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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
342/2945

342. 三者三様の夜

 

 二人は帰りの空をぐるーっと周回して飛び続け、たっぷり時間をかけて夕方前に支部に着いた。



「もっと飛んでも良かったな」


 満足するドルドレンは、龍を帰すイーアンに微笑む。イーアンも微笑んで頷く。『ドルドレンと、空の旅行をしていたみたいでした』これからはどこかの帰り道、大回りするのも良いかもと提案した。


「そうしよう。急ぎじゃないなら。ミンティンも嬉しそうだった」


 ドルドレンは国中を動いていたから、空から見ても大体の場所は分かる。イーアンが知らない場所を教えてあげながら、空をずっと飛ぶのは楽しかった。


 二人は一緒に執務室へ行き、余った路銀をドルドレンが執務の騎士に渡して、今日は疲れたということにしてこのまま上がる。次に食材を置きに厨房へ行き、料理担当に、購入した食材をまとめておく場所を提供してもらった。



「今日は夕食何にしましょうね」


「イーアン。今日はいい。このまま休もう」


 厨房と食堂を繋ぐカウンターでやり取りしたこの会話に、料理担当たちが嫌がった。煩いので、総長が『イーアンは疲れている』と睨むと大人しくなる。イーアンは、明日は作ると約束し、ドルドレンと寝室へ向かった。



 部屋に入ってベッドに腰掛け、ドルドレンはイーアンを膝に乗せて抱き寄せた。


「久しぶりにこの時間に二人きりだ」


「そうですね。今日はお休みみたいな感じでした」


「アホな王が、午前中に挟まってたけれどな」


 笑うイーアンは、彼が悪いのではなく・・・と。『彼は分からないのですね。王の世界しか』そういうものなんでしょうねと、イーアンは伴侶の胸に頭を預けながら呟いた。


「私。本当にあなたで良かった。万が一、騎士団の人に最初に見つかっていたらと思うと、今頃どんなに荒んだ生活をしていたか」


「そんなの冗談じゃないが。でもそうだな。あいつらだったら保護するどころか、牢にでも入れそうだ。出したところで酷い扱いをされるかも知れん。俺で本当に良かった」


 ついでにクローハルに見つからなくて、それも良かったと伴侶が真面目な顔でイーアンに言うので、イーアンは可笑しくて笑った。


「クローハルに見つかっていたら。私、逃げないと食べられてしまいますね」


「恐ろしいことを言うな。それを言われると、親父やジジイも範囲だ」


 怖すぎる・・・呟くドルドレンは目が据わる。イーアンも笑っていられなくなって、伴侶に同意しながら、あの時ドルドレンじゃなかったら、危険は結構あったのかもと考えた。



 今日の二人は、午前中にこそ気持ちが波立ったが、その後のマブスパールや龍飛行のおかげで、すっかり癒されて気分も良くなっていた。


 王城以降の出来事をいろいろと話しながら、時間は緩やかに流れる。早めに風呂を済ませて、夕食も部屋で食べて、二人の時間を満喫した。


 ドルドレンは、イーアンを連れてきた最初の日のことを思い出していた。今思えば。運命で出会った二人だけど、そうした介在がもしなくても、自分たちは出会ったら必ず、愛し合ったはずと思えた。イーアンと一緒の日々に毎日感謝しながら、ドルドレンはこの夜も、大事な愛する人といちゃいちゃしながら眠った。



 *****



 マブスパールのお祖父ちゃんは、酒場で飲んでいても、今日はあんまり饒舌ではなかった。


 お祖父ちゃんの横には女の人が何人かいるし、お祖父ちゃんは毎晩に近いくらい、元気にやらしいことを楽しむので、このうちの一人は確実に家へ連れ込むのが日課(?)なのだが。


 酒を飲んで、串焼きの肉を食べて(※頑丈なので誤飲の可能性0)お祖父ちゃんは大人しかった。


「エンディミオンは何を考えてるの」


 お胸の大きな、谷間が溢れそうになる服の30代の女の人が、お祖父ちゃんの顔に綺麗な顔を近づけた。

 お祖父ちゃんの目は、ちらっと彼女を見て微笑む。『いろいろな』短く答えて、彼女の背中に流れる艶やかな金髪を撫でた。


「何だか元気がないみたいに見えるけど。大丈夫?」


 もう片脇にいる、30代の栗毛でウェーブの美人が、お祖父ちゃんの瞳を覗き込む。お祖父ちゃんの腕にお胸を押し付けながら、ぴとっとくっ付いてちょっと心配そうにしている。


 彼女の横に座る、淡い赤毛の40代の艶っぽい女性も、お祖父ちゃんの様子が気になって、皿に乗る揚げた芋を摘まんでお祖父ちゃんの口に運ぶ(※介護ではない)。『もうちょっと食べたら』ニッコリ笑って、形の良い唇に優しく芋を押し込んだ。


「ありがとう。美味しいな」


 お祖父ちゃんは彼女に微笑んでから、ちょっと酒を飲んで立ち上がった。『今日は帰るよ』笑顔を向けて、お祖父ちゃんは彼女たちと食卓の間をすり抜ける。


「どうかしたの」


「いや。今日は帰ろうかなって思っただけだ。気にするな」


 綺麗どころは目を見合わせて、『年かしら』『疲れが一気に来たのかな』『そんな人じゃないわよねぇ』とひそひそ話し合う。お祖父ちゃんは、少し振り返って『明日来るよ』と笑った。



 酒場は家からそれほど遠くないので、冬の夜でも上着が要らないお祖父ちゃん(※元気)。日中は陽射し避けに体に白い布を巻くが、夜は普段着。

 老人とは思えない肉体美を包む、薄いシャツの襟元はボタンも開いて大変セクシー。目深にかかる銀髪を両手でかき上げ、夜空を見て歩くお祖父ちゃん。


 馬車を降りて随分経つが、この町に腰を落ち着けて後悔はない。


 妻の顔は、あんまり()()()()覚えていないけれど、結局全員と別れてからこうして一人で気楽な生活をしている現在。出かけたい時は誰かの馬車に乗れば良いし、家に戻りたい時も同じ。さして不自由もない毎日で、責任もないし自由なもんだ・・・・・


 女の顔は思い出せなくても、夜の星の位置は全部覚えている。群青の空の中から、自分の星を眺めた。



 家に着いて扉を開け、明かりのついた玄関で気がついた。一枚の羽が落ちている。羽なんかあったかと拾い上げて、羽軸を摘まんでクルクル回す。

 居間の暖炉脇の長椅子に座り、壁に背中を預けながら、お祖父ちゃんはぼーっと羽を見つめた。『あ。イーアンのか』うっすらと金属的に光る桃色の羽は、今日イーアンが着ていた上着だと分かる。


「しまったなぁ。次はいつ来るんだろう。約束すれば良かった」


 長椅子に寝そべり、桃色の羽に口付けて、お祖父ちゃんは目を閉じる。女の良い匂い・・・は、しなくて、獣臭い。眉根を寄せるお祖父ちゃん。羽を見つめて『何の鳥だ、こりゃ』と謎の獣的臭いに顔をしかめる。


「イーアンはこんなの着てるのか。野獣みたいだな(※惜しい:答え=魔物)」


 男でも、もうちょっとマシな匂いで気を遣いそうなのに、とぼやく。あれぇ?抱き締めた時こんな獣臭かったか。触るのに必死で感じなかったのかもしれない(裸想像してた)。

『あんなに可愛い顔して』勿体ないとお祖父ちゃんは首を振った。今度会ったら、何か彼女に似合いそうな香水を買ってやろう。



 お祖父ちゃんは思い出す。孫の嫁のイーアンを。

 デラキソス(息子)は、何で手を出さなかったのか分からないが(※出そうとして敗退)自分は手を出しても良さそうな気がした(※思い込み)。


「昔、彼女とそっくりな女と生きていたから。代々、あの顔の女に惚れる、刷り込みでもあるんだろうな。一族(うち)は・・・・・ うん。でも。顔も好きだけど、中身かなぁ。俺は」



 目つきが。声が。話し方が。考えている時の表情が。欲しがる知恵が。イーアンの魅力のような気がする。お祖父ちゃんはとりあえず、泊まらせて触りたいし、××××したいが、それをすると孫に本当に殺されそうなので止めておく(※イーアンにも斬られる)。


「うーん。次はいつ来るんだろうなぁ。用がなくなったら、絶対来てくれなさそうだしなぁ」



 67のお祖父ちゃんは、まだまだ現役の男盛りなので、いろんな意味で孫の嫁に来て欲しい。


 冒険心をくすぐるロマンを、彼女は引き出す。龍に乗って空を横断する。そのうち、山を壊して地中へ潜り、海を駆け抜け海底へ泳ぐ龍たちとも、彼女は動く。それで魔物の王を片付けに行くはずだ・・・・・


「うわ~。そんな女がいたら良いなぁ。俺の女なら自慢なのにー」


 孫の嫁が欲しくなるお祖父ちゃん。好き好き言いながら座布団を抱き締め、もんどりうって悩む(※67歳子供返り)。

 どうやったら、イーアンがまた来るだろう。孫は一緒だろうが、そんなもんどうでもいい。イーアンにどうしたら会えるのか。



 お祖父ちゃんは、ふと、気がついた。


「手紙。出せば良いのか」


 そうだそうだ、とお祖父ちゃんは頷く。俺は住所あるんだった。つい馬車の癖で、未だに手紙の習慣がない。でもそうだ、税金だって老人保険だって手紙で来るじゃないか。


「よしよし。では早速、手紙を書こう。確かドルドレンは北西の支部だったな。てことは、イーアンもそこだ。北西に向かう行商がいるはずだから、あいつに渡せば良いか」


 お祖父ちゃんは心を躍らせながら、イーアンの都合は何も考えずに日にちを指定し、食いつきそうな()もありなん、といった内容をつらつら書き出した(※これはパパには出来ない芸当)。



 イーアンがどうしても来たくなる、そんなネタは俺の頭の中にいくらでもある。

『お願いします。教えて』って見上げてくるのだ。『教えても良いけど、ちょっとほら。ちゅーってしてもらうよ』とかね。そんな会話(※殴られたのは過去)で・・・上手く行けば、本当に。へへへ。しめしめ。ご馳走(イーアン)にありつくのも時間の問題だなと、手を擦り合わせながら、お祖父ちゃんはニヤけて舌なめずりした。



 *****



 所変わって。王城の中では、セダンカがフェイドリッドの相談を受けていた。早く帰りたいセダンカは、返答内容も短めで適当。時間だけを気にする。


「セダンカの答えは、分かるようで分かりにくい。もう少し説明がほしい」


「必要なことは申し上げております。これは感覚で受け取られる方が宜しいと思います」



 セダンカは、昨年の一件(167~174話)から、もう王に振り回されるのがイヤで、どうにかして用事をつけては距離を保っていた。

 新年になって、王の業務が増えたのもあり、セダンカは、定時に帰れて、休日も返上などない、穏やかな日々を送っていた。おかげで夫婦仲も一時は危険に晒されたものの(※奥さん実家に帰った)それもどうにか謝り倒して乗り切ったのだった。の、矢先に今日。この夕刻の時間の束縛。



「そうは言うが。私の感覚と違うのだ。皆が違う。

 朝、イーアンが帰ってからも料理担当に質問して答えをもらった。その後も騎士たちの控えの者に答えをもらった。一般の感覚が分からないことで、多くの誤解を生んでいるとは理解したが、結局、総長とイーアンが来た時には、その理解を得た上でも、私の思いは霧散した。

 もう分からないのだ。本当に、何が正解で何が間違いなのか。一体自分には、何が足りなくて、何が邪魔しているのか。

 それで悩んでいるのだから、そなたのような付き合いの広い立場の、率直な意見で教えてもらいたいのだ」



 セダンカは思う。率直な意見を聞きたいとな。・・・・・今すぐ帰してくれ。それが率直な意見だと言いたい。が、言えるわけもないので、小さな・・・押し殺した溜め息をつくに留めた。


「明日。午前に時間が取れます。その時にお話し致しましょう」


「長いのか」


「人の意識を変えるのは容易(たやす)いことではありません。殿下がご自身の感覚に、新たな解釈の領域を拡げようとなさるのです。それには僅かな時間では。まして、朝の元気も一日の仕事に捧げた後では、そう簡単ではありません」



 ――上手いこと言った! セダンカは最後の方で自分を誉めた。・・・・・早いとこ、家に帰してくれっ。

 妻が実家から戻って、まだ5日しか経っていない。ここで夕食に遅れては『あなた。今後の生涯、私を悲しませないって言ったわよね』と鬼のような形相で迫られるのだ。肉きりナイフの切っ先を向けられて。


 こんな甘ちゃん(王)の人生恋愛相談に乗ってられっか! 金払って占い師でも雇えっ


 考えなくたって分かるだろう。あの二人(※イーアン&総長)が舞踏会で『チャラララ~』と踊りそうに無いことくらいっ!!踊るか、斬ってナンボの人たちが。

 

 日々、魔物相手に剣抜いてぶった切って、血を流して生きてる相手に、よくそんな『舞踏会は貴族とお友達になってお得~』って。そんなアホな提案で喜んでもらえると思えたもんだっ。 アホかっ! そうだ、アホだった!忘れてたっ!アホ過ぎて信じられない。よく斬られなくて済んだもんだ。有難う、総長。有難うイーアン。お情けに感謝。


 騎士修道会自体が、媚売るように見えない(本部は老人だから、媚売るけど)。


 私も最初こそ『王都で活動したら利得が多い(予算&保障)』と思っていたから、彼らがこちらと関わればもっと動きやすくなると思う・・・そう進言したこともあった。だが目の前で、魔物から助けられて、全然違うと気がついた。


 あんな前線で死闘繰り返す人たちが、キンキンキラキラのチャラララ~(※舞踏会)に来るわけない。合わないって。だから反対したんだ。 

 あの人たちはムリムリ。足踏んだら蹴り返される。嫌味でも言おうものなら、酒ぶっ掛けられて突き飛ばされる。『チャララ』が『ギャアア』に変わるとは思わないのかっ。


 媚売ってヘラヘラ第一の、真反対の世界に生きてるのも理解できないのか、この甘っ子。怒らせたって言うけど、フツーだ、フツー。あんたの能天気が異常なんだよ(※王様相手)。


 ・・・・・私の人生は一度、破壊的暴力美人(←ハルテッド)にまで追い込まれている(あれはあれでゾクゾクするが)。

 しかし私には、結婚した妻の人生への責任がある。崩壊の更に最終地点で、寸での気力により気がついたからこそ、妻との生活を立て直したのだ。


 それをこんな、自分の言葉のバカさ加減も分からないような、甘っこい王様に崩されてはいけないっ。

 私の生活は、妻を第一選択肢・最優先・最重要事項にするのだっ。 ・・・あの日の総長のように『彼女は俺がいないと幸せじゃない』くらいの・・・うひーカッコイイ~、言いたい!けど、私にはムリなので。

 その手前で、態度で『()の下僕です』と示すのみ。そうだ、それで充分だ。私の妻にはそれが一番なのだ。もう宝石の指輪も買った。幾らもある家具をまた買った。その上、使いもしないバカでかい彫刻も玄関に買った!!必要ないはずの敷石も庭に置いた!!私のへそくりは消えて無くなったが、満足だっ。だからこれ以上、私を壊すんじゃないっ、この甘ったれのくりくり坊主め(←王)!!



 セダンカの同情の眼差しが湛えられた、穏やかな表情(※全部裏返し)を見つめて、王様は頷いた。


「分かった。そなたも疲れているだろう。明日の午前に時間を取っておいてくれ。私は10時半から1時間は着替えだ。その間に話を聞いてくれ」


 セダンカは王様の言葉に、寂しそうに微笑み『それでは明日に』と囁いて退出した。そして扉を閉めて、若者のような脚力で王城を走り抜け、馬車に飛び乗って自宅へ帰った。

お読み頂き有難うございます。


ブックマークして下さった方がいらっしゃいました。有難うございます!とても嬉しいです!!

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