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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
387/2945

387. タンクラッドとイーアンのケンカ

 

 タンクラッドの家に到着したイーアンは、龍を一旦待たせて、扉を叩く。叩いた一回目と同時に開き、凄い勢いで抱きつかれた。


「何で来ないんだ」


「来ました」


「死ぬかと思ったぞ」


「死んではいけませんと言ったでしょうに」


 笑うイーアンは、今日は夕方までいても良いかと訊ねる。忙しかったら、帰ると伝えると、タンクラッドに家に押し込まれた。『龍を』イーアンが振り向くと、ミンティンはふらら~と空へ戻っていく。


「察しの良い龍で何よりだ」


 イーアンはお土産の唐揚げを渡す。『昨日買い、お昼に揚げました。味が2種類です』お昼はもう済んだかなと思いながら、タンクラッドを見上げると。じーっと鳶色の瞳のイケメンはイーアンを見つめ、渡された唐揚げを一つ食べた。


「美味い。本当にお前の料理は美味い。いないと寂しくて仕方ない」


「美味しいと、気に入って下さって嬉しいです」


「それ以上のことを言っているのに。はぁ・・・・・」



 溜息がわざとらしい剣職人に、イーアンは椅子に掛けるように勧める。『お仕事中ですか』お茶はと訊ねると、『お茶を飲もう』と返事が返る。


「仕事中だが。さっき昼を食べて、少し前に始めたから大丈夫だ」


 お茶を運ぶイーアンが座ると、タンクラッドはイーアンの横に椅子をずらして、背凭れに腕を乗せ、イーアンの髪をナデナデ。ちょっと引き寄せて頭に顔を付けた。


 ぬ、これは。イーアンが少し体を離そうとすると、もう一方の腕で掴まった。『ちょっと動くな』寂しかったんだからと言われて、イーアンは少しだけ我慢。死なれても困る。


「唐揚げくれ」


「そこにあります」


「くれ」


「それ。食べさせろと仰っていますか」


 貼り付いたまま、それ以上は言わないタンクラッド。どうしてこう、皆。味見なら良いけれど。なぜ自分で食べないのか。油で手が汚れるのが嫌なのか。私だって嫌だ。お手拭が近くにない。

 それになぜ貼り付く必要が。大体、貼り付く人が大きい(※子供(ザッカリア)の方がよっぽど自立している)。イーアンは最近のこの状況に、ほとほと困っている。


「イーアン」


 困る人~ イーアンは渋々唐揚げを取って、はいとタンクラッドの頭の方へ差し出す。ちらっとイーアンを見てから、職人はぱくっと食べた。イケメンスマイルが極上。


 う~ん・・・・・ 美への賛辞はあるものの。甘ったれだらけで、イーアンは参る。私だって誰かに食べさせてもらいたい・・・そこまで思って『いや、自分のペースで食べたい』と思い直す。


「タンクラッド。甘えられても困ります。大きいんだから(※47才)」


「甘えてはいない。感謝している」


 ふっと長い睫を上げて鳶色の瞳でイーアンを見つめ、次を促す職人。ちょっと諦め、食べてるだけだからと、イーアンはイカタコ唐揚げを食べさせた。伴侶が見たら気絶する。


「あのですね。タンクラッド。幾つかお話があります」


「食べながら聞く。何だ」


 ぱかっと口を開けるので、くさくさしながらイーアンは唐揚げを突っ込む。『もうちょっと親切にしてくれ』嫌そうな顔で、唐揚げを口に押し込まれた職人が機嫌を悪くする。


 面倒臭いーっ イーアンはそれが言えたら楽なのにと、自分の甘い性格を情けなく思う。小さな溜め息をついて、自分も唐揚げを一つ齧る。タンクラッドはじっと見る。


「それ、くれ」


 そういうのヤなんだってばー・・・ 嫌です。イヤイヤして首を振ると、取り上げられて食べられた。苦笑いも消えるイーアン。


 タンクラッドはこれで思い出したようで、この後は自分で唐揚げをつまんでは、イーアンに齧らせ、半分を自分が食べ続けた。がっちり片腕で押さえ込まれてるので、イーアンは逃げ出せず、ソフトでホットな拷問を受けるだけだった。


 無表情でこれを繰り返すタンクラッドに、イーアンは齧らせられつつも、とにかく仕事の話をした(※気力が削れる)。


「バニザットの剣に、深い意味はなかったのか」


 ちょっと面白くなさそうに舌打ちした親方。イーアンがじろっと見ると、目を反らした。咳払いして、イーアンは『ですので、タンクラッドが作って下さい』とお願いした。


 それからと続け、イカタコを齧らせられて食べながら『ダビが鏃を作りに、東へ修行へ』と伝える。多分1ヶ月くらいだろうと教えた。イーアンの齧りかけを嬉しそうに食べる親方は、うんうん頷く。聞いてるのか。本当に。


 他、お祖父ちゃんのところへ行ったと言うと、タンクラッドの嬉しそうな顔が固まり、いきなり顔が怖くなる。


「無事だったのか。何で行ったんだ」


 イーアンはお祖父ちゃんが東の支部を経由して、自分たちを呼んだことを話す。それで東支部で戦法指導をした後、お祖父ちゃんの自警団の話で行ったこと。その後、あれこれと起こった出来事を話す。親方の目が怖い。怒ってる。


「総長に毒を盛ったか」


「毒ではありません。彼がある一定のお茶を飲むと、眠る癖を知っていたようです。まんまと眠りました」


「やりかねないと思ったが。本当にやったか」


「でも。最初は私も怖かったですが、お祖父さんの昔の奥さんが亡くなった話をしたら、泣き止まなくなって」


「そこから先の話はさらに気分が悪い。なぜイーアンはそんなジジイを慰めるのか。抱き寄せたり、撫でたり、料理したり。気持ち悪いだろう」


「可哀相で。それに、いやらしい触り方はされませんでしたから、それで私も平気だったと思います」


「可哀相。俺は可哀相じゃないのか」


「何を仰ってるのですか。タンクラッドが泣いた時だって、私は同じようにしました」


 そうじゃなくてと、親方は不機嫌。イーアンは面倒臭いので、この話を飛ばす。『だけど、お礼にと数え歌を詳しく教えて頂きました』紙は支部なので、また、とイーアンが言うと、それは親方は受け入れた。



「それとね。タンクラッドに言われましたように。早急に弓工房と契約しました。今日の午前中です」


「東のでかい工房か。騎士修道会の弓は、ほとんどそこだと聞いてるが」


「そのはずでしたけれど」


 ドルドレンもそのつもりで連れて行ってくれたのに、コンブラー弓工房は、イーアン(自分)の技術のなさに難色を示して非協力的でと伝えると、これも親方は怒っていた。


「今のタンクラッドと同様、ドルドレンも我慢できずに話も途中で退席しました」


「当然だ。冗談じゃない。イーアンの技術がどうとか、ちゃんと見もせずにどうせ、そういうことを言ったんだろう」


「それは正しいかもしれません。実際、弓矢は私ではなくダビにお願いしたのもありましたから、それを伝えたら、あちらは私が余計、疑わしい存在に思えたのでしょう。受け取った試作に、何も反応しませんでした」


 だけど、とイーアンは続ける。東の支部で情報をもらって、個人で営む弓工房に向かう際、ダビに弓のことを話したら・・・と。タンクラッドは展開が変わると分かったらしく、イーアンを見つめる。


「ダビは、自分が弓矢に施した加工を見抜けない相手なら、その人じゃなくて良かったと言いました。普通は気がつくはずなのにと、不思議そうでした。

 それで、次に行く弓工房で説明が必要なら、自分が話しても良いと言ってくれました」


「それで。行ったんだろ?もう一つの弓工房へ」


「はい。結果からお話しますと、そこで正解でした。弓矢の試作を渡し、ダビが話していたことを少し伝えただけで、さらに深い部分まであっさりと。その職人は理解して下さいました。そしてほんの十数分で、契約して良いと仰って頂いて」


「ほらな。イーアンの良さが分かる職人はいるんだ。俺もだけど」


「その方は、私が作っていないと知っていても、弦だけはダビではないと見抜きました。実際はダビが弦も作りましたが、作りを指示したのが私だと彼は言いました。これには驚きました。

 その上。その弦は魔物の腸を使ったものでしたが、それもすぐに当てました。腸を見たことがあるわけでもないのに」


 ここまで話して、イーアンはタンクラッドに金属化する魔物の材料に、どのくらいの炉の温度が必要かを訊く。


「一応。鏃などに使われるかもと思って持っていきました。でも彼は、炉の温度が分からないと話していました」


「ふむ・・・ということは。その職人の炉は、それほど高温に出来ないという意味だな。まあ、弓だからな。そんなに要らないだろうから。そうだな、それは彼ではなくて、ダビの仕事にしたほうが良い。サージの炉で作れるから」


 そうなんだーと、イーアンは理解する。親方は話が早い。さすがと感心して、そのように伝えると言った。



 タンクラッドが唐揚げを見たので、イーアンはさっとつまんで口に入れてあげた。齧りかけを奪われるよりも、食べさせる方が良い。タンクラッドは、何か違うことを考え始めたようで、その行為を気に留めず普通に食べていた。


 もぐもぐしながら、ちらっとイーアンを見る。見つめ返すと、イーアンの髪を撫でて、唐揚げを飲み込む親方。


「弓工房。何て名前だ。どんな職人だった」


「ああ。それ。オーリン工房です。彼はオーリンという名前で。山奥に一人で暮らしています。とても、さばさばしている人でした。山奥なので、月に4~5回は訪問することになりました」


「さばさば。うむ、性格はちょっと置いておけ。どんな感じの職人だった。山奥で一人というと。大量生産ではないな」


「そうです。彼は、そう。タンクラッドの話が出まして、その時、ご自身がタンクラッドと同じような質の職人だと話していました。発案と試作という意味です。数をこなす時は、友達に振ると仰っていました」


 ふーん。親方はイーアンの髪を撫でながら、何かを考えていた。イーアンは唐揚げをまた差し出し、タンクラッドは違う方向を見ながら『そうか』と頷いてぱくっと食べる。


「年は?どんな男だ」


「訊いていませんから、今度訊きましょう。多分、私より上ではないでしょうか。背丈は親父さんくらいですね」


「親父?サージのことか。俺やお前と近い世代で、サージくらい」


「見た目は違いますよ。ちょっとあなたと似ています。雰囲気が。黒い髪で黄色い目です。山奥で生活するからか野生的な印象でした。片目でしたね」


「片目。ブラスケッドみたいだな」


「はい。でも弓を使うところを見せて下さいましたが、狙いは正確なので、片目は支障ないのですね。きっと」



 タンクラッドはイーアンをナデナデしつつ、淡々と話すイーアンをじっと見ていた。少し。心配。月に4~5回行くのか。年齢が近いのも心配だ。野生的ということは、太っていないと。当たり前か、山奥で独りなら。


「何か言われたか。お前のこと」


 イーアンはちょっと考えて、『誉めて下さいました。腸で道具を作ったので紹介して。良いものを作ると』それくらいかなと首を傾げる。


「そんなくらいか。総長もいるからか。特に質問されたり、触られるとかはなかったか」


「ドルドレンが一緒でしたけれど。多分、いなくてもあのままのような気がします。年齢とか、名前のこととか。この世界でよく訊かれる出身等、そういったことは関心がないのか。訊かれていません。

 触るのは、ちょっと頭をぽんぽんって」



「頭。ぽんぽん?ぽんぽんどうするんだ。何したんだ」


「ですから、こう・・・ぽんって叩くというか。痛くないですよ。誉めてる時です」


「俺のイーアンに何触ってるんだ。そいつはっ。イーアン、振り払え」


「あなただって、私を撫でていますでしょう。ドルドレンが同じことを言っていますよ」


「総長と俺は良いとしても。誰でもじゃダメだろう。自覚を持つんだイーアン」


「何で。何でタンクラッドとドルドレンが良いのですか。ドルドレンだけですよ、そんなことを言いますと」



 親方の目が怒り始める。ひえっと止まるイーアン。ほっぺたを摘ままれて、『こら』と叱られる。


「いいか。()()()()()。総長は、言いたくないがお前の連れだろう。それはどうでもいい。俺はお前の親方だ。これは重要だぞ。他の男は親方になれないんだから」


「だって」


「イーアンっ」


 頬を摘ままれ、イーアンは揺らされる。ふるふる揺らされ叱られる。『触られないように、自分で気をつけろ』分かったかと凄まれる。でもイーアンは納得できない。これは何だか変。


「でも。タンクラッドに触られても、私は嫌がっていません。理解しようとして」


「だから。俺は親方だからありなんだ。お前は俺の弟子。その弓職人は違うだろ」


「タンクラッドは親方ですが、だけど本当なら触ったりって」


「言うこと聞け。つべこべ言わないで。誰でも触らせるなっ」



 この言葉にイーアンはブツンとキレる。ダビと同じことを言うなんて。立ち上がって、イーアンはタンクラッドに怒った。


「誰でも?私は誰でも触らせるって言うのですか。じゃあ、もうタンクラッドにも触られたくありません。あなたが自然体で触ると捉えていたから、失礼のないように理解しようと受け入れていました。

 それなのに。ご自身は良くて、私が他の人に触らせてるなんて。そんな言い方されるなら、もう触らないで下さい」



 タンクラッドはちょっと驚く。眉根を寄せて、立ち上がった怒るイーアンを見つめ、手を伸ばしかけて振り払われた。


「帰ります。またご連絡することがありましたら伺います」


 イーアンはすたすたと扉へ向かい、戸を開けて笛を吹いた。意識を戻したタンクラッドは、慌てて駆け寄りイーアンの腕を掴む。


「待てっ。怒るな」


「離して下さい。ひどいです、タンクラッドのバカ」


 バカと言われて、タンクラッドは傷つく。凄い怒ってる・・・・・ ミンティンがやって来て、イーアンはタンクラッドの腕を信じられない力で(※容赦なし)振りほどいた。振り返りざま、一言放つ。



「タンクラッドなんか嫌いです!」



 がーん。 立ち直れない。


 しかし崩れてる場合ではない。ちょっ、ちょっと!さっさと龍に乗るイーアンに走って、タンクラッドは飛び乗り、イーアンを抱え降ろした。

 暴れるイーアンは、もの凄い怖い目つきで(※でも垂れ目)睨みつけ『離して下さい!』と怒鳴る。押さえ込んで『落ち着け』と宥めるが、全く落ち着かない。怒り全開で『離せ』と吼える。


 外だと、襲ってると思われるからと、タンクラッドは暴れるイーアンを家に入れる。


 外の龍に振り向くと、龍はちょっと怪しんでるような目つきでタンクラッドを見て、仕方ないなといった感じで一度戻ってくれた。


「離して下さい、酷いです。何ですか無理やり」


「イーアン、落ち着いてくれ」


「離してっ!!」


 キレるイーアンに、抱きかかえながらもちょっと怯むタンクラッド。困って、何て言おうかと考える。イーアンはタンクラッドの胸を、両腕でどんと突いた。腕が外れて解けた隙に、イーアンはくるっと床に着地。


 扉に向かって走り出したので、急いでイーアンを掴まえる。『待ってくれって。お願いだから』タンクラッドがイーアンの腕を取ると、凄い力で振りほどこうとする。自分の肩が抜けても気にしないくらいの力で、タンクラッドは慌ててイーアンを腕ごと抱き締めた。


「離して下さい。力任せなんて、女の人にすることじゃありません!恥ずかしくないのですか」


「こうしないと。お前が自分の体を傷つけかねない」


「放っておいて下さい。お嫌なら手を掴まなければ良いでしょう」


「イーアン。ごめん。謝るから。ごめん。俺が悪かった。俺が一方的だった」


 腕ごと抱き締めて、自分の顔の真ん前にいるイーアンに、タンクラッドはとにかく謝るしかないと思った。凄く怒っているので、話し合いなんか出来ないと判断した。


 イーアンが睨む。『都合が良いです。謝れば良いと思って』吐き捨てられる。タンクラッドの最近で、ここまで傷ついて困ることはなかった。ごくっと唾を飲み込んで、悩む。どうすれば良いのか。


「ごめん。本当に。ごめんな」


 タンクラッドは悲しくなる。いつも優しいイーアンに、こんなに言われるようなことを自分がしたのを、何で気がつかなかったんだろうと思う。


「ごめんな、許してもらえないだろうか」


 真ん前のイーアンの顔に言いかけて、これ以上の何も思いつかないタンクラッドは、俯いて目を閉じる。イーアンは何も言わない。どうしよう。どうしよう。どうしたら。



 悩んでいると、額にイーアンの額が付いた。ちょっと目を開けると、イーアンは目を閉じたままでタンクラッドの額に自分の額を付けてじっとしている。


 タンクラッドはその行為が、許されている合図なのか。少し考えた。でも分からないので、そのまま額を付けてタンクラッドも黙っていた。


 イーアンは少ししてから、額を離した。タンクラッドが目を開けると、イーアンは悲しそうな目で自分を見ている。悪いことをしたと思うタンクラッドは『俺は』と口を開きかけた。



 すると、イーアンがタンクラッドの額にそっとキスした。


 タンクラッドは固まる。イーアンは動かない。ゆっくり唇を離し、鳶色の瞳同士が見つめ合う。イーアンは微笑んで『これは。あなたが私に、剣を持たせた時の行動と同じです』と囁いた。



「もう。いいです。怒っていません。あなたはあの時。魔物に向かう私の気持ちを受け入れて、私を思って下さったのでしょう。今。私も同じように思っています。それは言葉にしません」


 言われてることはよく分からないが、タンクラッドはウルッとくる。目をちょっと閉じてから、イーアンを抱き締める腕を緩めて下ろした。


「ごめんな。お前を」


 イーアンはタンクラッドの唇に指をちょっと当てる。そして覗き込んで『もう怒っていません。もういいのです』と繰り返した。


「でも。イーアン。お前はいなくなってしまうだろ」


 イーアンの手に自分の手を添えて、職人は確認する。許してもらったけれど、でもいなくなる。怒っていないけれど、もう触ることが出来ない。それがとても辛かった。自分で引き起こしたことが苦しい。


「いなくなりません。また来ます。でもお願いがあります。もうあんなこと言わないで下さい。私が誰でも触らせるって、とても誤解を生む言葉です。私はとても傷つきます」


「言わない。もう一生言わない。だから。ダメだろうか?元通りにはなれない?今までみたいに」



 イーアンは微笑んで、タンクラッドの頬を両手で包む。


「なれます。私はあなたの左に座るし、お食事も作るし。タンクラッドの好きな料理も作るし。一緒に市場にも行きます。剣の話もします。あなたの知恵にも頼ります。あなたと一緒に謎も解きます。同じ?」


「同じだ。撫でても良いか」


「どうしましょうね」


「撫でたい。独り占めしないから」


 しょげるタンクラッドに、イーアンも折れる。ちょっと笑って、頷いた。


「3日。開けない・・・のは。ダメか」


「遠征で今度1週間近く開きます。でもそういう時以外は」


 タンクラッドはイーアンを抱き寄せようとして、腕を伸ばし、躊躇って止まった。止まったまま、じっと見つめる。大事なイーアンを見つめて、どうしようと考える。イーアンはタンクラッドの開いた腕の中に頭をつけて、寄り添った。


 イーアンの優しい気持ちと、大きな理解に。タンクラッドはゆっくり腕を閉じて、細い体を包み込んだ。



「大事だ。とっても。お前が大事だ。許してくれて有難う」



 仲直りって大切だなとタンクラッドはしみじみ思った。この後、少し抱き寄せられたまま、イーアンは帰ると告げる。


「遠征。いつだ」


「もう数日後です。日にちははっきり知らないので、盾を作る方にお会いするのは、遠征の前後です」


 分かったとタンクラッドは頷いて、螺旋を描く髪に顔を埋め、細い背中を撫でた。この後、また来ると約束したイーアンを見送り、青い龍が空に飛ぶのを見つめた。

お読み頂き有難うございます。

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