372. 正邪眼の剣
一人、イーアンはてくてくタンクラッドの工房へ。
白銀の羽毛が照り返す朝の光は、道行く人々を倒す。イーアンが通り過ぎる後には『うわっ』『眩しい』『目がっ』と、何やら声を聞いた気がした。
工房に到着する手前でそれに気がつき、この上着は軽く武器だとダビに言われたのを思い出した。今後、イーアンはやはり、タンクラッドの裏庭に降りることにした。
扉を叩くと、叩いて3度めに中で音(←『バタン・ガタン・ガタ・バキ』)がして、即開いた。満面の笑みのイケメンが両腕を広げて抱きつく。
「おはよう」
「おはようございます。突然申し訳ありません」
よいしょと、イーアンはタンクラッドの腕からすり抜けて、ニッコリ笑って挨拶する(※交わし方覚えた)。
「慌てていらしたみたいですが、無事でしょうか」
「何てことない。単に椅子が倒れて、俺が踏んで壊れただけだ」
イーアンは笑いながら台所を見る。本当に椅子が壊れていた。タンクラッドも笑いながら椅子を起こして、『後で修理する』と言った。
「あの。少しだけお時間を」
「一日いろ(※極端)」
「いえ、少しで充分です。10分もあれば私は帰ります」
「お前は急ぎ過ぎだ。座れ。まず座ってゆっくりしろ。で、午後に戻ればいい」
お邪魔して、イーアンはお茶を淹れてから座る。食事はと訊くと、もう済ませたと答えが返る。『来ると思ってなかったから』だから会えて嬉しいと、タンクラッドはイーアンを撫でた。
「昨日の剣の文字ですが、シャンガマックに見せました」
彼が精霊を通して、あの文字は仲間の名前であることを教えてくれた話をする。それと、精霊を通す前にもシャンガマックが読んでいたことも。そしてティヤーの島の遺跡についても、シャンガマックは写しの紙に書かれた文字を、遺跡の持ち主の名前と言ったことも、伝えた。
「大したもんだな。バニザットはそんな特技があるのか」
「特技といいましょうか。言語能力が高いのですね、きっと」
「確かにな。バニザットのことだろうかと思った一文が白い棒にあったが。それには『この世の全ての言葉を知る、大地の精霊の民』と。
でもそれは『大地の精霊』の部分で思ったんだ。彼の親が、大地の精霊を崇拝する部族だったから。しかし言葉を・・・本当にそれっぽいな」
「そうだと思います。彼は『世界の声を聞く』と、精霊の紹介でありました。だから彼は、私たちの旅の最後まで同行するのでしょう」
「そうか。俺もだけど」
タンクラッドは笑顔で言う。イーアンも笑顔で頷く。『ご一緒下さい。無事に全員生還できるよう、力を貸して下さい』とお願いする。剣職人はイーアンの顔を撫で『当たり前だ。お前は放っておくと怪我する』と笑った。
「仲間は私たちを含め10名です。ここを出る時6名いますが、残りの4名は別の場所で出会うのでしょう。以前のシャンガマックの話ですと、10名全員が最後まで一緒ではなさそうですが、随時6~7人はいるかもしれませんね」
「そうか。10人もいれば、女がお前一人とも限らないな。人間ではない仲間もいそうだし」
「タンクラッドのお相手も見つかるかもしれませんよ」
アハハとイーアンが笑う。タンクラッドは眉根を寄せて、不愉快な表情を見せつけた。『冗談でもそういうことを言うな』びしっと叱られて、イーアンは真顔に戻る。
「俺が浮気者みたいに聞こえるだろう。よせ。俺はお前が良いんだ」
真顔になったので茶化せないが、イーアンの心の中では『浮気者』の表現も違う気がするし(※そもそも恋仲じゃない)『お前が良い』のも、相手によりけりで変化することでは・・・と思った。
場の空気が悪いので一度咳払いして、話を続けるイーアン。
「後もう一つ。シャンガマックは、自分たちの剣をあなたに頼むようにと言いました。私とドルドレン、タンクラッドの剣は既にあります。ですから、ハイザンジェルを出る前に、シャンガマックと他2人の剣を作って頂きたいのです」
「それは。魔物製という意味だろうな。その剣を治癒場で仕上げるのか」
「恐らく、そういう意味ではないでしょうか。私の剣を見て、彼はそう話したので。ドルドレンの剣はあれで良いと思うと言っていました。ドルドレンも治癒場で剣を捧げると『完成』なのでしょう」
そう言いながら、イーアンは立ち上がってなぜか台所へ行った。タンクラッドが何かと思って目で追ったが、出てこないので台所へ行くと。舌の入った容器を水で濯いでいた。
「話の最中だろう」
「ええ。でも舌も序に。話しながら塩抜きしましょう。これを乾かしておけば、明日には燻せます」
緊張感のないイーアンに、タンクラッドはちょっと笑う。台所の壁に寄りかかって、そのまま話を続ける。『で、どうするんだ。いつまでに作るとか。そうしたことはあるのか』剣職人の問いに、イーアンは顔を向ける。
「私たちが旅立つのは、夏が終わる頃と。前後するにしても、その頃までが目安だと思います。ただ状況も水面下で変化している気もしますので、良い素材が手に入り次第、作ったほうが良い気もします」
「状況が水面下で変化、とは」
舌を丁寧に水で洗いながら、イーアンはちょっと考えて言葉を繋いだ。
先日の魔物が襲ってきた理由について、これまではなかった出来事であることを話す。何かが既に動き始めているから、ああしたことが起こっていると思うと。それに魔物自体も何か、これまでと違うような気がすることも呟いた。
『私は昨日、毛皮を加工しようと、魔物の脳を出そうとしましたが』その魔物の頭には、脳がなかったと教えた。
魔物の頭蓋骨を割って、脳みそで皮を加工しようとするのも若干驚くが。今はそこではなく、何があったのかをタンクラッドは尋ねる。
「はい。神経がびっしりついた中心に、こんなものがありました。最初は灰色の石で、中に赤い光がちらついて。でも白いナイフを当てたら煙が出まして。すぐにこのような黒い綺麗な姿に変わりました」
イーアンは手を拭いて、腰袋の中から小さな容器を出した。蓋を開けて剣職人に見せる。中に胡桃大の黒い宝石が入っていた。タンクラッドはそれをそっと摘まみ上げて、暫く眺めて唸った。
「俺は。この石と同じものを。恐らく知っている」
「私もどこかで見たような気がしたのですけれど」
ちょっと待ってろと、剣職人は工房へ行った。戻ってきてから、剣を見せてイーアンに目で示す。
「この鍔の部分ですか。これと同じ?」
「だろうな。同じに見えないか。感触も光も同じだ。以前の姿では、鋳型で作られた金属製で、動物の頭のような鍔だった。材質も形も変わった。いやもしかすると、変わっていたのではなく、そう人の目に映っていただけかもしれない」
タンクラッドは黒い石を指の中で回し、ふと思いついたように目を見開いた。剣の柄頭を見つめ、ゆっくり石をその窪みに当てる。『イーアン。これが嵌る』見ろ、と柄頭に納まった黒い宝石を見せた。
その石は、誂えたようにぴたりと窪みに嵌っていた。そして石は、黒い透明な姿の中に、何かを映し出していた。
「どうして。どうしてでしょう。まるでこうなる様に仕向けられたような。いえ、行き過ぎた言い方ですが」
「強ち行き過ぎでもないかもしれないぞ。イーアン、お前は確か。夢を見たと言っていたな。なぜこの世界に来たのか。精霊が教えてくれたと。その夢で何かないか」
「夢ですか・・・・・ ええっと。そうですね。思い出せますが、その黒い石と繋がる何かと仰っているのですよね。そうしますとちょっと」
「直にじゃなくてもいい。これは魔物の産物だろ?魔物に因むような場面はなかったか」
「因む。魔物の王なら、はっきり覚えています。ヨライデの王が魂を抜かれたようにぼんやりしていて。彼の座る玉座の背後に魔物の王がいました。魔物の王は、玉座の背凭れについた丸い石を見ていて・・・でも石から目を反らし、夢の中の私と目が合ったところで、その映像は閉ざされました」
タンクラッドはニヤッと笑う。そしてイーアンを急に抱き締めて、頬にがっちりキスをし、焦るイーアンを抱き締めたまま『でかした』と声を上げた。もがいていたイーアンは止まり、『でかした?』その言葉を聞き返す。
「俺の妻なら、このまま普通にキスをしているくらいだ。残念ながら出来ないが。それだ、イーアン。そいつの差し金だ、魔物がお前を襲ったのは」
何がどうすると、差し金と分かるのか。イーアンはもう少し説明を求める。抱き締められているので、真上を見上げながら『理解が追いつかない』と言うと、タンクラッドはイーアンの髪を撫でて(※腕は解かない)頷いた。上を向いて見上げるのは可愛いなぁと思いつつ、悟られないように真面目に答える。
「前、夢の話で言っていただろう。魔物の王が命じれば、魔物はお前を襲い始めると。この前、お前が襲われたのは支部の敷地だ。今までは、笛やナイフのお陰で入ってこなかったのだろうが、王がお前を見つけに行ったんだ。お前が倒した魔物の・・・この石は、王の目でもあったんだ」
「魔物の王の目。あの魔物を通して、私を見つけたと仰るの」
「そうだ。お前の居場所を知ったから、息の根でも止めに探しに来たのだろう。お前一人でも殺せれば、魔物の王は総長の力を半分は削げるわけだから。そして、お前が一人でいる機会を逃さなかった。
全部の魔物が、魔物の王の命令に従うかも知れんが、その一頭は間違いなく、王の目の代わりだったはずだ。でも」
「私は殺してしまいました」
「そうだ。呆気なく殺した。聖なる力の道具でも、龍でもなく。お前はその手で殺したんだ。魔物の王が目の代わりに動かした魔物で、お前を呆気なく殺すつもりが、お前に呆気なく殺された」
ハハハとタンクラッドは笑う。さぞ驚いただろうなと笑いながら言う。イーアンも苦笑いしながら、もう一つの質問をする。『でも、その。ではそう仮定して、脳の代わりに入っていた・・・目の代わりの石?その石が剣に合ったのはなぜでしょう』これはあまりピンと来ない。
「それか。これはお前に話していなかったか。剣の種類があるんだよ。伝説の中に出てくる、魔物の王を探す剣がある。それは魔物の王がどこにいようが、何で目くらまししようが見つけ出す。
その剣には魔物の王の目が付いていると言う。何だか気持ち悪い話だと思って覚えていたが、おそらくこれだ」
「そんな話が・・・・・ でも。だとしたら、その剣は危なくありませんか。魔性の剣ということでしょう」
「魔性の剣ではないんだ、これが。その剣の名は『正邪の剣』といってな。聖なる力で封じると、魔物の質を操れる。人間の力では出来ない。もしお前が素手ではなく、最初から龍かナイフで殺していたら、この『目』はすぐに現れたのかも知れん」
「タンクラッド。魔物の王の目の付いた・・・魔物の質を帯びる剣を、聖なる力が押さえ込んでいる。と、した解釈で合っていますか。そしてその、ではもしかして。その龍の頭の鍔は」
「そうだろうな。相手側にいた、龍と似たような存在だろう。それを、かつてのこちら側の龍が倒したんじゃないのか。封じた記念みたいな形だろう。
そんな話がこれから先、見えてきたら相当面白いぞ。推測が当たってる時ほど面白いものはない」
この話の間。イーアンはずっと抱き締められているままだったが、全然気がついていなかった。剣の話なんて考えていなかったし、自分の知らないことは、まだまだ沢山あるんだと途方に暮れた。
抱き締めている側のタンクラッドは、イーアンが気がつかないのを良いことに、できるだけ自然体で話を進め、この時間を大切にした。この手は使えそうだと覚える(※デカイ話をして意識を逸らす)。
「まだ。王の目は、私たちに向かってくると思いますか」
「そうだな。もしかしたら、これまでもあったのかも知れないが、気が付かなかっただけという可能性もある。ハイザンジェルに魔物はあと何頭出てくるのか、それもあるしな」
「あ。そうです、休暇に入ったので忘れていましたが。この話をしていませんでしたよね。ドルドレンに調べてもらって。正確ではないそうですが、1万5~6千頭は、この2年で倒しているのではと。だけどこの数字は、本当に曖昧だそうです」
「そうか。もしそれを越えているとすれば、確かに次の場所へ移動する時が近づいているな」
イーアンを抱き締めた手をそのままに、タンクラッドはあくまで自然体でイーアンの髪を撫でて続ける。
「いいか。これからも魔物の突発的な攻撃は起こるだろう。相手も分かってるんだ。俺たちが力をつけ始めていることを。今なら分散させたり、一人一人を崩すことも出来る。しかしこんな最初で、おめおめやられるわけにはいかん。
一人でいる時を狙われたら危険だ。今回は巨大でもないし、お前が倒せたから良かったが。今後もあの大きさではないだろうし、質も違うだろう。お前や、総長も。俺もそうだし、バニザットや他の者も。全員が常に気をつけるんだ。分かったな」
うーんと唸るイーアン。そうなのね。今度から、倒したら頭は都度、割ってみようと決める(※視点がずれてる)。
それから気が付く。牛タンの始末。
イーアンの意識は、剣の話からスムースに塩抜き中の牛タンに移り、抱き締められていたことを特に気にせず、剣職人の腕の中からつるるーっと抜け出て、舌を乾かす金網に乗せた。
一連の動作があまりに普通だったので、タンクラッドも腕の中から抜け出たイーアンを、じっと見ているだけだった。自分の抱擁は彼女にとって、牛の舌と同じ程度かと残念に思った。
イーアンは明日か明後日に、これを燻しに来るので今日は帰ると伝えた。時間はまだ早く、9時過ぎたくらいだった。
「もう帰るのか」
「お仕事がおありでしょう。私も自分の作業をします」
「うむ・・・そうか。お前も仕事があるな。昨日の揚げ物はとても美味しかった。有難う」
イーアンはちょっと考える。少しの間、自分を見つめる同じ色の瞳を見つめ返し、それからニコッと笑って、さよならを言った。
えー。帰っちゃうんだ。 タンクラッドはちょっと『お昼作って』を臭わせたつもりだったが。あっさり帰ると言われ、少なからず衝撃だった。
衝撃で固まる剣職人に何の反応も返すことなく。ひょこひょこ裏庭へ出たイーアンは、さっさと笛を吹き、龍に乗って『それではまた』と手を振りながら空へ飛び立った。
手を振り返すものの。寂しいタンクラッド。
お昼は自分で作るのかと悲しい気持ちを抱く。今日、昼要らないかも・・・仕事に励もうと気持ちを入れ替えて頑張ることにした。
お読み頂き有難うございます。
誤字報告を頂きました!教えて下さって本当に有難うございます!
活動報告を書きました。12月1日は、事情により1話のみの投稿になるため、その理由を書きました。いつも見て下さる皆様に、心より御礼申し上げます。月曜日はちゃんと1日3話出します!
 




