368. 治癒場の効果・親方のお説教
「この部屋にはまだ何かあるだろうな。今すぐに見つけられなくても」
「そう思いますか」
「あるだろうな。突拍子もないかもしれないが、それは後々のお楽しみだ」
彼は何でも見透かしているような気がする。イーアンはとても不思議だった。この勘の良さは何だろう。タンクラッドはもし、ディアンタの僧院の知恵を手に入れたら、とんでもないことになるんじゃないかとさえ思う。
「タンクラッドは。私たちの剣についてどう思いましたか。あの言葉のことですが」
「そうだな。言葉以外のことも併せて考える方が早い。もう一つ試したいのは、総長の剣だ」
「ドルドレン」
「そうだ。黒い魔物の角を使っただろう。あれをここでまた変わるか見たい」
「その意味は。魔物の剣や鎧を持ってくると変わるということ?」
「違う。恐らくだがな。誰が持つのかによる気がする。全ての魔物のものではないだろう」
自分の白銀の羽毛毛皮も。色が変わったのはここに来たからだと、イーアンは話した。タンクラッドはニヤッとした顔をさらに深める。格好良いのでゾクゾクするため、健康に影響があると目を反らすイーアン。『もしかしますと私の鎧も』言いかけると職人は『そうだ』と肯定した。
「俺たちが使うものは、ここで・・・治癒場全部かもしれないが。聖なるものに変わるのだろう。魔物製だろうが、呪いでもかかっていようが、俺たちが使う以上は。旅の仲間においてだ」
タンクラッドの見解では、自分の剣は思うに、ヨライデに封印されていたのではないかと。伝説の時の剣である可能性は高く、魔物の力か聖なる力かで眠りに着いた剣かもしれないという。
「どちらの力で封印されたか。それは分からない。ただ、遺跡の奥で見つけた時に奇妙な円陣が見えた。床にも壁にも天井にも。これを取り出した時に特に何もなかったから、気にしなかった。
何を封印したのかも分からない。『封印』と感じるのは、文字の配列が変わったことと、剣の姿が変わったからだ。とにかく今、俺の手にあるこの姿こそが、この剣の本来の形なのだとは分かる」
「魔物の力で封印されたかどうか・・・分からなくても。少なくともその剣は、正しい力によるものに感じますね」
そうだなとタンクラッドは満足そうに微笑む。タンクラッドはイーアンに向き直り、上着を脱がした。びっくりして後ずさるイーアンに笑う。『逃げるな』大丈夫だから、と言われるが。だって!とイーアンが困ると。
「お前の絵だ。肩の。さっき初めて見たから」
なぬっ。イーアンはちょっと考える。そうか、前に手当てしてもらったのは右だったから。仕方ないと思って、上着を脱いで左の肩を見せた。タンクラッドは絵をじっと見てから、自分の剣を見つめる。
「似ているだろう」
剣の鍔をイーアンに見せて、肩の絵をなぞる。なぞってはいけませんと注意するイーアン。いたずらっぽい笑顔のままで、タンクラッドはイーアンの左腕を掴んで、ぐりぐり絵を撫でた。子供みたいなことをするとイーアンも笑ってしまう。
「お前の腕は筋肉がついていて、形が良い。力強くて美しいな。その腕にこの龍の絵がある。俺の剣にも」
「言われてみますと。ミンティンみたいです。・・・・・思い出しましたが。シャンガマックが昔、遺跡で龍の絵を見たそうです。私の肩の絵を見せると、それだと言いました」
「シャンガマック?バニザットにお前は肩を見せたのか」
「タンクラッドが反応することではありませんでしょう。ドルドレンは嫌がっていましたが」
「何て言い方をするんだ。俺だって反応してもおかしくないだろう。俺の弟子だ。見せてはいけない」
全く!と笑うイーアン。『この絵は見せるためにあります。隠すために入れた絵ではありません』とにかくね、と話を続け、シャンガマックに遺跡の場所を確認してみるのも、また手がかりかもとイーアンは話した。
「ハイザンジェルだけでも、かなりの情報量だ。ここまででも、かなり惑わされる」
「そうですね。同じことを示しているものも、今後は見えてくるかもしれません。出会う情報は記憶に留めて、闇雲に何でも食いつくのは避けましょう。私たちは夏の終わりには出発するようです。集まる情報を出来るだけ的確に理解しないと、進むのも難しいです」
イーアンは、ハルテッドの解釈の数え歌と、東のマムベトで出会ったシャムラマートの予言を伝える。
「ハルテッドという男の解釈はこの前のだな。それも参考になる。シャムラマートという占い師の予言は、視覚化されている分、もう少し掘り下げることが出来そうだ」
一度家に戻ろうと話を切って、タンクラッドはイーアンの背中を押した。
治癒場を出て、イーアンは龍を呼んだ。二人は龍に乗って飛び立つ。『支部へ行くぞ』タンクラッドの言葉にイーアンは首を振る。『勘弁して下さい』お願い・・・と項垂れる。
「駄目だ。一体なぜ、あんなことになったのかだけでも、総長に聞く。俺は間違っていないはずだ」
「ですからね、私が勝手に出たのです。どなたのせいでもないし、誰にも迷惑をかけたくないです。もうかけちゃったし」
「お前は俺の弟子だ。俺が今後、お前に剣を教える時も来る。未来を潰されては敵わん」
イーアンは困る。ドルドレンが悪いわけではないし、ドルドレンに何て言うのか。タンクラッドは暫く黙ってから、イーアンの顔をちょっと触って自分に振り向かせ『じゃあ、ブラスケッドに聞く。なら良いか』と妥協した。
「聞くだけですよ。責めたりされないで下さい。本当に私が困ります。私は迷惑をかけた側です」
「仕方ないだろう。迷惑をかけたかどうか知らんが、俺の知らない所で危険に遭ったんだ。黙ってるわけにもいかない。ブラスケッドに聞く」
ふえ~ん・・・情けない声を漏らすイーアン。泣く泣く支部へ親方を連れて戻った。親方はヘンに頭が回るから(※失礼)言い返せない理由をつけられると、どうにも困る。南支部のバリーみたい・・・あの人も断りにくい伏線を張る人だったなぁとイーアンはめげる。
そして北西の支部へ到着する。一度龍を帰してから、イーアンは行きたくなさそうに、その場を動かなかった。が、タンクラッドに背中を押され、嫌々裏庭へ向かう。裏庭に出てる騎士たちは、向こうから歩いてくる登場人物に目を凝らす。
「お願いですから本当に」
「分かったから。お前の居心地が悪くなったら、俺が引き取る」
そうじゃないですよ!とイーアンが叫ぶ。そうなったら困るから言ってるのに~と親方タンクラッドに縋る。そんな様子に、騎士たちはイーアンが誰を連れてきたのかと悩む。遠目でも、長身イケメンであることは確認。背中にかなりの大きさの剣を背負って、イーアンに何やら騒がれつつ、大股で歩いてくる。
「ブラスケッド。来い」
大声で堂々と叫ぶタンクラッド。イーアンは離れる。そそっと離れて隠れることにした。
私はいません・・・・・ 影になりたいイーアンを、タンクラッドは容赦なく引っ張り出す。やめてー。イーアンは困る。がっつり掴まれて逃げられないイーアンは親方に許しを請う。無視された。
名前を呼ばれて、片目の騎士がすぐに出てきた。『どうした。タンクラッド』旧友に声をかけながら、引っ張り出されたイーアンを見て、目が丸くなる。
「おい。イーアン、傷は?」
「理由があって治すことが出来た。それより話せ。なぜあんな怪我になった。知ってることを聞きに来た」
「何だ?怪我のことを聞きに来たってのか。治ったのに。そうか、でも。ふうん。まあ良いだろう」
ニターッと笑ったブラスケッドは、旧友の顔を見ながら頷きを繰り返す。タンクラッドの目が厳しい。『早く話せ』聞いたら帰ると言うので、つれないなあと溜め息をつきながらも、ブラスケッドは中へ促した。
「ちょっと客が来たから、俺は少し抜ける」
部下に声をかけて、ブラスケッドとタンクラッドは中へ入った。嫌がるイーアンも無理に連れて行かれた(※時々猫掴み)。
そして3人は広間でお話。三者面談。ブラスケッドが知っていることを話すと、タンクラッドの表情が険しくなる。『イーアンが素手』んなわけないだろうと、呆れたようにブラスケッドに言う。イーアンは横を向いて俯き続けた。
「ちょっと待ってろ。イーアンがバラすと思って取っといたから」
「え。それはちょっと。ここに持ち込まないほうが」
ブラスケッドが立ち上がったので、イーアンは慌てる。確かに自分が倒したけれど、あんまり詳細はよそ様に聞かせたくない。片目の騎士は『見せれば納得する』と言って、行ってしまった。
剣職人がイーアンをじっと見て、『お前に質問だ』と一言。イーアンは項垂れながら、もういいじゃありませんかとこぼす。
「良くない。お前が戦ったんだよな。一人で」
「そうです。私しか外にいませんでしたから」
「何で」
「何でって言われましても」
ぼそぼそ言うイーアンの後から、ブラスケッドがやってきた。
『ほら、これだ』手袋をした手で、昨日の狼のような魔物を剣職人に見せた。大きさは頭から尾の先まで1m80cmほど。頭の高さまでは110cmちょい。頭が割れてなければ。
タンクラッドはそれを見て、黙る。開けっ放しの口の中に見える舌が、潰れて千切れている。頭も拉げて顎が上下繋がる所が砕けていた。目玉が片方出ていて。
「俺が見たときは既に、イーアンが頭を踏み潰していた」
でな、とブラスケッドは舌を指して『これを握り潰していた。腕に毛皮を巻いて、口に突っ込んでな』そうだよなとイーアンに振る。イーアンはげんなりしながら、力なく頷いた。
言葉もなく、砕けた頭の魔物を見つめてから、タンクラッドはイーアンに視線を移す。じーっと見てるのでイーアンは目を反らした。
「理由は聞かないでやってくれ。内輪もめってほどのことでもなさそうだから。解決済みだし」
納得したかと片目の騎士に言われて、タンクラッドは黙っていた。とりあえず、想像していたのと違うと理解し、タンクラッドは帰ることにした。
「イーアン。帰るぞ」
分かりました・・・悲しい気持ちで親方の後をついて行くイーアン。タンクラッドの家で何言われるんだろうと思いながら、イーアンはとぼとぼ裏庭へ出て、龍を呼んだ。
二人が龍に乗ると、同じタイミングでドルドレンが出てきた。『また行くのか』と言われて『送ります』とイーアンは答える。イーアンの顔に傷がなくなったのを見て、ドルドレンは少し安心したように微笑んだ。
タンクラッドは総長を見下ろし『イーアンに怪我をさせるな』と呟いた。イーアンは慌てて龍を浮上させ、急いでイオライセオダへ飛んだ。残されたドルドレンは寂しかった。
イオライセオダに着くまでの間は、タンクラッドは無言だった。イーアンの居心地はとても悪かった。工房の裏に着いて、イーアンはタンクラッドが降りたのを見て、さよならの挨拶。
「駄目だ。お前も入れ」
「お仕事がありますでしょう。私は帰ります」
「お前に話がある」
いやーん。怒られる気がするー。 嫌そうな顔のイーアンを引っ張って、タンクラッドは引き摺り下ろす。イヤイヤしてるイーアンを小脇に抱え、龍に戻るように指示(※ミンティンは帰る)してから、家に入った。
タンクラッドは家に入って、イーアンを椅子に座らせ、咳払いをする。イーアンは下を向いてじっとした。そんなイーアンの前に椅子を引いて、剣職人は両膝に肘を置き、前屈みにイーアンを覗き込む。
「あのなぁ。何が嫌で、何がむしゃくしゃしたか、俺には分からないが。魔物が来たら逃げろ」
「はい」
「はいって。今だけだろ。その返事は。
一人で戦うな。中に人がいるんだから。工房の前でとブラスケッドが言ってたけれど。だったら窓を割って中に入るとか。何かあるだろう、戦わない方法が」
「窓を割ったら、危ないですもの。もっと怪我をしたかも」
「しない。牙や爪で引き裂かれるような目には遭わない。こら。こっち見ろ」
しょげるイーアンの顔を手で持ち上げるタンクラッド。目を合わせようとしない。『こら。見るんだ。イーアン』ほっぺたをふるふる揺らされるイーアン。『気をつけます』小さく答えることにした。
「イーアン。お前はどうしてそう好戦的なんだ。いつもこんなに大人しくしてるのに。閉じ込めて見張るぞ」
「だめ」
「ダメじゃない。総長と何かあるたんびに、魔物と殴り合いなんて冗談じゃないぞ。強いみたいだから、まぁそこは良いけれど。
でも一々、戦うな。お前が魔物を斬ろうがぶちのめそうが、俺は気にしない。でも怪我は嫌だ。お前はしょっちゅう傷だらけで、心配する身にもなれ。俺にもさっき注意したろ」
ふんふん半泣きで説教を嫌がるイーアン。だって~
タンクラッドはそこまで言うと。立ち上がってイーアンの前に跪いてから抱き締める。『分かれ。ダメだぞ』頭を撫でながら、困ったように笑った。
「早く毎日一緒にいられるように、旅に出ないとな。お前には、見張るやつが必要だ」
よしよし、よしよし、と頭を撫でてイーアンを覗き込む。同じ色の瞳が覗き込んで笑っているのを見て、イーアンも見つめ返した。
「怪我は治ったが。昼飯を食べたいと思うのは俺のワガママか?」
「作ります。それに、舌もそろそろ仕上げるから、近いうちにまたお邪魔します。数え歌もありますし」
イーアンは腰袋から宝石を出した。お土産でタンクラッドにもと、青い石以外を見せる。幾つかの色の中から、タンクラッドは黄色がかる夕陽のような石を選んだ。
「俺とお前の目の色に似てるな」
これにしようと微笑んで、イーアンの頭を撫でた。
イーアンはこの後、お昼に大量の野菜を茹でた。一緒に茹でた芋は潰して、炒めた肉と混ぜて冷まし、冷めたところで、衣を付けてわんさか揚げた。茹でた野菜はアイオリソースを作って和えた。この前の塩漬けティッティリャを絞って作ったソースは、とても良い香りだった。
「コロッケならお芋だから、カツレツより良いかも」
後片付けも油の始末も、少し早い11時に全部を終えて、イーアンは帰る挨拶をする。一緒に食べていけと言われて、少しだけ一緒に食べた。
タンクラッドには、コロッケもウケた。似た料理はあるのだが、タンクラッドは本当に外食しない人なので、あまり馴染がないらしかった。
夜も食べられるよう、30個近く揚げたとはいえ、せめて半分で止めるようにと念を押した。ムシャムシャ食べるので、体の大きいタンクラッドに足りないのかと錯覚するが、普通に考えれば、食べ過ぎかもしれないとも思えた。
でも野菜もがんがん食べる。好き嫌いはないと言っていたのでこれは良かった。ティッティリャの香りがとても良いと誉めていた。こってりしたソースでも、こんなに爽やかだと幾らも食べたいと話した。
「イーアンは。料理が本当に上手い。いつも美味しい。お前がいないと食事が寂しくなる」
請負の剣はもう少しかかるだろうが、とタンクラッドは予定を話す。来れる日はいつでも来いと微笑んだ。『話を聞かないとな』謎は一緒に解こう・・・そう言いながら、コロッケ12個目(※コロッケ寸法=縦10cm×横7cm×厚3cm)を口に入れて、イーアンを撫でた。
お説教をされて。お昼を作って。イーアンは帰宅する。タンクラッドは名残惜しそうにイーアンを抱き寄せて、髪を撫でてから龍に乗せる。
「早く来い。いいな」
「はい。舌を仕上げます」
「舌じゃなくても良いから」
二人は笑って、お互いが見えなくなるまで手を振り、さよならした。




