356. ツィーレイン林道の魔物退治・治癒の洞
町の外へ出て、イーアンはドルドレンに振り向く。びくっとする伴侶に、咳払いしてから話すイーアン。
「ドルドレン。ここから歩きますか。それともミンティンを呼びましょうか」
「ああそうか・・・微妙に距離があるからな。だがミンティンでは木々があるから見えないか」
そうですねとイーアンは答える。でもイーアンは歩くとちょっと痛い(※腰も大事な部分も)。どうしたら良いか考えつつ、ゆっくり歩き始める二人。
「イーアン」
動きが緩慢な愛妻を見て、ドルドレンは抱き上げた。『馬でもいれば良かったが』いないから俺がと、イーアンを抱き上げたまま歩く。優しいのよねと思うイーアンは、ちょっと笑って、伴侶の頬を引き寄せてちゅーっとした。
怒らせてると思っていたドルドレンは、急に顔を引っ張られてキスをされ、見ると微笑んでいるイーアンに嬉しくなる。頬ずりしながら、好き好き言って歩いた。
ふと。気がついた。
「ごめんなさい。私がいたら、笛を持っていますから。魔物は出てきませんね」
「あ。そうだったな。じゃあやっぱり、龍で上から見るか」
ぼけっとしていたと認め、イーアンは笛を吹く。
ミンティンがつるる~とやって来て、二人はミンティンに乗った。が。跨ると痛い!
ぐうぅっと唸るイーアンは、痛い部分を手で押さえることも出来ず(※中年がやると変態)どうにか横座りに足を戻した。姿勢がおかしいが、今日は仕方ない。押し潰した声で呻いてから、ミンティンを上の方まで浮上させた。
「上から見て分かれば良いのですが。ミンティン。森に魔物がいたら私たちは降ります」
「うん。この距離だと見つけにくいな。かと言って高度が下がったら出てこないだろうしな」
龍は何も気にしなさそうに、ぶらぶら飛ぶ。影が落ちれば、ツィーレインの町の人たちも騒ぐのかと思うが。どこまで王都の『龍は国の何たらかんたらの兆し~』とされた噂が広まっているかにもよる。
下の森を見ていても、特に魔物は見えないので、道に出てくるのを待機することにした。その間、ミンティンと浮かんだまま。
雑談でエイデルの話になり、スウィーニーが好きな人はあの人だったよね、と。だけど婚約者って言ってたねとか。スウィーニーを憐れむ二人。
「可哀相な気もするが。あのマキシという男と、スウィーニーは見た目が違いすぎるからな。好みの問題もあるだろうな」
「それはどうにもなりません。マキシさんは普通の人です。スウィーニーはかなりがっちりしていますから、大柄な人が良いという女性の方が、スウィーニーには良いでしょうね」
「うーん・・・そういうものかもな。性格などは、スウィーニーも良いヤツだし頭も良いのだが。見た目で落とされたか」
「そう断言できませんけれど。私はあなたが伴侶ですから、世界最高峰です。全くどなたも、あなたの足元に及びません。そういう意味では、私は見た目にも中身にも、大変に恵まれた伴侶を授かっている幸せ者です。私が他の方をとやかく言う権利はありませんね」
えへっと笑うドルドレン(36才)。持ち上げられて嬉しくて、ちょっと手を伸ばして愛妻を撫でた(※尻は撫でるなと注意される)。照れて身の置き場がなくなるくらい、嬉しいドルドレンは、早く降りて抱き締めてちゅーっとしたかった。
「イーアンも最高峰だからな。毎日見つめていても、毎日美術品のようだと恋してしまう。優しくて思慮深くて、頭も良くて料理も上手いだろ。こんな女性はどこにもいない。こんな奥さんは他にいない。本当に俺だって幸せ者なんだよ」
やだん。年甲斐もなく照れるイーアンも(44才)もじもじする。傍目から見るとイタイが、二人の世界なので問題なし。
いきなり言われると照れますよと嬉しそうに振り向いて、目を見つめあっては、ウフフフ・ハハハハ(×10回)・・・と笑っていた。
そんなこんなで二人が、暢気に惚気ていると。
ミンティンの筋肉がぶるっと一度震えて、角度が変わった。魔物を見つけた龍は(※乗員がサボってるから)ぐーっと体を伸ばして滑空する。向かう先を見ると、林道に何頭か走っている。その先には特に何もない。
「ただ走っているだけでしょうか」
「ミンティンの気配で逃げているかもしれない」
そして真上まで飛び、魔物の姿を確認した。『あの時のです』イーアンがドルドレンを振り向いて伝える。ドルドレンも頷いて『同じ魔物だな』と答えた。
「20頭。うん?違うな、もっといるか。イーアン、龍にいてくれ」
ドルドレンは立ち上がって、ミンティンに自分だけ降りると伝えた。龍は魔物の上を通り過ぎてから、向きを変えてもう一度魔物に向かって、高度を下げて飛ぶ。
魔物の手前に近づいた時。ドルドレンの胴体に巻きついた背鰭が解け、ドルドレンは跳躍した。
鎧を着ていないドルドレンが心配ではあったが、伴侶は最初の魔物に狙いをつけて、飛び込む自分に襲い掛かる魔物に剣を振った。その魔物の崩れた体勢を足場に、次の魔物へ跳び、真横の1頭もなぎ払う。
ドルドレンの長剣は凄まじい切れ味で、何の抵抗もなく、腕を振るう速度そのままに魔物を分解していく。走っていた魔物たちが混乱して、何頭かが飛び上がったが、ドルドレンはそれを蹴って剣を落とし、落ちた反動で体をよじって別の魔物に斬りつけた。
「何て。ドルドレンは素敵なの」
ぼーっと見惚れる格好良さ。かつて子供心に憧れた、ジャッ○ー・チェンさながらの身体能力に、イーアンは心が溶ける。
もう、強くて&格好良くて&優しくて&頼り甲斐があって&真面目で&生活も安定していて&夜も強くて(やり過ぎ厳禁)・・・・・ そんな伴侶は最高である。実に最高の伴侶。龍の上で魂が出てるホワワのイーアンは、伴侶の無駄のない強さを讃えるのみ。
気がつけば、ドルドレンは。魔物の群れの僅かを残すのみとなるまで、斬り捨てていた。 素敵~っ イーアンの声援が届いたのか、ドルドレンはちょっと上を見て微笑む。イーアンは、くらっとして落ちそうになるのを耐えた。
「もう終わっちゃいそうです。ドルドレン一人で済んでしまった」
私たち、出番なかったわねぇとミンティンに呟く。ミンティンもじっとドルドレンを見て、そうねといった感じ。
暫くすると、本当にドルドレンが全部を片付けて終わる。最後の一頭も、結局ドルドレンが振り上げた剣で真っ二つになって倒れた。
「素晴らしい強さです。お見事」
イーアンが拍手しようとしたその時、ドルドレンの横に何かが動いた。イーアンが見つけたより早く、ミンティンが急降下して反応する。『ドルドレン避けて』叫ぶイーアンの声に、反射的にドルドレンは飛びのいた。
横の森から、ミンティンの半分くらいの大きさの昆虫もどきが飛び出す。ドルドレンに腕を伸ばして引っ掛ける寸前、ドルドレンは逃げ、ミンティンが突っ込み、丸太を倒すような音を立ててその腕をもぎ取った。
食いちぎってもぎ取った腕を吐き捨てた龍は、そのまま先へ飛び抜ける。背後で軋むような奇妙な音がして、何かがドンと振動を立てた。
イーアンが振り向くと、昆虫もどきが自分たちの真後ろに飛んでいた。タガメと肉食獣のハーフみたいな魔物は、青黒いギラギラした体に中途半端に毛が生えている。『何これ』振り向いた目を丸くして、イーアンは驚いた。
「イーアン!!」
ドルドレンは見上げて叫ぶ。既に自分の跳躍では届かない高さの龍と魔物。『イーアン、そいつは飛んでるっ』飛び上がったのではなく、飛び続けている魔物。
飛び続ける龍と魔物を追って、ドルドレンは全力で走り出す。町へ向かっている。『まずいぞ、町だ!先に町がある、イーアン!』追われるミンティンは気がついているだろうが、とドルドレンは焦る。
真後ろで、ミンティンの尾に向かって、横に開く口を開けた魔物。その口の中から鉤のついた長い舌が伸び、ミンティンの尾に刺さりそうになる。ミンティンは気がついたようで旋回し、それを避けた。すぐにまた魔物の片腕が、風を切る音と共に鎌のそれと同じ動きで振り出される。ミンティンの尾の鰭が引っかかるが、ミンティンは怪我をしなかった。
ただ。その攻撃に、ミンティンはめちゃめちゃ怒った。大鐘が割れるような声で吼える。
怒る龍は森を凍らせると思い出し、イーアンは急いで体の向きを変えて、ミンティンの背鰭を掴む。『このまま加速して』叫んで伝えると、吼えたミンティンは、ガッと勢いを上げて魔物を引き離した。
「立ちます。支えて下さい」
股が痛い。でもそんなこと言ってる場合ではない。いててと呻きながら、大急ぎで背に立ち上がる。龍の背鰭がイーアンの胴体をぐるぐるっと巻きつけて、がっちり固定された。
「剣を使います。背鰭を切りはしないでしょうが、私、剣は上手くないの。気をつけて」
ピンクの玉虫毛皮を翻し、イーアンは白い剣を抜く。イーアンの剣を抜いた音を聞いて、ミンティンは加速を増す。剣を構えてイーアンはお願いする。『真っ向から斬りつけます。この前みたいに、腹の下を飛んで抜けて』ミンティンが吼える。
「多分、下から斬ったら、また上からも斬らないと刃が届かないでしょう」
大きく息を吐き出し、町の上近くまできたのを見て『引き返して』と叫ぶ。ミンティンの角度がぐるんとヘアピンに動き、そのまま猛烈な勢いで魔物に向かって突っ込む。鎌のような片腕が真横にビュッと音を立て、イーアンは覚悟を決めた。
ミンティンは鎌の腕が振るわれる真下へ突っ込んだ。イーアンは振り落とされる鎌を薙ぎ払い、飛んできた鎌に急いで頭を屈め、剣を真上にある魔物の腹に突き上げる。
硬っ! 硬いっ 剣が持っていかれそうになるのを、目一杯握り締めて気合を入れて切り裂く。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああっっっ!!!」
ガキンと金属のような音がして、まさか剣が折れたのではと焦る。違う。魔物のケツまで切り抜いたと分かる(※既に素)。
ミンティンは次の行動に出る。腹を縦に割かれた魔物が揺らぐ。龍は急回転してイーアンは宙吊り状態、ミンティンも逆さで飛び抜ける。そのままの体勢で、イーアンは目の前に来た魔物のケツ(もうケツでいい)に剣を突き刺し、魔物の上から、さらに硬い羽を繋ぐ甲も切り裂く。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!! いてえっ硬えんだよっ! バカやろうっっ」
魔物のあまりの硬さにキレるイーアン。手袋をしていない手が血を出す。『皮剥けたぞ、ちきしょう』殺すとブチ切れる(←もう殺してる)。それでも頭を取るまで絶対に剣を離さず、『どらっ』の一声で剣を振り切った。
切り裂かれた魔物が落下する。足がまだ動いている魔物の落下する先は。
「ミンティン、撥ね飛ばして!」
真下に町が。片方は壁の外、もう片方が町の壁の中と分かり、イーアンは焦って叫んだ。
既に町の人はこの状況を見て騒いでいる。ミンティンは高速に切り替えて、背中のイーアンをぎゅうぎゅうに背鰭で巻いたまま、ぐるっと旋回して、壁のすぐ近くまで落下した魔物を突き飛ばした。
ばがんっ 前の世界で言えば車でも横転するような音を立てて、魔物は森の中に落ちた。ぎりぎりで魔物の体を飛ばし、ミンティンは真上へ急上昇する。
遠ざかる地上に目を移せば、道の向こうに走ってくるドルドレンが見える。『置いてきてごめんね』呟くイーアンは、両手の剣を離せなかった。力を出し切って震える手の、その皮が剥けてるのを見るのが嫌だった。
急上昇したミンティンは空中で体勢を立て直し、膝の笑うイーアン(股もイタイ)を立たせたまま、今度はゆっくりと地上に降りてきた。
「イーアン!」
駆け寄るドルドレン。降りてくるミンティンの背中に固定されたまま立つ、剣を握り締める愛妻(※未婚)の手から落ちる赤い雫に目を見開く。『手が』ドルドレンはミンティンが降り立つ前に飛び乗って、イーアンの背中からイーアンを抱える。背鰭が解かれた途端、膝が笑ってるイーアンは崩れ落ちた。
「イーアン、イーアン。このまま、あの場所へ行こう。ミンティン、分かるか?谷の向こうのもう一つの石像の」
町から人々が歓声を上げて走ってくる中、ミンティンは慌しく浮上する。ドルドレンが背中から支える状態で、イーアンは剣を持ったまま、ドルドレンの腕の中に寄りかかった。
「この手では大変だ。こういう時は使おう、な。俺の頼みだと思って」
「はい。そうします。すごく痛い・・・・・ 」
ちょっと涙目のイーアン。ヒリヒリが半端ない。見たくもなけりゃ、ちょっとでもこれ以上痛いのも嫌。
震える腕をドルドレンは支え、愛妻の頭にずっとキスを続ける。『よく頑張った。すごいぞ、すごい。初めて見たが、あんな戦い方するのか。あれじゃ英雄だ。イオライセオダで英雄扱いされるのは仕方ない』可哀相な愛妻の両手に、ドルドレンも泣きそうになりながら、とにかくすごかったと励ました。
「ドルドレンもすごかったです。本当にカッコ良くて」
鼻をすすって、涙目でイーアンは伴侶の格好良さを讃える。ドルドレンも微笑んでお礼を言って、『でも奥さんの方が派手だ』とちょっと笑った。
治癒場は(※254話)龍で飛んですぐの場所だったので、ドルドレンは木々のぽかっと開いた場所に降りた龍をそのまま、イーアンを抱いて地面に降りる。石像が立っているのを見つめてから『行くよ』とイーアンに声をかけた。愛妻は剣を持っているので、気をつけないと怪我をする。
剣が薮に引っかかると、痛む手に愛妻がぎゃあぎゃあ言うので、宥めながら、ドルドレンはゆっくり気をつけて進み、洞穴の階段を下りた。
刳り貫かれたような部屋に出て、急いでイーアンを白い祭壇に連れて行く。そっとイーアンを下ろして、行っておいでと背中を押した。
イーアンは剣を両手に持ち、震える足をゆっくり動かしながら、青い光の中へ入った。
青い光の中に、銀色の煙がふわーっと立ち上ってその体を包む。剣も、魔物の上着も、イーアンの体も、最初に包んだ時よりも多くの銀色の煙が、全てを隈なく包んでいた。
イーアンの顔から苦痛の表情が取れる。白い剣はふんわりと真っ白の光を放ち、剣身の真ん中に何か文字が浮かんだ。ピンクの玉虫も透けるように輝いたと思ったら、太陽の下の雪を思わせる白銀色に変わった。
「イーアン。大丈夫か」
「ドルドレン。大丈夫です」
煙が静まったので、イーアンはすぐに出てきた。出てすぐ、振り返って青い光に感謝の祈りを捧げる。
それから祭壇の上にそっと剣を置いた。ドルドレンが急いで彼女の両手を見ると、皮膚は元通りになっていた。剣に付いた血も消えていた。『あの部分も痛くないです』小声でイーアンが囁くと、ドルドレンはちょっと顔を赤くした。
白い剣は、剣身の真ん中に見慣れない文字がすーっと並んだまま、光は収まっていた。羽毛上着は白銀色に変わった状態だった。
ドルドレンはイーアンを抱き寄せて、『良かった』と安堵した。イーアンも『有難う』とお礼を言って抱き締めた。剣を鞘に戻し、二人はミンティンに乗って町へ戻った。
お読み頂き有難うございます。
 




