354. 剣工房の会議
この夜。イオライセオダの職人会議があった。
イオライセオダの町は昔、20軒以上の剣工房があったが、西の壁の魔物騒動で工房を閉じる職人もいて、現在は5軒。
イオライセオダ剣工房と、アーエイカッダ工房は騎士修道会や個人、業者の取り扱いが中心で、他の3軒は王都直属騎士団の御用達が専ら仕事の内容。
会議は2ヶ月に一度、変化や報告などが主で、昔のように仕事を回し合う組合も必要ない規模だし、特に手の内を見せるようなこともない。残った5軒それぞれの剣工房で、客層が違うことが、組合不要の現在に至る理由。
ただハイザンジェルが、魔物という厄介な相手に衰退しているのもあり、ここ2年で収入は安定しない。その上、北東の剣工房が全て潰れた新着情報が来て、今回は自分たちの生業の行く末を話すことになった。
「北東の剣工房、最後の一軒どうした。粘ってただろう」
「北東と、東沿いにある2軒だ。兄弟が工房を持っていたんだよ。兄貴が東沿いだったかな。魔物にやられて腕がとか聞いたが。弟も齢だから、跡継ぎもいないとは知っていたけれど。兄貴が辞めるのを機に辞めた」
「腕やられたのか。じゃ、老体ではもう出来ないなぁ。鉱山でかな」
「いや、違う。鉱山は東の騎士修道会が年間で何度か回るから、そっちじゃないんだ。あそこは弓の、ほら、鏃も請け負ってたから。矢のための枝か。取りに行った時だったはずだ」
「矢も作ってたのか?弓工房でもないのに」
「代々、昔からやってるからさ。あっちは。弓本体は親戚かなんかの工房だろうけれど、矢は作ってやってたんじゃないのかな」
タンクラッドは腕を組んだまま、他の職人の話を黙って聞いていた。イーアンは鎧と剣を手に入れた。ということは弓も恐らく・・・話が進んでいるか、これからか。弓の話がイーアンから出たことがない。彼女は、弓矢のどの部分を魔物に変える気なのか。
他の職人たちは、夕食後なのもあって、寛ぎながらの情報交換に花を咲かせる。滅多に集まらないから、小さな町でも用がない場合はまず会話しない間柄。こんな時ばかりと話す年配の職人たちだった。
「だからな。そろそろ鏃はこっちに回ってきそうだなと思って」
「王都になかったかな。弓矢の工房は。何か1軒あったろう」
「随分前に畳んじゃったよ。王都じゃ買いに来ないって。よくあんな場所に出したもんだと思ったけど」
「そうだよ。王都の騎士団にうちも卸すけれどさ。最近は特注品が増えて、これ使うのかね?と思うような剣ばかりだよ。息子は面白がって作るけど、俺はああいうのばかりだと退屈だよ」
「金は持ってるからなぁ。騎士団は。実用しないと思うけど」
「儀式とかな。騎馬試合とか。試合用だよな、貴族の連中だし。本数は多いから、食いっぱぐれはないけどさ」
「お前のところは大丈夫なのか。うちは・・・あんまりだな。ここの所は、使い捨てみたいな剣を要求されてるから、安くて金にならないし、手間がかかるよ。演習の稽古が増えたんだって」
「稽古。いつ戦うんだろうなぁ。あの人たち戦う印象ないのになぁ」
騎士団御用達の工房の職人と、サージ(※親父さん)が話しながら、騎士団が戦わない部分で笑う。無表情で決め込むタンクラッドに、騎士団請負の職人が話を振った。
「ジョズリンの所は、最近あのお姉ちゃんがよく来てるな。龍が来るから目立って羨ましいよ」
「龍が目立つだけだ。依頼が魔物だから来るのは頻繁だ」
「北西の騎士修道会のお姉ちゃんだろ?この前、龍に乗って魔物退治した。ありゃ、おっかねえなあ。確かにあのお姉ちゃんなら、魔物倒すたんびにどんどん持ってきそうだ」
「怖くはない。イーアンは優しい。しかし彼女が魔物をどんどん倒す、それは正しい。魔物で剣を試作するのが俺の仕事だから、持込み相談は四六時中だな」
ちゃーんと『イーアン、四六時中来ます』を貼紙するタンクラッド。
こうしておけば、週に何度でも来て平気。毎日でも大丈夫。泊まったって良い。泊まってくれないけど。でも買い物も行ける。ちょっとデートも出来るかもしれない。外で仲良くしてても仕事だから問題ない。
ふと。自分でここまで喋って、そろそろかと気がついた。サージに向き直って相談する。サージも自分に視線を向けられたので、何となく予想がつく。
「試作して出来た剣を見せたい。素材の扱い方を教えるから、サージの所でもうそろそろ、剣を量産できないか」
「そうか。お前が良しという時にと、俺も思っていた。じゃ、始めるか。量産って言ったって100、200じゃないだろ?」
「違う。一つの魔物の素材で10~30程度だろう。だがとんでもないぞ。もともと生き物だったとは思えない奴等だ。絶対驚く」
タンクラッドがニヤッと笑う。サージは、イーアンにこの男を紹介して良かったと心から自分を誉めた。この男がいなかったら。自分一人では、とても彼女たちの力にはなれなかった。適材適所があるのだ。
タンクラッドは、異質とひらめきに強い職人だから、こだわり型。自分は量産型。サージはそれを理解していた。
「最初に作った総長の剣もそうだったな。俺が越えられなかった部分を、お前は翌日越えちまった」
「とんでもない剣が出来たが、何回も作れと言われたら飽きそうだ」
ハハハと笑うタンクラッドに、サージも頭に両手を置いて笑う。他の職人は二人の会話の聞き役になっていて、面白そうに目を細めていた。
「騎士修道会の剣は素朴かもしれないが、本当に必要な剣の意味があるから。そっちの仕事は楽しそうだな」
「あんまり金にはならないよ。儲かってるわけじゃないしな」
サージが笑顔で答えると、騎士団請負の老舗の職人は首を振って微笑んだ。『楽しそうだ。剣を鍛える楽しみがあるだろ』それが人生だとサージに教えた。サージも少し真顔になって頷いた。
「そういや。この前卸す時、引取りに来た業者の護衛に付いてた騎士がな。『魔物製の剣なんかあるのか』ってよ。俺は、知らねえよって答えたけど。珍しいものは金に糸目つけないから、そのうち聞きに来るかもな」
「使いもしない人間に、剣は作らん」
「そうだなぁ。あれは騎士修道会に卸す契約で作るから。自分で魔物でも倒して持ってくれば」
「持ち込まれても、俺は作らん」
サージとタンクラッドの返事は全否定。がっちり壁を積むタンクラッドに、サージは笑う。他の職人も頷きながら笑った。金で動く男じゃないのは有名だった。
「話を戻すけれど。鏃の注文が入ると面倒だな。個数がバカにならない上に、安いだろ?消耗品だから」
「鏃は小さいから面倒臭そうだな。騎士団がどこに話を持ってくかな」
「うちはムリだな。鏃はやらねぇよ」
「弓工房で誰かやってないのかね。親戚とかだったんだろ」
「弓は面識ほとんどないから、俺もよく知らんけれど。東と北東一帯は、ほとんど血縁だったようだし、誰かは作れそうだけどね。あっちの剣はそれなりに良いもの作っていたわけで、同じ金属で鏃だけ作れないってのも変だろうから」
イオライセオダは、ハイザンジェルから減り続ける人口と一緒に、昔からの工房が減るのも懸念していた。自分たちの分野以外のものを頼まれる日が来るのは嫌だった。
「うちは。請負が最近、稽古用の剣ばっかりになって、収入がちょっと怖いから・・・もしかしたらやるかも。やりたかねぇけど、背に腹は変えられないし。家族もこれで飯食ってるからな」
「ジョズリンはどうだ。珍しいもの作るって意味では」
「誰のでもというわけには行かない。それに元から、何百何千の数の製作は性に合わない」
「まぁそうか。ジョズリンはそういう請負は嫌だろうな。サージは」
「俺?セルメ(※弟)にも聞いてみるけど。俺は気が進まないね。騎士修道会も弓引きが結構いるから、頼まれる可能性は高いだろうな。騎士団の注文は絶対に受けない。嫌味な奴等なんだ」
「騎士団は実戦で使わないから、鏃じゃないだろう。何かこう、先にくっ付くのが玩具みたいなやつじゃないのか」
どっちみち作らないと、サージは嫌そうに笑った。貴族の玩具なんか作ってる場合じゃないんだよ、と呟く。
「じゃ。もし鏃の話が来たら、ゲルガンの工房に相談を回して良いか?」
老舗の職人が、『やるかも』と言った職人に尋ねる。ゲルガンと呼ばれた60代前半の職人は、頷いて『息子にも話すよ』と答えた。
「もしどうにも手が回らなかったら、俺の所でも協力するよ。北東で辞めた剣職人を呼んで、いろいろ聞いてみよう」
特注品で金回りは良いけれど、内容が退屈と話していた、60代半ばの職人が同情した。『俺の範囲だけどな。協力するから』言えよ、と肩を叩く。ゲルガンはお礼を言って頑張ると話した。
会議というには、座談会じみた会を終えて。
それぞれは帰宅する。夜空の星が瞬く冬の綺麗な空気に震えるサージと、平然としているタンクラッドは同じ方向。
「持ってくか。明日あたり。俺は今、西の自警団の剣を20本、作り始めたばかりなんだ。明日くらいなら、魔物の材料の扱い方を教えられる」
タンクラッドに相談されて、サージはうんと頷く。『良いだろう。俺も今週ならまだ。時間の融通が利く』ぐっと両腕を空に突き上げて伸びをするサージは、フフフと笑って続けて呟く。
「俺たちは面白い仕事に関わったんだな」
「そうだな。騎士修道会の方がまともだから、協力していただけなんだが」
「イーアンか。目の付け所が違うやつが入ってくると、思いも寄らない展開になるもんだ。で、それが女と来たよ。総長メロメロだからなぁ」
ワハハと笑うサージに、タンクラッドは笑い返さなかった。そうだなと棒読みで答えるのみ。そんなタンクラッドに、気がついているのか気がついていないのか。サージは言う。
「お前が独り身で良かったんだか。分からないな・・・イーアンは総長がいるから無理だけど、お前と似てるよ。もし結婚したとしても、彼女とならお前は気が合いそうだ」
「勿論だ」
「随分、ざっくり肯定したな」
「当たり前だ。気が合うんだから」
そうなんだーと棒読みするサージ。顔が無表情でタンクラッドの真意は分からない。イーアンを気に入ってるのは知っているが。この男の場合は表現が独特で、一般的ではない分、理解が難しい。
「以前の結婚生活は、こんなに笑ってる印象なかったな。お前は」
「若かったから。お互い好きで結婚したと思うが。すぐに、あっちは俺の話の比率が、仕事ばかりで嫌だと言い始めたし。俺も、結婚してすぐ相手が段々、生活が手抜きになってきたと感じてからは、あまり関わらないようにしてた。
俺は相手をよく理解してなかったんだろうし、相手も俺の関心のあることを、大して好きじゃなかったんだな。
子供は可愛がったつもりだった。だけど、女親が子供に俺の文句を言いながら、日々育ってたからな。俺に懐きもしないだろ。別れる直前なんて、ほぼ別居だった」
「どのくらいだったかな。お前の結婚生活」
「忘れた。10年くらいじゃないか。どうでもいいことだよ。今はイーアンがいるからな」
「今はイーアン。って。別に女房じゃないだろ。総長のイーアンだ。仕事の馬が合うってだけで、そんなに気に入ったのか」
「女房か。まあ、違うけれど。でも一緒にいる時間が長いと、楽しい。面白いし、イーアンは大きな犬みたいだ」
・・・・・大きな犬の意味が分からないサージ。思いついて、ちょっとうちで酒を飲まないかと誘ってみた。
タンクラッドは仕事があるからと断る。しつこくサージは誘い続け、30分だけサージの工房で酒を飲むことになった。
いつもイーアンが龍で来ては、長くいる様子だったり、どこかへ二人で出かけたり。で、大きな犬であるとか。一体、どんな具合で過ごしているのか、何となし話を聞けたらとサージは思った。
サージも離婚して独りなので、二人は独り者同士。サージの弟は娘と家に帰るから、工房は真っ暗。サージとタンクラッドの男2人は、中庭の星空の下で酒を飲む。
聞き出せば。茶を淹れるのは当たり前。料理は作ってくれるわ、遺跡の話はするわ、南まで買出しに付き合うわ、山脈に鉱石探しに行くわ、遠征で出かけた先の土産は持ってくるわ(※ちょっと違うけど大雑把に)。お守りまでくれたと言う。
こりゃ確かに、良く出来た大きな犬だなと、飼い主タンクラッドの打ち明け話に驚く。
「ほら」
タンクラッドの首から下がる鎖に、龍の歯が付いていた。『イーアンがお守りにくれた』嬉しそうに微笑む男に、サージはちょっと羨ましくなった。『それ希少価値高いな』触ろうとして避けられる。
「触って良いとは言っていない」
「ケチだな。お前。料理とかも、してもらってるんだろう?良いじゃないか、それ触るくらい」
「料理は上手い。遺跡の話もかなり上質だ。遠征先の土産も、一級品だしな。物作りも腕が良いし、知識が素晴らしい。イーアンが来ると飽きない」
「触っていいかどうかの話を流しやがって。でもお前の楽しみのほとんどを埋め尽くしている気がする、その行為・・・よく総長が怒鳴りこんで来ないもんだ」
「それはイーアンが止めてるんだ。説明をして。かなり不満そうな話を聞くけれど、怒鳴りこみはないな」
「料理はどうなんだ。ダメだろう、よその男の家で」
「そうなのか。イーアンはお礼だと言ってる。朝も昼も作ってくれるし、夜の分も作っておいてくれる」
「お前っ。それはダメだ。いや、俺が許さん。今度食べに行く」
「何でサージに許されないといけないんだ。イーアンの親切だ。本当に美味いものしか料理しないから、太るんじゃないかと心配されてしまうくらい、俺も食べ過ぎる。最近は食事が楽しみだ。・・・食べさせないがな」
食べたことのない珍しい料理を作ってくれて、これがまた美味くてとか、採石する雪山には弁当を毎日作ってくれた(←2日だけ)とか、この前は市場に早朝買出しに行ってとか。
イーアンは本当に可愛い犬みたいだ、とニコニコしながら饒舌に喋り捲るタンクラッド。羨ましい以外の何物でもない惚気話を聞かされるサージ。
聞いているうちに酒の味が分からなくなってきたので、もうお開きにしようと笑顔の消えた顔で言うと、タンクラッドはすっと立ち上がって『楽しかった』じゃあ明日と、笑顔を向けて帰って行った。
サージは思う。一人酒を注いで、星を眺めながら。
自分は再婚しなくても良いけど、気が合って料理が上手い女性と仲良くなりたいと。自分を大事にしてくれる大きな犬でもいい・・・・・ タンクラッドの話を聞かなきゃ良かったと後悔する、苦しい一人酒になってしまった。
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