346. 数え歌・ハルテッドの説明
「暫く会ってなかった気がする。ショーリが来た時に顔見た感じ」
「そうですね。同じ建物にいるのに。私は朝から晩まで、出ていたりしました」
お茶を出しながら、イーアンは本題へ。休憩中ということなので、単刀直入に『数え歌のことなのです』と質問をする。ハルテッドもその内容を聞いて、ちょっと首を傾げる。
「 ・・・・・あのさ。こんなこと、訊いて良いのか分からないけど。イーアンは馬車の歌を調べてるの?この前もデラキソスに会いに行ったね」
「そうです。理由はすぐに話せないのですが、馬車の歌がとても大事なのです。それでこの歌を、この前も教えて頂いて」
「誰に」
イーアンは止まる。誰にという意味は、デラキソスではないとハルテッドは気がついたのだ。オレンジ色の瞳で不思議そうに見ている。
「あのう。私、たまたまマブスパールへ行きました。そこで」
「えっ。マブスパール?龍で行ったの?じゃ、エンディミオンか」
「ハルテッドは、彼がそこに住んでいると知っていたのですか」
「知ってるよ。私たちが馬車を降りた後は、少しマブスパールにいたんだよ。あの町に住み着いて、馬車長で生きてるヤツなんか、エンディミオンとズィールガルくらい。歌い手はエンディミオンだし」
「そうなのですか。ハルテッドたちは、こちらへ来る前はあの町にいたのですね」
「って、ちょっと。大丈夫だったの?何にもされなかった?一人で会ったの?」
イーアンは困って笑う。皆が同じ反応をする・・・・・ ドルドレンの親と祖父の印象って。
特に恐ろしいことはなかったこと、ドルドレンは一緒だったことも伝えると、ハルテッドは心配そうな顔で溜め息をついた。
「馬車歌に興味があるのは良いけれど。この前、デラキソスが来た時も、イーアンは家族だって皆が話していたしね。家族だからそれは良いんだよ。でも変態は危ないから」
「危ないのは分かりました。他の家族の男性は、私には一切関心を持たないでいてくれますが、あの二方は違うのですね。私も女性の枠に入っているみたいです」
「またそういうことを言う。イーアン、もうそういうの止めな。警戒心が薄いとね、ホントに襲われたら大変だよ」
気をつけます、とイーアンも自戒の念をこめて約束する。ハルテッドはイーアンが分かってなさそうで心配。
「で。なんだっけ。エンディミオンに教えてもらった歌の部分?訳してもらったの?」
「そうです。部分的に幾つか教えて頂いて。彼が教えられるところだけを抜粋していたので、私には、繋がりも前後の続きも分からないのです。その中に、似ている言い方があり、でも違うようで」
ハルテッドが『言ってみて』と促したので、イーアンは3と4の部分を話した。茶色い髪をかき上げたハルテッドは少し考えて、『前後。続きか。どうかな。そういうのと似たようなのは多いよ』と呟く。
「ごめんね。ちょっと細かく思い出してみてから答える。それで、あとは」
「今の歌詞ですが、冬から始まっています。順番は春から説明するのかと思っていたから」
「ああ・・・そこか」
これについてはハルテッドは答えられた。お茶を一口飲んで、少し微笑む。
「私ね。これイーアンのことだと思ってるよ。イーアンに会ってからだけどね」
「私」
そう、と笑顔を深めて、ハルテッドはイーアンを見つめる。もう一度、口に出して言ってご覧というので、イーアンは覚えている歌詞をハルテッドに教える。オレンジ色の瞳が優しい光を含む。
「ほら。『雨が去る頃、風吹く頃。春のような冬が来る』ってそうじゃん。イーアンが支部に来たのは、ハイザンジェルのその時期でしょ。冬場に、イーアンは春の兆しを持ってきたんだと思うんだよ。
イーアンに会うまでは、私も『冬が先?』とは思ってたけど。なんかね、イーアンのことかなって思ったらしっくり来たから。
次が『土に花満つ春が1。枝伸ばす夏も1度来る』で、これはさ。ただ春が花を咲かせるってことじゃないんだよ。この国が花を咲かせる最初の時って意味だ。夏もそうだよ。勢いがついて枝が伸びるでしょ?良いことが成長するんだよ。これはハイザンジェルのための歌だよね」
「ハルテッド・・・それでは。その、1の数字は」
「あんまり考えたくないけど。そうやってイーアンのことかなぁって思ってた時。1コ浮かんだのね。イーアンはこの国に、今魔物で何か生み出そうとしてるから、それが春と夏に上手く行って、秋にも上手く行くんだけど、そこで実ったら、その後いなくなっちゃうのかなって」
「ど。どうして? そんなふうに思える部分は数字にありますか」
「うーん。どうしてっていうと。分かんないんだけど。秋は2回じゃん。秋になって少しすると一回暑くなって、また秋になるでしょ。それで冬も長いし。少し暖かくなったなと思うとまた冬になるの、大体毎年3度はあるから。だから、これがイーアンのことを歌ってるなら、イーアンは2回目の秋にいなくなっちゃうのかって」
イーアンは頭がついていかない。彼の数字の捉え方もよく分からない。どうして自分のことだと思うのかも分からない。そして、どうしてハルテッドが『イーアンがいなくなるのは、2度目の秋』と言いきるのか。数字からそう感じるのか。
それに、漁師は海なのだし別の国では。数字の解釈は置いておいて、海についてを訪ねる。
「あのう。その、漁師の行は」
ああ~、気になる?と笑うハルテッド。初めて聞いたら海かと思うものねという。違うの?イーアンが訊くと、ハルテッドは綺麗な顔で微笑む。
「うん。だって、東の川は広いじゃん。あ。でもそっか。イーアンは行ったことないのか。東の川だよ、これは。東はね。大きい湖も幾つもあるし、漁師町もあるの。
馬車はぐるっと回るから、この国の全部の地域が入ってるんだよ。馬車より遠くに行ける船に惹かれて、船頭になるヤツも時々いる」
イーアンはこれには驚いた。確かに東の地は、隣の国のティヤーと繋がってるような、川魚とか海産物の貿易とか。そんな話はこれまでも聞いていたが。まさか、漁師が川とは。思いもしなかった。
ハルテッドは続ける。
「この『イーアンとか、ハイザンジェルだろうな』って歌はさ。『水の道往く冬の漁師』のところね。水の道は川のことだから。他の歌にも出てきて、ハイザンジェルの歌の時は、東を表現するのが水の道っていうこと多いんだよ。ティヤーも季節は同じ感じだけど、ティヤーの時は違う言葉が幾つもつく。
別の国のことを歌ってる歌詞もたくさんあって、それぞれ特徴があるからね。繋がりとか前後は、ちゃんと思い出さないと、適当なこと言えないけど。馬車の民って世界中にいて、それぞれが旅人だから、国外に出てくヤツもいるし、逆もある。持ち寄って出来た歌だから、どこの国ってそういう特徴は決まってるよ」
「なんて壮大な」
イーアンの驚きの声に、ハハハと笑うハルテッド。『そんな誉められるような歌だと思ったことない』と屈託ない笑顔を向ける。イーアンは急いで、ハルテッドも数え歌を全部知ってるのかと訊く。
「歌えるよ。でも訳せないの。この前も言ったけど、大体なら訳せるんだけど」
残念~・・・・・ 机に崩れ落ちるイーアン。ハルテッドなら、お祖父ちゃんより全然安全なのに~と、声に出すつもりもない魂の悔やみを、言葉に搾り出した。苦笑いするハルテッド。
「ありがとう。安全だと思ってくれて。ちょっと男として寂しいけど、安全な方が良いよね」
「もちろんですよ。安全第一です」
ひえ~ん。どうやっても、お祖父ちゃんに会いに行かねばならない辛さ。情けないイーアンの魂の声に同情しながら、ハルテッドはイーアンの横に行って、慰めながら背中を擦った。『ベルやドルにも訳し方がどうか、聞いてみよっか』ね、と励ましてくれた。
ハルテッドは休憩時間も終わるということで、『後で聞いてみる』と手を振って帰っていった。イーアンもお礼を言って、ハルテッドの背中を見送った。
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