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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
363/2944

363. 治癒場の存在・連休土産

 

 この日の朝は、支部に帰る日なので荷物は多め。


 伴侶に春服でいるようにと言われて、肌が透けるように、細かく花模様を編まれた白いブラウスと、腰から膝下までで白から赤に変わるグラデーションのフレアスカートを着た。赤いカーネーションを逆さにしたようなスカート。裾に付く幅のあるレースが、ギザギザしたカーネーションの花びらのように見えた。


「そして腰に剣が下がるのね」


 仕上げのベルトを巻くと、ドルドレンは苦笑い。『それがあるだけで』そこからは言わなかったが、イーアンも同じことを思って笑った。白銀の羽毛を羽織り、ドルドレンもクロークを羽織って完成。


 忘れ物はないねと確認し、ベッドもぴしっと直して部屋を出る。朝食を頂いてから叔父夫婦にお礼を言い、宿を出た。『またすぐ来なさい』通りで見送ってくれた叔母さんの声に、イーアンは頭を下げた。



 門番に挨拶すると、『魔物をすぐに倒してくれた。感動した』と拍手された。拍手で送り出されて、門の外に出た後、イーアンとドルドレンは龍を呼ぶ。やってきたミンティンに、魔物の翅と塩袋・計8袋をくくりつけ、浮上した。



「思うんだがイーアン」


「なんでしょうか」


「これ。一度支部に置いてから、東に行った方が」


「そうですね。私もこれはちょっと・・・大きな荷物だと思いました」



 ということで、一旦支部に戦利品を下ろすことにした。支部に行って、誰かに捕まる前にまた即、東へ行こうと決め、二人で笑い合う。『振り切らなきゃ』『とくに執務のやつらだ』あいつらシツコイから、とドルドレンは笑った。


 ツィーレインからだと、それほど時間がかからず支部に戻れる。ミンティンは飛びにくそうで不愉快な顔だった。支部までよ、と声をかけて頑張ってもらい、励まし続けていると支部が見えてきた。


「裏庭にいますね」


「そうだな。もう見つかっていそうな気がする」


「良く晴れて。私たちの来る方から日が差してますものね。影が丸分かり」


「とにかくイーアンの工房前に下ろして、すぐ立つんだ」


 ミンティンにお願いし、裏庭でも自分の工房の真ん前に降りてもらう。龍が着地したと同時に二人は急いで降りて、ミンティンの背中から戦利品の魔物の体をどんどん下ろした。


「イーアン、お帰り」


 目ざとく見つけたあの人の声。青灰色の髪の毛を陽光にきらめかせ、ジゴロのあの人が小走りに来るのが視界に入る。『急げ』ドルドレンの焦りが募る。


「あ。総長、帰ってきたんですか。封筒開けたら」


 嫌な内容を即座に告げてくる声に、イーアンの目が執務のぽっちゃりさんを捉える。『ドルドレン早く』せっせと下ろして、大急ぎで二人は龍に跨る。ぽっちゃりさんは走るのが苦手で喚く。ジゴロは体力はあるので、猛ダッシュ。『なんでまた行くんだ』ちょっと待て、と春服イーアンに狙いを定めて、人類最速くらいの勢いで駆ける。



「急げミンティン。ブリャシュだ」


 ジゴロがジャンプしたと同時に、間一髪でミンティンはぶわーっと浮上した。さすがに、龍の浮上速度についてくることは出来ず、ジゴロは着地。ぽっちゃりと一緒に喚いている姿に、鷹揚に手を振るドルドレンは高笑いした(※『はあーはっはっはっ!!』)。



「さあ。行こう、魚を買いにな」


「はい。今夜は魚料理ですね」


「はぁ~ 楽しみだ。ゆっくりさせられなくて、すまないけれど」


「いいえ。充分ゆっくりさせて頂きました。とても楽しい休暇でした」


「ちょっと戦闘もあったけどな」


「でも。怪我は治せました。治せたのでこんなに普通に楽しめています」



 イーアンはちょっと気掛かりがある。それを龍の背でドルドレンに話した。あの谷の奥の治癒場のことと、馬車歌にあった他10箇所の治癒場の存在を、知らせるかどうかだった。


「馬車歌では、精霊がそれを、過去に多くの人々に用意したような感じです。だけど、どうなのでしょう。

 特別な場所を管理しようとしたり、お金を絡めたり、そこがあるから怪我をしても大丈夫という認識が出来たり。そうしたことがないとは言い切れないので、これをどう扱うべきか」


 自分が判断することではないだろうがと、イーアンは相談する。でも今、あの場所の存在を知っているのは、自分とドルドレンだけのような気もする。かつての精霊が行ったように知らせる方が良いのか。



「タンクラッドの耳の話。あの時も一瞬、彼の耳が治せると私は思ったのです。でもそれをして良いかどうか。分からず・・・・・ 結局未だにそれを教えていません。だけど治った方が良い場合もありますね。どうしたら良いでしょう」


「難しい話だな。イーアンの懸念も分かる。あのウドーラの黒い種と同じ感覚だろう?」


「それに近いと思います。黒い種は危険の確率が高かったので、判断にそれほど困りませんでした。でも今回は『良いもの』です。とはいえ、それを扱うのは人々ですから」


「良くも悪くもの、そうした可能性はあるという心配だな」


「私は現に、この休暇中で怪我を治しています。私だけが治してと、それも変な話です。他の方だって、痛みに苦しんだり、死にかけるような目に遭っている人もいるかもしれない中。それを思うと悩みます」



 うーん、とドルドレンは考える。少し思ったことをイーアンに話すことにした。


「これは俺の意見だけど。あの場所は、そう誰もが行ける感じではないだろう。

 歩いたり馬で向かったりして、あそこに辿り着ける者がどれくらいいるだろうか。道がありそうにも見えなかった。手前は崖だろ?道もない場所にポツンとあれがあるわけだ」


「つまり」


「その()()()だ。見つけられるなら、見つけていてもおかしくないだろう。だって随分前からあるんだぞ。馬車歌にも出てくるくらい昔から。

 それにイーアンが見つけた方法だって、おかしいと思わないか。僧院の、あんな本棚の背板に、場所を隠すなんて(※254話)。俺がもし、背板を見つけたところで分からないだろう。イーアンみたいな人間でもないと、探し出せないぞ。

 わざわざそうしてまで・・・あのディアンタの僧侶が隠した理由は。あの治癒場は『誰にでも』では、ないんじゃないのか?」


「ふーむ。そう言われると。ちょっと納得する自分がいます」


 うん、だから。それでいいんだよと伴侶は言う。見つけた人間の判断に任せているというよりも、見つけた人間は、()()()()()()()()()()()と思うことなんじゃないの、と。


「じゃあ、タンクラッドの耳はどうでしょう。私は彼の耳が、事故で聞こえなくなったことを知っています。それに、彼もまた旅の仲間だと既に分かっていますが。でも教えて良いのかどうか」


「恐らくだよ。恐らく。イーアンに出会ってる時点で、きっとそうした人間は、治癒を受ける機会を得ているのだ。タンクラッドの場合は、旅に同行するし、関わり方は一期一会ではない。イヤだけど」


 ちょっと笑うイーアンは、そうですかと頷く。『では後は、タンクラッド自身がそれを望むかどうかですね』と答えると、ドルドレンは『そういうことだと思う』と答えた。


「もう一個ね。思うのだが。馬車歌を直に・・・俺たちの言葉で、親父が歌ってるのを聞いていて、その感覚で話せるとしたら。

 あれは、あの治癒場は。魔物の被害に苦しむ場合に使うような気がする。例えばナイフで手を切ったとか、病気で苦しいとかではなくだな。魔物相手に怪我をしたり体を悪くした場合。かな」


「ああ・・・・・ そうですね。そうした感じの流れでした」


「イーアンは2度、あの場所で傷を治しただろう。あれは魔物の被害だ」


「大事な部分(←お股)もです」


「え。いや、だから。そうだけど。いや、ほら。それはまたちょっと、(ついで)というかじゃないの」


 ドルドレンがちょっと赤くなる。思い出してしまう夜の営み。ムラムラするのでそこは伏せた。とにかくそういう意味で、治癒場は使うんでないのということに収まった。イーアンも何となく納得する。これは一件落着として、また別視点で考える時が来たら、その時はまた考慮しましょう・・・二人の意見はこれでまとまる。



 こんな話をしながら、東の町ブリャシュに到着。町の外で龍を降りて、いそいそ二人で魚を買いに行った。立ち並ぶ店を回り、何を買おうかと楽しく決めるお買い物。

 ドルドレンが、ウィブエアハの屋台で食べさせてくれた料理(※206話)を思い出し、あれに使った魚を教える。店屋に聞いてみると、その魚の塩漬けのワタと、魚本体の酢漬けもあると言われた。


「あの兄弟が食べたがるな」


「私のお給料で。帰ったら出して下さい。皆さんのお皿に乗るように買いたいです」


「イーアン・・・そんなにしなくても。でも。まぁそうか。そんなに在庫があれば良いが」


 とりあえず店の在庫で、購入可能な量を訊くと、10尾はあると分かったので購入。ワタと魚を別に袋に入れてもらい、豆は裏の店だよと教えてもらって、裏へ回って必要な豆も買った。


 豆と魚を持って、イーアンは別のお店を見た。


 気になっていたタコを探す。タコでもイカでも良いのだが、ないかなぁと探してみるとあった。『ドルドレン、ほら。これです』これこれ、とイーアンが干物を指差す。ドルドレンも顔を近づけ、眉根を寄せて見つめる。


「これ。食べれるの、お姉さん」


 横にいた主人が、イーアンの関心を引き付けた魚介を覗いて、少し驚いた声を出した。


 びろーんと伸びて干された、ぺたんこのイカタコ系統。ちょっと色が違うし、ちょっと縞模様もあるし、ちょっと足の数も違うし、ちょっと。何で貝殻が付いてるのか微妙だが。でも間違いなく頭足類である。オウムガイみたいなものと解釈した。


「はい。こちらではどうされていますか」


「獲れ立ては茹でちゃうよ。足を食べるから。茹でて切ってさ。それで野菜とかと煮込むかな。お姉さんは?違う所出身でしょ」


「はい。私も同じような食べ方をします。酢漬けで保存するとか。でも干したものは炙ったり、汁物でも頂きます」


「ああ、そうそう。酢漬けはこの辺はやらないかな。干物はね、そんな具合だな。炙って食べはしないけど、汁物だね」


 幾らかを訊くと、食べれる人がいると嬉しいからと言ってくれて、安くしてくれた。なかなか買う人少ないよと、主人は干物を10枚、袋に入れてくれた。10枚分でも酢漬けの魚3尾分の金額だった。


 イーアンはお礼を言って、袋を抱える。貝殻がくっ付いているから、妙に嵩張る。でも重くもないし、この貝殻は珍しいから、ザッカリアに見せてあげようと思った。



 ほくほくしてるイーアンを見ながら、ドルドレンも幸せな気持ちになる。こういう買い物も普通に好きなんだなと思う。いつもは業務的な買い物ばかりだから、結婚したら毎日こんな感じだろうか。想像すると嬉しかった。


 町の外で龍を呼んで、『では帰りましょう』とイーアンが言った。焼き魚はどうするかなと思ったドルドレン。忘れていそうだから、まあいいかってことで。『帰ろう』フフと笑って頷いた。



 龍に乗って帰る道。ドルドレンの質問タイム。


「あの遺跡にいたタコも同じかな」


「どうかしら。今日買ったのは大きくても60cmくらいでしょう?貝殻をつければもう少しあるけれど。顔から下はせいぜい60cmです。同じ種類じゃないとして。あっ」


「あっ」


 魔物?二人で目を見合わせた。『魔物だろう。あれ』『被害がないだけで、魔物かしら』そういう大きさだよねと二人で話し合う。


 でも遺跡にいるのかしら、とイーアンは首を傾げる。少なくとも聖なる場所のような。ドルドレンもそれは分からない。それに国外。ティヤーだからなと、伴侶も不思議顔。今度行ったら頑張って退治してみようと決まった。



 そんなこんなで北西の支部に到着。時刻はお昼。


「もうちょっとゆっくりしても良かったか」


「でも、丁度良いのかもしれません。荷物を分けたり、午後は支部でゆっくりして」


 一応今日までは休みだからね、と伴侶も頷いた。執務の騎士は追いかけてくるけれど、そこは休みなので追い払うことにした。


 龍にお疲れ様の労いをして、二人は正門から中へ入り、食材をまず厨房へ運ぶ。門番の騎士が来て『イーアンに箱が届いていますよ』と教えてくれた。春服だと分かったので、工房前に積んであると言われた木箱は寝室へ運ぶことにした。


 厨房担当にヘイズが入っていて、イーアンの持ってきた水辺の食材に嬉しそうだった。後で厨房を貸してとお願いすると、勿論ですと答えてくれた。


「イーアン。とても綺麗な服ですね。まるで花が咲いたみたいです」


 ヘイズはほんのりピンク色に頬を染めて、誉めてくれた。イーアンはお礼を言う。伴侶が勢いよくクロークに隠した。


 厨房のヘイズに悪態をつかれるのを無視し、ドルドレンはイーアンを包んでそそくさ工房へ。荷物を置いて、着替えの箱を寝室へ運ぶ。が。


「ちょっと大きいな。手伝わせるか」


 無害で手の空いてるヤツ、と伴侶はきょろきょろする。昼時なので難しい。広間へちょっと戻ると、ディドンがポドリックと喋っているのを見つけ、ドルドレンは手を貸してくれと頼んだ。


 ディドンとポドリックがやって来て、イーアンと4つある大きい木箱を見て理解した。


「イーアンの服だな」


「そうだ」


「俺もかみさんに買ってやらないとなー」


 やれやれと笑いながら、ポドリックが木箱を一つ持ってくれる。ディドンはちょっと重そう。『ディドン、無理しなくていい』重そうな姿にドルドレンは待ったをかけた。廊下の端で、デカイのが目に入り、そっちに声をかけた。


「ショーリ!」


 ディドンもショーリを呼ばれたら、自分の出番はないと分かり、苦笑いして引っ込む。イーアンの服を誉めてから『もう春ですね』と微笑んで戻った。


 ショーリが来て、総長の話を聞き、あっさり3箱持った。『お前は役に立つなぁ』ドルドレンは感心した。言われたショーリは、うんと頷き、イーアンを見てから片腕を出した。乗れってこと。


「イーアンはいい。イーアンは」


 総長が止めるが、それを無視したショーリはイーアンを片手に乗せて(※イーアンも腕を出されると反射的に乗る)木箱を片手に3箱持って歩き出した。


「服を買ったのか」


「はい。ドルドレンが買って下さいました。春だから」


「女は服がいっぱいだな。でも似合ってる」


「どうも有難う」


 片腕に乗るイーアンは、スカートの丈が短くなったので、膝下が革紐を巻いた素足。ぶらぶらしてる足を見て、ショーリはもっと食べて太れと命じた。


「イーアンはそのままで良いのだ。余計なことを言うな」


 横にくっ付いてハラハラする総長を無視して、ショーリはのしのし歩く。イーアンは笑いながら『食べていますよ』と答える。


 ドルドレンは気が付く。イーアンは。イーアンの尻は、あのスカートの広がりから・・・尻にかかっていないのではと。


 直に尻を乗せてる(※パンツは穿いてる)と分かった時、ドルドレンは大慌てでショーリから愛妻(※未婚)を奪おうとした。あっさりショーリに回避され、目が合うと巨漢がちょっと笑った。『()()()()()あまり分からないです』と意味深なことを口走った。



 きーきー怒るドルドレン。怒りながら寝室に到着し、ショーリは煩い総長にイーアンを返した。木箱を置いて『また夕食が楽しみだ』とイーアンに笑顔を向けた。運んでもらったお礼をイーアンは伝えて、夕食は魚だと教えた。


 先に運んでもらったポドリックの木箱と、ショーリが運んだ木箱を部屋に入れ、さすがに量が増えたので、衣服を掛ける場所を大きくすることをドルドレンは計画した。


 それから愛妻にちょっとお説教する。


「あのね。お尻を乗せていたでしょ」


「乗せないと落ちます」


「そういう意味じゃないんだよ。直に乗せたろって」


「直に乗せないと、どう乗るの」


 ドルドレンはイーアンのスカートの話をして、ちゃんと分からせた。イーアンは気が付いていなかったらしく『ああ、そうでしたか』と他人事のように頷き、『そんな大したお尻じゃないんだから』と逆に言い返された。


「大したお尻だよっ。奥さんのお尻なんだぞ」


「こんな昼間から、お尻お尻って騒がないで下さい。恥ずかしい」


 窘められてドルドレンはむくれる。イーアンは笑って伴侶にキスした。むくれる時はキスするとどうにかなる。案の定、あっさり機嫌は直り(※簡単)二人は工房へ行って、今度は戦利品を片付け始めた。


 思ったよりも土産は多く、午後は土産にかかりきりになった。そしてドルドレンは忘れていたが、倒した魔物の報告がツィーレインから入っていたので、結局この2時間後には報告会議となった。

お読み頂き有難うございます。

イーアンが買った、イカタコ。今回、裏方の絵でご紹介。



挿絵(By みてみん)



ちょっと添え書きに、微妙なネタバレがありますが、特に本編に影響しません~

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