37. 昼休憩時のディドン
(※ディドンの思いです)
10分と言われて待っていたが、結局20分後に工房の扉が開いた。
工房から出てきたイーアンと親父さんに手招きされて、茶を飲んで待っていた二人の騎士は工房へ行く。
親父さんがカウンターに一抱えの荷物と紙を用意して待っていて、『彼女の使う物と請求書だ』と言い、クローハルに渡した。ドルドレンが請求書を見ると、剣2本分くらいの金額である。
「この場で支払わなくて良いのか」
「彼女の私物じゃないだろう。今回は試しだからこんなもんだけど、次からはもっとかかるかもしれないんだ。最初から項目作っておいて、騎士修道会の経費で落せよ。」
親父さんはそう答えて『なっ』とイーアンに笑いかけた。イーアンは頭を下げてお礼を言い、また来ます、と伝える。その後、頭衣をクルクルと巻きつけて、外に出る準備をした。
――また来る約束をしたのか。 次は付き添う理由を見つけておく必要があるな。
胸中が落ち着かないドルドレンをよそに、親父さんとお別れして3人は工房を出た。
それぞれの馬に乗り、通りをゆっくり進む。イーアンは考え事をしている様子だったが、時々通りの店が気になるみたいだった。
「イーアン。何か目に付くものがあるのか」
「はい。空き店舗になっている所が目立つと思って」
商店街といった雰囲気だから、店は横並びに繋がっているが、イーアンが気が付いたように、商いをしている店や業者は点々としていて、垂れ幕が下がったままの抜けの多さは目立っていた。
ドルドレンはちょっと考えてから、一番最初のイオライセオダの町に魔物の襲撃があった頃のことをぽつぽつと話し始めた。あまり思い出したくない記憶でもあった。
西の壁から遮るものがないこの町は、被害が出やすく、当初、町民の犠牲者があった頃を境に、引越して出て行く者が多かった。
その後、騎士修道会はもちろん、魔物を退治するために派遣されているが、それでも魔物が近い地域ということは変わらないので、町民は今でも移動していくのだ、とイーアンに説明した。
「だから親父さんは、イーアンの声に動かされたのかもしれないな」
横に並ぶクローハルが話を繋ぐ。ドルドレンも頷いた。イーアンは、初めて会った自分に対して、親父さんが親身に一緒に考えてくれたことを、改めて有難く感じた。
「頑張ります」
イオライセオダの町にも、活気が戻る日が来るように。何か自分が手伝えるように。そう心に刻んで言葉にする。
「手伝うよ。騎士修道会は、国土の安全の為に働くのだ。いつか、イーアンの努力が、我々以外の人々の為にもなるだろう」
微笑んだドルドレンは、腕の内に抱え込んだイーアンの頭にキスをした。横で見ていたクローハルが『俺の前で見せつけるな』と嫌そうな顔を向けた。ドルドレンが勝ち誇ったように、ふふんと笑う。
最近よくあることなので、イーアンは恥ずかしそうに目を閉じるのみ。既に、保護者と被保護者の関係ではないと、つくづく思うのであった。ドルドレンがどう捉えているかは分からないが。
ふと、前の方に緑色の鎧が現れた。『ディドンじゃないか』とクローハルが目を細めて確認する。部隊が到着したのかもしれない、と二人の騎士は目を見合わせる。
ディドンもこちらを発見したようで、馬を少し早く歩かせて近づいてきた。
「ディドン。隊が着いたのか」
ドルドレンが訊ねると、ディドンは少しそわそわしながら『もう近くに来ている』と答えた。ディドンの落ち着かなさそうな雰囲気は少し気になったが、とりあえず二人の騎士は部隊のもとへ急いだ。
町の塀の辺りで、部隊はすぐそこに来ていて、4人は部隊と合流した。
ドルドレンは各隊長を集めて、町長への報告が済んだことを伝える。イオライセオダへの用は完了したので、そのまま昼食を摂ることになった。
馬上昼食か、1時間の休憩での昼食か。 帰路なので余裕があるため意見をとると、1時間休憩に大半が賛成したので、町から少し進んだところで、休憩することに決まった。
食事担当が火を起こし始め、塩漬け肉と根菜を網にかけて焼き始める。肉とブレズと根菜の昼食が振舞われるまで、時間にして30分。1時間の休憩は短くても、馬を下りて座れることで、ずいぶん気持ちが違う。
今夜の野営地まではまだ4時間ほどかかるので、1時間の昼食休憩は、体を回復させる良い時間だった。
ディドンは、隊から一人離れて食事を摂っていた。
自分がイオライセオダで見た光景について、複雑な気持ちでいた。
ディドンは、ドルドレンたちが町に入ってから、10分も経たないうちに町に到着していた。どこへ行ったんだろう、と探していた時。
一本横の通りを通過した、馬に乗った、大理石のような色の鎧の騎士が見えた。クローハルだ、と気がついて、後を急いで追うと、なぜか彼はイーアンと一緒に行動していた。
クローハルまで、本当にイーアンに入れ込んだのかを聞きたくて追いかけたが、この状況では聞けないと思って、とりあえず様子を見ていた。
彼は最初にイーアンを連れて店へ入り、出てきた時にイーアンに服を着せていたのを見た。再び馬に乗ると、飲み物、菓子と立ち寄って、最後に剣の工房へ入って行った。まるでデートのようだった。
最後まで尾行状態になり、何だかバツが悪くなったところで、ドルドレンの馬がやって来て、もう前に出られなくなってしまったのだった。
ポドリックに聞いた、イーアンがクローハルにかけた言葉。
どんな状況でそんな言葉を・・・と考えたが、ドルドレンが大人しく黙っているとは到底思えない。
しかし、クローハルの態度を見ていたら、本当にイーアンに気があるように見えた。
そこまで考えたディドンは、大きく溜息をつく。
――総長にしろクローハルにしろ、年齢が自分よりも上で、イーアンに釣り合う。悔しいが、二人とも男前で、滅法強いのも認めざるを得ない。
接点を増やして、自分の気持ちを伝える時間を増やせれば。 物事も変わるんじゃないか、と期待する。
戦闘時の避難役を買って出たものの、昨晩『それはもう必要ない』と隊長から言われ、これから接点をどう作れば良いのか。テントを訪問した時に、うっかり見れた着替え中の姿も、接点ありきだ。
「こういう気持ちって、治まりつかないんだよな」
ディドンが、延々と続く物思いに耽っている休憩時間。
ドルドレンは、イーアンと町の中で離れていた時間を埋めるように、ぴったりくっついて満足そうに、イーアンと緩やかな休憩を過ごしていた。
『町でお菓子を食べたから、昼食の肉は遠慮します』とイーアンが言うのを聞いた時は、クローハルめ!と一瞬怒りが燃え上がったが、『肉をドルドレンに食べてもらえないか』と切り分けた一口大を、食べさせてもらうことが出来たので(あーん行為)、クローハルのことはどうでも良くなり、かえって幸せ満喫。
食後も、自分を見つめていたイーアンに『ドルドレンの鎧姿はとても格好良くて、絵に描きたいくらい』と誉められ、ずっと鎧でいようかと本気で悩む、これもまた幸せな総長の時間。
そうして部隊は1時間を過ごし、片付け後は、野営地に向けてのんびり出発した。
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