355. 飛び入り朝の運動
民宿での朝はゆっくり始まる。ドルドレンは先に目を覚まし、横に眠る大事な愛妻(※未婚)を見つめた。
黒い螺旋を描く髪が、枕に豊かに波打って広がり、微動だにせずに瞼を閉じた顔は、美術品の彫刻のようだ。そんなイーアンに、はぁぁぁと溜め息をつき、うっとり見惚れるドルドレン。そーっと瞼にキスして、髪を撫でる。
――毎日疲れてるからな(※昨晩燃え過ぎ)。ゆっくり寝かせてあげよう(※途中でイーアンの意識が飛んだ)。
しかし。ベッドが広いと、こんなに良いものなのか。イーアンをひっくり返そうが押し倒そうが回そうが(※扱いがアクロバット)ベッドが広いと自由自在だ。支部のベッドでは、いつ頭を打つか分からないから、遠慮していた行為もガンガン出来てしまった(※これによってイーアンは力尽きた)。
これを参考に、新居のベッドはデカくせねば。うむ。ベッドの購入先なども調べよう。今夜もここに、泊まった方が良いかもしれない。叔父夫婦も公認の夜の営みだ。
・・・・・どちらかと言うと、せっせと励めとでも言われているような気がしたな。きっと、イーアンのお腹が丸くなるのを期待しているのだろう。
次はザッカリアでも連れて来るか。ちょっと育っちゃって、でかいけど(※考えることがジジイと同じ)。でもまあ。孫っぽければ、叔母さんは喜ぶ気がする。
ん。そうすると。スウィーニーの影が薄れかねんな。甥っ子の立場が、砂の城のように儚く削れているのか、今。スウィーニーも意中の女性がいると言うのに、その女性にも相手にされず。気の毒な気もするなぁ――
スウィーニーを励ます会でも開催するかと(←落としてるのは自分たち)考えていると、愛妻が苦しそうな呻き声と共に目を覚ます。『体が』一声落として、再び瞼を閉じた。
「日々疲れている。疲れが一気に出たのだろう。もう少し休んでおいで(←この人のせい)」
「ドルドレン。お願いがあります」
「何だ。どうした。朝食を運ぶか」
返答に『今日はしないで寝ましょう』と告げられる。ドルドレンはちょっと瞬きしてから、そっと愛妻の頬にキスをして、キスしたままで囁く。
「今日は、少しにしような」
「しません」
無理よムリムリ、低い声で唸るイーアンは苦しそう。体が壊れたら大変とぼやかれ『ドルドレンは激しいのです』お分かり?との戒めが降ってきた。
何となく。朝からお説教を食らいそうな雰囲気になってきたのに感づいたドルドレンは、咳払いをしてから『ちょっと下へ。朝食の時間を聞きに行く』と断り、着替えてそそくさ逃げ出した。
階下へ行くと、玄関で叔母さんと誰かが喋っている所だった。叔母さんはちらっと、階段を下りてきたドルドレンを見て『おはよう。良いところに来たわ』と笑顔で挨拶した。
叔母さんがずれたので、その広い背中に隠れて見えなかった人物と、ドルドレンは目が合う。華奢な金髪の女性で、彼女の背後には、頭一つ分彼女より背丈のある男性が立っていた。
女性はドルドレンを見て、顔の良さに少し驚いたようだったが、同じように感じた後ろの男性に、すぐ腕を回されて、女性は微笑みを向けた。
「総長さん。あのね、この子はエイデルっていうのよ。イーアンの友達にと思って、紹介したかった子で。でもまだ眠ってるのかしら」
ドルドレンはそうだと答えた。叔母さんは頷いて、笑顔に少し緊張を含めながら話を続ける。
「あの。総長さんもイーアンも休みって聞いたからね。こんなこと言うのも、いけないかもしれないけれど。森の道で魔物がいたみたいで」
「魔物」
ドルドレンの眉根がすっと寄ったのを見た、エイデルと男性は落ち着きを保ったまま、でもどこか不安そうに叔母さんの言葉を繋ぐ。
「はじめまして。私はエイデル・フィッテです。彼はマキシ・アダッジェン。昨日の夕方。私たちが通った道に魔物がいました。馬車でしたし、町もすぐの距離だったので無事でした。町に入ってすぐ、憲兵に言いましたが、騎士修道会が来るまでは、退治は出来ないと」
「ってことなのよ。さっきもね。この子が来る前なんだけど、通りを掃除していたら。やっぱり近所さんから、昨晩に魔物が出た話を聞いたのよ。被害は出てないものの、心配だわ」
この子もマキシも、これから北のイーヴィーアイルまで、行かないといけないのにと、叔母さんは首を振って溜め息をついた。
「これから。ということは、もう出ようとしているということか」
「はい。はじめまして。僕はマキシ・アダッジェンといいます。彼女の婚約者で、昨日は彼女の実家に挨拶に来たんです。今日は僕の実家に行こうと決めていたのですが、昨日、魔物を見てしまったので、危険と知っては身動きが取れなくて」
護衛でも雇えれば良いのですがと、マキシは濁す。エイデルは『良いのよ』と彼の腕に手を置いた。護衛は高くつくし、民間の護衛は相場が言い値と聞いている。ドルドレンは、彼らがお金を気にしているのは分かった。
「今すぐといわれても無理だが。ちょっとイーアンに相談してくる」
それだけ告げると、彼らの反応を見ないで部屋へ駆け上がった。せっかくイーアンを休ませたかったのに。ドルドレンも引き受けたいとは思えなかったが、目の前で困っている人を放置も出来ない。
扉を開けて、部屋に入る。イーアンはうんうん唸っていた。
さすがに激しかったのかと(無論)ちょびっと反省するドルドレン。こんな状態で(※誰のせい)動かすのもなぁと思いつつ。
「イーアン。すまないが、相談したいことがある」
「はい。いかがしましたか」
伴侶の声色から、イーアンは何かあったのかと目を開ける。辛そうな鳶色の瞳に、やっぱり申し訳なさが募るドルドレンは、ちゅーっとおでこにキスをしてから話をした。
「大変です。行きましょう」
「イーアンならそう言うと思った。でも。その。俺の。あの。体がほら。昨日な。ちょっとやり過ぎ」
「言わないで結構です。痛みますけれど、これを理由に退治に出られないなんて、そんなこと誰にも言えません。痛み止めでもお薬を頂きます。私は着替えますので、お薬を頂いてきて下さい」
うん、と頷いて、ドルドレンは急いで痛み止めを取りに行った。命令には従う。だってやり過ぎたから。
広間に入った叔母さんと二人がいる所で、叔母さんを呼んで痛み止めの薬をくれと頼んだ。叔母さんはイーアンが具合が悪いと勘違いして『医者』と言いかけたが、ドルドレンが即否定した。
「ちょっとな。昨晩のが体に堪えた」
叔母さんはニタッと一瞬笑った気がしたが、すぐに痛み止めを出してくれた。そしてドルドレンに『今日は止めておきなさい』と忠告した。ドルドレンは目を反らし、礼を言って部屋に戻った。
部屋に戻ると、既にイーアンは着替えていた。そして、乱れたベッドをきちんと戻して座っていた。まるで何事もなかったかのように、不自然なほどベッドはぴしっとしていた。
「イーアン。薬だよ」
水差しの水と薬を渡し、イーアンに飲ませる。ドルドレンは叔母さんにも今夜は止められたと話す。イーアンが水を噴きそうになって慌てていた。
『言ったんですか』鳶色の瞳に睨まれて、怯える伴侶。『だって医者呼ぶって言うから』言い訳すると、もの凄い長い溜め息を吐かれた。お前にはがっかりだ!とでも言うような長い溜息に、ドルドレンはしょげる。
「まぁ良いでしょう。止むを得ません。さて、行きますよ」
イーアンは剣と腰袋を下げて、ピンク玉虫の上着を羽織り、いててて言いながら腰を擦っていた。ドルドレンも剣を持ってクロークを羽織り、今日は愛妻の命令に従順であろうと肝に銘じ、二人は1階へ降りた。
ドルドレンとイーアンが広間に入ると、恋人の二人は立ち上がって会釈した。イーアンも会釈を返し、挨拶する。
「私はイーアンです。姓も名もこの一つです。彼と私がお役に立てますように」
「私はエイデルです、かれはマキシ。イーアン。どうぞ私たちも名前で覚えて下さい。朝早くから申し訳ありません」
感じの良い女性に、イーアンは嬉しくなった。後ろの男性はイーアンの風貌と名が一つであることに、一瞬戸惑ったようだったが、エイデルが名前だけを名乗ったことで、イーアンの顔に笑顔が浮かんだのを見て、彼も微笑んだ。
「魔物に遭ってもご無事で良かった。どこにいたのか、教えて頂けますか」
イーアンの質問には、マキシが答える。現地までの距離と、どんな魔物だったのかをすぐに説明した。『少ししか見ていないので恐縮ですが』そう言いながら、イーアンの腰の剣をちょっと見た。『あなたも。戦われるのですか』女性にそんな怖い目を、とマキシは困ったように呟く。
「大丈夫だ。彼女は場馴れしている」
ドルドレンがマキシにちょっと笑った。イーアンも少しだけ微笑んでから、伴侶を見上げて『場所が分かりますか』と訊ねた。ドルドレンは頷き、手前の森の中だろうと見当を付けた。
「イーアン。体に気をつけてね」
叔母さんが余計な気遣いをしたので、イーアンは強張る笑顔を返して、振り向きざま伴侶に目を見開く。目で訴えられる怒りに、恐怖でアソコが縮み上がるドルドレンは、静かに目を瞑って避けた。
二人は朝食を取る間もなく、魔物を退治にそのまま外へ出た。
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