353. 民宿の夜
ツィーレインに着く頃には、夕方前になっていた。町の外の森でミンティンを降ろし、お礼を言って今日は解散。
二人は街へ歩き、門を通る。歩きだと思われて許可証はナシ。夕方近い午後の町をゆっくり二人で歩いた。『お腹空いていますか』イーアンは伴侶に訊く。『何か食べたいか』ドルドレンが聞き返した。
「いいえ。午前にお酒も料理もたくさん頂いたので、私は夕食までは全然。でもドルドレンは先ほどブレズを食べていたし、ちょっと運動もしましたから。どうかしらと」
「大丈夫だ。叔母さんのところに行けば、たらふく食べさせてくれるだろう」
それもそうですねとイーアンが答え、二人は笑った。イーアンはふと、商店を見て立ち止まる。買い物をしても良いかと訊かれて、ドルドレンは、勿論だと答える。
「何買うの」
「叔母さんにお土産を渡したいから、包みたいのです。紙や箱・・・布でも良いのですが」
「そこに雑貨屋がある。見てみるか」
先にある店に出ている看板を見て、ドルドレンが指差す。二人は雑貨店に入り、石を包む手頃な箱を見つけた。値段は安いけれど、見た目がそう見えない。こうした品物は実に貴重。イーアンはそれを1つ購入した。
民宿に着く前に包みたいと思ったイーアンは、ドルドレンに立ち止まってもらう。『どうせなら、どこかで茶でも飲むか』喉も渇いただろうと言われ、イーアンは同意した。
「でもちょっと心配です。あなたは人目を引くので」
「イーアンも目立っている」
「私は誰も虜にしません。羽毛と顔が変わってるだけ。あなたは純粋にモテます」
「言い方が遠慮ないな。イーアンは結構それを気にしているな」
だって毎度のことですものと、イーアンはぼやく。ちょっとむくれる愛妻を見つめ、可愛いなぁと思う。だが怒らせては夜に響く(※これ大事)。
ドルドレンは少し考えて、購入してから表の席に座ろうかと。店員に運ばれる店じゃない場所を選んだ。どの道、店員に支払う時は顔を見せるが、そんなこと一瞬なので気にしない。
店の前で、ちゃんと人々に伝わるようにイーアンの頭にちゅーっと長めにキスをしてから、おでこにもちゅーっとしっかりキスしたドルドレン。さあどうだ、と誇らしげ(?)に愛妻の肩を抱いて店に入る。
店外でいちゃついた二人を見ていた店員は、若い女性だったが、何も反応しないように気をつけて、きちんと対応してくれた。
この店員さんは良い人なのかもしれないとイーアンは思った。支払いを済ませたドルドレンがお茶を盆に乗せて運ぶ。
イーアンは店員の女性に声をかけられ『私も彼氏にあそこまで堂々と好かれたいわ』と言われた。そうかー・・・と、おばちゃんイーアンは頷く。女性も眉根を寄せて頷き返す(?)。『なかなか、あんな人前でねぇ』と言われ、そうですねと答えた。でも一度自分からしてみたら?おばちゃんの助言。女性は恥ずかしそうに『うーん、そうね』ともじもじしていた。
頑張って、と励ましてから、イーアンはドルドレンの待つ席へ急いだ。
ドルドレンのおかげで、イーアンはゆっくりお土産を箱にしまうことが出来た。綺麗な箱に砂を払った宝石を入れて、蓋を被せて紐で結わく。『これだと受け取りやすいです』ね、と笑顔を向ける愛妻に、ドルドレンはホワッとする(※掏りの戦利品)。
「喜ぶだろうな」
お茶を飲んで少し話をして、そろそろ行こうかと席を立つ。店員の女性をちらっと見ると、向こうも気にしてくれていてイーアンを見て笑った。
民宿に入ると、扉を開けたところに叔母さんがいて、魔物並みの雄叫びを上げてイーアンを出迎えた。ドルドレンは反射的に剣に手を伸ばしかけたが、これは人間と理性で止めた。
「どうしたの。急に来るなんて。休みでも取れた?泊まるのよね」
「はい。今日は泊まりたいと思います。お部屋は空いていますか」
「空けるわよ。満室でも追い出すから大丈夫よ」
不穏な言葉を叔母さんは『いやだ、当たり前でしょう』と手を振りながら笑って吐く。ドルドレンは二人を同じ部屋にしてもらうように伝え、自分たちは今年結婚するとも伝えた。イーアンは突然のその言葉に驚いて振り向いた。叔母さんは大喜び。
「え゛ーーーっっ!!結婚っ!んまー、これはお祝いしなきゃっ。どうしましょう。準備がこの時間じゃ出来ないわよ」
「今日ではない。落ち着いてもらいたい。今日ではないのだ。今年だ。結婚するから、同室で問題ないだろうと言いたかった。以前は、不自然に思えただろうから」
叔母さんは聞いてるのか聞いていないのか。とにかく喜んでイーアンを抱き締め、ドルドレンの腕をバンバン力強く叩き、目出度いと騒いでいた。
叔父さんを呼びつけて部屋を用意させ、ベッドをくっつけて置くようにと、余計な計らいを、公衆の面前で大声で命令していた。恥ずかしいので俯くイーアン。ドルドレンも少し恥ずかしかったが、それはそれで夜が楽しみなので満足。
食事を急いで、今日は少しでも豪華なのを作るから待っていてと叔母さんが部屋へ押す。
叔父さんは部屋の準備に2分前に上がったばかり。イーアンは叔父さんが慌てては気の毒と思い、振り返って叔母さんに言う。
「これ。各地を回った時に(←さっきだけど)手に入ったものです。お土産に持ちました」
宝石を入れた箱を差し出すと、叔母さんは目を丸くして、小さな綺麗な箱とイーアンを見てから、イーアンを押しつぶす勢いで抱き締める。
「あんたは!どうしてそう気を遣ってくれるの。いいのにぃ」
ああ、スウィーニーじゃ、こうはいかないわねえっ!!あの子は気が利かないから・・・文句なのか、喜びなのか。分からない言葉をボロボロ出しながら、叔母さんは感激して『開けても良い?』と言いつつ許可を得ずに開ける。そして絶叫を上げる。ぴくっとドルドレンの手が剣に動くが、理性で魔物ではないと押さえる。
「これ!あんた、宝石じゃないの。どうしたの、こんなの駄目よ。受け取れないわ、こんなに高価なものをお土産なんて」
「違うの。そうではありません。遺跡を回ることもあります。私は歴史のものが好きで集めます。これはその一つで、だから」
「買っていないということ?」
そうです、それに安全ですとイーアンは笑顔で伝える。イーアンには分かっていた。
自分ではないけれど、自分と似た人が、かつてこうした装飾品を人々にも渡せるようにしたのではないかということを。自分ならそうする。だから呪いとか、そうしたものはないと心のどこかが知っていた。
叔母さんは頭を振り振り、イーアンの背中に手を回し、イーアンの頬にキスをする。
「あんたは本当に優しいのね。それに遺跡が好きなんて。頭の良い子だと思っていたけど、本当に学者にでもなれば良かったのに。これ、じゃあ頂くわ。有難う。大事にするからね。もう家宝よ、家宝。スウィーニーに見せてやらなきゃ。お前もこれを見習えって」
それはしなくても・・・イーアンは思う。スウィーニーの比較のためではない。でも叔母さんは、感動してくれた様子で、家宝家宝と呟きながら、イーアンの結婚祝いに料理を作るからと張り切って台所に引っ込んだ。
「ちょっと涙ぐんでいたな」
「そんな気がしました。お子さんがいらっしゃらないようなので、きっと娘のように」
「いや。ずっとそうだったろう。イーアン、今頃自覚したのか」
「自覚。そうですね。娘みたいとは言われたから、そうかなと思っていましたが。思い上がりは良くありません」
ドルドレンに肩を引き寄せられて階段を上がると、笑顔の叔父さんが丁度、部屋の支度を終えて出てきた。
「結婚するんだね。おめでとう!!今日は楽しんでくれ」
楽しめと言われたイーアンは、赤くなって頷く。楽しめとは、夜だろうと思うと。叔父さんを見れないので、ドルドレンの体に顔を付ける。
ドルドレンが『楽しもう。有難う』と労ったのを聞いて、ちょっと笑うが、叔父さんは驚いたのか『すみません、有難う』とよく分からない返事をした。
部屋に入って。荷物を下ろし、イーアンは上着を脱ぐ。今日は下着しか変えられないなぁと思いつつ、お風呂に早めに入ることにした。ドルドレンが番をするということで、お風呂の時間。
出てきて交代でドルドレンがお風呂。ブラウス一枚のイーアンはドルドレンに抱えられて部屋に押し込まれ、そこで伴侶を待つ。
イーアンは、砂浜で見た三角形の石を写した紙を、腰袋から取り出し、2台くっ付いたベッドに座ってそれを見つめた。
以前の世界で。キャップストーンというものがあったのを思い出していた。ピラミッドの一番上の部分。あの動かなさから、もしかしてそうした類かと思い、とりあえず文字なのか何なのか。それだけでも写そうと擦りつけた。
「これはタンクラッドに見てもらうか、シャンガマックか。彼らなら読めるかもしれない」
見るからに文字のよう。ただ、自分が習っている文字ではない。そうであれば、ドルドレンが読んでいたはずだった。
ベッドに仰向けに横になって、紙を天井の明かりに透かして見つめる。文字。読めればなぁと毎回思う。
扉が開いて、気がつくとドルドレンが風呂から上がって入ってきた。『鍵も閉めないで』と注意されたが、イーアンが横になっているので、急いでベッドに倒れこんだ伴侶。
「がっついてはいけません」
「だって。もうそういうの、ここで大丈夫だから」
でもダメ、とイーアンは伴侶の貼り付きを止める。既に貼り付いて、イーアンの服を脱がせにかかっていた。『良いと思う』『お夕食前です。いけません』そうでしょ、と言われて、興奮済みのドルドレンはぶーぶー文句を言う。
「夜ね。夕食が済んだら。これをまず見て下さい」
「やだ」
なんで、と笑って訊くイーアンに、ふてくされるドルドレンは『今日は休みだから』と正当な答えを言う。
それにはそうかと思うイーアン。でも清書はしたい。それをちょっと話すと。
「それくらいなら」
伴侶は妥協してくれた。部屋の机にある、備え付けのインクとペンでイーアンは別の紙にそれを写す。『これで合ってると思いますか』ドルドレンに見せてみて、違いを訊ねる。今見てほしい理由も言う。『早くしないと脂が全部に広がってしまうの』と伝えると、ドルドレンもひたすら調べてくれた。結果、大丈夫ではないかとなり、とりあえず清書は終わる。
「これで休日が戻ったな」
「そうですね。こうしたことを考えないように、せっかく休みを取って下さったのですものね」
柔らかな愛妻の体を抱き締て、ドルドレンはゆっくりキスをする。お風呂上りで丁度良い。じっくりキスして、そのまま手を動かして・・・止められる。
同じタイミングで『お食事ですよ』と階下から声がかかり、イーアンはちょっと笑って衣服を着た。
「行きましょう。お食事を食べて」
「はーっ。もう。食事が済んだらすぐだ」
何て言い方をするの、とイーアンに笑われて、ドルドレンはぶつくさ言いながら、腕を引っ張られて食事に下りた。
叔母さんは短い時間でたくさん料理を作っていた。二人にこれほど提供して大丈夫かと思うくらい、皿の数がある。食べきれないような気がして、それを叔母さんに控えめに伝える。
「残しても良いのよ。でもほら。夜も頑張るから」
そこに意識が集中している年配の二人に、イーアンは答えられずに黙る。ドルドレンは、残した食事は包んで部屋に持ち帰らせてくれと頼んでいた。合間に腹が減るからと言うと、叔母さんは大喜びだった。
非常に緊張した状態で、イーアンは少しずつ食べた。美味しいのだけど、台所から見ている叔父夫婦の視線が恥ずかしくて仕方ないから、寛いで味わえない。
この年で、性欲の行く末を気にかけられるとは。それも自分より年上の人に・・・・・ ドルドレンは気にせずにムシャムシャ食べて、本当に一食分だけ残すと、叔父さんを呼んで(※台所から見張っていた)料理を包んでもらった。
叔父さんは笑顔で料理を持たせ、食事のお礼を言って広間を出ようとするイーアンには『頑張ってね!』と声をかけた。叔母さんも出てきて『孫の顔が楽しみ』と言われた。孫は無理でしょうと思うものの、何も言えず、恥じらいながら退散した。
部屋に戻ると。やる気満々の伴侶がさっさと鍵をかけて明かりを消した。
「食事の後だ」
「そうです。夕食は済みました」
「イーアン」
ばさっと服を脱がされて、逞しい体が覆い被さってくる。本当に頑張るのかと訊く。いつも充分頑張っていますよと前置きをしてみたが、『励まされたのだ。頑張るのは、応援の気持ちに応えることにもなる』とか何とか、叔父夫婦という味方の思いも受け取って、伴侶は燃えていた。
イーアンも観念して。今夜は休みだからと頑張ることにした。
お読み頂き有難うございます。




