380. 東の剣工房サグラガンの職人とダビ
翌朝。ダビとイーアンとドルドレンは早めに朝食を済ませて、早々東の剣職人の工房へ向かった。
ダビは少量の手持ちの荷物のみ。チュニックやらズボンは東で用意してもらうことにした。緊張しているのか、ダビは口数が少なかった。
龍の背中は、風切る朝の空気が冷たい。イーアンは目以外の場所を毛皮で覆い、羽毛の上着と青い布で寒さを凌いだ。ドルドレンはクロークをはためかせて普通。ダビも少し震えていた(※ちょっと寒いだけ)。
静かなまま。龍飛行は過ぎて、東の剣職人の地域に入る。
「ええっとな、ミンティン。ヴァルガーシだ。分かるかな。ケイガンの中のヴァルガーシだけど、知っているか」
ドルドレンは龍に話しかける。龍はしばらく首を横に傾けてから、ちょっと戻して急降下した。
『ミンティンは分かったと思います』イーアンは背鰭に掴まりながら、振り向いて笑う。ドルドレンも背鰭にぐっと両腕を回して頷いた。急降下で声を上げるのは、ダビ(※部下)の前では出来ない。ダビは呻いていた。
龍が急降下して、高度を下げたくらいで、民家の上をゆっくり飛び始めた。『どの辺りか見当は付きますか』イーアンに訊かれて、ドルドレンは考える。自分も地図で確認しただけ。多分、と淀みながら、周辺の状況を説明した。
「分かりましたか。周辺には鉱山に続く道と、工房の裏手から低い山が続いてあります。集落だとすれば、端の方です」
イーアンはミンティンに教える。ミンティンも『うーん』といった感じ。ゆっくりが、さらにゆっくりになったので、『自分で探してー』の状態になっていた。イーアンとドルドレンはじっくり見つめて探す。
「あれ。イーアン、あの家じゃないか」
「そうですね。ミンティン。あの・・・ちょっと先にある羊のいる家に降りて下さい」
細い川が流れる横に、小さな牧場を備えるこじんまりした家が、朝陽の上る山の隙間にあり、屋根が太陽の光で輝いていた。民家の前を通る道は、そのまま細い糸のように先に続き、山の中へ吸い込まれている。
龍は羊を驚かさない場所に降りる。どっち道、誰かは驚くので、声は上がる。悲鳴か嘶き。龍が降りて、3人も背中から降りると、早速、目当ての家の窓が動いて誰かがこちらを見ていた。
「おはよう。俺は騎士修道会の総長、ドルドレン・ダヴァートだ。あなたはアースフェアル・サインか」
「騎士修道会?誰だって?俺はそうだ、サインだ」
ドルドレンは近づきながら、もう一度大声で伝える。『俺は総長のドルドレン・ダヴァート。東支部から連絡が来ていないか』髪をかき上げながら近づく長身の男に、窓から見ていた人は一旦窓を閉めてから、並びにある戸を開けた。
「総長が来たのか?東の騎士に聞いたのは、北西の支部の誰かだったと思うが」
「正しい。後ろにいる男がそうだ。ミリヴォイ・ダビだ」
朝陽を背負う3人の確認は、朝陽を浴びる扉を開けた老人の目に厳しい。見えない。額に手をかざしつつ、首を動かして『ダビ』と呼ばれた男を探す。
ダビはちょっと大股で戸口に歩み寄り、イーアンと総長を追い越して職人の側へ行った。
「私です、ミリヴォイ・ダビです。北西の支部の騎士ですが、イオライセオダの剣工房で最近剣を習い始めて」
「ああ!そう!イオライセオダからも連絡を受けたよ。昨日なんだけれど。あんたがそうか」
老職人は嬉しそうに両手を広げ、ダビを抱擁する。とても嬉しいと分かるその挨拶に、ダビはちょっと面食らったようだったが、すぐに自分より少し小柄な老人を抱き返した(※無表情)。
「俺ん所はねぇ。跡取りも何もなくってさ。娘が悪いんじぇねぇんだよ、でもな。男がいねぇから。弟ん所も同じでなぁ。有難いよ、有難いねぇ。引き継いでくれる誰かがいるって」
「あ。でもあれですよ。学びに来ましたが、私はイオライセオダに行きますから」
ドルドレンとイーアンはちょっと固まる。喜ぶ老人の抱擁に支えられるダビは、はっきりと『自分、必要なこと終わったら帰ります』と言い切る。ダビらしいといえばそうだが。
でも次の言葉にさらに驚く二人。職人はシワの深い笑顔で、大きく頷きながらダビの背中をどんどん叩いて。
「いやー。若いって良いなぁ。どんどん吸収しろよ。俺のやること全部覚えちまってさ。次、行けよ、次。
貪欲くらいじゃ、今のハイザンジェルは生き残れねぇんだ。食い潰すくらいの欲張りで、一人で全部出来るくらいじゃねぇとさ。食ってけねぇぞ。俺なんかこれしか知らねぇんだもん。俺は老い耄れだから良いけどな」
老人のあっけらかんとした未来感に、ダビも驚いたらしく。言葉が見つからない様子で、口を開けて老人を見ながら止まっていた。
老人はそのまま、ダビの背中を押して家の中へ入れる。そして振り向いて、総長とイーアンに『朝早くご苦労さん。後は任せとけよ。3週間後か、1ヶ月か。迎えに来てくれ。馬も寄越しな。うちは龍はいねぇからさ』と。老人はアハハと笑って扉は閉まった。
ぽかんとした二人は、朝陽の差す中に立つ。イーアンが先に口を開く。
「ドルドレン。これはもう、私たちは」
「そうだな、イーアン。次へ行ったほうが良さそうだな」
二人はゆっくり顔を見合わせてから、二人で頷き合って、龍を呼んだ。次は弓職人の工房ということで、龍の背に乗り、朝の集落を飛び立った。
家の中に通されたダビは、かなり緊張していた。小さな家だが、必要な道具や環境は大きく取られた一部屋にまとまっていた。
「あのう。私は東の支部にも挨拶に行かないといけませんが」
「ああ。あれだろ、ダビ?名前、ダビだよな?ダビの寝食がどうとかって言われたからそれだろ」
「そうです。私は北西の騎士なので、あちらに挨拶があって。馬はいます?」
「いるけどよ。あんま元気じゃないんだよ。今日必要かよ」
「はぁ。今日はさすがに来た日だと報告されてるでしょうから。行った方が良いかなと」
「あ。そう。じゃさ、隣の家の馬使えば良いよ。俺が後で言ってやるから。東まで行き帰りで2時間くらいだもんな」
行き1時間?往復2時間? 馬を借りるってなると、幾ら支払うんだろうと、ダビはちょっと計算する。持ち金じゃ足りないかもしれないので、これは東で借りるかと、困る選択肢が浮かび上がった。
老人は楽しそうに茶を淹れて、ダビに押し出して飲むように微笑む。すごく良い人そう・・・・・ ダビの中で、ちょっと気の毒な気がしてきた。自分に教えるのも拒んでいない態度。
「俺はアースフェアルだ。アーメルでも良いよ。弟はエリゼドだ。昨日帰ったから、あと何日かしてから来るかな。いや、嬉しいなぁ。有難うな」
「あのう。私は鏃を習いに来ただけなので。毎日通いたいと思います。行きだけ馬を借りますけど、帰りは引きで帰ってきますので。良いですか?」
「別に寝泊りはここでも良いんだぜ。俺は独りだし。息子みたいで嬉しいからさ。支部行って帰ってじゃ、時間もったいねぇだろ」
すごーい断りにくい・・・・・ ダビは悩む。老人は70代と聞いている。自分の親より少し上の年齢だから、本当に息子のような感じで自分を見ていると理解する。歓迎され過ぎると悩む。自分はそれほど人付き合いは得意じゃない。
「ええっとさ、ダビな。茶を飲んだら、早速やってみるか。もう火は入ってるんだよ。鏃作るんだろ?金属はそんな強くなくても大丈夫だ。あまりでやりゃ良いんだよ。効率良いだろ?」
アーメルはあっさり損得を教える。ダビはお茶を飲みながら、唖然とする。
「剣職人なんかやってるとな。剣には良い金属とか十分足りるように使いたくなるんだ。あまりを溶かして、次の剣に混ぜてとか。俺はやりたくなくてねぇ。
結局それで、余りは鏃なんかで良いんじゃないのってなったんだよ。若い時だったけどね。余りは溶けちまえば、同じ金属で一緒かもしれないけど、俺は剣にそういうの、やだったんだよ。
そんな感じで長年やって来たけど、でもこの前、腕やられちまったから。もう剣も無理だしさ。細かい鏃なんか、もっと手が面倒でさぁ」
収入減るから参るよなぁ。アハハと笑う老職人。もう、国の税金でお世話になっちゃうよと。右腕の動かない様子を肩から揺らして、ほらこれ、と見せる。こんなじゃ出来ないだろ?ケロッとしてそう言うので、答えに困るダビ。
ダビは少なからず、衝撃を受けた(※見た目は同じ)。あんまりにさばさばしていて、あっけらかんとしていて、凄いなあと心から、この老職人が格好良く思えた。
小柄で、身長はイーアンより少し高いくらい。痩せていて、シワが深い顔で、幅広い手の甲に太い血管が浮かび上がっていて。少し額の禿げ上がった頭の両脇に銀色の髪があり、それを後で結んでいる。太い眉に優しそうな緑色の目。口も顎も覆う銀色の髭がしっかり整えられて生えてる。
自分の頭髪が薄くなったら、こんなふうになるのかなとダビは思いつつ(※最近おでこが広くなった気がする)生き様の格好良い老人を見つめた。
老職人はニッコリ笑って、『お前のことはよ。後々、好きに話せば良いや。俺はこんなだから、細かいこと気にすんな。馬は後でな、今は鏃やるか』そう、ダビを促す。
「はい。やります。鏃。宜しくお願いします」
ダビは立ち上がって、頭を下げた。剣職人は笑って『止めろよ、余り遣いの小銭稼ぎだぞ』とダビの肩を叩いた。
二人は火の明るい炉へ移動した。ダビの修行が始まった。
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