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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
378/2945

378. 東への用事

 

 夕方にかかる頃。戻った足で、執務室へ行き、ドルドレンとイーアンはお話。いつもの席ではなく、奥の書庫にある応接の椅子で話す。暫くして仏頂面の最高級な状態でドルドレンが出てきて、執務室から出て行った。


 執務の騎士は、何となく話は聞こえているものの、書庫に残されているイーアンに話しかけることは控える。ただ執務の騎士たちは、ほくそ笑んでいた。


 間もなくドルドレンが戻り、シャンガマックもくっ付いてきた。シャンガマックは少し居心地悪そうな表情だった。そして3人でお話再開・・・・・



「ということらしい。それでもシャンガマックは頼むのか」


「あ。いえ。そんなことになるんでしたら別に。そこまでじゃないんです」


「だろうな。俺が例え彼女と愛し合っていなくたって、イーアンが誰かの剣を頼まれて、タンクラッドの工房に泊まるなどと恐ろしいことを言うなら、俺は間違いなく止める」


「イーアンと総長の関係は、とりあえず言葉にしないで下さい。そうじゃなくても、女性を男の職人の家に泊まり込みさせてまで、自分の剣を作りたいとは思わないです」


「だそうだ。イーアン。もう良いな。この話は」


 有難うございますとイーアンは頭を垂れる。当然ですよと思いつつ、ちゃんとした理解を通して決定することは大事。イーアンが話を聞いて分かったのは、シャンガマックは剣も『イーアン手製』にしたかったことだった。特に何か、イーアン(自分)が作ること=使命的な意味を持つ・・・わけではないと知り、安心した。



 ドルドレンも『当ったり前だ』といったふうな態度で、どかっと背凭れに背中を預け、長い足を組んだ。『シャンガマックはもう下がっていい。ダビを呼んでくれ』部下にそう命じ、ドルドレンは白の混じる黒髪をかき上げる。


 シャンガマックはイーアンにちょっと苦笑いして退出。ドルドレンはイーアンを見つめ『とんでもない条件だったぞ』と困ったように言った。イーアンも頷いて、自分は反対したし、無茶言うなとも言いましたとチクった。


「でも。タンクラッド(あの方)は、時々、妙に本質を突いてくるのですよ。これでシャンガマックが、どうしても私が作らないといけない理由等を持っていたら、間違いなく」


「止めてくれ。それ以上言うと俺の心臓が止まる。タンクラッドは普段は穏やかな天然らしいが。頭は良いから、矛盾や段取りの悪さに気がつくと、正しい方向の効率性が見えて、通そうとするんだろうな」


「ドルドレンは、彼とほとんど関わりがないのに。よくご理解されて。似ているのかしら」


「似ていないぞ。イーアン。俺と彼は違うんだ。どっちでもありみたいに聞こえるから、よしてくれ」


「そんなつもりではありませんよ。頭が良い、その意味が似ているのかしらって。どっちでもありなんて思っていません」



 ちょっとイーアンが不愉快そうな顔をしたので、ドルドレンは両手で抱き寄せて『冗談だよ』と頬ずりして機嫌を取った。イーアンの機嫌が戻り(※これも単純)ちょっとちゅーっとしてから、二人は見つめ合ってニコニコする。



 そんな場面にダビが遭遇。見つめ合って微笑み合う場面からだったので、とりあえずは『何この人たち』くらいで済んだ。


「来たか。ダビ。」


「呼びつけておいて、二人の世界はやめて下さい」


「自然体だ。気にするな。お前に聞いた鏃の話だが」


 椅子に掛けて、ダビは総長の話を聞く。明後日、東の剣工房へ行くことになった。この前、畳んだばかりの剣職人がいて、彼は鏃も作っていたから、現在は稼動していないだけで道具も職人もいるという。

 北東の職人とも言われていたが、この二人は老兄弟で行き来しているから、支部から近いほうの工房で習うことになっているとか。


『しばらくそこ?』ダビが聞き返す。ドルドレンはその手筈は整えてあるという。



「お前はほら。いずれ騎士を辞める気だろう。ダビはこれまで北西の支部で、皆の弓や剣の手入れを好きで続けて、知らない間に倉庫が工房になっていた。

 この流れだと、いずれはここを出て、自分の本当の道を進むことになる。それは自他共に認めるダビが職人になる道だと思う。


 だからな。こうした機会は巡り合わせだと俺は思うから、鏃を作る話が親父(サージ)から推薦で出たのだし、東の職人に泊りがけで学んでくるのも大事だろう。イオライに俺たちは遠征で出るが、戻ったら迎えに行く。どうだ」



「ちょっと。ちょっと待って下さい。急ですね。私の宿泊や食事はどうするんですか」


「東の支部から遠くないから(※他人事)。東に話をつけてあるし、職人の家に転がり込んでも、赤の他人はお互い厳しいだろう。なので、東の支部から通え。職人には、こちらの理由と目的を、東の支部から伝えてもらってある」



 鏃の話を引き受けた自分としては、受け入れざるを得ない展開だが。ダビはイオライの遠征に行けないのも、ちょっと嫌だった。

 ボジェナに会えないのも、親父さんと剣を作れる時間が延びるのも気掛かりだった。イーアンのように通いで職人の所へいけないか、聞きたかったが、龍に乗れるイーアンとは違う。


「今回。イオライの山なんですよね、遠征。時々()()()()()()()()()()って、地名がズレてるのを聞くんですが」


「遠征はイオライの岩山だ。だがイオライセオダ周囲も、調査依頼が町長から入っている。イオライセオダも、目的地の一つには設定してあるが、野営地は外だ」


 総長はダビの質問の裏を見透かして、野営地は壁の外であることを伝える。灰色の瞳を向ける総長に、何も言えず、ダビは瞬きをして『そうですか』と答えた。


「もちろん。イーアンも町には()れないからな」


「なぜ私がそこで出てくるの。私だって、ちゃんと遠征中は野営地とテントにいます」


 イーアンの答えにドルドレンとダビは、黒いくるくる髪の女を見つめる。二人の視線を受けて、眉根を寄せるイーアンに、ドルドレンがボソッと『あっちが迎えに来そうだろう』と放つ。頷くダビ。


「あっち、って」


「剣職人です」


 用もないのに来ませんよ、とイーアンはふくれる。自分は用があるから通ってるけれど、こっちは持込で、タンクラッドは持ち込まれる側なんだから、来るわけないでしょと少し怒ってた。


 この話しが長引くと、ドルドレンは夜に影響すると判断し、ダビは小舅癖が出そうだと考えたので、話は必然的に変えられる。



「でな。さっきの続きだ。俺たちも東の弓工房に用がある。だから行きは3人で龍だし、ダビの帰りはイーアンが迎えに行く。馬で行ったら、日数がかかるからな。ということで、必要最小限の手荷物で向かうように」


 以上。イーアンの肩に腕を回し、長椅子の背凭れに体を預けて、長い足をどーんと組んだ総長に『はいダビ退出』を無言で言い渡され、ダビは立ち上がって渋々言うことに従うことにした。ダビ退場。



「それで。あと何だって?弓は俺たちが行くだろ。試作の弓はもう出来ているのか?次は、盾とか言っていたな」


「ダビが龍の背で、話していました。弓は、私たちが休暇に出た後に作ってくれたようです。確認がまだですけれど、彼が用意してくれましたので問題はありませんでしょう。

 盾に関しましては、私は全く・・・・・ ここの盾の作り方は知りません。似ているようなものであれば取り組んでみますけれど、知識の中になさそうで、ちょっと手が出せません」


「イーアンでもそんなのあるんだな」


「勿論です。よくこれまで、私の知識が使えたなと、そっちのほうが私は驚いていますよ。運良かったのでしょう。知らないことの方が多いと思います。偶々、似たり寄ったりの製法を知っていただけでしょう」



 そうかー・・・ドルドレンも盾はあまり意識したことがない。使うことは使うし、騎士は全員にあてがわれる物だが、盾で受けるにしても、受け続けるような戦闘があまりなかった。

 人相手なら使うかもしれないが、魔物相手だと体の大小も様々だし、陸にいるものばかりでもなく。盾は一応、持つような戦闘が多かった。



「とりあえず弓だな。その後、イオライへ行く前に西へ向かおう。大急ぎだ」


「そうですね。だけど今回は、弓の試作は、既にダビが用意してくれましたし、盾は全くですから。素材をね、いくらか持参して、使えるものをあちらに選んで頂く形が良いでしょう。

 そうしますと、私は特にイオライの遠征までに、大急ぎの用事はなさそうです」


 イーアンの説明を聞いて、ドルドレンもそういうものなんだなと理解する。これで二人の話し合いは完了となり、ドルドレンは執務の騎士に、残りの仕事を要求されて少し残業。イーアンは工房へ戻った。


 イーアンは自分の鞘に、ようやく革を巻くことにした。明日中に作ろうと決めて、道具を用意しておく。あれこれ片付けた後、迎えに来たドルドレンと一緒に工房を出て、二人はいつもどおり、風呂夕食と済ませてから寝室へ戻った。



 部屋に戻って、小さい溜息と共にドルドレンはマブスパールの話を出した。


「明後日に東へ行くだろう?目的を先に言うとな。ジジイだ」


「あら。ドルドレンはお祖父さんを放っておけばと仰ってましたけれど、何かありました?」


 ドルドレンは紙の束を机の上に出した。嫌そうな目の据わり方をしてる。向かいの椅子のイーアンを引き寄せて、膝の上に座らせてから、束の表を見せる。


「分かるか。この文字」


「恐らく私の工房です」


「よく出来ました。そうだ。この束はな、ジジイが策略で送らせたものだ、イーアンの工房にな」


 誉められたものの、()()()()()()とは。穏やかではない響きの上、『送らせた』言葉の意味も引っかかる。灰色の瞳を見つめて、イーアンは先を促す。


「ジジイは差出人ではない」


「お祖父さんは知恵達者のようですが。それは私も分かるのです。お父さんの後ですから余計に(※パパはパー)。でもその言い方ですと、まるでお祖父さんがどなたかに」


「その通りだ。その()()()()は、東の支部だ。ジジイは東の支部に、イーアンを呼ぶように焚きつけた」


 ドルドレンはイーアンをぎゅーっと背中から抱き締めて『あのジジイ』とぼやく。黙って続きを待つイーアン。伴侶は鬱陶しそうな顔で、ジジイの文句を言う。



「マブスパールではないんだが。東の支部がこの前、地域の全体遠征先で数人負傷者を出した。そのことを騎士の誰かがジジイに話したんだな。マブスパールの酒場には騎士も出かけるから。

 ジジイはしょっちゅう、女のいる酒場に行ってるはずだから(※大当)偶々、その話を同じ酒場の席で聞いたんだろう。ここからだ。


 東の支部の騎士がな。俺と()()()()()()()()に、『北西の支部に龍に乗る女がいるのに、なぜ援助を請わないんだ』と笑われたそうだ。地域の全体遠征は、北西で言うイオライだ。小物相手じゃない魔物戦に龍を使わないで、怪我人を出す方を選ぶのか・・・とな。そんな具合でけしかけられたと。ここには書いてある」


「お祖父さん。そんなことを。でもそれでは、私は東の支部にお手伝いに行くだけで、別にお祖父さんの町へ行くわけでも」



「それがそうでもない。マブスパールは、馬車を降りた人間の町と話しただろう。その意味は、若い男が全体的に少ないことも示す。町を守るのは自警団的な存在だ。東の支部からも距離があるし。

 近くに用があれば騎士もマブスパールにも寄るが・・・今回の酒場のようにな。だけどそれはいつもじゃないのだ」


「離れた地域の町や村は、皆自警団ですか?」


「多くの地域はそうしている。俺たちが間に合わない場合もあるから。民間の中で自警団を組むのだ。だが戦いに慣れた者がいる場合はほとんどない。マブスパールもそうで。しかしちょっと他と違うのが」


「もしかしますと。()()()()()()()が、自警団にいるのでしょうか」


 イーアンはこの返答にも、『よく出来ました』の言葉と、伴侶のちゅーをもらう。しかし伴侶は笑っていない。


「なまじ強い男だとな。自警団でも信用が生まれるだろう。あんなエロジジイでも、魔物の撃退と退治数は異常に高い。

 その自警団のジジイ(主力)が『龍に乗る女を、マブスパールにも呼べ』と言い付けた。自分も年で、最近は疲れてきて危ないからと。クソがつくほど丈夫なくせに。

 理由は『自分が倒れたら、この町を守る担い手がいないから、早めに龍に乗る女に連絡がつく方法が』どうとかこうとか」


「ええっと。その言い方ですとね。つまり東支部の騎士たちに、マブスパールを守るように言いつけたのではなく。

 北西の支部にいるけど⇒龍を使う人間がいるのだから⇒いっそ龍に乗る人に龍で助けてもらえるようにしろと。そうした意味でしょうか」


「そうだ。東の騎士が遠征で負傷者を出したのも、龍を使えば済むだろうと焚きつけた上で、その龍を、小さな町・・・女子供老人の多い気の毒な町にも派遣してくれれば良いと。龍目当てのような、いかにも一般人が目をつけて仕方なしという、断りにくい申請を出したんだ」



 私の工房宛に?イーアンが訊くと、ドルドレンは溜息で答える。東支部は、酒場のその席で、申請書を書いて押し付けた男が、俺のジジイだと分かったそうで(※ジジイが自己紹介した)『孫を通すと嫌がられる』と。

 だから、龍の女に直に届けるように訴えた。疎遠な孫に(ないがし)ろに扱われる、祖父を演じて。


 そんなの通るんだと驚くイーアン。


 騎士でもない自分に、それもぺーぺーな私に。単に、龍に乗ってるからというだけで、別の地域の民間人の申請書が、別の支部を通して、直接送られることなどあるのかと、びっくりする。



「マブスパールの自警団からの申請書だ。束になってるのは、ジジイの申請と、東支部からの転送理由だ。

 俺を通さないなんて業務上、無理なのだが。宛先を工房にした書類と、どうして工房宛に出したかの書類が同時に送られてきた」



 それでその束。イーアン納得。ドルドレンの目を覗き込む。灰色の宝石が悲しそうにこっちを見つめ返す。


「では。弓工房へ行く時に、マブスパールへ」


「マブスパールだけという訳にも行かない。東の支部の戦法指導も入ってる。民間希望で『はい、ではどこぞの支部の誰が動いてくれ』とはならない。東の支部に関係している形を取っておかないと、東の立場もない」



 実際ドルドレンにも、こうしたことは以前、起こったそうだ。ドルドレンが一人奮闘すると、その隊に死者が出ず、民間の犠牲も少ないことが周知の事実になった時。援護遠征で回り続けた地域から、総長の援護協力を申請されたことは何度かあるという。


「龍とドルドレンは最高峰ですね」


「本当なら喜ぶべき誉め言葉だが。この場合は喜べない。ジジイがイーアンを呼んだんだ。手紙を無視し続けたから」



 こんな展開になろうとは。イオライの遠征前に一仕事だと理解する二人。二人はベッドに入り、いちゃいちゃも少なめにこの日は早めに眠った。ジジイの投網に引っかかった魚気分だった。

お読み頂き有難うございます。


先ほど見ましたら、ブックマークして下さった方がいらっしゃいました。有難うございます!!大変嬉しいです!!

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