371. ダビの道
翌日。工房に暖炉の火を入れに行ったイーアンは、朝早くやってきたダビに相談を受けた。イオライセオダに行きたいと言う。
「って、休暇に入る前に言いたかったんですけど。休暇だったでしょ。だから」
「お休みもう申請済みでしたら。今日連れて行きます」
「お願いします。 ・・・・・すごく不自然な会話ですよね。今」
なぜ?イーアンが目で促す、不自然の意味。ダビはじーっとイーアンを見つめて、彼女の頬を人差し指でとんと突いた。『これ。昨日大怪我でしたよ』ないでしょ、とダビは言う。
「はい。昨日はお騒がせして。本当に反省しています。お陰様で治りました」
「いえいえ、って返したいとこですが。そんなあっさり治るわけないでしょ。何があったんですか」
「この世には不思議なことがいくらもあります。私もそのお陰で、自分の過ちを正すことが出来」
「イーアン。遠回りですよ、言い方が。何があったんです」
え~ 言うの~ イーアンは嫌そうな顔をする。ダビは工房の火の前に立って、足を暖めながら『早く』とせっつく。言いたくないですとイーアンは目を瞑る。
「何で。内緒なんですか。すごい酷い怪我だったんですよ。1cmくらい深く切ったんじゃないかと思うくらい。こっから舌出そうな」
自分の頬に指で線を引いて、ダビは舌が出かけた深さの傷だったと示す。イーアンはじっと見てから『私にもよく分からない』と前置きして、説明可能な範囲で教えた。
「鉱石のことでタンクラッドと一緒に、調べ物をしに山の中に入ったら。その時に不思議な光が出てきて包まれました。なぜか治っていました」
「光って。どの山で」
「北の方です。龍で出かけた先ですから、山の名前とかは分からないです。遠くというだけ」
納得いかなさそうなダビは、ふーんと疑わしそうな目を向ける。イーアンは目を反らさないで、うんと頷く。そういうことと境界線をがっちり引いた。とても疑わしそうなダビは、とりあえずここで質問を止めた。小舅の自分になりそうだったので、これはもう、無関心にしておく。
「運良く。不思議な力で治ったってことですか。メーデ神のお計らいかもですね。じゃじゃ馬のイーアンに同情して。ではそれは良いとして、今日は朝食後にイオライセオダへ連れて行ってください」
何だか生意気なダビ(←イーアンより11年下)に、不服はあるものの。これ以上探られても面倒なので、イーアンは素直に了解した。朝食時、ドルドレンに話して、ダビをボジェナの所に連れて行くことを伝える。
「分かった。気をつけて行くのだ。また魔物が出ても困る」
裏庭でなぜ襲われたのか。それに懸念が残る、ドルドレン。本当はついていきたいが、イーアンは龍と一緒だと思えば、龍から離れないでいる分には無事だろうと祈った。
「私は今日。タンクラッドに、昨日のシャンガマックの話しを伝えてから戻ります。彼は請負の仕事がありますから、きっと時間もそれほどかからず戻れる気がします。
戻ったら、工房で魔物の材料で作れるものを行いますが。情報も整理したいですね。お祖父さんのこともあるし。少し作業しながら、謎とき時間も作ろうと思って」
「ジジイはいいだろう、別に。あの兄弟が数え歌の解釈をいくらか、紙にしてくれたし」
「それなのですけれど。後で読んで下さい。ハルテッドたちの解釈を参考にします。それにシャンガマックはもしかすると、歌を聴いて理解するかもしれません。
ただ・・・理解はあくまで『訳』でしょうし、その意味を繋げて、一貫性を見つけられる人は、慣れ親しんだ人ではと思うのです」
「一応。兄弟の解釈を読んでからにしよう。ジジイは、あいつは危険だ。親父と同類で」
イーアンは気になっていることがある。シャムラマートが見た予言の一つに、世界中にいる馬車の民に、要所要所で知恵を受け取る場面があるのだ。
シャムラマートの予言のことは視覚化されていて、説明を聞いている自分にも目に映るような、不思議な記憶の仕方をしている分、書き留めたりはしていない。シャムラマートも話していたが、自分の伝える占いは、相手の記憶に滑り込んで思い起こさせる力を持つと言った。
「シャムラマートの話を、今思い出していることが気になります。世界に散らばる馬車の民に会う、その幾つかの一つにお祖父さんが見える気がします」
「うぬ。俺もそれは。気にはなっていたが。ジジイかどうか分からないと思うことにしていた」
「ドルドレン。東に、援護遠征とか援護の用はありませんか。序にお祖父さんのところへ行きましょう。仕事なら動けます」
どっちが序か分からないなと、ドルドレンは思う。仕事が序のような雰囲気だ。だがイーアンの気持ちも分かる。
シャンガマックが言うように『動き出した』のだろう。シャムラマートは夏の終わりと予言し、兄弟の数え歌の解釈では、『イーアンは、秋の後半にはこの国にいない』とある・・・・・
ドルドレンは、遠征で東の用がないか見ておく、と伝えた。
どちらにしても後10日くらいでイオライセオダへ全体遠征で出かけないといけない。出れば5~6日戻らない。そうなると、いろんなことが延び延びになるだろう。早めに動いて片付けられることは、今の自分たちに必要な進みだと考えた。
お礼を言って、イーアンは朝食後。ダビを連れて出かけて行った。ダビは一泊ホームステイが、お決まりのパターンになりつつある。このまま1ヶ月くらいで結婚すればいいなと、イーアンは思った(※無理)。
イオライセオダの町の外に着いて、ダビと一緒に通りを歩く。イーアンの上着は白銀の羽毛。ダビはそれを見つめ、同じようなものをボジェナに贈ったら喜ぶだろうなと内心思った。ダビは上着を断るのも言わないといけない。ちょっと気が重かった。
辻まで来て、明日の朝迎えに来る約束をしてから、二人はそれぞれの目的の工房へ向かった。
ダビは。朝一で親父さんの工房へ入って『久しぶりだな』で始まり、『今日は一泊』でとりあえずの挨拶を締める。
親父さんは工房で、今取り掛かっているのが何だと思う?と面白そうに顔に笑みを浮かべて質問する。ダビが見て驚いた。黒い細身の剣が10本並んでいた。『これ、これは魔物の』ダビが急いで剣を持つと、親父さんはちょっと笑った。
「こっちは楽だったがな。次が手古摺りそうだぞ。ダビも手伝え。一泊じゃすまないかもな。連日で来るか」
何のことかと思えば、魔物の殻を使う剣があるとかで、それは数が20本以上はいける気がすると聞いた。タンクラッドが試しに作り、炉の温度や最良の状態を教えてくれたそうだった。
「凄まじい切れ味だ。金属なんだ、こいつら。とんでもない化け物だな」
で、これがお前たち騎士修道会の剣になるんだものな、と。親父さんは愉快そうに笑った。
ダビはこの日ほど、自分の騎士の人生を誇りに思ったことはないと感じた。自分たちが倒し続けた、魔性の生き物が。既製の何か以上の、歴史上でも珍しいほどの武器として、自分たちが作り、自分たちが使うなんて。
鳥肌が全身に立つ喜びに震える(※見た目は変わらない)。戦い続けた証が、ここに自分たちの栄光を飾るように生まれ変わって与えられる。この凄い瞬間を見ている。
イーアンが、倒した魔物の体の道具を身に着けているのは見てきたが、自分がそれを武器として(武器大好き)作るなんて。それも騎士修道会のための剣・・・・・
「感動してそうだな。言葉はナシか。魔物の剣を作ってる時間は、ダビには最高の喜びだろうな。でも、この剣の続きでがっかりさせたくないが。少しの間は、鏃も作る羽目になりそうだぞ」
「鏃?」
「もう鏃を作る工房がハイザンジェルになくなったんだよ。少量なら弓工房で作りそうな雰囲気だが、とても国内全部の鏃は無理そうだ。だから北西に回ってきそうでな。
俺はこの前、この話は断ってるんだけど。でもなぁ、騎士修道会も弓引きは結構多いだろ?騎士修道会の分はどうにかしてやりたいしな。とはいっても・・・鏃なんか作ったこともないし、小さいし安い仕事だしで、あまり乗り気じゃないんだよ」
ダビはこの話を聞いて、暫く親父さんを見つめる。親父さんはダビが、剣を作りたくて来ていると思っているので、今の話が衝撃だったのかもと溜め息をついて頭を掻いた。
「持ち上げて、落とすみたいな話で悪いな。せっかく魔物の剣作りで喜んだのに。小さい鏃なんか」
「いや。そうじゃなくて。私、出来ます。鏃」
「え? ダビ。鏃だぞ。矢の先っちょの、あの小さいアレだけだぞ。あんなの何千も作る仕事って」
「出来ます。私は多分。弓引きですから、もともと。大弓ですけど」
親父さんは目を丸くして、目の前の男に見入った。大弓って。弓がどうとか、その話は以前聞いた気がしていたが、剣の工房に来るんだから剣だと思い込んでいた。
「うん。そうなんです。武器全般が好きなんです。でもほら、支部で加工できるのは、剣は無理じゃないですか。剣は設備が大きいから、炉もなかったし。
私には、鏃くらいしか・・・いじれなかったので。支部の弓矢は、ほとんど自分が引き受けて修理したり改良していました」
「本当かよ。じゃ、ダビが出来るってことか」
「独学ですから。製品にするには、誰かに一から聞かないとダメだと思いますけれど。でも、多分役に立てるかも」
「確認したいんだが。剣も作りたいんだよな?剣はやりたいんだろ?」
「もちろんです。剣の比重、断然、上なんで。でも弓矢も好きだし。剣の仕事を覚えながらで、合間に出来れば。ここの工房の近くに、小さい規模で作れる場所をもらえればやれます」
「いいよいいよ。ここを使えよ。どうせ裏も使ってないから。金属はここで作れるし。凄いじゃないか!凄いぞ、ダビ!お前が来て良かったよ」
親父さんは喜んだ。ダビの肩をばんばん叩きながら、北東の引退した剣職人に教わろうと提案してくれた。ダビは自分の道が見えてきたことに、驚きながらも感謝して大きく頷いた。
「お前は騎士修道会上がりの、剣職人になるんだ。それも、ハイザンジェルの弓矢もいじれる職人だ。お前がいれば、ハイザンジェルのこれからの武器は心配要らない。よく来てくれたよ、本当に」
ダビはちょっと涙が出そうだった。コツコツ修理とかやってきて良かった・・・そう心から思った。
イオライセオダの剣職人にすごい誉め言葉をもらって、自分はこの期待に応えるよう、絶対に頑張ろうと誓った。
この後、工房に来たボジェナとセルメに、親父さんとダビは同じことを話し、今日はお祝いだと(※気が早い)盛り上がった。そうと決まれば、北東の剣職人に会いに行こうと予定も話し合う、未来を楽しむ一日になった。
ダビは早くこの話をイーアンにも聞かせたいと思った。絶対喜んでくれる、と分かっていた。
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