345. 魔物の殻製の工具
支部に戻ろうと思ったイーアンは、工具を届けてしまおうと思い立ち、そのまま南へ向かった。ミンティンにお願いしたのが、イオライセオダを立ってすぐだったので、直行便で15分くらいで到着した。
「オークロイさん」
ご飯中かもと思いつつ、裏の扉を叩く。出てこない。
もう一度『オークロイ、イーアンです』と声をかけると、オークロイが出てきた。『さん付けだとな。業者かと思う』だから食事中は、ちょっと無視するという。それを聞いて笑うイーアン。時々さん付けで呼ぼうと、いたずら心に思う。
「イーアン。どうした。工具でも持ってきたのか」
少し中へ入るようにと促されて、イーアンはお邪魔する。食事時の訪問の失礼を謝って、すぐに工具を出して見せる。息子のガニエールも、もぐもぐしながら近づいてきて、父親と二人で新しい工具を手にとって調べた。
「すごいじゃないか。これがあの殻の魔物?」
「こんな色した刃物、見たことないよ」
二人は盛り上がり、ちょっと試そうと工房へ入って、何か切ったり突いたりしては、子供のようにわぁわぁ喜んでいる。
意識が完全に工具に向いているので、イーアンはご飯が冷めることが気になり始める。お昼を、と言ってみたが、オークロイ親子は笑顔一色で『ああ。いい、いい』とイーアンをあっさり振った。
タンクラッドに聞いていた説明を話し、代金は騎士修道会持ちであることを伝えて、一般工具の買い替えの請求について言いかけるが、それはもう支払われたと遮られた。この話も、新しい工具の興奮を前に、『分かった、うん。信用してるから』と適当で面倒臭そうだった。
二人は、魔物の殻で作られた工具に夢中になって、あれも切ってみよう、これも穴開けてみようと、工房に入ったままになっている。イーアンは楽しそうな親子に微笑んで、また近いうちに来ることを告げ、お暇した。
イーアンが支部に戻ると、お昼休みが丁度終わった後くらいの時間だった。タンクラッドとのお昼も早かったし、鎧工房には少ししかいなかったからなぁと、工房の時計を見る。
とりあえず暖炉に火を入れて、お茶用の水を火にかけた。それから執務室へ行くと、扉の動きに気がついたドルドレンが、こちらを見るなりすごい勢いでイーアンに飛びついた。
「今日は早くて良かった。でもあれ。何か。油と肉の匂いがする。あっちで作ったな」
そうよ、とイーアンは普通に答える。今日は市場で食材を買って下ごしらえし、その後工具の話とお祖父さんの話をして、それで昼食を作って夕食の分も作って、と一気に話すと伴侶は倒れかける。執務の騎士3人が笑う(※『はぁーっはっはっはー』的な高笑い)。
「イーアン。やり過ぎだ。親切が行き過ぎる。愛されたらどうする(※ギアッチ説教効果0)」
「でもタンクラッドが言っていました。騎士修道会は慈愛の会だから、孤独な剣職人にも賄いを作るって」
そういう立場もありですねとイーアンが笑顔で言うので、伴侶は全力で止めた。執務の騎士たちは、肯定する側に回っていた。『彼女は料理が好きだし、民間ウケも良いんだな』『炊き出しするのも、良いかも』とか暢気に話してる。
外野にイライラする部屋なので、ドルドレンはイーアンを連れて、一緒に工房へ。早く帰るようにと命令を背中に受ける総長は、足早に工房へ逃げた。
「そうでした。ドルドレンに聞かないといけないことがあります」
「また心臓を、止めかねないことではないだろうな」
もう、意地悪ねぇと笑うイーアンは、不服そうなドルドレンにお茶を出して、歌の話をした。タンクラッドが疑問に思った部分と、魔物の頭数のことだった。
「俺もジジイに聞かされて、歌詞を思い出してるくらいだからな。あの歌詞はあのままだぞ。でも前後は・・・分からないな。ハイルなら数え歌を歌うから覚えてるかも知れん」
ハルテッドは子守が好きだったから、子供たちによく歌って教えていたという。『後でハイルを呼んでおく』と伴侶は約束してくれた。
「で?もう一つが、魔物の退治した頭数か。あまり多い場合は数えていないし、水中や地中等の魔物も大雑把に計上してるからな。大した記録ではないかもしれないが。
執務室に過去の資料があるから、必須ということで、イーアンの要件を最優先して調べよう(←普段の業務をサボる)」
「ありがとうございます。忙しいのにごめんなさい。あまりお祖父さんに会わないでも、理解できないといけませんね」
――ジジイもだけど、タンクラッドもなと、伴侶は据わった目つきで愛妻(※未婚)を見る。ケロッとしてるけれど。この『ケロッ』の奥さんを誑かすタンクラッドの頭の良さが、一々ムカっ腹立つ。
何が『慈愛の会』だ。何が『孤独な剣職人』だ。好きで孤独のくせに、イーアンに優しくされてメロメロしやがって。慈愛の言葉、真に受けただろ、うちの奥さん。おかしなこと吹き込むなっ。
・・・・・にしてもなぁ。何でそう易々と、謎解きに知恵が回るんだ、あの男は。歌聴いて育った人間でも思いつかないことを、訳した言葉でアタリをつけるとは。
これは本当に気をつけないと、いつ奥さん攫うか分からん。うちの奥さんが好きそうなことばっか、知ってやがる。俺も勉強する必要が出てきてしまった。全く。本当に余計なことを(※勉強キライ)――
伴侶の顔が笑わないままなので、イーアンはちょっとだけ頬にちゅーっとしてあげた。タンクラッドへの不満を考えていたドルドレンは、急にキスされて少し嬉しくなる(※単純)。自分もイーアンにちゅーっとして、機嫌が完全に直った(楽)。
そしてこの直後。執務の騎士が迎えに来て、総長は再び機嫌を悪くしながら、彼らに連れて行かれた。
一人になったイーアンは、あまり進みの良くない作業を急ぐことにした。シャンガマックの手袋用の白い皮。これを早速、受け取った工具で切り出す。
「私も早く使ってみたかった。オークロイ親子が嬉しいの、すごく良く分かるもの」
どれどれ、とイーアンも笑顔でナイフを当てる。ナイフの形をお願いしたから、使いやすいのが大変助かる。握りは自分で彫刻しよう。このナイフは特注だし可愛がるんだからっ。ニコニコしながら、皮に刃を引くと。『うへっ』イーアンは慌てて手を止めた。
「こんななの?すごいわね。これだけでもタンクラッド、稼げる気がします。お金持ちまっしぐら」
簡単に切れない、とタンクラッドは言っていたが。一体どの状況だと『簡単に切れない』のか分からない。『簡単ですよ』イーアンはぼそぼそ呟いて、力の調整をする。最初は一気に刃が入って、断面の角度が入りすぎた。厚さのあるところは気をつけないと、刃が全部皮に落ちて、断面が真っ直ぐにならない気がする。
「充分。充分。これは素晴らしい。机が傷だらけにならないように、板を敷いておかなければ。殻でいいか」
殻の板はイーアンのところにもあるので、それを下敷きにして切り出すことにした。これまで白いナイフだったから、切り方がちょっと違ったのだが、今回は自分が以前の世界で使っていたナイフと、同じ形にしてもらった分、力の入れ方一つでざっくり食い込んでしまう。
あんまり快調に切れるのでイーアンは楽しくなって、さくさく切っては微調整等もちょいちょいこなして作業を喜んだ。『でも研磨はダビかも』やすり掛けは、ダビにしてもらうことにして、これまで時間を食っていた白い皮の切り出しを、20分以内で終えた。
「工具は大事なのです。効率が違う」
うんうん頷きながら、イーアンは次にザッカリアの羽毛上着に着手。時間を見ても、まだ厨房が夕食の仕込をしている時間だからと思い、厨房が空く時間まで縫い物をする。これもちゃっちゃか、ちゃっちゃか進める。
ザッカリアは子供。サイズが小さいから、縫うのも『あら。もう終わり』と思えるほどに、一つ一つが早く終わる(※あくまで身内用)。
ちゃんと衣服として作るなら、裏地があったり、その前に細かい部分で技があったりするのだろうけれど、これは『着れれば良い』だけ。ザッカリアがピンクの上着でお揃いになるのを想像して、イーアンは嬉しくなる。
気がつけば、後は襟を縫うまで進んだ。ここまで進めば今日の夜でも終わる。はーやれやれ、と肩をとんとん叩く婆臭いイーアン。もう少しで厨房へ行こうと思って、凝った首を回していると、窓の外に誰か来た。
「ハルテッド」
「イーアン。呼んだ?」
ニコッと笑う女装ハルテッドが、窓の外に立っている。『もう来て下さったの。そうなの』と、イーアンは窓を開けて中へ招く。休憩だよと一言、サボりではないことを告げるハルテッドは、ひょいと部屋の中へ入った。
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