340. ドルドレンのおじいちゃん
「国内にいらしたんですね」
自分を両腕で抱え上げて下ろさない伴侶に、イーアンは囁いて質問。『ここにいるということは、そうだな』呻き声に似た返事が戻るが、伴侶は祖父から目を動かさない。
お祖父ちゃんはフフと不敵な笑みを浮かべ、孫(※ドルドレン)を見つめる。それからイーアンをちらっと見て『よほど大事なんだな』と呟いた。『寄って行け』それだけ続けると、お祖父ちゃんはテントへ歩き始めた。
「流れが。お父さんの時とかぶります」
「うぬ。それは俺も思う」
二人は目を見合わせて、ついて行くかどうするか悩む。素直に従う必要もないし、放っておこうかとドルドレンが言う。イーアンもそうしたほうが良いのかなと思った。せっかく二人で楽しんでいたのだし。
そうしようと二人で頷き合っていると、お祖父ちゃんがまた来て『早く来い』と据わった目で威圧してきた。
イヤだ、と断るドルドレンのクロークをお祖父ちゃんは引っ張る。『離せ。引っ張るな』ドルドレンはイラついてぐっと体を反らした。
お祖父ちゃんの手からクロークが抜けた途端、お祖父ちゃんは大きな声で周囲の人に叫んだ。
「聞いてくれ。孫が久しぶりに会ったのに、家に寄ってもくれない」
孫(※ドルドレン)もイーアンもびっくり。まさかお祖父ちゃんが、【年寄り技】を使うとは思わず、目をまん丸にして目の前の銀髪の男を見つめる。
お祖父ちゃんはその後も『孫が嫁を連れてきたのに、俺のところに来ないんだ』『何年も会っていないのに、再会も喜ばずに帰ろうとする』と可哀相な老人を大々的にアピールし、道行く人や店屋の人たちに訴えていた。背筋も伸びて長身で、髪もふさふさ。ちっとも老人に見えないのに、堂々と大声で元気に喚く。
観衆は、背の高い男2人を見て、とても良く似ているから孫と祖父であると認め、なぜか元気なジジイの味方について『ちょっとくらい寄っても』『お嫁さん紹介したら』『気の毒だ』と騒ぎ始めた。
ぐぬぅっと唸るドルドレンは、元気なジジイを睨みつける。ジジイは勝ったとばかりにほくそ笑む。この町は、絆の強い馬車の家族の町。ここで無視したら後が面倒だ、とドルドレンは判断した。
「すまない。イーアン。少し寄ることになってしまった」
諦めた伴侶の言葉に、イーアンは首を振って『大丈夫』と答えた。とりあえず抱きかかえる姿勢はそのままに、嫌々、孫は元気なジジイについて歩いた。観衆は良いことをしたといったふうに、笑顔で見送った。
お祖父ちゃんに案内されて入った路地は、テントの脇。その奥に半円の丸い家が建ち並ぶ。適度に距離が保たれた家々の一つに、お祖父ちゃんは入っていく。警戒する孫をちらっと振り返り、自分は一人暮らしだと突然告げる。
「ウソだ」
「なぜウソをつく必要があるんだ。お前が女がいると疑う目で見てるから、ちゃんと言ってやったのに」
お祖父ちゃんに見透かされる孫は、仏頂面で黙った。お祖父ちゃんは玄関の扉を開放して、片手で入るように合図する。イーアンを抱きかかえたまま通過できる幅ではないので、ドルドレンは仕方なくイーアンを下ろした。
「絶対に俺から離れてはいけない」
この人の家族環境ってとイーアンは気の毒になる。だが哀れんでいる時間はないので、頷いてドルドレンの腕を添えてもらいながら、恐る恐る家に入った。
半円型の家は不思議な空間で、ロフトのような屋根裏的な階と、吹き抜けが一緒になっている。玄関からすぐの広間が主な居場所のようで、そこから壁沿いに、幾つかの部屋に繋がると思われる扉が付いていた。馬車とは似ても似つかないが、よく考えると、作りの基本は一緒に思えた。
「普通の。石の家といった風合いが・・・あの閉鎖的な角などがない分、制限が感じられませんね」
イーアンはふんわりした室内を見回して、特殊な民族性の、豊かさ溢れる色彩と、その圧迫のない建築に感心した。
お祖父ちゃんは振り向いてイーアンを見つめ、『そう思うのか』と少し笑った。それでもここは石の家だと呟いたが、お祖父ちゃんは嫌そうではなかった。
お祖父ちゃんに促されて、イーアンとドルドレンは暖炉の近くの長椅子に座る。暖炉も長椅子も、馬車から持ってきたものらしかった。お祖父ちゃんはお茶を持ってきてくれて、L字型の長椅子の反対側に座った。
「お前の噂は聞いている。最近は元気そうだな」
お祖父ちゃんはお茶の熱を吹いて、少し飲んだ。ドルドレンとよく似たお祖父ちゃんは孫に近況を尋ねる。仏頂面のドルドレンは『まあな』と答えて終わる。イーアンはお祖父ちゃんがどんな反応か、ちょっと視線を向けると、がっちりこっちを見ていて目が合った。
「それで。このお姉さんがお前の嫁さんか」
「そうだ。お姉さんとか嫁さんとか、そういう呼び方をするな。妻だ」
「結婚いつした」
「これからだ。今年する。家も持つ」
「マブスパールに住め。家ならあるぞ。俺の家の近くに住めば良い」
「何が楽しくて、あんたの家の近所に住むんだ。介護なら他の女にさせろ」
山のようにいるくせに、と孫は軽蔑する。父親にも『女が山のよう』と表現していたので、イーアンの中では、ドルドレンの真面目な気質が宝石のように思えた。
「名前は」
「訊くな」
「お前に訊いていない。名前を教えてくれ。俺は名乗った。エンディミオンだ」
名乗られてるので、イーアンも名乗る。一つの名前で通っていて、イーアンと呼ばれていると答えた。伴侶は嫌そうだった。お祖父ちゃんはニコッと笑う。
一応お祖父ちゃんもイケメンなので、目には悪くないが、如何せん中身が強烈と知っている分、微笑む気になれないイーアンは強張る。
「そうか。やっぱり。イーアンとはお姉さんのことだったか」
「知ってるのか。なぜだ」
「龍に乗るだろう。イーアンは。この国で龍に乗るなんて、伝説以外で誰もいなかった。噂にならないわけないだろうが」
「お祖父さんも伝説をご存知なのですね」
そこに引っかかったイーアンは、ちょっと質問する。お祖父ちゃんは少し顔を曇らせた。
「あのな。お祖父さんと呼ぶな。一気に老ける気がする」
ごめんなさいとイーアンが慌てて謝る。ドルドレンは、気にしなくて良いとイーアンを抱き寄せた。『ジジイなんだから構わない』と祖父を睨んだ。お祖父ちゃんは不快を表す目つき。
「お前と幾つ違うと思ってるんだ。たった31しか離れてないんだぞ。まだ67でジジイと言われるのは心外だ」
私とは23年離れてるだけ・・・・・ イーアンは本人から年齢を直に聞いて、自分の親くらいの年齢のお祖父ちゃんの気持ちを理解した。
「そうしますと、名前でお呼びした方が良いでしょうか」
「そうだな。そうしてくれ」
「エンディミオン」
「なんだ。イーアン」
ちょっと可笑しくて笑うイーアン。この人、本当にお祖父さんなのよねと思いながら、年齢も見た目もそうではないのが、脳に混乱を起こす。少し笑ったイーアンを見たお祖父ちゃんも微笑む。
「初めて見たが。可愛いな」
その一言に孫の警戒レベルが最大に変わる。一瞬でイーアンを膝に乗せて、クロークで包んだ。『やめろ狙うな誉めるな』孫の言葉にお祖父ちゃんは、困ったヤツだと溜め息をついた。
「誉めるのは普通だろう。通りを歩いている姿を見て、見慣れないから興味を持った。見ているとイーアンがこっちを見たから。その顔を見て、もっと側で見たかった」
クロークに包まれるイーアンが凹む。また顔、と呟くのを聞いて、ドルドレンが撫でて慰めた。それからすぐ無遠慮なジジイに『イーアンに顔の話をするな』と叱る・・・それも微妙な言い方とイーアンは寂しく思う。
「何、怒ってるんだ。見慣れない魅力的な顔だと思ったんだろうが。最後まで聞け。可愛い顔してるじゃないか。珍しい顔だし、頭も良さそうだ。ちょっとこっち来い」
でたっ! 一声叫んで、ドルドレンがイーアンをぎゅうっと丸めて、エロジジイから庇う。『俺の妻だ。そんなヤラシイ目で見るようなジジイに見せるかっ』ドルドレンはジジイに対抗。ちょっと苦しいイーアン。
お祖父ちゃんは、丸め上げられたイーアンを見て、『可哀相だ』と離すように孫に注意した。最近目が悪くてよく見えないから、近くで見たかっただけ・・・お祖父ちゃんは【年寄り技】を使う。
「ドルドレン。あなたがいれば私は大丈夫です。だから下ろして頂いても」
「イーアン危険だ。このジジイはあの親父の親だぞ。女に見境ないんだ」
「どうして孫のくせに、大事な祖父にそんな酷い言葉遣いをするんだ」
イーアンは。ちょっとだけだけど、パパよりもお祖父ちゃんの方が抵抗はなかった。パパの方がぐいぐい来る感じがあったが(※食われる恐れ大)お祖父ちゃんはそうでもない気がする。とりあえず伴侶の膝から下ろしてもらって、伴侶の真横に座る。
お祖父ちゃんはイーアンをゆっくり観察し、何かを企んだように口角を吊り上げた。
「細いな。毛皮と羽毛で埋もれているが、膝や腿が細い。体も細いんだろうな。それに良い目つきだ」
ドルドレンは一気にイーアンをクロークで隠す。そして『心臓に悪いからもう帰ろう』と帰りを告げる。落ち着けとお祖父ちゃんは孫を窘め、両膝に肘を置いて身を乗り出し、イーアンに質問した。
「イーアン。遠くから来たな。お前は今、龍に何頭会ったんだ」
その質問は。イーアンは真顔になる。ドルドレンも表情を崩さないまま、意識が張り詰めた。お祖父ちゃんは手応えを感じて笑みを深める。お祖父ちゃんの瞳は白銀色。怖いくらいに透き通っている目で見つめる。
「デラキソスに会ったな。龍が1頭じゃないことを知っているなら。あいつの歌は聴いたんだな。俺はそこから、さらに数字を全部知っているぞ。どうする?」
「数字」
イーアンは呟いた。頭の中で比率の数字、緯度経度の数字が巡る。関わる人数、必要な場所の数、様々な、歌と棒にあった謎の曖昧な部分が一度に溢れかえった。
鳶色の瞳が何かを貪るように自分に注がれるのを見て、お祖父ちゃんは満足そうに笑った。




