386. オーリン工房委託受領
支部に戻った時間は夜。ドルドレンとイーアンは、干物の篭を運んでもらって、厨房の裏の倉庫に入れた。明日にイカタコを料理(※唐揚げ決定)をすることにして、今夜は作ってもらった夕食を二人は食べた。
戻ってからすぐにお風呂を済ませ、夕食を終えて、寝室へ。二人で、疲れたねと笑い合って、ちょっとベッドで横になりながら話す。
ジジイに持たされた紙の内容をドルドレンは読み、何度か『ああそうなんだ』『そうかそうか、そういうこと』と納得していた。翻訳は、訳者の力による所が大きいとイーアンは思った。
ドルドレンは、この話はまたゆっくり、時間のある時にしようと言った。ハイルとベルにも見せてからと言うので、イーアンも賛成した。
それよりも。自分が眠ってる間のことを、ドルドレンは聞きたがった。龍の背でも訊かれたが、落ちても困るので(※何が衝撃になるか分からない)支部に戻ってからとイーアンは答えていた。
お祖父ちゃんにドラガの話をしたら、泣き止まなくて可哀相になり、抱き寄せて歌って慰めたこと。それから元気になるように、干物の魚をちょっと料理して食べさせたこと。そうしたら数え歌をお礼に渡してくれたこと。等々。
「ふーん。まー。イーアンはそういう優しい部分がね。まー魅力っていえばそうだから。でも何でジジイが貼り付いてたの」
自分が目覚めた時。貼り付かれている上に、イーアンがジジイを撫でてる姿を見て、体中の血管が破裂しそうだったと、ドルドレンはむすっとして言う。
「あれは何でしたっけね。ええっとね。ああそうそう、数え歌を教えて下さったからお礼を言いました。それでエンディミオンは私を抱き寄せて。いやらしくなかったんですよ。それが。『お前も家族だから』と。私嬉しかったので」
「で。そのまま貼り付かれていたと。何ででも撫でるの」
「駄々を捏ねるんですもの。あなたみたいに。一緒に暮らしたいとか、呼び出したいとか。無理って断ったら、しつこく嫌がるから宥めていました」
「イーアンはね。最近気にしなさ過ぎだ。抱きついたり撫でられたり。それに、俺みたいにって言わないでくれ。あんなエロジジイを俺と繋げてはいけない」
この話はイーアンが、うんうんと頷いて終了(※往なすともいう)。お祖父ちゃんは、きっと会う度にあんな具合とイーアンは思う。あれ以上がないなら、まあ大丈夫かなと(※慣れた)。パパは大変だった。
イーアンとしては、お祖父ちゃんを見ていると『何だか老後のドルドレンみたいで』といった気持ち。これを言うと、伴侶はとても嫌がっていた。見た目だけでしょ、と鬱陶しがるので、見た目が似てるとそう思うと伝えた。
気分の悪いドルドレンは話を変えて。『コンブラー弓工房から、連絡来たらどうする』の話題にした。イーアンは普通の顔で『私はもう、オーリンがいますもの』ざっくりフラーを切った。
言い方が微妙に胸をえぐるが、愛妻(※未婚)の言いたいことは分かる。ドルドレンはそれは了解した。
「主人の用意がと、女の人が言ったでしょう?あれを聞いた時、違和感があって。何の用意だったのか分かりませんが、構えてるのかしらと」
「俺も気になった。話しに行くと伝えてあったのに、何を用意しているのか。上の立場って意識に感じたけどな。喋っていたら」
あそこは付き合いにくかったかもねと、ドルドレンは髪をかき上げて言う。イーアンも、ああした人は自分とは多分合わないと答えた。
こんなことを回想していると、段々眠くなってきた。二人は早めに就寝することにした。『ちょっとなら良い?』伴侶がもそもそしているので、イーアンは『ちょっとですよ』と言い渡して、いちゃいちゃは1時間くらいに抑えて眠った。
翌朝。
二人は早起きして、朝食をそそくさ済ませて準備にかかる。
ドルドレンは早めに執務室へ行き、契約書云々を作成する。契約金は、オークロイやタンクラッドみたいな『契約変更』を予想し、後日の設定。書類だけ、執務の騎士たちと作った。
イーアンは工房で、魔物の腸の塩漬けを袋に入れて、もしものために、焼いたら金属化する魔物の殻や翅、黒い角を少量まとめた。それから、自分の剣を腰に下げて。『後はないかな』工房を見回して、とりあえず準備完了を確認した。
イーアンが工房を出ると、すぐにドルドレンが向こうから来たので、二人で準備の確認を済ませて出発。
龍を呼んで、東に向かって飛ぶ。朝の空気は冷えるけれど、最近は少しずつ暖かさも増している。『もうじき春ですね』初めての春に、イーアンは楽しみ。まだ春服で外に出るのは寒いけれど。
「今日の格好はまだ冬だね」
ドルドレンはイーアンを見て言う。羽毛の上着と、シェルピンクの刺繍のブラウス。縦にバックルが並ぶ胸までのコルセット。スモーキーグリーンのぴったりしたズボン。長い革靴。『でも毛皮の足筒は止めました』なくても、もう大丈夫な気温ですねと微笑んだ。
「冬も綺麗だったけれど。春服のイーアンはとても可愛い。早く春になれば良いのに」
愛妻を撫でながら、ドルドレンは春服イーアンをニコニコ想像していた。そんな伴侶に有難く思うイーアン。『早く結婚しましょうね』ニッコリ笑ってそう言うと、伴侶はちょっと赤くなって、嬉しそうだった。
二人がお互いを、好き好き言いながら、早40分。気がつけば昨日のケイガン地域近くまで来ていた。ヴァルガーシ地区は鉱山の近く。山も多い。両脇を山に囲まれて、間に道と集落がある。
「もう良いですよね。9時前ですし」
大丈夫だろうとドルドレンも頷いて、鉱山裏の山肌へ。昨日の、木々のない場所に着陸。ミンティンを帰し、二人は明るい日差しの入る獣道を進んで、オーリンの工房へ向かった。
向かう際に、カーンカーンと聞こえてはいたけれど。工房の前に出て、ちょっと驚く。オーリンが外にいて、朝陽を受けながら一仕事していた。
イーアンは彼をじっと見てから、そーっと顔を伏せた。それに気付いたドルドレンはイーアンの前に立つ。
「よう。早いな。おはよう」
「おはよう。薪わり中だったか」
オーリンが体から湯気を出して、顔の汗を腕で拭いた。冬の朝、上半身裸で薪わりする男。これは彼の生活が人里離れているからだろうと、ドルドレンは何も言わないでおいた。
とりあえずイーアンはオーリンから目を反らし、伴侶の背中にいるので見ない。『あれ。イーアンは』オーリンは、総長と一緒に来たはずの女が見えないことを訊ねる。
「うむ。背後だ。理由はまあ、ほら。女だから」
「ん?なんで女だと背後なんだ」
言いながらオーリンが近づいてきて『具合か?女だからってことは、生理か』と普通に訊く。イーアンはその言葉につい笑うが、ドルドレンも俯いて失笑していた。
「ええっとな、違う。具合は大丈夫だ。その。オーリン、服を着てくれ」
「服。服ね、ああ、そういう意味か。俺が脱いでるから。ハハハ、気にしなくて良いのに」
オーリンは笑いながら、服を取りに戻る。それから振り向いて『家に入れ』と手を上げて招いた。
ドルドレンもイーアンも顔を見合わせて苦笑い。『タンクラッド以上ですよ』イーアンが笑うと、ドルドレンも『鈍いというべきか。気にしていないんだろうな』と同意した。
家に入って、昨日同様ドルドレンは丸太を椅子代わりにし、お茶を淹れてくれたオーリンが席に着く。契約書の説明をして、契約金は支度金代わりであることを説明する。
「どうする。他の工房で、契約金が多いと返せないと、言われたことあるんだが。オーリンは」
「うーん。俺もその人たちと同じで。こんな山奥で大金持っていてもな。かかった分は請求するよ。まとめて請求しても良いか?ここだと郵便も遠いから」
「イーアンはどれくらいの頻度で来る?オークロイと一緒くらいか。タンクラッドの頻度は許さん」
ドルドレンの言葉にイーアンが笑う。『タンクラッドは、ちょっと役割が違いますでしょう』笑いながら、伴侶に答え、月に2度くらいではと言うと。
「月に2度?そんなものなのか?もし途中で呼ぶ時はどうするんだ」
オーリンは意外そうに、その『2度』の意味を尋ねた。ドルドレン、嫌な予感。『もっと来るだろ?龍じゃなかったら悪いかと思ったけど』龍なら早いしとオーリンは言う。そうですねぇとイーアンが考えていると、オーリンは首を傾げた。
「タンクラッドって?他の工房の職人か?その人のところはもっと通っているのか」
「そうです。彼は剣職人ですが、役割が変わっていまして。剣工房は2軒あり、イオライセオダです。タンクラッドには発案や試作をお願いして、もう一つの剣工房には、その試作から数量生産をお任せしています」
「俺もだろ。俺もそのタンクラッドって人と、同じような感じじゃないのか?数こなす時は友達に振るから。その人の所はどれくらい、イーアンは行くんだ」
「うーん。そうですねぇ・・・・・ 結構。かしらね。ねぇドルドレン」
「ほぼ毎日だ」
仏頂面で嫌な気持ちを吐き出すドルドレンに、オーリンが笑う。『毎日は多いな』それはないけど、と言う。
「毎日じゃありませんよ。一昨日も、昨日今日も行っていません。あ、しまった。3日開いたらいけなかったんだわ」
思い出したイーアン。『今日は午後に行ってきます』と伴侶に告げる。目が死んでるドルドレン。『なにそれ』何の用事で?とドルドレンが嫌そうに聞き返すと、『3日開くと辛いそうです』と普通に答える愛妻。
横で聞いていて笑っているオーリンは、首を振りながらやり取りに口を挟む。
「3日開くと辛いって。お爺さんなの?その職人はイーアンが話し相手なのか。そんなに来られても、仕事にならないんじゃないのか」
「タンクラッドは50手前の、至って健康な成人男性だ。体格に恵まれ、頭脳も明晰だ。卑怯なことに、その上、イーアンが好きそうな話を山のようにぶら下げて、行けば確実に半日帰ってこない状況を作る。
ちょくちょくイーアンを撫でくりまわしたり、抱きついたりするとも聞いている。話し相手どころか、朝昼晩の食事まで作らせるような男だ」
ひどい言い方を!イーアンは腹を抱えて笑う。そうかもしれないけど、一応仕事で、とイーアンは訂正するが、オーリンも声を立てて笑っている。『総長大変だな』と言いながら、咳き込んだ。
「つまりあれか。その職人は、イーアンが気に入ってるんだな。独り暮らしなんだな」
「これで女房子供がいたら許せないだろう」
「ハハハハ。そうだな。でも独り暮らしでも許せないだろ?」
当たり前だ!ドルドレンは苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。オーリンはイーアンを見て、フフンと笑う。
「女で物作りしてて、魔物退治の遠征についてって、料理までするとなったら、気に入る男はいるかもな」
ドルドレンがその言葉に反応して、灰色の瞳で睨む。オーリンは笑いながら『俺はそんなに来ないで平気だよ』と両手を上げた。『俺は独りが好きだから。だけど、週に一回は顔出してもらった方が』ここは山奥だと言った。
それはドルドレンも分かる。ここから馬を出して、町へ出て。それは時間ばかりかかる。連絡手段がない以上は、そうした方がいいだろうと、そこは納得した(※オーリンはちょっと信用できる気がする)。
「どうだ。週に一度、タンクラッドをすっぽかして、オーリンの工房に来るのは許可してくれるか」
「嫌味ねぇ。週に一度、来ますよ。すっぽかさないでも来れますもの」
「すっぽかせ。出来るだけすっぽかして、忘れてしまえ」
アハハと笑うイーアンに、ドルドレンはむすっとしていた。オーリンは契約書を書いて、とりあえず契約は完了。話が済んだので、イーアンは荷物から塩漬け腸を出し、塩抜きしてから使うように伝える。
「それから。これをもしかしてと思って」
高温で金属に変わる魔物の材料を見せる。オーリンはそれを見て、炉の温度を気にした。そこまで知らないイーアンは、タンクラッドに聞いてくると答えた。『今日聞きます』その答えに、オーリンは笑みを浮かべたまま、今日じゃなくても良いと、むくれる総長を見ながら返事をした。
この後、外へ出て昨日のパワーギアを使って矢を放つ、とオーリンが言うので、3人は外へ出た。パワーギアを装着して、オーリンは弓を引く。そしてふっと手が離れると、矢は消えていた。
ドンッと音が聞こえ、オーリンと一緒に二人は矢の飛んだ方へ歩く。一本の木の幹に的が掛けてあり、その的を割って、矢は幹に刺さっていた。
「これがどのくらい刺さっているかというと」
オーリンは幹に右足をかけて、矢を両手で掴んだ。うん、と引き抜く。割れて引っかかっていた的は落ち、抜けた矢は80cmほどの長さの内、30cmくらいは幹に刺さって水分を吸っていた。
昨日のはこっち、と指差した木の幹には、傷ついた場所に樹液が固まっていた。『同じくらい刺さっていた』黄色い瞳をイーアンに向け、ニヤッと笑う。『凄いだろ?自分が作った道具の凄さが分かったか』イーアンの頭をぽんぽん叩いて満足そう。伴侶は目を閉じていた。
誉め方がまた違うなぁとイーアンは思う。この人の誉め方は自信を持てる。お礼を言うイーアンに、オーリンは伸びをしてから、『良いもの作る』とだけ答えた。
そうして、用事も済んだことで。
二人はお暇することにした。イーアンは週に一度来ると約束するが、この後に遠征だから次回はもう少し先かもと言うと、オーリンは『週は目安で』と曖昧にしてくれた。
「月に2度じゃ連絡しようがないから、って意味だ。厳密ではないから、月4~5回で覚えてくれ」
「いない時は」
「書置きでもしてくれ。山に入ってることがほとんどだから」
書置き。ドルドレンがイーアンを見て、少しだけ首を傾げる。イーアンもその意味は分かるので、考えてから『書置きじゃなくて、待ってます』と伝えた。待つのが大変なときは帰るけれどと付け加えた。
大体の取り決めが済んだので、イーアンはミンティンを呼ぶ。ミンティンに跨り、ドルドレンとイーアンがさよならの挨拶をすると、職人も手を軽く振って『またな』とあっさり送り出した。
空を飛んで支部に戻る道すがら。
「オーリンくらい、さばさばしていると。こっちも気が楽だがな」
ドルドレンが呟いたので、イーアンは『タンクラッドも、そこそこはあっさりしています』と答えた。タンクラッドとオーリンを比較していると分かる。
「そうか~?そう思えないぞ。べったりだろう、イーアンに。いつ取られるやらと、ヒヤヒヤしてるのに」
「何を仰ってるの、取られるわけないでしょ。私がそういう気持ちじゃないのだから」
当たり前だよと、ドルドレンがきーきー言うので、イーアンは伴侶に振り向いて笑いながら『降りたらキスします』と約束する。それで伴侶は、ちょっと嬉しそうになって頷いた(※単純)。
帰ると11時頃。
イーアンは厨房に行き、少し借りていいか訊ねる。料理担当は焼き釜を使うから、火はどうぞと。イーアンは急いで粉・酒・塩・卵・別ニンニク(※臭いが強くて辛い)でタネを作り、イカタコの足をぶつ切りにしてタネを揉みこみ、油を熱してわしわし揚げた。
「それ美味しいですよね」
覗き込む料理担当が嬉しそう。イーアンは揚げ立てを一つつまんで、横から顔を出した騎士に食べさせる。食べさせてもらったのと美味しいので喜ばれる。美味い美味い、はしゃぐ騎士に、イーアンも嬉しい。
「揚がった半分は、刻んだ香菜に、熱いうちに一気に和えてしまいます」
10匹のイカタコ(※正式名称=オラガロ)。足の本数が異様に多くて肉厚なので、かなりの量が作れる。山積みになるほど揚げてから、揚げ立て半量に、刻んだ香菜と香辛料をまぶした。もう半分は塩味。
どっさり作った唐揚げを、お昼に添えてもらう。それからタンクラッドにも取り分けて油紙に包んだ。
お昼はドルドレンと一緒に食べ、イカタコの唐揚げがとても美味いと伴侶が悶えるのを、イーアンは幸せに包まれて見守った。
「夜も食べたい」
「夜も食べますか。あんまり食べるとお腹に悪いですよ」
「大丈夫だ。作ってくれる?」
お願いお願いと頬ずりする可愛い伴侶に、イーアンは了解する。唐揚げをお気に召してくれて何より。とりあえず、午後はタンクラッドの家にと言うと、伴侶の機嫌が急降下した。
夕方には帰ると約束し、夕食にもイカタコを揚げるからねと、おでこにちゅーっとすると伴侶も渋々頷いた。
そうしてイーアンは、まだ温かい唐揚げを持って、イオライセオダへ飛んだ。
お読み頂き有難うございます。




