364. ツィーレイン魔物退治報告&料理
ドルドレンとイーアンは会議室。執務の騎士に『逃げやがって』くらいの勢いで、魔物退治の話しをしなかったことを叱られる。ドルドレンに集中しているので、イーアンは側に座っているだけ。
「だから声をかけたのに。逃げた上に高笑いしちゃって」
執務の騎士に文句を食らいながら、ドルドレンは面倒臭そうな顔で『あーはいはい』と頷き続けた。
あんまり伴侶が怒られて気の毒なので、イーアンは『自分が夕食の魚を買いに行ったから』と理由を伝えた。それを聞いた執務の騎士は顔色が変わり、『なんで、そういう大事なことを先に言わないんですか』と、すぐにイーアンに謝った(※総長には謝らない)。
「夕食に魚が出るなんて。僕の騎士生活で数える程度です。この前も美味しかったけれど、本当に食生活が豊かになって嬉しいですよ。僕らを休暇中にも思い遣ってくれて有難う」
人情にほだされる執務の騎士。総長を無視した状態で、イーアンに微笑んだ。イーアンは頑張って美味しく作ると約束した。
そうこうしている内に、部隊長が集まり、会計が来た。『会計はいらないんじゃないの』総長がちょっと口を出すと、『報告会議ですから』とぽっちゃりにガツッと刺された。
面倒なので、もうドルドレンは黙っていた。せっかく休日の名残を楽しんでいたのに。魔物退治の報告なんて明日で良いじゃないかと思っていた。
でも始まる。遠征でもないのに、偶然退治した休暇中の魔物退治。
ドルドレンはざらーっと棒読みで必要なことを言う(※すごい適当)。金も使ってないし、消耗品もないしと。無論負傷者はいないし(※いたけど治ったので0扱い)。日数も1日。これで終わりだと、ぶすっとして口を閉ざした。
「総長。倒した頭数は」
書記に言われて、ドルドレンはイーアンを見る。うーんと思い出して、イーアンが答える。『ドルドレンは27頭です。私は1頭です』それだけですよと伝える。書記は書き込みながら、特徴と戦法を尋ねる。
ドルドレンに振るイーアン。うんと頷くドルドレンは、自分が倒したのは以前倒した魔物で、イーアンのは初めて見る魔物だと答えた。どっちも戦法も何もなく、単に剣で倒したと教える。
「そうなんですか。じゃ、これだけでいいか」
書記が書き終えて、体を起こすと、執務の騎士がツィーレインの民間報告を見て眉根を寄せる。『違う』ぼそっと呟かれてドルドレンは大きく息を吐いた。面倒臭い。良いじゃないか倒したんだから。
「総長の倒した魔物は街道から外れた林道ですね。それはまぁ。確かにね、27かどうか分からないけど、とりあえず以前の魔物と同じかな。でもイーアンが倒したのは違うでしょう。家くらいの大きさってありますけど」
「家。くらいは大袈裟かも。それほどは大きくないと思います」
「これ、斬ったんですか」
「そうです。突然でしたから」
あのう、と執務の騎士が立ち上がって、イーアンに民間の報告書を見せに来た。字の読めないイーアンはドルドレンに回す。ドルドレンは読みながら溜め息をついた。
「何だ。何て書いてある」
横の席にいるブラスケッドが手を伸ばして、報告書を求める。クローハルは、それで自分側を見たイーアンにぱつっと目配せする。イーアンは目を伏せる。
「面倒だから、回して良い」
ドルドレンは報告書を顎で示して、イーアンを抱き寄せて『もう休みたい~』と駄々を捏ねた。イーアンは貼り付く伴侶の頭を撫でながら『もうちょっとですから』と慰める。
報告書を受け取った部隊長たちは、読み進めるに連れて笑っていた。それから、ブラスケッドがいつものように質問する。
「あの。あれだろ。工房の外にあった青いやつ。あれがくっ付いてた魔物ってことか」
「ええ。そうです。一頭ですので、あれだけです」
コーニスが笑った。『あれだけって。どんなに大きかったんですか』笑い方が他人事。クローハルも報告書を片手に、『イーアン』と一声漏らす。
「これは。この前のイオライセオダと同じような感じじゃないか?龍と一緒にって書いてあるぞ」
「そうですね・・・・・ 」
それ以上は言いたくないので、声のない疲れた笑いで返すイーアン。貼り付くドルドレンを撫でながら、『少しは大きかったかも』と小さい声では肯定した。
執務の騎士はとりあえず、イーアンも剣で倒したということかを確認した。イーアンはその通りですと答え、でも龍がいましたからねと、ちゃんとそこを大事にしてもらえるようにお願いした。
戦法がないことで、会議はここまでで終了した。イーアンは魔物を回収したが、それは誰もが見ることが出来るので、特に詳しい説明を求められなかった。
会議は1時間足らずで終わって、ドルドレンとイーアンは解放される。クローハルがやって来て、序にブラスケッドもやって来て。一緒に飲もうと言い始めた。
「遠征ではない。休暇中だ。放っておけ」
ドルドレンは見向きしないで断る。イーアンはちょっと振り向いて微笑むに留めた。ブラスケッドが珍しく粘って、イーアンの肩に手をちょっとかける。『服が変わったな』振り向くと、片目の騎士が笑っていた。
「はい。ドルドレンが買って下さいました」
「その上着の色も変わったよな。前、ピンク色だったろ。今は白いような銀色のような」
「同じなのです。でもいろいろあって、色素が変化しました」
「タンクラッドとはどうだ。剣の話も聞きたいんだよ。俺は新しい剣が楽しみだ」
「直に聞きに行け」
愛妻をクロークで包むドルドレン。振り返って凄む。ハハハと笑うブラスケッドは、『たまにだろ』と交渉する。『休暇中だ』不愉快なドルドレンはすげなく断る。
「ドルドレン。大丈夫です。少しはお話しましょう」
「イーアン。君はいつもそうして」
「今日は遠征の慰労会もありません。私がちょっと一品作る程度ですもの。少しはね。お時間もあるでしょう」
ブラスケッドが目を開く。『今日は何を作るんだ』ちょっと楽しみそうな笑みを浮かべる。クローハルが間に入って『イーアン、最近君の料理を食べていて幸せなんだ』と垂れ流す微笑をくれた。
「少しずつなので恐縮ですけれど。でも東で魚を買いました。きっと美味しいと思います」
「勿論だよ。美味しくないわけないだろう」
「この前な、あの兄弟が作った料理も魚介が入ってただろ。ああいうのがあると、びっくりするな。面白い」
クローハルとブラスケッドは嬉しそうに食事の話をしていた。それでイーアンは思い出す。ベルに言わなきゃと。伴侶を見上げて『これから厨房に』と伝えると、ドルドレンは寂しそうな顔をした。
「でも。あなたの夕食でもあります。作ってきます」
「イーアン。そうなんだけど。そうか。分かった」
ドルドレンはイーアンの頭にキスしてから、厨房に行くイーアンを送り出した。後ろにクローハルとブラスケッドが立っていたが、何も言わなかった。ただ、『お前はホントに羨ましい』とぼやかれた。
イーアンは急いでベルを探す。裏庭に出ているベルを見つけて、名前を呼ぶと先に気が付いたポドリックが笑って、ベルの背中を叩いたのが見えた。ベルはちょっと笑いながら近づいてきて、イーアンを上から下まで見てから頷く。
「休暇は楽しんだみたいだね。とても可愛いよ。もうちょっと服を見せて」
イーアンは誉められて嬉しいので、羽毛の上着をちょっと広げて、買ってもらった服を見せた。『私には少し若すぎるのですけど』アハハと笑って、照れ隠しすると、ベルはじっとイーアンを見てから『よく似合ってるよ』と微笑んでくれた。
「で。どうしたの」
「はい。演習なのにごめんなさい。今日、私は東のブリャシュへ行きました。魚の酢漬けと塩漬けの腸を」
そこまで言うと、ベルが大きく両手を広げてイーアンを抱き寄せる。『イーアンは馬車の家族じゃないか!』嬉しそうに抱擁して、自分の役割を理解したようだった。
「ドルがいたら殺されてるな。いなくて良かった。ここが支部じゃないなら、キスもしてるところだ。さぁ料理に行こう」
嬉しそうなベルは、イーアンの背中を押していそいそと厨房へ向かった。イーアンは、ブリャシュと、マムベトに行ったことを話した。ドルドレンの弟についてはベルも知っていて、笑顔で聞いてくれた。
「ティグラスこそ。本当は馬車で生活する方が合ってると思うよ。でも馬追いになったからな。それも良かったかも。イーアンは気に入られただろ?」
「はい。彼は私を好きだと言ってくれました。彼のお母さんのシャムラマートも、私を歓迎して下さったので、とても感動しました」
「うん。イーアンは大丈夫だよ。ティグラスは俺の弟だよ、会いに行ってあげて。俺は大好きだし、優しくて良いやつなんだ」
ベルのそうした言葉はとても温かくて、イーアンはこの人たちの優しさと心の広さや深さに、いつも嬉しく思う。勿論です、と答えて、今度一緒に行きましょうと誘った。ベルは喜んでくれて『龍はきついけど、弟に会いに行くなら頑張るよ』と笑った。
厨房で、ベルに屋台の話しをするイーアン。ベルはニコニコしながら頷いて、任せろと笑った。ヘイズも楽しそうに見守っている中、イーアンの買ってきた酢漬けの魚と塩漬けのワタ、豆と粉と、香味野菜を出す。
ベルはイーアンに作り方を教えながら、手際よく、野菜と豆と粉を潰して混ぜ、ワタを加えてまとめ、一度鍋で焼いた。『こうするとさ。匂いが悪くないんだよ。ちょっとだけど、食べると違うんだ』ベルはちゃんと教える。イーアンは笑顔で料理を習った。
その後、魚の腹の部分に少し焼いた練り物を入れて、串で閉じてから天板に乗せる。『全部使っていいんだよね』と聞かれて、イーアンは頷く。『そのつもりで買いました』と答えると、ベルはイーアンを抱き寄せて頬にちょっとだけキスした。イーアンは驚いて笑った。ベルも笑った。ヘイズは固まっていた。
「イーアンは俺の家族だ。そうだよね」
「はい。あなたは私の家族です。素晴らしい料理を有難う」
「うん。覚えてくれ。ドルと一緒に過ごす時、自分で作れるように。あいつは喜ぶから」
突然、ベルの笑顔に、寂しそうな色が浮かぶ。笑顔なのに遠くを見るような辛そうな目に、イーアンは首を振った。『頑張ります。私も馬車の家族ですもの』うんうん頷くイーアンを、ベルはもう一度抱き寄せた。
「絶対に。絶対に無事に帰って来るんだよ。俺もハイルも待ってるから」
ベルはとても人情に厚い。イーアンは、彼が自分たちの旅路を心配しているのが分かるから、有難く抱き返して『必ず戻ります。絶対に無事に帰ってきます』と約束した。ヘイズは何が何だか分からないが、二人がとても重いものを共有していることだけは伝わった。
「おーまーえっっっ!!」
厨房の外から怒鳴り声が響いて、びっくりした3人は振り向く。男の姿のハルテッドが怒り心頭で抱き合うイーアンとベルを睨みつけていた。
「俺だってしないのにっ」
「ハルテッド、違います。ベルは私に安全を祈って」
イーアンの言葉もむなしく、駆け込んできたハルテッドは兄貴を殴る。倒れる兄は呻く。イーアンは急いでベルの上に屈みこんで守った。『ハルテッド。聞いて下さい。彼は私に料理を教えて下さいました』だから怒らないで、とお願いする。
「イーアン。だって、そいつ(※兄)イーアンに抱きついただろ。俺だってしないんだよ。そいつがやめろって言うから聞いてたのに」
んまー。可哀相。イーアンはちょっと同情して、立ち上がってハルテッドにこそっと抱擁。すんなり抱擁。『怒らないであげて下さい。彼はとても真面目に思い遣って下さったの』ね、とイーアンが言うと、あっさりハルテッドも折れる(※単純)。
「そうか。分かった。うん、ごめんね」
「いいえ。気にして下さって、私には勿体ないばかりです」
そして昨日、ドルドレンの弟にも会ったことを話すと、ハルテッドも嬉しそうに顔をほころばせた。『そうだったんだ。そりゃ嬉しいや。ティグラスも喜んだでしょ』イーアンに腕を回しながら、ハルテッドの顔は笑顔に輝く。
「はい。ドルドレンが魔物退治に追われた2年間が長かったようで、彼もお母さんのシャムラマートも歓迎して下さいました」
「イーアンも好かれたね?そうじゃなかった?」
「私も受け入れて下さいました。とても嬉しかったです。また会いに行きます。ティグラスが龍に乗りたいと言いましたから。次はハルテッドも一緒に行きましょう」
「行くよ。行く行く。俺が行ったら、絶対喜ぶもの。行こう、イーアン。休み取るからさ。いつでも行こうよ。ティグラスは俺の兄弟なんだよ。すごく良いやつなの、俺あいつ大好きなんだ」
イーアンはちょっと涙もろくなる。ハルテッドもベルも、決して大人になれないと言われたティグラスを大好きだと言う。他の人たちは、大人になれない彼と付き合うのが難しいと、ドルドレンが話していたティグラス。でもそんなこと関係なく、ティグラスその人を愛する気持ちが、実に馬車の家族らしくて。イーアンは少し涙を浮かべる。
「どしたの。やだった?」
心配するハルテッドに、イーアンは微笑む。『違います。逆よ。とても感動しています。私も馬車の家族になれて良かったと思って』だから少し涙が、とイーアンは笑顔で伝えた。
ハルテッドはぎゅーっとイーアンを抱き締めて、『俺の家族だよ。ずっと家族なんだよ』と笑顔を注いだ。呻く兄が見上げて『お前のが長いぞ』と抱き締める時間にケチをつけた。
この間。放っておかれたヘイズはただただ、目の前の光景を映画のように見つめるだけだった。早く焼いたら良いのにと、魚の乗る天板の心配をする。
で、ヘイズのやんわりした声かけに、イーアンは天板に乗せた魚を焼き釜へ入れた。ベルとハイルは焼き釜に入った魚を見守り、上手く焼けたぎりぎりの頃合で『夕食の時、また熱入れよう』と焼き立て推奨・屋台の再現を目指して話し合った。
彼らに感謝して、ヘイズに感謝して。イーアンはドルドレンの待つ寝室へ戻った。兄弟がティグラスに会いたがっていることを伝えて。
お読み頂き有難うございます。




