341. おじいちゃんの知恵
「エンディミオン。私に知恵を授けて下さいますか」
「お前を待っていた。何でも言え」
「知りたいことが山のようです。知恵を頂くにあたり、私はあなたに何が出来ましょう」
「お前と二人きりで話し」
『ダ・メ・だっ』
イーアンには分かっていた。ドルドレンが守ってくれることを。ドルドレンはジジイを睨みつけ、イーアンを抱き締める。『イーアンは俺の妻だ』以外は言わない。
お祖父ちゃんは不敵な笑みを浮かべる。パパより余裕。年を生きただけある。若いけれど。
「なぁ、ドルドレン。交渉するべきだろうな。俺はお前を信じるぞ。お前は俺を信じろ。彼女は俺に訊きたいことがある。俺も彼女に伝える必要がある。で。お前はどうすれば良いと思う」
「俺は愛妻を守るだけだ。あんたの交渉は俺には無効だ」
「そうか。でもなぁ。俺はお前ナシで話さないとダメなんだよなぁ。『知恵は1度に1人』って、そう伝説にあるからさー」
「すごく気楽に喋ってるだろう。伝説は気楽ではないし、あんたが知恵を授けるとは限らんだろう」
「ドルドレン。お前の良さは。僅かにしかいなかったが、お前の母親の生真面目さと聡明さ。ありゃ美人で良い女だった。頭も良くて、今思えばイーアンみたいだな。
だが、真面目と頭の良さだけでは、人生は足りないぞ。文字通りでしか歌の伝説を理解しなかったのか。出会う古の女に、俺たちそれぞれの命の役割があることを。
俺には『星の数』。デラキソスには『風の音』。お前は『晴天の稲妻』。『星の数』は数の知恵のことだ。『風の音』は引き継がれる馬車の歌。『晴天の稲妻』は正義を授けられた戦う力。古の女は、紡がれる道の先々で馬車の民と出会って、創世を理解するんだ。
つまりな。俺が生きてるってことは、俺もイーアンと繋がる必要があるんだな。どっちかって言うと、イーアンが俺と繋がるんだけど」
「繋がるか、ジジイめ。その言葉が入ってるのは。親父が歌った『紡ぎ歌』じゃないだろう。『轍歌』だ。馬車を率いる馬車長の」
「それくらいは覚えていたのか。そうだが、轍歌と紡ぎ歌は同じ部分で言葉が重なる。他の歌もそうだ。歌は、紡ぎ歌を中心に繋がって、太陽の光のように八方に意味を置く。大きな話は情報を分けてあるんだ」
すごい話を止め処なく話すお祖父ちゃんを、イーアンは見つめていたが、この言葉でさらに姿勢が前のめりになる。細かい部分の解説が別の歌でされていると、お祖父ちゃんは言っているのだ。
食いついたイーアンの、前のめりになった反応を、お祖父ちゃんは嬉しそうに微笑む。
「やはり調べているのか。デラキソスが歌うのは『紡ぎ歌』。伝説と言えば、一番長いこの歌だ。これを謎解きしようとする女とはな。
こんな目で見つめられて、デラキソスがよく手をつけないで我慢したもんだ。分からないだろう、小僧」
小僧と呼ばれて睨みつけるドルドレン。イーアンは急いで伴侶の首を両腕で抱き寄せて『あなたは素晴らしい人です』と目を見て伝える。うんと頷くドルドレン。ケケケと笑うジジイ。
「俺ナシでイーアンと二人は絶対に許さん」
「そうか。じゃ、まあそれなら。その範囲で話すだけだな。当たり障りないとか、説明はナシとか」
「お願いします。エンディミオン。充分です。私はそこから知恵を絞って紐を解きます」
「 ・・・・・お前は本当にそれをやりそうだな。こりゃ、一つ教えるのも肝試しか」
二人きりでもないし(※ここ重要)サービスして教えるのも勿体ないし(※出し惜しみ)その上、ちょっと話してあっさり謎解かれてもと(※けち)思うお祖父ちゃん。どこまで頭の回転速いのかなぁとイーアンを見定める。
イーアンはそんな渋るお祖父ちゃんを見つめる。じっと見てから『お願いです』と一言囁くと、女に弱いお祖父ちゃんは呆気なく折れた(←早い)。イーアンは、この手は使えると認識する。
ドルドレンのお祖父ちゃんは、イーアンのお願いの言葉にやられ、溜め息をつきながら了解した。孫は複雑な気分。
「うーん。お願いされ続けると弱い(←バラす)。仕方ないな。じゃ。まぁ、少しだけ教えてやろう」
白銀の瞳をイーアンに向けるお祖父ちゃんに、イーアンはちょっとだけ近づいて(※確信犯)側で訊く。
「お願いします。教えて。頑張りますので」
「うー・・・・・ イーアンは可愛いな。こりゃ、まずいぞ。あまりこの手の女はいないからな」
「教えて下さい。ちゃんと聞きます」
お祖父ちゃんはやられる。イーアンは側に擦り寄って、キラキラ眼差しでお願いし続ける。使える手は使う。普通、これやったらかなりイタイ中年だが、相手が20年以上年上だとありである。いけるな、と思ったイーアンは『お願い』攻撃に出る。
孫は複雑で微妙な気持ちを抱きつつも、イーアンの作戦を見守る。俺でもやられると思うが、これはジジイにも有効と知る(※親父には押し倒される危険有)。
お祖父ちゃんはパパよりも扱いやすいと分かったので、イーアンは遠慮なくお祖父ちゃんに畳み掛けた。もうちょっと側に寄って、くっ付くか、付かないかくらいの位置に座り、とにかくお願いする。
もともとお祖父ちゃんは甘いので、情報を漏らし始めた。おじいちゃんの情報は『数え歌』。
馬車の言葉の歌を、イーアンにも通じる言葉に訳しながら話してくれる。お祖父ちゃんの身に染み付いた動きで、両手を動かしながら、数を示す言葉たち。ドルドレンも知っているから、手が動いていた。
イーアンはそれを、頭脳メモに記録し続けた。言葉の韻律と手指の動きを集中して覚える。イーアンの鳶色の瞳が、目的に向かって光る。お祖父ちゃんはそれを自分への関心と受けて(※親子で思い込みが強い)ついつい引きずり出される。
時々理性が働いて(※ジジイ朦朧状態)お祖父ちゃんが躊躇う。お祖父ちゃんの意識が戻るのを見ると、イーアンは即、声をかけて続きを促した。
「うぅ。ここまでだ。これ以上は言えないな」
「もうちょっとだけ。もうちょっと教えて下さい。まだ聞いているだけで分からないのです。分かるように努力するから」
イーアンの『一生懸命です』姿勢に、老人は心を打ち砕かれる。またヘロヘロと教えてしまうが、再び意識を取り戻して『ここまでで限界』とイーアンから目を反らした。
「お願い。エンディミオン。あなたしか私を救えません。世界を救うのは、エンディミオンの言葉なのです」
お祖父ちゃんの膝にちょびっと両手を置いて頼むイーアン。白銀の瞳を下から覗き込んで『ね』とお願いし続ける。中年でイタイ行動と理解しているが、これはお祖父ちゃん相手なので、遺産相続を強請るのと同じかと思う。
お祖父ちゃんはイーアンが可愛い(※老人から見れば20も下)。実に可愛くてやられてしまった。イーアンの顔をそっと撫でて、孫に頭を叩かれても気にしない(※親子同じ)。
「イーアン。お前は可愛いなぁ。困る。毎日こんなこと言われたら、俺は腑抜けになる」
「ご安心下さい。必要なことさえお聞きしたら、すぐ帰って、暫くは来ません」
「何て現実的で冷たいんだ。その差にやられるな。息子もやられたことだろう。あいつは俺に似ているから。それはさておき、イーアン。今日はここにいろ。俺は今でも夜は問題ない」
孫に思い切り頭を殴られるが、頑丈なお祖父ちゃんはどこ吹く風。何事もなかったように髪をかき上げ、自分の話を聞きたがるイーアンの小さな顔を両手で包み、物欲しげに見つめる。
イーアン我慢。情報のためにここは我慢。一人じゃ絶対無理だけど、伴侶がお祖父ちゃんの後ろで引っ叩き続けてくれる(※ジジイは気にしない)。
「デラキソスはお前を手に入れられなかったんだな。ドルドレンは今の所、手に入れてるが。俺もお前が欲しくなる。うん。好きになっちゃったな」
「(※ジジイの言葉を無視)知恵深いエンディミオン。ご縁に感謝します。もうちょっとだけ教えて下さい。言いかけて止めていた『白い命と白い石』の数字はなぁに?」
「ああ。イーアン。それを言ったらいなくなるんだろう?お前はさっきから、そればかり繰り返してる」
「また来ます。だからお願いします。教えて下さい。私を待っている友達がいるのです。お願い、エンディミオン」
儚い溜め息をつくお祖父ちゃんは鳶色の瞳にがっつりやられて、イーアンの顔を両手で包みながら、ぼそぼそと喋る。
『白い命と白い石。白い剣と白い冠。同じ声を通わせたり。7歩進んで3歩を譲る』
イーアンは感謝して、お祖父ちゃんに両腕を広げて抱き締めた。抱き締めた瞬間、イーアンのニヤッとした笑いを見た孫はこれも作戦かと思うと、愛妻(※未婚)が怖くなった。ジジイは案の定引っかかり、抱きついたイーアンを逞しい腕で掻き抱く。
「有難う。エンディミオン。私はこれで友達に会えます。でもね、もう一頭も探さないといけませんから、また伺いに来ても宜しい?また教えて下さいますか」
「もちろんだ。教えてやろう。早く来い。年を取ると楽しみは幾つもあるほうが良い。お前はやっぱり細いな。抱き締めると儚くて心配になる。脱がしたら」
孫が目一杯の力でジジイの後頭部をぶん殴り、危うく気絶しかけたが、お祖父ちゃんは立て直して、頭を振り、自分の口説く女に全意識を集中した(※ジジイは強い)。
「イーアン。デラキソスもお前を欲しがっただろう。だがあいつは、ちょっと頭が足りない(※相当足りない)。俺はそういう意味では知恵者だ。いつでもお前の求めに応じられるだろう。知恵も夜もな」
羽毛上着の上からイーアンの脇腹ラインを、力を入れて上から下にやらしく撫で下ろすお祖父ちゃん。手の平と指先で確認した体の線に、ニヤーッと笑う口元が怖い。孫は両手の拳を合わせて、ジジイの頭頂部に振り下ろした。
孫の鉄槌で、さすがに気が遠のいたお祖父ちゃんは手を緩める(※丈夫)。イーアンはこの隙に、エロジジイからささっと体を離して伴侶に貼り付いた。
「頑張りました」
「頑張りすぎだ」
『全くもう』と困る伴侶に目一杯抱き締められ、ようやく安心すると意識に怯えが戻るイーアン。やっぱりパパの親だから、あんまり近づくのは危険だなと身の安全を考えた。
お祖父ちゃんが呻きながら長椅子に横たわっている間に、二人は急いで玄関へ行き、扉を閉める間際でお礼の声をかけてからお祖父ちゃんの家を出た。
「ドルドレンの両手の拳で脳天叩かれたら、ご老体大丈夫なのでしょうか」
「あの程度でくたばるわけがない。全然大丈夫だ。荷物も持っているし、すぐに支部へ戻ろう」
二人は追いかけてきそうなジジイを恐れ、走って町の外へ出ると、すぐに龍を呼んで空へ飛び立つ。思いがけない収穫は、相当なものだったことを帰り道に話し、二人はまた進んだ謎解きに笑った。
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