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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
376/2944

376. 牛タン燻製日・中半



 それから。


 タンクラッドが請負の仕事を淡々とこなして、研ぎも済んだ頃。

 工房の裏から、何となく良い匂いがしてくる。単に煙の香りなのだが、その香りがいつもの、ただ燃やした木切れではないと分かる。気持ちの動きなのか・・・・・


 イーアンが入ってきて、お昼には試食できるかもと微笑んだので、いそいそ側へ寄ってイーアンを抱き寄せた。煙の匂いがする。それを伝えると『良い匂いでしょう』とイーアンも笑った。この匂いが好きなんだと言う。


「お前は変わってるな。俺もその匂いは好きだが、良い匂いという女はいなかった」


「私は女らしくないのかも」


 ハハハと笑うイーアンの頭を撫で『違うぞ。お前は女らしいんだ』とタンクラッドは言い聞かせる。優しい言葉に恥ずかしそうな表情で逃げるイーアン。そんなイーアンにちょっと笑って、タンクラッドは仕事へ戻った。



 ――良いなぁ、この幸せ空間。夫婦みたいだな。こんな感じで昼になるのか、今日は。俺は仕事で、妻(※妻設定)は外で保存食作りか。良い感じだ。総長が見てたら歯軋りしそうだが。



 これで思い出した昨晩の質問。イーアンに聞いてみようと表へ出て伝えた。『お前に聞きたいのだが。俺がお前を好きだと、お前は嫌なのか』単刀直入に訊ねると、びっくりしたイーアンは固まっていた。



「なぜ?なぜ、私がタンクラッドを嫌いなのですか」


「違うのか。だってお前は、俺を嫌がっただろ。仲間に女が居たら、俺に相手が見つかるって言ったから。俺が別の女を好きになるみたいな言い方をする。お前を好きだと嫌みたいだ」



 イーアンは少し悲しそうな顔をした。その顔を見て、タンクラッドは『あれ?』といった気持ち。イーアンは近寄ってきて、タンクラッドの前で止まり、見上げて静かに言う。


「そんなつもりでは。ごめんなさい。女の人がいたら、もしその方が綺麗だったり、あなたやその方がお互いを好めばそうなる可能性もある、と思って。でも軽い気持ちでした」


「では。俺がお前を好きなのは嫌じゃないのか」


「ちっとも。そんなことを思わないで下さい。ごめんなさい。違います。私なんかを好きでいて下さって、とても有難いです。タンクラッドのことは私は」


 言いかけて、イーアンは止まった。凄く聞きたいけれど、タンクラッドは凝視して待つ。イーアンは鳶色の瞳をじっと向け、何度か瞬きしてから少し笑った。



「とにかく。そんな、嫌なんて思っていません。好かれていて嬉しいですし、私も。でも、あの。そんなつもりではありませんでした」


 以上。イーアンはタンクラッドに微笑んでから、燻製の箱に戻った。タンクラッドは未消化。続きが聞きたい・・・・・ 絶対今日は良い日になる気がするのに、続きが。良い日に直結するはずの言葉がない。



 とても気になる濁し方を耳に残したまま、タンクラッドは悶々としたものを抱えて仕事を続けた。


 あの言い方は。俺が好きみたいに聞こえる・・・・・ 『私も』って言ったな。


 後何回かあんな具合で言ったら、きちんとはっきり、訊いてもいいかもしれない。イーアンは俺が好きかと。でもなー。『いいえ』とか言いそうなんだよな、あの性格だと。それ聞いたら、立ち直るのに時間がかかりそうだ。


 うーむ。剣職人の唸りは繰り返されながら、時間は過ぎる。そして昼が来た。



 イーアンは燻しを終えて、舌を一本、箱から取り出し、台所に行って少し茹でてから引き上げて、スライスした。塩の強いチーズもスライス。燻製のお味見なので、ちょっと煙臭いのは承知の上。


 酒漬けティッティリャの酒の方を、鍋に取り出して、砂糖と香辛料と一緒に少し温める。酒漬けティッティリャもスライスして入れる。澱があるので、これを漉して木製の容器に注いだ。


 燻製の出来立ては、普通食べないイーアンだけど。『お家燻製』初めてのタンクラッドに、少しだけお味見。温かい果物の酒と燻製と、塩の強いチーズを切って、一緒に味見する。



「タンクラッド。一緒に外で食べませんか」


 イーアンは晴れた外に出ようと誘う。タンクラッドは昼の食事が何かと思いながら、呼ばれるままに外へ出た。燻製箱の近くに、屋外用の机を引っ張ってきたイーアンは、そこに皿と飲み物を置いて待っていた。


「今作ったばかりです。本当はね、翌日に食べる方が良いのですが。でも楽しみでいらしたでしょ」


「これ。こんなになるのか。へぇ」


 切り分けられた牛タン燻製と、しょっぱめチーズ。買い置きの平焼き生地は、細く切って揚げてあった。それに『これは?酒?』タンクラッドは仕事中は飲まないが、酒の匂いがする。


「ほんの少しだけ、お酒の状態は残しています。でも温めたから、ほとんど香りだけだと思います」


 小さな容器に注いだ、香辛料と甘い香りと、柑橘類の爽やかな芳香が漂う飲み物を手渡す。



 タンクラッドとお外で昼食。勧められるままに、イーアンの燻しものと飲み物を味わう。タンクラッドの中の極上時間が湧き上がった。


「美味いな!これは美味いぞ。イーアンはこんなのも作れるのか。舌は煙が合うんだな。

 この、酒と思った飲み物。飲んでみると違う。温かい果汁のようだ。香辛料の香りが高いから、何杯でも飲めそうな気がする」


 大喜びの剣職人。嬉しがる顔に、イーアンも喜びを感じる。どうぞどうぞ、と燻製を回して、揚げたスナック状の平焼き生地も食べさせる。タンクラッドは加速して食べる。野菜がないから、それは気になるけれど。夕食に野菜の汁物を作って帰ろうとイーアンは思った。



 横に座って、ムシャムシャ食べるタンクラッドを満足げに見守るイーアン。ちょっとだけお酒が入って、気持ちものんびりするお昼の陽射しの下。


 ぼえ~っとしている、ニコニコイーアンを見て、タンクラッドは食べながらナデナデする。イーアンは、ぼえっとしているので、抵抗することもなく大人しい。



 ――良い感じ。今日この感じが多いな。


 タンクラッドは嬉しい。片手でイーアンを撫でくりまわし、もう片手でご馳走を食べる。最高だな、こりゃ。うんうん喜びに頷きつつ、タンクラッドは素敵なお昼に感謝する。


 ふと、イーアンはほとんど食べていないことに気がついた。自分ばかり食べてるなと思い、タンクラッドはイーアンに燻製を差し出す。『食べろ。お前は食べてない』ほれ、と出すとニコッと笑って、ぱくっと食べた。



 ――ふーん!可愛い~ 可愛いなぁこれ。ふむふむ、餌付けという手もあるな。あまり酒に強くなさそうだから、気をつけてやらないといけないが(※こういう所は真面目)。美味そうに食べて・・・あれ?


「あん。美味しい」


 イーアンは燻製大好き。食べるとメロメロするので、食べないでいたのだが。ぼえっとしていたので(※ほろ酔い)差し出されるままに口に入れてしまい、美味しいものでイッてしまう癖が出た。


 タンクラッドはじっとイーアンを見つめる。今。何かちょっと。普段にない表情と声だったような。


 もう一度食べさせてみる。燻製と、薄切り乳製品を一緒にしてから『ほら、食べろ』と口元に持っていくと。嬉しそうにぱくっと食べて、身をよじりつつ、ニコニコしながらふんふん言い始めるイーアン。


「んふっ いやん、これ好き・・・」



 ――ぐわっ。 なんだ、このやらしいイーアンは。目が溶けてる。いつも垂れ目だけど、いやに・・・やらしい。何か好物を与えると、こんな特典があるのか。

 多分、好物でこうなるんだよな。燻しは今までここで食べたことないから。すごいことを知ってしまった・・・・・


 タンクラッドは真顔を崩さず、さらに燻製を食べやすく千切ってから、揚げた平焼き生地にくるっと巻いて、イーアンの前にちらつかせる(※既に餌)。

 思ったとおり。イーアンはとろんとした目で、餌をじっと見つめて、口をパッと開け、舌をペロンと出した。餌を欲しがるイーアンはニコニコしながら、舌をひらひら動かす(※ほぼ動物)。



 ――うおっ。すごいぞ、これ。ううっ。午後耐えられるのか、俺は。今でも下半身に影響が。滅多にない押し寄せる情熱が一箇所に集中しているっ。

 俺の人生でこんなことは初めてかもしれない。やばい。まずい。これ以上見たら、癖になる。癖で済めば良いが、手を出しかねない恐れもある。どうしたら良いんだ。でも見たいっ



 大真面目な顔を崩さないが、瞬きの回数が格段に減っているタンクラッド。餌を与えると、イーアンは満足そうに呻いて、何やらくねくね腰を動かして感じ入っていた。腰を凝視しながら、夜のおかずにしようと決める。


 飲み込むと確実に呻く・・・・・ こんなにやらしいイーアンを見るのが初めてで、タンクラッドは慎重に頭を撫でて押さえ、逃がさないようにした。



 この後も、タンクラッドは残した分の燻製をちょっとずつ与え(※自分はある程度食べた)裏庭の朗らかな冬の昼食を楽しむ。


 タンクラッドの思惑通り、イーアンはヘロヘロしながら、餌に食いついては『きゃんきゃんふんふん(※愛犬)』言い続け、時々タンクラッドがちょっと、フェイントであげなかったりすると、おねだりしていた。


「いじわるしないで下さい。お願い。下さい」


 タンクラッドのささやかなイジワルは、もう心の喜びを超えて、習慣になりそうだった。

 お願いお願い言われ、下半身の一部の形状が変化する声と、やらしい笑顔で(※実際はやらしくはないはず)擦り寄られる。真面目な顔で必死に耐えた。



 いじわる・・・したい。お願い?下さい?あげる、あげる。欲しいだけあげよう。心の声は心の中で叫びに変わる剣職人(※無表情)。


 できれば毎日見たい。出来れば夜間に見たい。無理だと分かっていても、祈る。これからはイーアンが来たら、この技(※好物餌付け)を多発する目論見を立てる。



 ほろ酔いイーアンが正気に戻るまでの15分間で。タンクラッドの愛犬餌付け時間は、タンクラッド自身の精神的な疲労(※性欲との闘い)によって終了するギリギリまで続いた。

お読み頂き有難うございます。


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