358. 3日目の朝の回収作業
3日目の休みの朝。ドルドレンは愛妻を腕に抱えて目を覚ましていた。
今日は何をするか、既に決まっている。でも昨日の魔物退治でイーアンは疲れているだろうかと思うと、少し気になっていた。今日もどこかで泊まって、それで明日にでも帰ればいいかと考えているが。
今日はどんな服なんだろう。それを想像すると、早く見たいような。でも眠ってるから、そっとしておきたいような。春服を買ってあげて正解だった。まだ冬の戻りがあるから、すぐには衣替えにはならないだろうが、それでも支部の中で暖かい日は春服・・・・・ 裸が一番好きだけど(※いろんな意味で)イーアンの着替えが楽しくて仕方ないドルドレン(←良い旦那)。
たまらなくなって、ちゅーーーっと眠る愛妻にキスをする。これで起こした。
「ドルドレン。おはようございます。何時」
「イーアン、起きちゃったか(※起こした)。今はね・・・6時過ぎかな。違う、6時半くらい」
イーアンはうーんと伸びしてから、伴侶の首に腕を回してキスして微笑む。『よく眠りました』まだぼんやりしている目で、フフと笑った。ドルドレンも横になったまま、彼女の背中を抱き寄せて『おはよう。良かった』と答えた。
「今日。私たち帰るのですか」
「うん?いや。今日はまた泊まろうかなと思っているよ。明日帰ればいいかと考えていて。何かあるか」
「回収」
ぐはっ。そうか。昨日倒したままだから・・・奥さんは回収したい。魔物を。うん、でも、なぁ。どう。それ。休みなんだから。もうちょっと放っておいても。雨も降らない時期だし。
「ええっとね。今日回収すると、今日は支部に戻ることになるんじゃないの」
「あ。そうですね。それは・・・お休みなのだからいけません。どうしましょう」
ドルドレンは、明日回収しようと提案する。明日、帰る前に森に寄って回収すれば?と言うと。イーアンは困ってる。壁際に落ちたのは、門の外の森だけど、見える位置にあるから気持ち悪いのではないかと。
「うーん。じゃあ、どうするの。回収すると支部行きだよ。仕事になっちゃうだろう」
「回収して・・・・・ 隠しておけばどうでしょうか。町の方に見えない場所へ。中身はザクザク切り刻めば、早めに灰化するので必要な所を取ったら、後は刻んでしまうとか。それなら出来ます」
おえ~ 刻むの~ 気持ち悪いよ~ 嫌がるドルドレンの眉間にぎゅーっとシワがよる。イーアンは指を2本立てて、伴侶の両眉にぴとっと付け、きゅっと開く。『シワ。気をつけませんと。せっかくの綺麗な顔が』違う方向で注意された。
「あなたの剣は長くて、力もあなたの方がずっと強いです。私は細かい方をやりますから、ドルドレンは大きいのをお願いします」
抵抗しても無駄そうなので、嫌々頷くドルドレン。まだ生なんじゃないの、と一応言ってみたが。『ぐちゃっとはするが、ぶしゅっとは出てこないから』とよく分からない説明で愛妻(※未婚)に宥められた。ぐちゃも嫌だから言ってるのに。
とりあえず、朝一の仕事(※休みなのに)で張り切る愛妻に急かされて、解体作業へ向かうことにした二人。
チュニックは持ってきていないので、初日に着ていたズボンの冬服に着替えた。剣と。『綱をもらいましょう』後で買って返そうとイーアンは言う。
下へ降りて、叔母さんと叔父さんが朝食準備中なので、台所に声をかけて叔父さんに事情を話し、綱を2束もらった。業務用の大袋があれば買いたいと、イーアンが伝えると地下から塩の空き袋を10枚持ってきてくれた。
お礼を言って、二人は町の門へ。門番に昨日のことと、これから後片付けをする旨と、魔物は森の中に置いておくと話した。門番は了解してくれて『後始末までありがとう』とお礼を言った。見張り台から見えて、ちょっと薄気味悪かったと明かしてくれた。
「やっぱり嫌でしょうね。死んでいると分かっても怖いと思います」
「俺は慣れたから大丈夫だけど。たまにしか見ないと嫌だろうな。イーアンは枕に置いても大丈夫そうだ」
なんてこと言うの!とイーアンは笑いながら、伴侶の背を叩く。ひどいこと言うんだからと笑う愛妻に、ドルドレンも笑顔を向けて、ハハハと笑ったが。実際にやりそうだと心の中では思っていた。
そして。ドルドレンはこの後。愛妻の指示通り、真っ二つに割れた、デカイ虫みたいのを片付ける。
愛妻は欲しい部分をせっせとナイフで切り始め、ドルドレンにも同じように『あっちかたの』とナイフで示した、もう半分の体で作業するように命じた。
前胸背板と上翅、前頭、後胸腹板を引っぺがせとの命令。何それと訊くと、要は硬そうな部分。
気持ち悪い~ イーアンのサンプル作業を見て、おえっとなるドルドレン。
『朝食前で良かったです』心配されつつも(?)とにかくやれ(※こんな言い方はしていない)と愛妻に言われ、必死に意識を保ちながら、バカでかい虫の殻に剣を入れては、半泣きでめりめり剥がす。
――大きいので、やたら硬くて分厚い。よくこんなのと戦ったなと思うと、腹の底が冷たくなる。
『ここの薄い継ぎ目にね。こうして刃を入れまして。それから、ここに食い込ませて引くのです』とか何とか。
でも硬いではないか。継ぎ目でもない部分を、真っ二つにぶった切るって、どんな奥さんだよ。
昨日。イーアンを追いかけて道を走ってたら、空から怒号が聞こえて『硬えんだよ』とか『ちくしょう』とか『ころす』とか、豹変して怒ってる姿・・・・・ 青空から血が降ってきた(※手の皮剥けた)。
一昨日は掏り。昨日は賊。今日は何だ。うちの奥さんは何者なんだ。早く春服!春服着せなきゃ!着せれば安全だっ――
何度も横隔膜が痙攣する中、震える唇を噛みしめたドルドレンが、ふと愛妻を見ると。もう半身の腹の切り口に屈んで、内臓の何か引っ張り出していた。 ・・・・・おえーーーっっ 見るんじゃなかった。死体回収がイヤ過ぎる~
嫌々も通り越した放心状態で、どうにか言われたことを作業した後。集めた硬い部分を重ねて綱で結わき、道から見えない場所に置いた。なぜか塩袋にも1つ、お土産が出来ていた(※恐らく内臓)。
「ではドルドレン。あとはこれらを刻んで置いて下さい。足はまとめて、木々の奥に放っておけば、きっと見えません。私は、ドルドレンが倒した細かい方を回収しに行きます」
一番嫌な仕事。『刻んでおけ』と命令が下され、愛妻はさっさと龍を呼んで、乗って行ってしまった。
ドルドレンが自暴自棄になって、ふんふんすすり泣きながら頑張って刻み、30分もする頃。
イーアンは、龍に乗って戻ってきた。空から手を振って『ただいま~』と言われ、半泣きのドルドレンは鼻をすすり上げて『お帰り』と呟いた。
愛妻はミンティンに、どっさりぱんぱんの塩袋をくくりつけて戻った。袋の数は7個。あの中に魔物のケツ&内臓が入っている。
ミンティンも、目が死んでる気がするドルドレン。少し同情しながら、降りてきた青い龍を撫でると、龍は労わりに安堵するように静かに目を閉じた。くくりつけてあった塩袋を、全部木々の裏にまとめて置き、これで終了。
ちょっと気になって、あっちの細かい方の魔物は、どうやって片付けたのかと質問したら。
『分解した後。ミンティンに銜えてもらって、森の中に放りました』・・・・・それで目が死んでるのか。龍にとっても、気持ちの良い作業ではなかったと知り、ドルドレンは共有意識を高めた。
龍を帰し、二人は宿へ戻って着替えた。ドルドレンは宿に着くなり、目一杯手を洗っていた(※イーアンはその辺で拭く)。気が狂ったように手を洗い続ける伴侶を心配していると、叔母さんに朝食で呼ばれた。
朝食は今日も大量だった。ドルドレンがほとんど受け付けず、具合が悪いということで、イーアンは残した朝食を包んでもらって、お弁当にした。
ドルドレンは気を取り直して衣服を着替え、イーアンもちゃんと春服に着替えた。
明るいラベンダーの薄い生地で作ったワンピース。上部も袖も細身でぴったり、お尻の下くらいから、一気に生地が広がる華やかなシルエット。
脛丈のスカート部分に切込みが入っていて、艶のあるグレープパープルの裏地。裏地なのに、金色の大きな花の刺繍がある。ボリュームのあるスカートは、歩くと腿までの切込みが広がるので、素足が見えて軽い印象になる。昨日の革紐編み上げ素足の靴だと、とてもリッチな雰囲気。
機嫌がウソのように直って元気になったドルドレンは、春のような愛妻を抱き締めて恋をして、意気揚々とお出かけすることにした。やっぱり春は最高だなと思いながら。
お読み頂き有難うございます。
 




