369. コロッケの愛、タンクラッドの役目
夕方近くなったタンクラッドの工房。扉を叩かれて、タンクラッドはちょっと作業を止めた。イーアンの可能性もあるが。イーアンの叩き方と違うような(※重要)。
出るのやめよう(※他の来客は無視する)と作業を続けていると、再び強く叩かれて『タンクラッド、いるだろ』とサージの声がした。渋々手を休め、仕方なし玄関へ行く。
扉を開けるとサージが、革の包みを持っていた。『一つ作ってみたから。これで良いのか』中へ入れろと言われて、作業中だからもう少ししてから来てくれと断る(※イーアンなら入れる)。
「それは預かる。後で来い」
「お前は何でそう冷たいんだ。作業してたって話くらい聞けるだろうが。? あれ」
「何だ。忙しいんだ。後にしろ」
「タンクラッド。今日、イーアンが来たな」
何を言ってるんだとタンクラッドの顔が曇る。
作業中だから早く帰れと押し出そうとすると、サージが入ってきて台所の方を見た。『いや、これは来たな。お前の家でしないはずの揚げ物の匂いだ』何やら敏感に嗅ぎつけて、サージが入り込んだ。
「サージ、後にしろ。仕事をしてると言ってるだろう」
「仕事ったって、あれだろ?その格好だと焼入れじゃないだろ。手が放せてるんだから」
「入るな。後でだ」
「ちょっと見せろ。何か作っておいたな。イーアンは夜の分も作ると話していたから」
「勝手に台所へ行くな!」
タンクラッドがサージの前に回りこむ。サージは顔が笑っていなかった。『独り占めか』ぎょろっと目を向けられて『俺の家の食材だ』とタンクラッドは言い返す。
サージも背はあるので、台所の棚に置いてあるコロッケは見える。金茶色にさっくり揚がったままの小判ちゃんの群れ。
『あれか』宝でも見つけたように、サージはタンクラッドを押し退け、コロッケに突進する。タンクラッドが両手を広げてコロッケの前に立ちはだかった。コロッケ死守。
二人の男に鬩ぎ合われるコロッケ14個。無言でコロッケを奪おうとするサージ55歳。素早く叩いて止めるタンクラッド47歳。
茹で野菜はソースに絡めると水が出るから、食べ切ってといわれたので、昼に食べ切った。なので、イーアンが作って残したのは、今日はコロッケのみ。タンクラッドは無限コロッケでも良いくらい。無限揚げ肉でも良い。とにかく今晩コロッケは大事な存在なのだ。
無言で繰り広げられる、二人の男の戦いが3分続いた所で、サージは息切れして一旦休憩。
「これはイーアンが俺のために作った。俺の夕食だ」
「たくさんあるじゃないか。一個くらいくれよ」
「突然来て、突然に人の食料を奪うな。そんな男じゃなかったはずだ」
「どんな味か知りたいだろう。あんだけ自慢されたら。自慢したお前も問題があるぞ」
「あの時、言った。お前に食わせないと。イーアンが俺の満腹のためにせっせと作ってくれたのを、何でボジェナが料理してる、お前に分ける必要があるんだ。お前の家は、ボジェナやセルメの嫁さんが作るだろ」
正論であるため、サージは唸る。タンクラッド(※193cm)は両腕を下ろさないで、サージ(※186cm)を見下ろす(※身長差7cm!)。
「俺が一人で暮らしているから、イーアンは仕事の礼にと、料理までしてくれてるんだ。一度だって同じ料理が繰り返されたことはない(※似てる品は沢山あるのを忘れてる)。彼女の愛情だ。家に帰れば誰かの飯が食えるお前に、イーアンの、俺への尊い愛を分ける気はない」
「お前は。そんなに純情な男か。どんだけ純情だ。揚げ物一個で、よくそこまで粘る気になるな」
「何とでも言え。揚げ物一個だろうが漬物一枚だろうが、重さは一緒だ。思いやりとはそういうものだ」
「そんなヤツかお前。昔のタンクラッドはもっと親切だったのに」
「うるさい」
コロッケ奪取にしつこいサージが、面倒臭くなってきたタンクラッドは、ちょっと振り返ってコロッケを見つめる。
さっき食べかけておいた、齧りかけがある・・・・・ 齧りかけを摘まんで、サージに渡してやった。
『ほら。これでいいだろ』明らかに齧られた歯型の残る、ちょびっとのコロッケ(※3cm弱)を受け取り、サージの眉がくっ付くくらい寄る。
「これ。お前が食ったんだろ。いつ食ったのか知らないけど、食い残しを人にやろうってのか」
「嫌なら返せ。夕食まで我慢するのが難しいから、ちょくちょく午後に食べてるんだ。それだって楽しみなのに」
本当に悔しそうな顔でタンクラッドが呻くので、サージは渋々、齧りかけのちょびっとのコロッケを受け取った。タンクラッドの唾液がついていると思うと気持ち悪いが、コロッケの味は知りたい。
「後で来ても、やらないからな。剣は見ておく」
「ケチ」
扉を開けられて、ちょびっとのコロッケを摘まんだ指をそのままに、サージはケチと吐き捨てて、工房を出た。扉は即閉められ、鍵が下ろされた音がした。
訪問者を追い払って、タンクラッドは作業に戻る。工房の机に、サージの試作を持ってきて調べ、見た目や感触に問題ないことは分かる。切れ味はどうか。他の試しも後々行ってから、残りを製作してもらうことにした。
コロッケは守ったが、食べかけとはいえ。渡してしまった自分の甘さを(※甘くはない)恥じた。イーアンに心の中で謝る(※気にするわけがない)。
コロッケを作ったイーアンも、魔物を素手で殺したイーアンも。山脈に向かう朝にゾクゾクするような笑みを浮かべたイーアンも、市場でオマケしてもらって喜んでる満足なイーアンも。タンクラッドは全部好きだった。
「総長め」
ボソッと呟きを落とす静かな工房。作業する音だけが響く中で、工房主の想いは霧散する。思ったところでどうにもならない。自分が先に逢っていれば。そんなことを思っても。
ブラスケッドが見せた魔物は、狼のようだった。いつもイーアンが足筒に使っていた毛皮と同じと気がつき、あれを以前も倒したのかと思う(※以前は違う人)。
顔が砕け、頭が割れて、目玉が出て、舌が潰れ千切れた魔物。腕に毛皮を巻いて、魔物の口に突っ込んだと聞いた時は、イーアンの度胸と知識に驚いた。どちらが欠けても倒せないはずだった。
飛びかかる魔物に引っ掛けられた傷が、あの頬の裂かれた傷と、腕の傷だったのだろうと思う。自分も傷を負うと理解しながら、口を開けて殺しにくる魔物の舌を掴もうと思える・・・そんな度胸と自信はどこから来るのか(※昔、荒んでいた人であることを知らない)。
治癒場がなくても、怪我をすることに躊躇しなかっただろうと思うイーアン。怪我はするものだ、くらいの意識かもしれない。腕の筋肉や強い力は、ものづくり以前の備えなのか(※当)。
「そりゃ。龍に立って剣で倒すくらい、ワケないだろうな」
素手でも一人で倒す気でいる人間が、龍と剣があればもっと向かっていくだろうことは納得した。
タンクラッドは実の所。
朝見た時のイーアンの傷が、逃げ遅れた傷だと思っていた。彼女は総長といざこざを起こし(※これは当)一人になりたくて、夜の外へ出てしまったというのは分かる。それは当人も話していた。
だがそこで魔物と戦う羽目になる。この場面が曖昧に濁されていたから、タンクラッドの想像としては、①彼女はうっかり遭遇してしまい⇒②助けは呼んだけれど誰も来ない⇒③仕方なく、自分でどうにかしなきゃ⇒④結果的に倒すまで頑張った・・・と。
そんな具合かと思っていた。無論、素手ではない設定。ナイフか剣か、そこらは持っていたと決め付けていたが。
想像・・・・・
①『ドルドレンのバカ、キライ(※タンクラッドの想い含む)! あら、やだ魔物っ』
②『どうしようっ 誰かいませんか!魔物が!誰もいない・・・タンクラッドがいたら良かったのに(※タンクラッドの願望含む)』
③『きゃあっ 痛っ!(※ここで怪我する設定)どうしよう、このままじゃ。でも何とかしなきゃっ』
④『どうにか。どうにか何とか倒せた。ああでも、痛い・・・・・ すごい怪我』パタッ(※倒れる)
「聞いてみたら違うじゃないか」
昨晩。総長にイーアンを探してくれと言われて、ブラスケッドは、魔物の吼え声を聞きつけ、裏庭に飛び出た。
見た時にはイーアンは上着も着ておらず、左腕に何かを巻きつけて盾にして構えていた。そして向かう相手はあの魔物で、ブラスケッドが助ける前にイーアンは飛びかかられて腕を噛まれ、でもなぜかそれを地面に倒した。で、頭を踏んだという。
「倒す気満々だ」
仕方なく頑張ったなら、腕に何か巻いて盾代わりにしたり、噛まれて即、頭を踏んだりしない。もっとうろたえたり、きゃーとか(※言わない)言うことも出来た。誰も呼ぶ気はなかったんだ、イーアンは。逃げる気もない。倒すと最初から決めてかかった。そして。
「本当に倒すんだもんなぁ。どんだけ強いんだ。あんなじゃじゃ馬(※懐)何か作ってやらなきゃダメだな。いつも丸腰じゃないように(※常時戦闘OK用)」
タンクラッドは、内緒にだけど。イーアンに白い鉱石の金属で、装飾品を作ってやりたいと考えていた。指輪はもう意味が知られているようだし、意図がバレそうだから指輪は無理だが(※ドルドレンにも直訴される)。
その代わりに、いつでもくっ付けるような何か。お揃いを作ってしまおうと企んでいた(※職人技)。冠は仕事だけれど、それに乗じて何が良いかなとあれこれ思っていたのだが、今回の一件で真剣に必要な気がしてきた。
「白い鉱石じゃなくて。冠を作った後、残ったミンティンの牙の金属で作ろう」
何度もイーアンの手は握っている。その拳の大きさも、手首の周囲も自分の手が覚えている。そして、剣の樋に書かれた文も、必ず守護の意味を持つと理解した。今や二人の剣に同じ言葉が揃った以上、あの樋の文は間違いなく聖なる言葉だと分かる。
「あれを写そう。そうすれば、もしも笛を持たなくても。もしも剣がなくても。きっとイーアンを守れる」
この前まで、情報が少ないと話し合っていたのが、馬車歌から突然増え始めた気がする最近。溢れる伝説の情報の中で、何が本当に必要か。何が道しるべなのか。それを見極める必要がある。
白い棒と馬車歌、それに自分の持つ手記も、一つの時代を書いたものだ。被る部分があるだろうから、理解を進めるのは良いかも知れないが、惑わされる細かい部分も出てくるはずだ。記録の残る状態の良い遺跡を訪れれば、それらも絞られていく気がする。
一度、時間をかけて整理しないといけない。イーアンの見せた、何かの写しもある。夏の終わりにはハイザンジェルを出るような話も。あと半年の間に、自分たちは準備を済ませてヨライデへ向かうのだ。
「集めた情報を使って、自分たちの力を高めながら、旅をするんだな」
タンクラッドの仕事は。白い棒から読んだあの一文。
『精霊の力宿す剣を鍛える男、その手は龍と女の知恵を導く』
あれは間違いなく自分のことだと、呼んだ瞬間に理解した。詳しく知りたいと思っていた矢先、バニザットが来て、同じようなことを言った。バニザットに『自分は最後まで一緒か』と聞いたら、そうだと答えられて安心した。
「仲間は全員。『精霊』の言葉が文に入る人物ばかりだ。俺にもそれがあるのだろう」
『閉ざされる異界の門の鍵、すなわち精霊の血族』とあった人物は、人間かどうか分からないが(←フォラヴ一応人間)・・・・・
過去に、バニザットの役を受けたと思しき人物も『この世の全ての言葉を知る、大地の精霊の民』とある。
神の従者とされた人物も『精霊の力を受けた龍の目を持つ者、天地の壁を貫き見通す』(←お子たまのこと)とあった。
イーアンは精霊に呼ばれて龍を従え、総長は旅する一族の勇者、精霊に愛されたその末裔だ(※ジジパパお墨付き)。俺は精霊の力を剣に変える男として、過去にも存在した。
攻撃する力は、本来相手を傷つける力だ。それを聖なる力に変える存在の役目は重い。常に全員のために、命を有耶無耶に奪う剣ではなく、対峙する魔物を討つ為の剣を作るのが俺の役目。
「剣だけではなくなりそうだな。旅の最後まで金属を作る役目は、俺一人のようだし」
とにかく。今は可愛い愛犬の○○を作ろうと決める。タンクラッドはそっちの方が楽しみで、冠は早く仕上げなければ(※冠の余りで作るから)と仕事に精を出した。
この後、頑張るだけ頑張ったので、請負の仕事は残すところ2~3日で終わりそうと分かり、安心してコロッケを食べる夕食を迎えた。サージは食べ終わった後に来たので、普通に中へ通してやる。サージもコロッケが美味かったらしいので、人生の良い思い出にするように伝えた。




