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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
370/2944

370. イーアンの本質・シャンガマックの解読、剣の言葉

 

 イーアンは支部に戻り、ドルドレンに会いに行った。


 お昼の時間中だったが、食事もせずにドルドレンは執務室にいた。イーアンが倒した昨晩の魔物のことを書いて書類を出していた。執務の騎士が『自分たちは知らなかったけど』と、昨晩イーアンが大変だったことを同情してくれた(※反動は総長へ)。

 イーアンはお昼を少し食べてしまったと伝えたが、ドルドレンは気にしないでくれた。そんなことより、帰ってきたイーアンの怪我が消えたことに涙ぐんで喜んでくれた。


 二人は一緒に昼食に広間へ行き、イーアンは少しだけにして、ドルドレンと食べた。



「タンクラッドが。さっき言った言葉が」


「ああしたことを言わないでと頼んだのですが。何かこう。ものすごく心配されていまして」


「当然だと思う。タンクラッドもイーアンが大事だ」


 そんなことを悲しそうな顔で言う伴侶に、イーアンは自分がいない間に何かあったのかと思った。彼の口から『他の人が自分(わたし)のことを大事』と聞くなんて。微妙な沈黙に、ドルドレンはイーアンの目を見た。



「言われた。ブラスケッドにも。シャンガマックにも。フォラヴにも。トゥートリクスにも、ギアッチにも、ロゼールなんか頭ごなしに『何させた』と怒った。アティクは俺を無視だ。ダビは『支部でも怪我させて』と医務室で言っていた。スウィーニーは怒らなかったが、イーアンの怪我を見て、叔母さんに殺されると呟いた(※言わなきゃ大丈夫)」


 ベルとハイルは来なかったらしいが、寝室に抗議の貼紙がしてあったという(←連名で『バカ』って書いてあった)。


「クローハルには」


 胸をど突かれたそうだった。守る気もないのかと胸倉を掴まれて、何があっても、今後同じことを繰り返すなと医務室で怒鳴り散らされた。


「それで。タンクラッドが来ただろう?ブラスケッドに言われたが、タンクラッドが怒っていたと聞いた。事情を話せと乗り込まれて説明したと。龍の背で『怪我をさせるな』と言われて、自分は何をしているのだろうと考えていた」



 イーアン。穴があったら入りたい。ものすごーく申し訳ない限り。伴侶の食べる手が止まる。小さな声でぼそぼそと喋る伴侶の灰色の瞳が潤んでいる。とっても可哀相・・・・・


 食事を終えたら、一緒に工房へ行こうとお願いして、とりあえず工房へ移動してから話し合うことにした。

 イーアンは、タンクラッドに説明したように、自分は他の人にもちゃんと、自分が勝手にやったことであると伝える。そう話すと、ドルドレンは首を振った。そんなことしても変わらないと。


「違うんだよ。イーアン。イーアンが自分から外に出ようが、魔物と戦おうが。そういう話ではない。俺がいる場所で。そうしたきっかけを作ったこともだけれど、俺がいるのに怪我をするのが問題なのだ」



 イーアンは反省する。取り返しがつかないので、反省するしか出来ないが、これからは決してこうしたことがないように気をつけようと誓う。以前は、魔物の回収で門の外に勝手に出たことが襲われた理由だった。今回は自分から一人になりたいがために裏庭に出たことだ。せめて、剣や笛があれば襲われることはなかった・・・・・ あれ。あれ? ここでイーアンは気がつく。


「おかしい。笛も剣も工房にあったはず。工房じゃなくても寝室にはあるのよ。どちらかにあるんだもの。それなのになぜ、敷地に魔物が入ったの」


 自分から刺激しなければ、魔物の近くにいても襲われることはなかった、これまで。独り言を呟いて、イーアンは状況を思い出す。何が違ったのか。何かが変わったのか。



 ドルドレンもその言葉に、何度か瞬きをして考える。『言われてみればそうだ』理由が見当たらない。二人は目を見合わせて黙る。ドルドレンは状況を知らないが、イーアンは思い出そうとして伴侶を見つめる。


「何かしら。全く思い当たらない。昨日の魔物は、以前のよりも大きかったです。群れがいるのかと思ったら一頭だけだったし、なぜかすぐに・・・私を見つけて入ってきたようでした」



 暫く考えてみても、一向に理由らしいものは思い当たらない。一抹の不安を残す気付きだったが、これ以上は分からない。このことは記憶に留めるに済ませ、とにかくイーアンは謝った。

 自分の軽率な動きで本当に迷惑をかけて、と謝る。ドルドレンはイーアンを抱き締めてから、もう謝らないでほしいと頼んだ。


「私には緊張感が足りないです。私は魔物のいない世界から来たからかもしれません。もしくは、私の中の野蛮で粗暴な性質が、自分自身を保とうとする時に使う癖でも付いているのか。

 いずれにしろ、皆さんの暮らす団体に身を置いている大人のすることではありませんでした。反省して、今後こうしたことがないように気をつけます」


「イーアン。イーアン、普通だ。嫌なことがあったり、一人になりたい時は誰だってある。裏庭に魔物が入るなんて滅多にない。俺がもっと」


 イーアンはドルドレンをぎゅっと抱き締めて『ドルドレンこそ、もう謝らないで下さい』とお願いする。


 タンクラッドに説教されたことも話した。

 工房へ送って、嫌な予感がしたからすぐ戻ろうとしたら、話があると言われて抱えられて。椅子に座らされて、真ん前で説教を食らった。

 彼は、私が好戦的だと言ったこと。何かあるたびに魔物と戦うなと言われたこと。一人でどうにかするな、とか、逃げろとか。怪我されるのは嫌だ、心配する身にもなれとか。戦わない方法を選ぶようにと注意された話をした(※洗い(ざら)いチクる)。


「で、イーアンは約束したの」


「はい。でもお説教が嫌で、私は半泣きでしたから。タンクラッドは私を抱き寄せて、頭を撫でて終わりました」



 ・・・・・複雑。でも。ドルドレンは学んだ。自分がふがいないから、こうしたことも起こる。


 イーアンは最近、あっちこっちで抱き締められ、あまり気にしなくなっているのもある。もともとタンクラッドは撫でくり回すらしいし、天然だからちょいちょい抱き締めてるらしいが。これは自分がしっかりしていれば防げる気がする(※防げない)。


 それに、タンクラッドの説教は最もである。イーアンは好戦的と言われても、仕方ないくらいの性質を持ち合わせている。負けず嫌いとか、そういうのでもない。逃げないのが問題でもある。怪我も恐れない。



 ドルドレンには見当が付いていた。昨晩の話を、イーアンにもブラスケッドにも聞いて、分かった。


 イーアンは自分を強くしようとする時、粗暴に生き抜いた時間を思い出して強さを保つ。それが意識的ではなく、無意識的でも。そうすることで、イーアンの中の力が集結して発揮されるのだろう。


 価値を取り上げられ、見向きもされずに虐げられた彼女が、自分を潰さないで生きるために選んだ方法が、それだったのだ。そうするしか生きる力を維持できなかったのだ。

 自分の顔を『見苦しい』と最初に言っていた。女性らしい綺麗な人を羨ましいという。イーアンは充分美しい。でもそれを今まで潰され続けたから、本人は信じられない。すぐに比較して痛みの記憶に苦しむ。払拭するには、立ち上がるためには、力を使うしかないのだ。男よりも強い鬼のような力を呼び起こして。


 普段はそういう自分が好きではないから、真反対のように優しく、品良く、丁寧に過ごす。これもまた、彼女の願望が板に付いた()()()()だ。


 彼女は二極性を持っているのだろう。一人の体の中に。粗暴な強さの悲しみから生まれ、憧れで育てた優しさ。これがイーアンなのだと思う。誰にでも優しく理解があり微笑み続ける反面、自分の怒りで体を壊すほどの力で攻撃を繰り出す。


 イーアンの放心状態を度々見て、ドルドレンは理解していた。全てのことを断ち切る諦めたような眼差しに光る、悲しそうな羨望を。それが常に、彼女の人生を支配する底力である皮肉も。



 ドルドレンは、本人がそれを気が付いていないとも分かっていた。イーアンを守らなければ。自分が守らないといけない。そうじゃないと、こんなイーアンを守りたい男がわんさかいる。


 抱き寄せた愛妻(※未婚)の髪にキスして、ドルドレンは自分から離れないでと頼んだ。拘束ではなくて、頼みだと伝えた。それから落ち着いた二人は、それぞれの仕事をすることにした。



 執務の騎士が痺れを切らして、工房へ迎えに来たのもあり、ドルドレンは連行される。イーアンは、回収した魔物の世話をした。


 27頭分の魔物の針と毒袋を分けて、毒袋は容器へ移し、針は開いて表面層と二層目を分けた。繊維は使えるので、大方割いて干した。一度行った作業だから早く済んだ。

 北東の恐竜紛いの魔物の歯もとる。丁度いい頃合で、すっかり骨まで崩れていた。歯が無事だったので、歯は容器に集めた。

 昨晩の魔物の毛皮も取る。大きいので、これは春秋用のケープを作ることに決めた。魔物の歯は、この際だから頭ごと切り離し、首を丸ごと灰にまぶす。砕けているので早めに処理できそうだった。


 毛皮を洗って、肉面に脂を塗る。ふと、卵ではなく脳でなめそうと考え、灰にまぶしたばかりの首を取り出して、頭蓋骨を割り、中を見た。脳が。ない。あったのは神経がくっ付いた小さな石だった。


 石を中心に貼り付く神経をナイフで切り取り、イーアンは石を包む薄い筋膜を剥いた。


「何これは」


 ぼんやりとした灰色の透明な石の中に何か見える。はっきり分からないが、ちらちらと赤く光っていた。白いナイフの先を当てると、シュッと音がして煙が立った。光は消え、石は黒い艶やかな宝石のように変わった。イーアンはこの黒い石をどこかで見たような気がした。


 眺め眇めつ、石を観察しても分からない。これはとりあえず容器に入れた。割った頭はまた灰の袋に戻し、それから厨房で8個の卵をもらい、皮の処理をした。作業は淡々と終わり、一日は過ぎた。



 この夜。ドルドレンとイーアンは、シャンガマックを呼んで文字の相談をした。


 ドルドレンは、昨日に兄弟たちが訳した数え歌の紙を持っていた。イーアンは、島の遺跡から写した紙を出した。そして白い剣を抜き、シャンガマックに見せる。


 シャンガマックはそれらを見てから、少し考えているようだった。

 最初に、島の遺跡の文字については、すぐに教えてくれた。この写しには続きがあるだろうと言う。


「イーアンはこれを写した時に、他の文字は見つけなかったか」


「あるとは思いますが。私はこれしか目に入りませんでした」


 どんなものから写したかを話すと、シャンガマックの切れ長の目がすうっと大きく開く。彼はさらに質問し、その島はどんな形かを尋ねた。ドルドレンが漁師に聞いた『浮かんできた島』であることを話すと、シャンガマックは頷いていた。


「砂の中にまだ残っているだろう。その遺跡はとても大きいはずだ」


 そして、この写しに関して言えば、()()()()()()()()を書いてあると言った。『これ、とは。その遺跡の持ち主の名前だ』褐色の騎士はその名前を伝えた。


「オリエラン・ケトルティクという。とても古い時代に、一つの大国が沈んだ。その国の最後の王の名前だ」


「いつですか。古い時代とは、どれくらいの古さ?」


「ヨライデは残りなんだ。その国の。ヨライデの名前が国になる前だから、相当古い」


「ティヤーと繋がっていたということか」


「総長。ティヤーではないです。もうすでにそこはヨライデの敷地でしょう。思うに浅い海底で繋がっています。近隣のティヤーの島々は、後にティヤーに入っただけで、あの辺りはほとんど島ですから、海で隔たれる前は、ヨライデだったと思います」


 後は実際に見てみないと何とも、と褐色の騎士は言葉を切る。次にイーアンの剣に触れ、その刃に銀色の光がすーっと走るのを見て微笑む。


「これは。なるほど。そういうことか」


 嬉しそうに言うシャンガマックは、この文字を読めていると分かり、イーアンは何て書いてあるのかを訊く。


「これか。俺たちの名前だ」


「名前?」


 ドルドレンは小さく首を振る。どうして自分たちの名前がと、言いかけてシャンガマックはニコリと笑った。


「イーアンに質問する。剣にこの文字が浮かんだのは、これだけじゃないだろう」


「そうです。タンクラッドの剣にも。彼の剣は古代の遺跡から持ってきたものと」


「同じだったか?確認はしたか」


「はい。タンクラッドがその場で確認し、同じものが」


 そうだろうなとシャンガマックは嬉しそうに言う。そして自分の剣を見てから、『お疲れ様』と声をかける。その様子を二人は見ていて、意味が分からなかった。

 褐色の騎士は漆黒の瞳を光らせて、何かを唱える。唱え始めて目の光の中に薄い水色がかかった。ドルドレンは、この状態のシャンガマックを以前、見ているので『イーアン、まずいぞ』と抱き寄せた。


 微笑みながらシャンガマックは、どこかの言葉を唱え続ける。イーアンが目を丸くして見ていると、暫くしてシャンガマックの髪の毛がふわっと持ち上がり、淡い色の髪は金色に輝いた。


『バニザット・ヤンガ・シャンガマックの声に道を見る者よ。その答えを求めよ』


 シャンガマックの声と、誰かの声が重なる。シャンガマックは金色の光に包まれて、褐色の赤みがかった肌は一層赤く光る。イーアンは急いで尋ねた。


「私はイーアンです。教えて下さい。この剣に書かれた名前を」



『イーアン。精霊に呼ばれた龍の子。戦う女神。知恵の女。お前に教えよう。剣はお前たちを守るだろう。命の河を渡る渡し守。

 旅する太陽の勇者ドルドレン。龍の子なる知恵のイーアン。精霊の鍵ドーナル。世界の声を聞くバニザット。神の従者龍の目ミコーザッカリア。精霊を操るタンクラッド。大地の牙ホーミット。闇を開く翼コルステイン。命を守る癒しのセンダラ。2度の魂を与えるヤロペウク。行け、イーアン。旅の道で全ての仲間を愛せ』



 シャンガマックの声はそこで終わり、金色の光は静まる。いつものシャンガマックに戻り、彼は微笑んだ。



「分かったか」


 イーアンは驚いて笑った。『あなたという人は』何てすごい人なの、と笑うと、シャンガマックも笑った。ドルドレンは急いで覚えていることをペンで書き付けた。


「名前が聞けました。どうやら仲間は10人ですね」


「その10人の名前が書いてある」


「治癒場に行く前、タンクラッドの剣は、配列や細かい部分が違うと言っていたのです。

 今日、治癒場・・・シャンガマックにも来てもらうことになると思いますが、そこへ行き、剣が変わりました。そして私の剣と同じ文字が浮かびました」


「彼の剣は()()()()かも知れない。内容が異なったのは、過去・現在で違う名前があるからだ。同じ名前の者もいるだろう」


 シャンガマックはちょっとおかしそうに首を振った。そして、自分は同じかもしれないと話した。先祖の名前をもらう習慣があるからという。



「さて。一つ頼みがある。イーアン、タンクラッドに剣を作ってもらってくれ。俺の剣。フォラヴの剣。ザッカリアの剣。総長のはあれで良いと思う。出発前に()()を揃えるのが大事だ」


 褐色の騎士はそう言うと、イーアンに頷いてその肩を叩いた。『動き始めた』嬉しそうに、そして覚悟を決めたように、シャンガマックは笑った。



 それから、馬車歌については、直に聞いてみたいと話した。ドルドレンとイーアンは、シャンガマックにお礼を伝えて、この夜はこれで落ち着いた。二人とも不思議な気持ちだった。

お読み頂き有難うございます。

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