389. 精霊を操る男の意味
まだ日も出始めの時間。ドルドレンとイーアンが、うにゃうにゃ眠っている最中に物音。
何の音かと先にドルドレンが目を覚まし、寝惚け眼で朝陽の入る部屋を目だけで見回す。物音はまだ響いている・・・・・ 眠る愛妻(※未婚)の耳にそっと手を当てて、頭を上げてもう一度部屋を見ると、窓から入る光が揺らぐ。
窓?ドルドレンは目を細めて、眩しい朝陽の窓を見つめる。すると。音が響くと同時に、龍の口先が見えた。これでハッとする。またか!(←王様呼び出し)
舌打ちして、溜め息をつき、ドルドレンは起こしたくない愛妻の頬に、已む無しちょっとキスする。行かせたくないなーと思いつつも、何度かキスすると愛妻も目覚める。ニッコリ笑う顔が可愛いなぁ。でもね。
「おはよう。イーアン」
「おはようございます。ドルドレン」
「とても言いたくないんだけど」
「何?オナラでもしましたか」
ええ、やだぁ!悲しそうに一声上げて、イーアンは布団に隠れる。笑うドルドレンは、イーアンを布団ごと抱きかかえて『違うよ』と撫でた。
「しても良いけど。でも違うんだ。龍が来ている」
イーアンは布団からひょこっと顔を出して『龍』と呟く。窓を見ると、ミンティンが待っている。『あら。フェイドリッドでしょうか』朝から~? イーアンがぼやく。ドルドレンも溜息。
「とりあえず。何の用だか分からないから、一応行っておいで。嫌だったら、この前みたいに帰ってくればね」
イーアンは裸なので(※ドルドレンも裸)ドルドレンはイーアンを布団に包んで、そのまま隣の部屋に連れて行った。運ばれたイーアンは着替え。伴侶は逞しい全裸でうろうろ。前を隠すようにイーアンが言うと、ああ、と気がついたようでパンツを穿いていた。
『老後も全裸かも』真面目な伴侶の言葉に笑うが、老体は風邪を引きそうだからと、今から全裸に気をつけるようイーアンは注意した。
服を着て、イーアンは剣や腰袋のベルトを着け、伴侶にキスして『行ってきます』の挨拶を済ませる。パンツだけの伴侶はイーアンを抱き締めて、気をつけて行くようにと頭にキスした。
ミンティンに乗り、イーアンは飛び立つ。
飛び立ってから、イーアンはすぐに気がついた。ハッと支部を振り返ると、ドルドレンも窓辺でこちらを見つめている。『ミンティン、王都はこっちじゃない』イーアンは龍に声をかけるが、龍は東を背に飛び続けた。
「どこへ行く気なの」
ミンティンは振り向きもしない。ただ呼ばれた場所へ飛び続け、その方向にはイオライセオダがあることだけは分かった。
ずっと下方の景色を眺めていて、どうやってもイオライセオダに向かっているとイーアンは感じる。でもどうしてなのか。何があったのか、全く見当がつかない。
困惑しているイーアンをよそに、ミンティンはのんびり朝陽を背に受けつつ、やっぱりイオライセオダへ来た。『誰かが呼んだの?』イーアンが声をかけた直後、ミンティンはタンクラッドの裏庭に降りた。
「どうして。ここはタンクラッドの工房です。どうしたの」
降り立ってしまった龍に、イーアンは驚く。ミンティンに説明を求めても、言葉を理解しているものの、返事はないので理由は分からない。ただ、龍には何の違和感もなく、ここへは自然に来たようだった。
扉が開いて、嬉しそうなタンクラッドが出てきた。イーアンはとりあえず龍から降りて、挨拶もそこそこ。すぐに事情を伝える。
「実は、どういうわけか。ミンティンが突然ここへ来ました。何かがありましたか」
「そうか。ミンティンが」
タンクラッドは優しい笑顔でイーアンの肩を撫で、それからミンティンを見た。青い龍はちらっとタンクラッドを見て、大量の鈴のような声で挨拶した。龍が挨拶する相手は、イーアンは自分以外知らない。
「タンクラッド・・・・・ 」
「事情は俺が知っている。少しだけ上がって行け。ミンティンは一度帰して」
そう言うと、ミンティンはふわーっと浮いて、とっとと帰って行った。イーアンは戸惑いが終わらず、何がどうなっているのやらと空へ消える龍を見送る。
家の中に入り、タンクラッドがお茶を淹れてくれた。『すまないな、朝早いのに』椅子に掛けながら、職人は微笑んだ。イーアンが続きの言葉を待っていると、タンクラッドはイーアンの目の前に握り拳をゆっくり出し、手を開いた。
「これだ。これが理由だ」
イーアンは言葉を失う。こんなことが出来るのかと目を丸くした。そして慌てて自分の腰袋を探り、本物を握る。タンクラッドはすまなそうに笑っている。
「そんな。こんな、あなたはまさか。作ったのですか」
「金属の比率が正しいか、試すためだった。それで小さい試作が必要で、思い出したのはお前の笛」
「でも。あなたが作って、それで本当に」
頷く職人。満足そうにも、すまなそうにも見える謙虚な笑顔。小さく首を振り、鳶色の瞳同士が暫く見つめ合う時間。
「俺についての説明を・・・誰かに聞いたか」
「タンクラッドの。あの・・・・・ シャンガマックの精霊が、仲間の名前を教えてくれた時に『精霊を操る』とか。そうしたことは」
「思うにだ。これが使えなかったら、俺は信じ切れなかったかもしれないが、俺が作るもので、聖なる金属の素材であれば。複製が出来るということかな。複製以外でも作ったら、何か同様の効果があるのか分からないが。複製自体はどうも合っていたと。これで確認した」
「あなたという方は」
「冠をこれから作ろうと思っている。順番では、冠の次がお前の仲間の騎士の剣だ。とにかくアオファを呼ばないと進まないから、冠を作るつもりでいる。俺が、普通の人間が作るものが、本当に使えるのか確認する術は、これくらいしか思いつかなかった」
タンクラッドの手の平に、小さな白い笛がコロンと乗っている。イーアンの笛とそっくり。でも新品だと分かるのが不思議な感じだった。『伝説の。新品』呟くイーアンの声に、ちょっと笑うタンクラッド。
イーアンは目の前に座る、イケメン職人に両腕を広げて抱きついた(※よくある行為になりつつある)。タンクラッドは嬉しそうに、イーアンを抱き締めて(※これもよくある対応)背中と頭を撫でた。
「何て人なんでしょう。こんな聖なる力を持つ人がいるなんて。あなたは職人の世界の誇りです」
素晴らしい賛辞を大事な女性に贈られて、タンクラッドは少し照れる。ちょっと笑みが深まってイーアンを抱き締める力が強くなった。『お前に誉められると嬉しい』自分の頭の横にイーアンの頭があるので、その髪を大きな手で優しく撫で、背中をぎゅっと抱いた。
感動を通り越して、信じられない世界の広がりを見た気持ちのイーアンは、ただただ感嘆の吐息をつく。
人間が入り込める精霊の世界なんて。これだけでも摩訶不思議。それを自分が見れる距離の人が行うとは。もう、素晴らしい以外の何もなかった。
「タンクラッドは、職人技だけでも素晴らしいのに。その技が人知を超える存在に愛されて認められ、力を許されるとは。あなた以外の誰にも出来ません。私はそんな人の側にいられて幸せです」
「イーアンは弟子だ。一生、俺と一緒だ。独り立ちさせないから安心しろ」
その言葉に笑うイーアン。弟子って独り立ちするものでは・・・言いかけて、抱き締められている体を起こし、タンクラッドの顔を見る。満足そうに笑顔で自分を見つめる職人が、今日は殊の外、格好良く見えた(※いつもカッコイイけど今日は本業付き)。
「そう言えば」
背中を抱かれている姿勢で、イーアンは思い出したことを話す。二人の状態を傍目が見たら、親方と弟子のあるまじき姿だが(※抱き合って会話)一旦別のことを思い出すと、イーアンはそうしたことが吹っ飛んで気にしなくなる。
タンクラッドとしては、イーアンが気がつかないほうが良いし、真面目なデカイ話をするとイーアンは気が削がれると知っているので(※体験済み)このまま素知らぬ振りで頷いて話を促す。
「どうした」
「この複製の話を。この前、マブスパールのお祖父さんとしました。彼は私を呼びたいと言っていて」
「絶対作らないから安心しろ」
「そうなのですけど。でも、もしですよ。タンクラッドが作れると知ったら、他の人は求めますでしょう」
「求められても。お前は配達じゃないんだから、笛で呼ばれてほいほい行くわけないだろう」
「そこが問題でもあります」
イーアンが『問題』と呼んだことについて、親方にちょっと打ち明ける。親方は抱き合ってる状態で、気付かれないようにやんわり撫でつつ、話を聞く(※確信犯)。
「エンディミオン。お祖父さんの名前です。彼はマブスパールの自警団の主力です。小さな町で、若い男の人が少ないから、彼のような年齢でも自警団で動く必要があるそうです。
エンディミオン自体は元気そうですけれど、大きな魔物や、騎士でもなければ太刀打ちできない、危険な魔物が来たらと思うと心配になります。そうした地域はハイザンジェルにたくさんあるようで」
「だろうな。だが。お前が言いたいことはつまり、笛を、彼らのような人々に持たせたらということだろう?でも同時に呼ばれたら敵わんぞ。それに移動するのは、龍と一緒とは言え、お前本人だ。危ない」
「どうしたら良いのかしら。騎士修道会が間に合わないこともあるから、自警団があるとドルドレンが話していました。
エンディミオンは、さすがドルドレンの祖父といった人で、67才でもかなり優秀な強さを誇るようですが。各地域にそうした人がいるわけでもありませんし、騎士が到着するまで怯えるなんて。こうした話を聞いて、どうにか出来ないかと、ここのところ頭から離れません」
タンクラッドはイーアンの背中を抱く手をそのままに、イーアンの額にかかる髪をちょっとかき上げて、一緒に考える。
『そうだな』どうしたものかなと呟く(※この時点でタンクラッドも素)。そうした地域は多いし、イオライセオダも人口こそマシなものの。似たり寄ったりの状況。
「だがなぁ。どうやってもお前と龍しか、呼ばれても動けないぞ。せいぜい、後1~2人が同乗するくらいだろう。その場凌ぎにも限界がある」
ご最も。親方の言葉に、イーアンもうーんと唸る。そうなのよね・・・勝てる数じゃなければ、行っても役立たずだし・・・・・
同時に別の地域で呼ばれても、優先順位も付けられないものだろうし。
「笛を吹くと。フェイドリッドもそうですけれど、龍だけが笛の場へ移動するのではないと、それは分かりました」
「そうだな。それで来てしまうと、お前の意味がないもんな。やっぱりお前と龍は一つなんだろう。龍が迎えに来るのか?」
「はい。あの仔が今日も迎えに来ました。だからきっと、複製でも笛を吹いた人は確実に、私と龍の両方に会うことになりますね」
「お前が行くっていうのが。そこは引っかかるんだよな。何かあったらたまらん。
そう考えると『笛でどうこうする』という問題じゃない気がするが。解決するなら、呼んだ誰かが、必ず魔物を追い払えるような、そうしたものでもないと」
座る親方に抱きついたイーアンなので、顔がほぼ真ん前。その状態で会話して、解決方法が見つからないとした結果に辿り着き、イーアンはそろそろ斜めの体勢が膝にきてるので、体を引き離した(※特に意識してない)。幸せ会話時間の終了に、親方残念。でもここは普通に流す。
椅子に掛けて、イーアンはタンクラッドの笛を見つめる。『笛はタンクラッドが持っていて下さい』それが良いと思うと伝える。
「そうしよう。今後、俺が作れるもので何か大きな助けになるものが生まれたら、それを活かすように考える方が良いだろうな。この笛の話は他言するな。総長には良いだろうが」
はーい・・・と小さく答え、イーアンはまだ何か思案している様子のまま立ち上がり、ぶつぶつ独り言を呟きながら台所へ行った。目で追うタンクラッドは、台所に消えたイーアンが何をしてるのかと思って待っていたが。
ちょっとして、火の音や何かを炒める音がし始め、食事を作っているのかなと見に行くとそうだった。
「せっかく来ましたから。朝だけでも作って帰ります(※習慣)」
ちゃっちゃ、ちゃっちゃと鍋を振るうイーアンに、タンクラッドは少し笑った。緊張感がないと言うか。自然体が面白くて、タンクラッドは笑顔でお礼を言った。
『いつも有難うな』料理するイーアンの頭を撫でると、見上げるイーアンはニコッと笑って『大したことはしていません』と答えた。
干したキノコと、荒みじん切りの木の実、塩漬けの鶏肉をしっかり炒めた皿と、柔らかく炒った玉子とチーズを詰めた平焼き生地。タンクラッドの食卓に運んで、お茶を淹れて、はいどうぞと促す。
幸せな朝の食事に、タンクラッドは心から感謝を捧げる。昨日仲直りしていなかったらと思うと、自分は死ぬだろうとしみじみ理解した。
「美味しい。この辺の料理でも木の実はよく使うが、お前が作るとまた違う味わいになるな。何が違うんだろうな。同じ材料でも違う気がする。
この平焼き生地は、自分でも作れそうだが。こんなに丁度良く・・・柔らかい玉子になるか分からない」
タンクラッドの誉め言葉に、イーアンは嬉しそう。美味しく食べてくれる人がいるって幸せ、とイーアンも思う。
「タンクラッド」
徐に、自分を見つめるイーアンが名前を呼んだ。食べ終わる頃で、何かまだあるのかと(※食いしん坊)目を向けるとニコニコしてる。
「笛を。使いたい時は使って下さい。夕方とか夜間は身動き取れませんが。日中・・・呼ばれても戦闘中の時も、難しいでしょうけれど。来れる時は来ます。すぐ戻らないといけない時があるにしても。でもそういう時も来ますのでね」
優しいイーアンに、ホロッとくる職人。そっと頬を撫でて『有難う。気をつけて使う』と答えた。イーアンは微笑んでいた。
今日は戻って、遠征の前の準備をすると言うので、タンクラッドは美味しい朝食にお礼を伝え、素直にイーアンを送り出す。
龍を呼ぶとき、イーアンが『タンクラッドの笛で呼んでみて』と思い付いたので、タンクラッドは笛を吹いてみた。ちょっと時間がかかったが一応、来た。
「本物じゃないから、龍には差があるのかもな」
「どうでしょう。私の所在が、この仔の引っかかりなのかもしれません。タンクラッドの工房に、私がいると知っていたから、ここに来たのかもしれないし」
また機会があったら試しましょうと、イーアンは言う。そうしようと剣職人も頷いて、今日のところはさよならする。
「イーアン。遠征に行っている間。俺が何か見つけられるかもしれないから、ジジイの書いた紙を持ってきてくれ」
「分かりました。では次の時にお持ちします。燻製は少しずつ食べて下さいね」
さよ~なら~・・・イーアンは手を振って遠ざかって行った。見送るタンクラッドは笑顔だった。笛が。自分とイーアンを繋げてくれたことが、とても嬉しかった。生きてて良かったと思えるくらい、嬉しかった。
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