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魔物資源活用機構  作者: Ichen
イオライの魔物
39/2938

38. 伝説好きのアエドック・リオルダン

 

 夕方になる頃、目的の野営地に部隊は着いた。


 一頭の魔物にも遭わずに進んだ一日は、遠征の帰り道とはいえ、騎士たちには良い休日のようなものだった。

 昼休憩地点から4時間かかる道のりも、3時間強で到着した。騎士たちの間には『無事に生還した』安堵と嬉しさが漂う。


 さくさくと野営の支度が運んで、1時間もしないうちに焚き火場は炎を上げ、テントは全戸張られ、夕食を待つばかりとなった。



 イーアンは野営地についてすぐ、馬車の負傷した騎士の包帯を交換しに出かけた。ドルドレンが隊長たちと話があるというので、手当てが済んだら、馬車付近で待つ約束をした。

 朝の出来事で消沈していた彼らは『支部に戻っても、怪我の経過を報告する』と一生懸命約束してくれた。



 馬車から降りたとき、まだ近くにドルドレンの姿はなく、イーアンは約束どおり、馬車の近くの岩に腰掛け、ドルドレンが来るのを待っていた。


 今日もいろんなことがあった―― 


 ドルドレンのお土産、クローハルの親切、親父さんの協力、イオライセオダの人口流出。自分がこの世界で出来ることは、役に立つなら何でも積極的に実行しようと決める。


 クローハルに買ってもらった、紙とインクと羽ペンは、帰ったらすぐ使いたいと思った。

 自分が経験した、魔物の対策や、魔物の特徴などを書く。思ったこと、推測した他のこと、全部。記憶に残っていることは、忘れないうちに書いてしまおうと考えた。


 親父さんに相談して受け取った、数々の容器も。素材の割合と、適応する対象と、注意事項。

 メモすることが出来なかったから、戻ったらすぐに何かに書いておかないといけない。有難いことに、親父さんが話しながら、直に書いてくれた紙が一枚添えてあるから、それをドルドレンに読んでもらいながら、書き写そう。



「一人?」


 イーアンが今日の出来事を考えていると、横から声がかかった。既に夕暮れで暗くなりかけているので、あまりよく見えない。振り向いたは良いが、イーアンは黙っていた。


 近づいてきた人は見たことのない人で、どこの隊の人だろう?とイーアンは思った。焦げ茶色の髪の毛が遊ぶように顔の周りにかかり、明るい茶色の大きい目。顔立ちは少し幼げで、何となくディドンと近い年齢に見える。少し女性的で、体の線が細い。


「そんなにじっくり観察されると困るよ」


 相手が笑ったので、ハッとして『すみません』と謝るイーアン。相手はイーアンの腰掛けている横に、自分も腰を下ろした。ドルドレンが見たら怒りそう、とイーアンは心配した。


「初めましてだね。僕は、コーニス隊長の下で弓引きをしている、アエドック・リオルダンだ。よろしくね」


 ちょっと女の子っぽい気がして、差し出された右手に、イーアンも手を出して握手した。


「はじめまして。イーアンです」


「いつも総長と一緒だけど、イーアンは一人の時間はないの?」


 ずいぶんと親しげに入ってくるな、とイーアンは感じた。この手の質問は、警戒が必要そうだと。イーアンは『自分が一人の時間は、たった今だ』と笑った。アエドックもつられて笑う。


「支部に女の人が来るなんてまずなかったから。どんな人かと思っていたけれど」


「普通のおばさんですよ」


「普通っていうのは違うよね。おばさんの年だとしても」


 あんたねぇ、と頬っぺたつねりたくなるようなことを、涼しい笑顔でいう。

 まぁでも、この子からすれば、お母さんよねーと自己納得。――普通ですよ、とついでに思う。この世界では微妙な顔なんだろうけれど。



「ねぇイーアン。 おばさんの年なんだとしても、そう見えないって魅力的だね」


 『()()()()を連呼するな』と思うイーアンは、苦笑いも出てこないが、とりあえずちょっと(無理矢理)笑ってお礼を言う。

 この子は何をしに来たんだろう、と気持ちだけは緩まない。何となく、直感が警戒レベルを上げていることを意識した。


 アエドックは、あどけなさの残る顔でニコニコしながら、イーアンの腕に触れた。 ――来たな、とイーアンは目を細める。イーアンの変化に気がついていないのか、アエドックは少し顔を近づけて囁くように言う。



「あのね。僕はさ、伝説を信じているんだ。子供だと思うかもしれないけど。僕は弓引きで、遠目が利くから、昨日の魔物相手にイーアンが挑むのを見て、あなたがあの()()()じゃないかって感じたんだよ」



 魔封師(・・・)の一言に、イーアンは固まりそうになるが、とりあえず知らない振りで、微笑む。脳裏にノーシュが過ぎった。そのお話は、そんなに有名な伝説なのかしら――


「昨日。魔物を倒した方法。一昨日の魔物の注意点。隊長は『イーアンが教えてくれた』と言ってたんだ。

 それで、魔物がこの世界を壊す時、どこからともなく現れて、魔物を倒す人の伝説がね、僕は本当だと思った」


「そうなの。私は本を読まなくて知らないけど、そういう伝説があるのね」


「誰でも知ってる話だと思うけど、イーアン知らないの? どこかで多分見たことあるんじゃないかな。絵本でよければ、部屋にあるから今度貸すよ。ねぇ、二人で話せる時間は取れるかな」



「それは無理だろ」


 背後から響く、低く唸るような一声。

 無邪気なアエドックの顔が、一瞬で緊張する。この子、分かりやすい・・・イーアンは苦笑しそうになるのをこらえた。



「おかえりなさい」「待たせてすまなかった。ただいま」



 黒髪の美丈夫は、顔こそ微笑んでいるが、目が据わっている。ゆっくりとアエドック(小僧)に視線を移し、イーアンの腕に置かれた彼の腕を丁寧にはたき(ぴしって音がした)、イーアンの手を取って立たせる。


「リオルダン。淑女に近寄りすぎる騎士は、どうかと思うぞ」


 めちゃめちゃ目が怒ってる。一生懸命、怯えをこらえるアエドックは『総長を見習って・・・』と冗談で交わそうとしたが、ドルドレンの温度の消えた灰色に光る目で見据えられて、声が消えた。


 ドルドレンはアエドックを見据えたまま、イーアンの肩をぎゅっと抱き寄せて、髪の毛にそっとに口づけるとそのまま、アエドック(小僧)に聞こえるように話しかける。



「イーアン。今日はテントで食事をしよう。余計なものがない空間で、安心して、二人きり(・・・・)でな」


 そして固まるアエドックを一瞥して、さっさとイーアンを連れて、テントへ向かった。

お読み頂きありがとうございます。

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