357. 春の訪れ
龍で戻ると。既に町の人々が待ち構えており、両手を振って皆さんに呼ばれているので、門の前で降りることを余儀なくされた。
「諦めろ。英雄だ」
「そんな大層なものじゃありませんよ。龍と剣のおかげです。ねえ、ミンティン」
そうだねーみたいな反応で、龍は頭をちょっと揺らした。イーアンも頷く。『私一人の体力なんて、ベッドで使い切ります』ぼそっと落とす言葉に、愛妻は復活したが今夜は控えようと思うドルドレンだった。
あなたの方が英雄ですよと言っている間に、ミンティンは地面に降りる。遠巻きに町民が出てきたので、イーアンは龍にお礼を言って帰した。
ドルドレンはイーアンの肩を抱き寄せて、余計な輩を寄せないように気をつける。二人が門へ向かって歩くと、たくさんの人たちが拍手してくれた。
町の人たちのお礼の言葉を受けながら、笑顔で進む花道。『とりあえず民宿だ』ドルドレンが囁いたので、イーアンも歩きにくい人だかりの中を、丁寧に民宿へ向かって歩く。
過ぎ去る人々は、お礼と、質問と、あれこれと。聞きたいことや話したいことを笑顔で伝えてくる。喜んでくれる人が多い中、数名は心配そうに『あの魔物はあのまま?』と尋ねる人がいたので、イーアンは後から回収すると伝えた。
民宿近くなって、向こうからイノシシのような勢いで人が走ってきた。誰かと思えば叔母さんで、ドルドレンは剣を抜きかけたが、理性で止まる。
突っ込んできた叔母さんは、怖がるイーアンを抱き締めて、頭に頬ずりしながら褒め称えた。そして何度も、『スウィーニーじゃ、こうは行かない』と繰り返した。複雑な気持ちで、イーアンとドルドレンは笑顔を返した。
叔母さんの誘導と薮睨みで、取り巻きの人々は追い払われたので(※『あっちへお行き』『気安くするな』『近づくんじゃないわよ』etc)二人は道の後半はゆっくり歩くことが出来た。そして民宿へ入る。
叔父さんは拍手で迎えてくれた。そして食べきれるか分からない量の、てんこ盛りの肉の塊を煮てくれていた。
「戦ったんだから、朝だけど肉が良いよ。昨日も頑張ったしね」
余計な言葉が多い叔父さんに俯くイーアン。笑顔の叔父さんは二人を食卓に着かせて労い、山盛りの塊肉と、3種類のソースと、野菜料理を出してくれた。肉はゆうに3kgくらいありそうだった。
体は復活して助かったイーアンだが、朝っぱらから死ぬ気で覚悟して戦ってきたので、精神的な疲労が凄かった。笑顔がだらけている愛妻に、ドルドレンは肩を抱いて微笑む。『疲れたな』大したもんだと髪を撫でた。
叔母さんと叔父さんが皿に肉を取ってくれる間に、エイデルとマキシが玄関から入ってきて、食卓を挟んで頭を下げて礼を言った。
「すぐに倒しに行って下さって、本当に有難うございました。本当に、有難う」
「感謝します。僕たちでは無力です。助けて下さったことを心から感謝します」
マキシもエイデルも、外の騒ぎを聞いて飛び出したようだった。二人が見上げた空で、龍とその半分ほどの魔物が対決しているのを見て、そんな光景を初めて見て足がすくんだと笑った。怒号が響いて龍が飛んだ後、魔物が二つに裂かれたので、興奮が覚めやらなかったと・・・・・
どうも。聞いていると。二人は完全にあれはドルドレンだと思ったらしかった。
それならそれの方が良いとイーアンは頷く。二人はドルドレンの強さと勇敢さに敬服した。特にマキシは『すごく男らしくて。僕もあんなになれなくても、もっと強くなりたいです』と笑顔を憧れに変えてドルドレンを誉めた。
叔母さんと叔父さんは、二人が出て行ったすぐに、朝食作りに精を出したそうだ。無事に帰ってきたら、とにかく腹一杯食べさせたかったと話していた。ので、彼らは外の騒ぎしか知らない。叔父夫婦はそう話すと、もう一品出来たとかで、一旦台所に戻った。
エイデルもドルドレンの強さに感謝した。そしてイーアンを見て『凄い旦那さんですね。お似合いですよ』と笑ってくれた。イーアンもちょっと小首を傾げて『有難う』と微笑んでおいた。聞くだけ聞いたドルドレンは、ちょっと考えて口を開いた。
「うむ。違うぞ。あれは俺ではない。イーアンだ」
イーアンは真顔に戻り、顔を片手で拭う。はーっと重い溜め息を吐いた。その態度から、マキシとエイデルは笑顔が凍って、イーアンを見つめ、それからドルドレンをもう一度見る。ドルドレンは正直な男だ。二人の視線を受けて、力強く頷いた。
「イーアンだ。イーアンは龍に乗る。俺は向こうの林道で別のを退治したが、空中戦は常にイーアンだ」
「あなたって人は」
低い男のような声で、真下を向いたイーアンが呟く。ドルドレンは項垂れる愛妻を見て『だって俺ではない。イーアンが頑張ったのだ』と普通に返した(※正直者)。
マキシとエイデルの記憶の中。怒号で『ちくしょう』『ばかやろう』と聞こえていた気がする記憶がある。イーアンを見つめているが、一向に目を合わせようとしない。そんな二人に気付いたドルドレンは、俯くイーアンの肩を抱き寄せて二人に言う。
「彼女は誰より男らしい。戦う時。魔物から皆を守るために豹変する。いつものことだ」
だからどうしてそう・・・イーアンは、リングコーナーに座って白い灰になる矢吹ジ○ー(古)の気持ち。いろいろ燃えてしまった気分。私の印象。私の微笑み。私の善意・・・・・ どうしよう。
イーアンの燃え尽きた状態など分かるわけもない、二人の男女は。何かきっと特別な理由があるのだと解釈し、頑張る笑顔でイーアンに改めてお礼を伝えて、そそくさと旅立った。
ドルドレンの素直な部分は良いところなので、イーアンは責める気にもなれず。でもぐったりするイーアン。元気のない愛妻は疲れていると理解して、優しいドルドレンは、少しずつ肉を切って食べさせてあげた。
朝一で運動したドルドレンは、昨日の夜も頑張ったので、出された食事を全て食べ終えた。イーアンは、肉を500gくらいと野菜で終わった(←食わされた)気がするが、ドルドレンは無尽蔵に食べ続け、残りの肉も野菜も食べ切ってしまった。
叔父夫婦にお礼を言い、一度部屋へ戻る。引き止められていろいろと聞かれかけたが、イーアンの疲労した様子から、叔母さんはすぐに解放してくれた。
部屋へ戻り。少し休む二人。『今日ね』ドルドレンはイーアンに、連れて行きたいところがあると話す。
「まさか魔物退治があるとは思わなかったが。でもこの町の中だから。一緒に行けないか」
歩いても遠くないと言われて、イーアンは笑顔で頷く。『お休みですもの』行きましょう、と了解して、二人は立ち上がって部屋を出る。
玄関を出るとき、ドルドレンは叔母さんに今夜も泊まると伝えておいた。叔母さんは喜んでくれた。
二人は外へ出て、少し落ち着いた様子の通りを歩く。それでもイーアンの羽毛の毛皮と、背の高い美丈夫のドルドレンは目立つので、何人かは声をかけて、魔物退治を誉めてくれた。
ドルドレンはずっとイーアンの肩を抱き寄せたまま、少し寄りかからせて歩いていた。イーアンもそれがとても助かった。気を抜くと座ってしまいそうで、ドルドレンの支えが頼もしかった。
少しして、ドルドレンは立ち止まる。ぼうっとしていて気が付かなかったイーアンは、止まったところで伴侶を見上げた。灰色の瞳が微笑む。
「ほら。ここだよ」
イーアンが左を見ると『服屋さん』。服?とイーアンは聞く。ドルドレンは頷いて、中へ入る。イーアンに服を買おうと思っていたと話してくれるドルドレンに、イーアンは本当に感謝で一杯。
お礼を言おうと口を開きかけた時、中から奥さんが出てきて、再会を喜んでくれた。
『来たのね!春服?春よね。いらっしゃいな』ヘロヘロイーアンを引っ張って、奥さんは店の奥へ早々消えた。
入れ替わりで主人が来て、ドルドレンを見るなり『お。騎士のお兄さんじゃないか。あんたか、さっき魔物退治してくれたのは』と笑顔で手を握った。
ドルドレンは、今日は本当は妻の服を買いに来たんだと、話した。妻と呼んだ部分で反応した主人は、『結婚したのか』と聞き返す。今年すると笑顔で頷くドルドレン。そこから、何月に挙式が良いとか、費用はこのくらいが充分かもとか、結婚するに当たっての準備を、主人にくどくど聞かされた。
以前も言われたように、結婚したら尻に敷かれる方が男は賢いだとか言われ、ドルドレンは既にそうであることを伝えた。主人に『兄さんは良い旦那だな』と誉められた。
待つこと15分。
奥さんはイーアンを着替えさせて、イーアンを引っ張って連れてきた。ドルドレンは楽しみにしていたが、戻ったイーアンを見て口を開けたまま止まった。
「綺麗でしょ。前も思ったけれど、本当に彼女はねぇ。このくらいの服でも似合っちゃうのよーっ。春服は着る枚数が減るじゃない。その分、ぱっと目を引くような感じが良いわよ」
奥さんは見立てに自信満々。胸を張って仰け反って、『どうだ』とばかりにイーアンを押し出して自慢する(?)。『早く誉めてあげなさいよ、全く。前もそうやって固まってたわね』奥さんは、云ともすんとも言わないドルドレンに眉根を寄せる。
「兄さん。誉めなきゃ。いつまで固まってるんだ」
困った人だなと苦笑する主人がドルドレンの背中を叩く。ハッとしたドルドレンはイーアンに何度か瞬きして、ごくっと唾を飲んだ。
白地にたくさんの蔓と花が赤や緑で刺繍された、ぴたりと体に付く上部分。腹部のあたりは楔形にスカートに繋がる。襟はなくて襟ぐりが広く開き、袖は肘までで袖口が白いフリル。
腰の線から繋がる真っ白なスカートは、膝下までで、花のように広がる。絞った華やかな上部分から、ふんだんにプリーツを取った、ふんわりした軽く薄そうな生地が透かし紙のような印象だった。普段の長い革靴は、膝まで革紐で編み上げた、足の甲から脛の素肌の見える靴に変わっていた。
自分を見つめる灰色の宝石に、イーアンも少し照れて笑う。
「イーアン。とても、とても。可愛い。とても綺麗だ。どうしよう。触って良いのか」
赤くなるドルドレンのうろたえに、奥さんは声高らかに笑う(※『ほぉーほっほっほっ!』)どうだ、私の見立てはと自慢する奥さん。今日もどっさり見繕ってるから、安心して春を過ごしなさいと大量購入を促した(※計画的)。
ドルドレンが毎回『触れない』と戸惑うので、イーアンは近づいて寄り添った。華やかな春のような愛妻が横に来て見上げ、ニコッと笑う。思わず両腕でがっちりホールド。
なんつーカワイさ!ひゃー可愛い、あー旨そう(?)と頬ずりしまくるドルドレンに、奥さんが『髪の毛、梳かしたんだからよせ』と不満そうに注意した。イーアンは喜んでもらえて何よりだと思った。
実はイーアン。中年の自分が、これはちょっとなぁと思う服だったのだが。意外と自分の顔が民族っぽくて、似合ったのかもしれないと理解した。
以前の世界のアジアの人は、ビビットな色彩や大きな花柄やフリルの服が、おばさんになっても良く似合う。この世界では自分は、そういった雰囲気で皆さんの目に映っているかもと嬉しく思った。
ドルドレンは、見立てた服を全て購入すると言い、その場で給料2か月分(目安これ)を支払い、全て箱に入れてもらった。
「今日はこれを持ち帰れない。だから北西の支部に送ってくれ」
今、北西に出る配達が来ると時間を見て、主人が教えてくれた。まだ早い時間だったので、北西支部には夜には着くんじゃないかと話していた。明日でも構わないと言うと、明日中に着くように手配してくれた。
「この服と。今日の羽毛の毛皮は凄いわねぇ!白銀の羽毛なんて、どこで手に入れたの?でもこれ軽い印象だから、これでもかなりイケるわよ。靴は寒かったら変えなさい。ただ良く似合ってるから、今日はこれで動いても、日中は楽しいかもしれないわね」
この春服に。+白銀の羽毛毛皮の上着。凄い組み合わせだと、イーアンはさすがに怯む。
が、これぞパリ○レ状態。凄まじい髪形やメイクではない分、自分からすればこんな派手でも、パリ○レに比べれば。まだファッション業界の手前の、序の口かもしれないと思い、膝下素足に編み上げ革紐状態で、羽毛毛皮を羽織った。
また夏にも来い、と奥さんはイーアンを撫でる。そして、イーアンのつけていたベルトと剣や腰袋を渡し、『戦ったんでしょ。逞しいのに美しいのは素晴らしいことよ』と微笑んでくれた。
「結婚するんでしょう?その時は呼んで頂戴。あなたの一番綺麗な一日を私が飾り立ててあげます」
頼もしい奥さんの言葉に、イーアンは感涙。ちょっと奥さんを抱き締めて、宜しくお願いしますと伝えた。主人もドルドレンに『ちゃんと衣装代用意しておくんだよ』そっと伝える。ドルドレンは覚悟した。
イーアンは深々と頭を下げて、改めて冬服のお礼と、今日の春服の喜びと感謝を伝えた。ドルドレンも満足して愛妻を抱き寄せ、春服の中から2日分の服と、着替えた今日の服だけは、袋に入れてもらい、それを引き取った。お礼を言って服屋を出て、二人は一旦民宿へ戻った。
民宿では叔母さんにとても可愛がられ、部屋に荷物を置いてから、二人はまた町へ出た。着替えたイーアンは羽毛の上着を着ているけれど、何だかもう春みたいで、ドルドレンはちらちら見ては嬉しくなった。
二人はこの日は、菓子屋でちょっと休んだり、小さな買い物をしたり、ツィーレインの博物館へ行ったり、小さな公園で午後を過ごしたりして楽しんだ。イーアンは疲れていたけれど、楽しかったので苦にはならなかった。
暖かな午後で、ドルドレンはクロークを置いてきて正解だったと言い、イーアンは羽毛があるけど、膝下が出ていても寒くないと、素足に履いた編み上げの革靴を、ちょっと足を持ち上げて見せた。有難うと満面の笑みでドルドレンに抱きつき、ぎゅっと抱き締めるイーアン。抱き締め返して、公園でキスする二人。満足満足。
――はー。何て可愛いんだろう。何てうちの奥さんは可愛いのやら。ひゃーたまらん。あー、早くいちゃつきたい。でも今夜はダメなんだよな。でも良い。明日するから。
明日の服もあるから、明日明後日は春服だ。支部に戻る頃には山で届いてる。はー。最高。このままずっと二人でいられたら良いのにーっ。
ドルドレンはイーアンを抱き締めて、好き好き良いながら頬ずりする。
質の良い生地と仕立ての、可愛らしい春服は、大人のイーアンにも綺麗に映える。そこに剣を下げる自分にちょっと可笑しいとは思うものの、イーアンはこうした楽しみを惜しみなく与えてくれる、愛情深い伴侶に心から愛と感謝を捧げた。
二人は素敵な暖かな冬の一日を過ごし、夕方前に民宿へ戻り、ベッドの上で、新居の話やこれから行きたい場所のことを話して過ごした。
夕食に再びてんこ盛りの料理を出されて(※結婚前祝い)、ドルドレンはそれは『合間に食べることもないから』ときちんと平らげた。それから風呂を済ませ、今日は何もせず・・・ムラムラメキメキしながらドルドレンはイーアンを抱き締めて眠った。
イーアンはようやくの就寝時間に、朝の疲労が一気に襲い掛かり、泥のように眠りに落ちた。
お読み頂き有難うございます。




