351. 海神の女
ドルドレンとイーアンは、漁師のオジョルの家で午後まで過ごした。酒をもらって料理を食べて、思いがけず歓待を受けた二人。
どうして龍が来たのかと思ったと、二人の登場に驚いたことを話すオジョル。これに対し『イーアンは龍に乗る』と普通にドルドレンが答えた。
オジョルに言われるまで他の家族は、二人が船で来たと思っていたから目を丸くする。ドルドレンとイーアンを見ながら『龍』の言葉を繰り返して、なぜどうしてを聞きたがった。
「なぜかと言われても。イーアンは龍と一緒だとしか言えない。他の説明はあるか?」
イーアンに振るドルドレン。ええ~?素っ頓狂な声を上げるイーアン。そんな中途半端に振らないで下さいと悩む。漁師の家族がじーっと答えを待っているので、イーアンは腕組みして悩み続ける。
「そうですね。話せば長い経緯がありまして。何とお話して良いやら。龍が私を見つけてくれまして、それで私も嬉しかったので、受け入れたのが馴初めです」
「その辺にいる生き物じゃないでしょう」
オジョルの奥さんは眉を寄せて問い詰める。『何か特別な出来事があったでしょ』あったわよねえ?くらいの勢いで横に寄られ、イーアンはたじろぐ。
「出先で。たまたま会いました。確かにその辺にいません。私もあの仔以外は見たことありません」
「ということだ。イーアンにこれ以上訊いても、同じ答えが戻るだけだ。終わり」
ドルドレンが強制的に終わらせたので、奥さんは『もっと話してよ』と駄々を捏ねた。苦笑いするイーアンに、奥さんは『もうちょっとお酒飲む?』と酒を注いで、口を割らせようとしていた。
やり取りを見ていた息子夫婦は『龍なんて、いるんだね』などと半信半疑で顔が笑ってない。息子の方はイーアンの横顔を見つめて、何かを思い出そうとしているようだった。
それをお嫁さんが気が付いて、『あんまり他の女の人見ないでよ』と(※自分もドルドレンを見てた)注意した。息子は首を振って、そうじゃないと答える。
「あの。イーアンだっけ。あなたの表情を見てると、思い出すんですよ。祠の、ここから少し離れた無人島に祠があるんですが。その祠に、ちょっと、あなたを思い出させる像があって」
「うん?あれのことか。ウィハニの祠のか」
「そうそう。似てない?彼女の顔は、どこかで見たなと思ってたんだけど。どう見てもあの祠のさ」
「ウィハニの女でしょ。私もさっき、見て思ったのよ。だから『神様の国の人かな』って。あれは海神の女よね」
話が漁師の家族でどんどん進んでいく中、ドルドレンとイーアンは彼らの会話に集中する。何か次の導きが起こった気がして、二人とも神経が昂ぶる。
「海神の女って、他にもあったわね。どこだっけ。あんた、昔ほら、あそこ。ヨライデの一番こっち方の島が見えるところ。あの岬回りで大きい像があったとか話してたの、あれも海神のでしょ」
「岬周り?ああもしかして、あのことか。パッカルハンの島だろ。津波の後に出てきた」
「待て待て。話を分かるようにしてくれ。さっきから、地元じゃない俺たちには、全く分からん」
ドルドレンが勢いづく夫婦の話を遮って、説明を求める。『イーアンに似た像。一つじゃなくて、別の場所にもあって、それが海神の女と呼ばれてるのか』で、それが何だって?津波っていつだ、と質問する。
「悪い。忘れてた。そうだ、イーアンにちょっと似た感じの彫り物の像があるんだけどな。祠とか古い建造物に時々あるんだよ。ここからだと、息子が話したウィハニの祠が近いかな。
でも似てるような像は、多くはないけど見かけることもあって。印象的だったのが、ずっと向こうっ方だけど、もうヨライデが見えるくらい、先にある島にも。ただその島は昔はなかったんだ」
オジョルの話では、7年ほど前に津波が起きたことがあって、その津波の後が大変だったらしい。海の魚が津波前後で姿を消したり、地震が何度もあったりと、怖い思いをした話だった。
「津波の後だけど。島割りして各地の漁師が調べに出たんだよ。異常とかそうしたものを、細かい部分まで国が全部管理できないから、漁業組合に連絡が入って。
場所によっては、海があったところに島が出てきてたり、その逆があったり。隆起や陥没なのかなぁ。浅瀬が落ちてたりな。ずっと遠浅になるとか。その一つで、出てきた島が古い像とか・・・何だか遺跡みたいのがあったな。その、海から見える場所に大きな像があって、それもまた海神の女だった」
「そこの名前が・・・・・ 」
イーアンが伺うと、『パッカルハン』と息子が答えた。続けてお嫁さんが思い出したようで、旦那の続きを拾う。
「パッカルハンは、元々なかった場所に出てきた島だから、最初は地図と見比べたんだって。変な形で現れた島って噂だったのよ。何て言うかな。斜めなの、こんな感じで」
お嫁さんは、肘を立てて手を斜めに向けて見せた。『斜めだから、まだ沈んでるのかと皆が話していたの』そうよねと旦那に同意を求める。旦那も頷く。
「だけどあれからもう7年も経つのに、そのまんまだと聞いてる。遠いから、あんな場所まで船を回すことはないけれど。あの近くの漁師も、もう皆、町に引っ越してる年だよなぁ」
パッカルハンの現れた付近の島には、漁村が転々とあったらしいが、それはもう廃村じゃないかと漁師の親子は話していた。
ドルドレンは灰色の瞳を窓から見える海に向けて、暫く考えていた。お嫁さんはそんなドルドレンを見て『あー、やっぱりこういう男の人は、たまには見ないとねえ』と暢気にポヤポヤしていた。ドルドレンは無視。
お嫁さんの気楽な誉め言葉に笑うイーアンも、『海神の女』『ウィハニの祠』『パッカルハンの島の遺跡』の3つに気持ちが傾いていた。そんなイーアンを見ている息子は、龍に乗る女が石像にそっくりであることから、彼女のことを知りたい気持ちに駆られていた。
ドルドレンとイーアンはこの後、歓待のお礼を言って席を立つ。オジョルは、ドルドレンをドラガの墓に案内すると言って、一緒に外へ出た。
「また来てね。いつでも良いわよ」
オジョルの奥さんは二人に微笑む。息子夫婦も玄関まで見送ってくれて『近くまで来たら、今度は泊まって』と言ってくれた。
小さい子供が、イーアンを見つめて手を伸ばし、髪の毛に触りたがったので、イーアンはしゃがんで髪を触らせた。『龍なの、おばちゃんは龍なの』と真剣に聞かれ、イーアンは笑って首を振った。『違うわ。私は普通のおばさんです』小さい子の頭を撫でて、またねと挨拶した。
オジョルが案内してくれた道の先には、吹きっ晒しの丘があり、その丘には地面に沿うように大きな石が幾つも置いてあった。
「ここがドラガの墓だ。ヨリも一緒だ」
大きな平たい石に、車輪の模様が彫られていた。ドルドレンは跪いて、その車輪を撫でた。『ドラガは馬車の家族だった。船の家族を得た、最後まで馬車の家族だったんだ』独り言のように、もしくは土の下に眠るドラガに語るように。ドルドレンは車輪を指でそっとなぞって呟いた。
それからイーアンに腕を伸ばし、イーアンも横にしゃがませる。肩を抱き寄せて、石に向かって挨拶した。
「ドラガ。俺だよ。ドルドレンだ。今日はね。奥さんを連れてきたんだ。見てくれ、綺麗だろう。頭も良いんだ。イーアンっていうんだ。良い名前だと思わないか。俺は最高に幸せなんだ。本当に愛してるからだ。この人を本当はドラガに会わせたかった。ちょっと遅かったけどな。でもまた会いに来るよ」
ドルドレンの灰色の瞳が静かに濡れる。イーアンもちょっとホロッとくる。後ろに立つオジョルも、おんおん泣いている。
車輪をなぞった指をそのまま石に置いて、ドルドレンは石に口付けした。『ドラガが愛する人と永遠に幸せであるように』と立ち上がる。イーアンも微笑んで、その石に口付ける。『イーアンです。ドラガ。また会いに来ます』そして立ち上がった。
なぜか一番感動して泣いているオジョルに、うんうん頷かれながら、二人は少し涙に濡れた目を拭いた。
「覚えていてくれて有難う。そして迎えてくれて有難う。ジジイは健在だ。ジジイに今日の話をしよう」
「ドルドレン。イーアン。また来てくれ。いつでも待ってるよ。土の下でドラガは喜んでる。時々馬車の話をしていたから。まさかドルドレンが奥さんと会いに来るなんて思わなかっただろう。エンディミオンに宜しく」
ドルドレンがイーアンの背中を擦った。灰色の瞳がまだ少し潤んでいる。イーアンは微笑んで、ドラガの墓のある丘で笛を吹いてミンティンを呼んだ。
「ドラガが見ていたら、きっと喜んだ」
明るくなる空から、一頭の大きな青い龍が向かってくる姿に、ドルドレンは微笑む。『ドラガの名は、龍だから』イーアンの鳶色の瞳に微笑みかけて、その頭にキスをした。
ミンティンが来たのを見て、腰を抜かしそうになるオジョルを後ろに、二人はミンティンに乗る。
「また寄らせて下さい。楽しい時間を有難うございました!」
イーアンとドルドレンが手を振りながら浮上する、龍の姿を。船の男は御伽噺のような気持ちで見送った。
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