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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
361/2945

361. 東の町ブリャシュ

 

 馬を一頭借りて、ドルドレンとイーアンは町へ向かう。ティグラスが話していた通り。道でも川でも関係なく、馬は進んでいる。


「浅瀬で膝くらいまでの深さを、馬は知っているようだ」


 自分たちの足が濡れるかどうか・・・くらいの深さまでは馬が入っていく。きっと、人間を乗せていなければ、もっと普通に水に入るのだろうとドルドレンは言う。何の躊躇いもなく川に入るので、イーアンも驚いていた。


「こうした種類の馬もいるのですね。私は初めて来た時、ウィアドの毛色を見たのも衝撃でしたが」


「ウィアドか。あれも珍しい馬だな。いつかウィアドの仲間がいた場所へ連れて行くよ」


「仲間がいるのですね。やはりこうしたマムベトの馬のように、限られた地域でしたか」


「うん。ウィアドの仲間は移動するから、どこにいると限定できないが、巡り合うことはあるだろう。それよりね」


 ドルドレンは話を変える。変えるが、黙っているので、イーアンは振り向いて見上げた。灰色の瞳が悲しそうに見下ろしている。


「気にされてるのですね」


「そりゃするだろう。だって奥さんが別の男にキスされたんだぞ。目の前で。イーアンはどう思ってるんだろうと気になって仕方ない」


「私ですか。特にどうとも」


「どーして?いつもそうなの?違う男だよ。俺じゃないんだよ」


「落ち着いて下さい。彼は彼であって、でも違う存在でした。驚きましたが、彼が私にキスをした時、すぐにそれが分かりました。何か別の大きな世界が見えるような広がりが、彼のキスの間に見えました」


「あんまりキスキス言わないでくれ。馬から落ちるかもしれない」


「ごめんなさい。私だって逆だったらと思うと身投げしたくなります。しませんけど。

 でもそういうことですので、あの場合は、全く人間の行為ではないと私は受け取っています。だからどうとも思わないのです」


「うーん・・・そうか。俺がされたら、身投げしたくなるイーアン。でもしない。うーん」


「そこじゃないでしょう。したら困りますでしょう。命は大切です。気持ちがそのくらい辛い、という意味です。一週間口を利けないとかは、あるかもしれませんが」


「キビシイ。一週間も口利いてもらえないのか。不意打ちで俺が誰かにキスされたら、俺は一週間も。胸がえぐられる。立てないかも。気が狂うかもしれない」


「ドルドレン。さっきから話題がずれています。つまりね、ティグラスは別の誰かでしたから・・・それも遥かな超越した存在です。人の世の言うキスだとか、そうしたことじゃなかったと、私は思わざるを得ないのです」



 ――ぐぬぅっ。唸るドルドレン。俺が女にうっかりキスでもされようものなら、一週間は口を利かれない上に、おそらく一生、何かのたびに掘り起こされては、苛められる気がする。イーアンは記憶力が異常に高いから、絶対老後でも言われるだろう。

『あなた昔。誰々にキスされましたよねぇ』とか『ああやっぱり。他の人が良いのね』とか。『満更でもなかったでしょ』とか。ボケた俺が忘れてることでも、きっとイビリに入るはずだ。


 でもイーアンがキスされた場合は。イーアンの理解をこちらがチクチク突くと怒られる。こうした場合は大体イーアンのが正論だし、俺は言い返せないからどうにも出来ないのだ。しかし。気持ちの問題があるだろう。弟だけど、やっぱり男なんだし――



 ドルドレンが悶々としていると、イーアンはちょっと笑って伴侶の顔を引っ張った。引き寄せてちゅーーーっと長めにキスしてから、微笑む。それからもう一度ちゅーーーっとして、ニッコリ笑った。


 ドルドレンは機嫌が直った(※単純)。3度目は自分からキスして、目一杯ちゅーを堪能した。これで良いやと思えるドルドレン(※過去は何も変わっていない)。イーアンも幸せそう。

 腕の内の奥さんを抱き締めて、頬ずりしながら『俺たちは愛し合ってる』と何度も言った。イーアンも『そうですよ。いつもだし、ずっとです』と答えた。



 二人が無事、仲直り(?)した後、道でも川でも関係なく、ほぼ直進した馬のおかげで、途切れ途切れに低い壁のある町に到着した。時間にして20分くらい。『川を渡らなかったら、もっとかかった』ドルドレンは馬の首を撫でてやった。


 馬に乗ったまま、町の中に入る。打ち寄せる川岸から、斜めにせり上がる町の通り。船がすぐそこに係留していて、漁師の漁船は網や木箱が近くに詰まれ、少し大きめの渡しの船の横には荷物の山が詰まれている。

 7~8m幅の通りは、向かいに川岸、逆側に建物が並び、(ひさし)が出ている店屋の殆どが、獲れ立ての魚介を山で売っていた。川沿いの建物の通りをまた奥へ入ると、町の中心へ繋がる。


 アワウラを求めて、のんびり道を進みながら町の中を探索する。水の匂いと、海ではないけれど、水の上を走る暖かなしっとりした風を、イーアンは楽しんだ。魚の匂いも嬉しい。



 笑顔で店屋を眺めるイーアンの横顔を、ドルドレンはじっと見つめていた。海を思い出していると分かり、何か喜ぶことをしてあげたくなる。


「イーアン。今日はまだゆっくりするが、明日またここへ来て魚など・・・俺は分からないが、イーアンが支部に持って帰りたいものを買おうか」


 思い遣り深い伴侶の提案に、イーアンは振り返って抱きつく。『ありがとう。そうしたいなと思っていました』ドルドレン好き好き言いながら、イーアンは体を捻って頭を擦りつけた。ドルドレンも自分の思いつきに満足。抱きつくイーアンを撫でて『よし。じゃあ明日も来ような』と約束した。



「この町はなんていうの」


「ここか。ブリャシュの町だ。この続きにウステミルという町がある。ウステミルの向こう、もう一つの大きい川を渡った先にベイテナの町があって、そこは貿易の町だ。ティヤーの船が入るのはそっちの方が多い」


「ブリャシュの町でも充分、お魚は買えますね。ここは賑わっています。イオライセオダより」


「ぬ。タンクラッドか」


「違いますよ。最初に見た町はイオライセオダでした」


 反応する伴侶に笑うイーアンは、自分が最初に見たイオライセオダの、店が畳まれた状態や閑散とした印象の話をした。魔物の被害が国中にあるのに、ここは活気があるとドルドレンに言う。


「そうだな。イオライセオダは西だから。北西の管轄だが、西寄りの分、リーヤンカイの影響は東方面とは比にならない。こっちにも魔物は出るが、王都を挟んで東側は山沿いのほうが出現率は高いな」


「そう言えば。東の支部はどの辺りなのですか」


「ん?東の支部。ここからだと近いかもな。馬で1時間かかるかどうか。今日は行かんぞ」


「分かっています。行く気はありません。でもここから近いと言いますと、マブスパールのような、王都に近い東側の町からは遠いですね」


「東は川が主だから、そっちに重心が傾いている。川を渡って動かないといけない分な、どうしても内陸に支部を置くわけに行かなかった」


 地理的なものなのねとイーアンは思う。


 言われてみれば、川がこれだけ多くなると、どこら辺に支部を置いても、一々、川が挟まって遠くなりそう。内陸に在ったらもっと距離が生まれてしまう。東の地域は大変そうだなと思った。



「イーアン。あれ、あれどうだ」


 支部の場所のことを考えていたイーアンに、ドルドレンが肩を叩く。馬上から指差された店の店頭に、濃い緑色の縮れたものが見えた。『あ。ドルドレン、あそこに寄ります』イーアンはお願いした。


 馬を下りて、イーアンは店頭の(ざる)に乗った緑色の物体を見つめる。見た感じは緑藻だけれど。お店の人に詳しく聞いてみると、ご主人は奥さんを呼んでイーアンに紹介した。


「これ欲しいの?食べ方知ってる?この辺の人じゃないと、好き嫌いがあるかも」


 イーアンの見慣れない顔つきに、奥さんは単刀直入に訊く。買っても食べれなかったら勿体ないと、奥さんはイーアンに教える。イーアンは『どう食べますか』と食べ方をまず訊いた。


「ここら辺ではこれを煮るのよ。煮て固めて食べるの。もう一つのこっちは白いでしょ。これは煮ると色が透明に見えるから、お菓子にも使えるのよ。固めて蜜をかけたりして。あんまり匂いはしないと思うけれど、でも生臭いという人もいるのよ」



 嬉しいイーアン。ツィーレインの民宿で叔母さんが出してくれた、初めてのお菓子は心太(ところてん)チックな菓子だった。食べ方は一緒。ということは、緑藻の質もほぼ以前の世界と同じ。全然問題ない。


「洗って、天日干しして、煮て、それを裏漉しして固めますか?」


「そんなに手間隙かけてないわ。でもあんたはそうして食べていたの?じゃあ、知ってるのね」


 奥さんは態度が変わって、お客さん用の態度ではなく親近感を持った雰囲気になった。『どこから来たの。見ない顔だけど』奥さんは緑藻を袋に詰め始めて、イーアンに聞く。イーアンは遠い島だと答えた(※ある意味ホント)。


「これを広げて乾かした薄い保存食。知っていますか」


 一応、海苔の存在を確認してみると、奥さんはじっとイーアンを見つめて『本当にどこの人?』と繰り返した。


「そうした加工のは、ティヤーの一部や、ヨライデの島民が持ち込む時だけ。まず見ないし、それを保存食と言い切る人は少ないのよ」


 ドルドレンはイーアンを抱き寄せて、奥さんに代わりに答えた。


「彼女は博識だ。とてもたくさんの地域の食べ物を知っている。出身地ではない」


 ああ、そういうこと、と奥さんはすぐに納得した。時々学者さんなんかが、そんなことを言うわねぇと言いながら、袋の緑藻を量る。『どれくらい買うの』奥さんは値段を教えて、イーアンに訊ねた。


「嵩張るだけだから。それほど高くもないし。2種類買うなら少し安くするわよ」


 イーアンは緑藻が加熱で減るのを考えて、多めに買うことにした。ドルドレンは問題ないと言ってくれたので、がっちり大袋で購入する。奥さんはそれを見て嬉しそうに笑った。



 お店屋さんにおまけもしてもらって、イーアンとドルドレンは戻る。戻る道で焼いている魚を買って、軽食の、平焼き生地に挟まった、魚のすり身の料理も屋台で買った。


「これを弟さんにもあげましょう」


 ぬ、と思うものの。うんまあ、そうだねとドルドレンは頷いた。親子の分を購入し、二人はもと来た道を戻った。馬上で焼き魚を齧りながら、イーアンは幸せだとほころんでいた。ドルドレンも焼き魚は好きなので、美味しいと伝えた。


「明日も買いましょう。明日は生魚も買うから。良いかしら?支部に帰ったら私の給料で補填して下さい」


「気にするな。俺が買いたくて買っている。イーアンは楽しんでくれたら良い」


 優しい伴侶に擦り寄りながら、イーアンは、魚を頭から尻尾まで順番に齧り、骨も残さず平らげた(※顎と歯が頑丈)。ドルドレンは頭と骨は残した(※食べ慣れないから)。


 イーアンが、ドルドレンの食べ残しの頭と骨を引き受けて、ぼりぼりムシャムシャ食べる音を聞きながら、ドルドレンは複雑な心境で馬を進める。本当に何でも食っちまうなと思いつつ、逞しい愛妻に驚くだけだった。


 イーアンは『よく焼けていて、全部食べられます』と喜んでいた。そうは思えないけど、そういうことにしておいた。


 イーアンの子供の頃、骨を食べてはいけないと注意されたのは、大きい鮭と鯛だけだった。骨が頑丈で怪我をすると言われ、諦めた。以降、それ以外の魚はほとんど一尾出されたら丸齧り。

 実際のところ、イーアンは少し柔らかくなっていれば、豚の肋骨でも齧って食べてしまうくらい、骨が好きだった(※異質)。ハイエナのようだと家族に(おのの)かれたこともあるので、異世界が変わっているのではなく、イーアンが変わっているだけであるが、ドルドレンは、イーアンのいた世界は、骨食う民族の多い強烈な印象に落ち着いた(※迷惑と誤解)。



 そんな二人はティグラスの家に到着する。馬を下りてお礼を言い、玄関の扉を叩く。ティグラスが出てきて、二人はお礼とさよならの挨拶をした。


「ドルドレン。来てくれて嬉しかった。また来てくれ。お袋も俺も待ってるから」


「また来る。元気でいろよ。これは土産だ。食べてくれ」


 お土産の軽食を渡すと、ティグラスはパッと明るい顔になって、とても嬉しいと喜んだ。ティグラスの素直で純情な表情は、イーアンにはとても貴重で大切に感じた。これも彼の運命の賜物だろうと思う。


 ティグラスはイーアンを見て、髪の毛を撫でた。それから顔を撫でて(※馬と同じ撫で方)ニッコリ笑う。


「イーアン。また来てな。俺はイーアンが可愛いから、とても好きだ。ドルドレンの奥さん」


 思ったことを全部口にするような、正直なティグラスにイーアンも笑顔で答える。『必ず来ます。私もティグラスが好きですよ』そう頷くと、ティグラスはちょっと赤くなって、えへと笑ってはにかんだ。


「もう一回抱き締めたい」


「ぬぅ。抱き締める以外は許すことは出来ない」


「俺何もしてないだろ。抱き締めただけだ」


 ドルドレンとイーアンはちょっと顔を見合わせた。『ほら』イーアンは気が付いて、ドルドレンに言う。うんと頷くドルドレンも、目を泳がせる。


 それから遠慮なく、笑顔のティグラスは両腕を広げて、イーアンを抱き締めた。イーアンもちゃんと抱き返した。『また来てくれ。待ってる』『はい。また来ます』イーアンが体を起こすと、ティグラスはイーアンをじっと見つめて微笑んだ。


「そうだ。これをあなたに」


 思い出して、イーアンは腰袋から宝石を一つ出した。ティグラスの目の色とよく似た、淡い青い美しい宝石だった。わぁ、と声を上げて眼を丸くするティグラスの手に、イーアンは宝石を置く。



「遠い海で見つけました。私たちの思い出にしましょう」



 ――何それ。ドルドレンは後で言いたいことを飲み込む。何だそれ、何それ。私たちの思い出って何。それね、ティグラス喜んでるけど。うちの奥さんが()りで盗ってきたんだぞ(※掏り決定)。遺跡だから良いだろって。本人、遺跡荒らしだってこと分かってないんだぞ(※遺跡荒らしも決定)。それ、戦利品だ戦利品!



 そんなお兄さんの気持ちなんて、どこ吹く風で。ティグラスは大きな宝石に目を輝かせて喜ぶ。


「これ綺麗だな。俺にくれるのか」


「はい。あなたの目の色と同じですね」


 それを聞いたティグラスはちょっと考えて、イーアンを見つめる。顔を近づけてじーっとイーアンを見てから、『イーアンの目の色の石はあるのか』と聞いた。ドルドレン嫌な予感。目が据わる。イーアンは腰袋を探って、一つ出した。


「同じ色・・・ではないですが。これは似てるかしら」


 琥珀色に少し穏やかな赤さをかけた透き通る石。それを見たティグラスは、イーアンの手から石を取ってじっくり観察し、それからイーアンの目の横に並べて見比べる。


「これが良い。イーアンの目だ。俺はイーアンの目を持つ」


 お兄さんは仏頂面。青い石はイーアンに返して、『それは俺の目』とティグラスは笑った。イーアンは受け取った青い石を『はい。ではティグラスの目は私が持ちます』と微笑んだ。面白くないドルドレン。


 そして許してもないのに、もう一度ティグラスはイーアンを抱き締め、石を有難うと満面の笑みでお礼を言った。この後、お兄さんも抱き締めていた。ドルドレンは表情が硬いまま、頷いて抱き締め返した。



 二人はさよならと挨拶して、龍を呼ぶ。やってきた青い龍に、ティグラスは感動していた。イーアンとドルドレンが乗ると、ティグラスは駆け寄ってきて『俺も今度乗りたい』とイーアンに言った。


「次に来た時、乗りましょうね」


 イーアンが笑顔で約束すると、ティグラスは嬉しそうだった。浮上して、大きな声で挨拶をし、ティグラスが見えなくなるまでイーアンは手を振った。土産の緑藻を抱えたドルドレンは、複雑だった。

お読み頂き有難うございます。

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