段を下り、丸い刳り貫きのような部屋に出る。
「さ。ドルドレンの番です。行ってらして下さい」
祭壇の近くへ進み、微笑むイーアンに背中を押され、ドルドレンは少し緊張しながら青い光の中へ足を踏み入れた。
銀色の光が、ドルドレンの足元から炸裂するように放たれる。あまりの光の量にびっくりして、イーアンは急いで手で目を覆う。ドルドレンも『うわ』と声を上げたが、ドルドレンの姿は全く見えないくらい、眩く銀色の煙に包まれてしまった。
少しして、イーアンは光が収まらないので、そっと目を開けて伴侶の様子を見る。いない・・・・・
「ドルドレン?」
青い光の中に、銀色の煙がくるくると旋風のように回っているが、ドルドレンはいない。驚いてイーアンが青い光に駆け寄ると、イーアンの体も見る見るうちに銀色の光に包まれて、周囲が見えなくなった。
まずい、と焦った時には遅く、イーアンの目は潰れそうなほどの眩しい光の中で、開けることも出来なくなった。
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