338. 王国のではなく。騎士修道会の。
支部に戻ったイーアンは、不機嫌な顔でどすどす大股で歩く。時間を見て、伴侶は部屋ではなく、広間ではと見当を付けて広間へ行った。
げんなりと生気を失う伴侶が、食堂で食事をのろのろと盛り付けているのを見つけ、上着も剣もそのままでイーアンは駆け寄った。
「ドルドレン」
「イーアン!」
カウンターに皿を置いて、急いでドルドレンはイーアンを抱き締める。後ろで並ぶ騎士たちにブーイングを受け、イーアンは貼り付かれたまま、食堂から一番近い席に動く。
「どこへ行ったのかと思った。死ぬかと思った」
「そんなに毎回、すんなり死なないで下さい。帰ってきます。愛してるって書いたでしょ」
「書いてたけど、お別れみたいで」
「どれだけ後ろ向きなの。起こしたら可哀相と思ったから、そっと出たのです」
貼り付く伴侶を撫でながら、笑うイーアンは事情を話した。ドルドレンは、話を訊くにつれ、フェイドリッドの朝方呼び出しから眉根が寄り、最後には『なんだと?舞踏会?』怒りを含む大声に変わった。
「イーアンは何て言ったのだ」
「私は無理ですって答えました。そうしたら『機構が動かしにくくなる』と言われて」
「何て卑怯なことを。で?」
「自力で進めるとお伝えしました。フェイドリッドはそれでも粘り、『もう決まっていることだ』と」
「ふざけるなっ」
「絶対行くな」 「そいつは誰なんだ」
イーアンとドルドレンが振り向くと、クローハルがいた。後ろにショーリもいる。『話を立ち聞きするな』総長が窘めると、クローハルが『でかい声で喚くな』と言い返した。
「私は勝手に決められたことに従うのは嫌です。だから『決まっていません』と彼を否定しました。『法を犯したわけでもないのに、自分の意思の選択肢を狭められたくない』って。『お断りします』と言い切りましたよ」
「 ・・・・・イーアン。それを王に言ったのか」
周囲が少し静寂に包まれた3秒間を、クローハルが破る。ショーリが隊長を見て『王』と聞き返した。ドルドレンは、うんと頷く。イーアンも、うんと頷く。
「言いました。酷いでしょう、一方的に。意味が分かりません。
どうして必死に魔物退治している私たちが、仕事の枠を広げる国家の何たらとかで、何で楽しくて踊れると思うのです。やることに何の意味も関係もありませんでしょう。馬鹿馬鹿しい」
王様の提案を、馬鹿馬鹿しいとか、意味がないとか吐き捨てるイーアンは、こんな話を朝っぱらしてきたの、と。ぷりぷり怒っていた。
「もういいわ。私お腹が空きました。ドルドレンと後で、きちんとお断りに行くって言っておきましたが。こんなクソ寒い中、寝てるところを呼ばれて、出て行って損しました」
思い出して腹が立ったのか。『ぷりぷり』が『激しい苛立ち』に変わってきたイーアンは、言葉遣いも端々が素に近くなって、声をかけられる雰囲気が徐々に失せ始める。
立ち上がったイーアンは、こめかみに血管を浮かせながら、食堂で朝食受け取って伴侶の横に戻った。
「イヤんなっちゃう。何が舞踏会ですか。そんなお金の使い方して散財するなら、もっと人助けなさいな、と思っちゃうわ。
王都の壁でも壊して敷地広げて住宅増やすとか、地方の人に、職を増やすとか。どれだけ皆、大変だか分かってもいないんだから。国が無くなっても踊ってる気かしら。交友関係だとかそんなもののために。
どーして私たちが夜中に出て行って、ノラクラ暮らしてる金持ち連中のために、クルクル回って、ヘラヘラ笑わなきゃいけないの。こっちは命懸けなのよ。お肌ツヤツヤ団体に、愛想なんか出す気にもならないわ。騎士団なんて組んでるなら、あんたたち魔物倒しなさいよ。こっちゃ、そんな暇、ねえっつーの」
最後の方の言葉が、クズネツォワ兄弟みたいになってきて(※素地)横で愚痴を聞く、さきほどまで声を荒げて怒っていたはずの伴侶も困る。愚痴が止まらない愛妻・・・・・
――イーアンの怒り方は、必死こいて戦ってるのに、分かってない金持ち(※王)が好き勝手口出した・・・という感じの怒り方。分かるけれど。自分もそう思ったけれど。でもそれ言うの、王に。俺が言うことになってる気がする。
愛妻(※未婚)の口の悪さは、普通の女の口の悪さではない。賊のような言い方で、『金持ちの道楽に反吐が出らぁ』くらいの義賊チックな雰囲気。怖い。怖いぞ、これは。別に自分は悪くないのに、側でヒヤヒヤしながら見守る夫の立場を考えろ。
こうなると、手がつけられない。どうしてくれるんだ、王め。
今日はこのまま、タンクラッドの家に回しても良い気さえする(←逃げ&押し付け)。この状態で一日ムカつかれるなんて、とばっちりも良いところだ。どうやって機嫌直しゃいいんだ。うちの奥さんは昔荒れてたんだから、刺激するのホントやめてくれよ。
むしゃくしゃしてるイーアンは、ピンクの羽毛上着と毛皮を着こんで、剣も腰から下がったまま。ぶーたれながら、不満丸出しの顔で朝食をがつがつ食べ、時折『アホくさい』と吐き捨てていた。柄が悪い。悪過ぎる。
なまじ、側に来たクローハルも、どう対応して良いか悩む顔でピンクの玉虫を見つめ、隊長に案内されて朝食に来たショーリも、イーアンのお怒りをじっと後ろで見ていた。
周囲の騎士たちも、何となく近くにいた者は話が聞こえていたので、苦笑いしながらイーアンと総長の食事風景を黙って見守るだけだった。
ピンク玉虫(※イーアン)の機嫌を取るのが、難しいと判断したドルドレンは、早めに王に断りを入れて終わらせた方が良い気がしてきた。
実は、ちょっと逃げようかと思って『今日はタンクラッドの用はないの』と聞いたら、ギロッと見られて『明日と言いました。話をちゃんと聞いていて』と怒られた。
『ではオークロイの。鎧工房の工具はまだ持って行かないんだっけ』とめげずに、もう一つ切り札を出したが、睨み付けられて『だから。工具はタンクラッド待ちなのっ』とキレられた。いつもこんなことで怒らないのに~
ずっとこれでは仕方ないので、ドルドレンは部下に同情の視線を受ける中、機嫌の悪い愛妻を宥めて王都へ向かうことにした。
執務室に、急遽、王に会うことを話し、イーアンの機嫌が悪いからもう経つと伝える。普段は煩いヤツらも、イーアンの機嫌が悪い姿はちょくちょく見ているので、何も言わずに路銀をくれた。
イーアンにそれを言うと、龍を呼ぶという。久しぶりにウィアドで行こうかと提案したが、こんな用事でウィアドを歩かせるのは可哀相だとかで、龍になった。
裏庭口から出て、龍を呼んで二人は背に乗る。ミンティンに、王都の壁の外に降りてもらうようにお願いして飛び立った。
「話し終わったら。ミンティンを呼ぶ前に、ちょっと王都で食事でもしないか」
愛妻のご機嫌がどうなるか分からないので、先に約束を持ちかけるドルドレン。ちらっとドルドレンを振り向くイーアンは『はい』と。意外と素直に了承した。
ドルドレンはちょっとホッとする。あとは王を、びしっと叱って、愛妻の機嫌を直して、二人で仲良く美味しい食事を食べて帰れば良いのだ。お菓子という手もある。時間も早いから、何軒か回っても良いかもしれない。
菓子が先か、食事が先かを考えている間に、龍は下降する。王都へはイオライセオダよりも早く着いた。
「15分くらいなのか」
早いことにドルドレンが感心する。王都の壁の外、草原に降りて龍を帰し、二人は王都の門に歩いた。城壁にある門はすでに開いており、そこを通ると、町は朝も早くから人が多くて賑やかだった。
王城に向かう二人には、投げられる視線が多い。ドルドレンは騎士で長身で美丈夫。イーアンはピンクの羽毛。もう目立つのも気にならなくなってきたイーアンは、自分に向けられる視線から目を反らしながら歩いた。ドルドレンは昔からなので、とっくに板に付いている。
暫く歩いて王城の門まで来た。ドルドレンが先に進み、自分の立場とイーアンの立場を伝える。門番は約束を言いつけられていないと答えた。
「イーアンは今朝呼ばれている。確認してくれ」
「殿下は忙しいので」
面倒臭いと思いながら、ドルドレンがイーアンを振り向くと、イーアンも理解して腰袋から指輪を出した。門番に指輪を見せて『これを知っていますか』と訊く。門番は首を傾げて、知らないと答えた。
困ったなぁとイーアンが考えていると、背後が急に騒がしくなった。騎士団が20人くらい、町から近づいてきて、それを取り巻く女性が同じ数かそれ以上いた。
「嫌な予感がします」
「そうだな」
彼らは門番に足止めされている二人を見て、ドルドレンには気が付いたようだった。もう一人の派手なのは一目見て鼻で笑った。後ろの女性たちも、ドルドレンだけには好感の眼差しを注ぐ。
「騎士修道会の総長か。門番にも通してもらえなくなりましたか」
「誰に用だか聞ければ、私たちと一緒に入れば良い」
ドルドレンがイーアンをちらっと見ると、騎士団の一人は『その人は別』と意地悪そうに笑う。後ろの女性も声に出して笑った。イーアンはこうした人たちが本当に苦手で、朝のムシャクシャもあって、表情に呆れたものを出した。
「俺と彼女は一緒だ。中に入るなら一緒に」
「総長はまあ。良いです。でもその。そちらの方はちょっと顔が」
「誰に向かって口を聞いているんだ」
ドルドレンの目に怒りが膨らむ。イーアンはすぐにドルドレンの腕を押さえて止めた。『良いです。上から行きましょう』もう、こうした人たちの声も聞きたくないイーアンは首を振って、門番に挨拶して戻ろうとする。
「私たちにも挨拶をしないのですか。どれほど教育を受けていないの」
女性の数人が、横を通るイーアンを注意した。イーアンの足が止まると『挨拶することも出来ないの』と畳み掛けられた。
『挨拶する相手を選びます』独り言を呟いてからドルドレンを振り返って、イーアンは小さく首を振る。伴侶も察したようですぐに横に来た。女性はイーアンの無礼な言葉に驚いて、無教養と品の悪さを詰った。
貴族の数人の女性が、ドルドレンに一緒に中へ行くように微笑んで誘う。イーアンはそれを無視して笛を吹いた。ドルドレンは香水の匂いのする団体がきつくて、不快度絶好調の表情で咳き込む。騎士団の一人が笛の音を聞いて、顔色を変えた。
「笛。笛だと」
見る見るうちに空の色が変わり、向こうから青い龍が来た。イーアンは無表情でミンティンを降ろして、乗せるようにお願いした。ミンティンはイーアンを顔に乗せて、いつもの定位置に運ぶ。ドルドレンも豪奢な女性の横をすり抜けて、ミンティンに飛び乗った。
「だからイヤなのです。これらを相手に、ヘラついて愛想なんて振りまく意味などありませんでしょう」
やれやれとうんざりした言い方で吐き捨て、驚いている門番や騎士団と女性たちを見向きもせず、イーアンは龍を浮上させた。イラついたイーアンは『立場限定、仲良しごっこで楽しんで』と一言落とし、龍はぐーっと王城の上まで上がった。
「まともに歩いて、中を通ろうとした私がバカでした」
「良いのだ。ああいう場所だ」
そうですね、とイーアンは肩を落とす。差別はしたくないけれど、ああしたものを目の当たりにすると、どうにも貴族とかそうした立場の人間に気を遣う気が失せる。差別意識を持ってしまうことに悲しくなる。
自分そのものではない、取って付けた身分やら財産やら人付き合いやら。それをまるでご自身そのもののように疑いもせず、胸を張って、人を見下すのだ。どんな小さなプライドだかと思う。
あの人たちは一生ああして暮らすのだろう。それは構わないけれど、なぜ高い教育とやらを受けておいて、あんな性格になるのか。イーアンは実に不思議に思う。
王のバルコニー前で浮上したまま、イーアンは、王様の予定も行方を知らないことを伴侶に話した。『ここで浮いて待てば、あっちから来る』このままでいよう、とドルドレンが言うので、そうすることにした。
ドルドレンの言ったとおり。5分もしたら、寝室の窓が開いた。王その人が急いで来てくれたようで、警護の騎士が3人ほど後ろにいた。
「イーアン。総長も。来てくれたのか。こんな場所からですまないが、中へ入れ」
龍をバルコニーに寄せて、ドルドレンとイーアンは降りた。龍にはそのまま待っていてもらい、寝室へ入る。
ドルドレンは思う。うちの奥さんは、ここに何度も・・・・・ よその男の寝室に何度も呼ばれて。
これだけ考えると飛び降りたくなるので、この辺で意識を羽交い絞めにして留める。龍で来て、ここに座っただけだっ。だがしかし、王とはいえ、目の前の甘ちゃんにメラメラと怒りを燃やすドルドレンだった。
「私も朝に呼びつけたものだから。今はそう時間も取れないが、10分くらいは大丈夫だ。朝の話を総長にしてくれたのだな」
「しました」
「単刀直入にお答えしますが。イーアンの意見のままです。以上です」
王は驚いて戸惑っている。『もう決まったと伝えたのか。決まっていることだ。舞踏会などよくある行事の一つだ。紹介も一度で大勢に済むから』決定を覆すことが出来ない。そして利点がある。それをフェイドリッドは教える。
「たった今。私は門番にあなたの指輪を知らないと言われました。そして門を通る騎士団と貴族と思われる女性たちに、ドルドレンだけは通すが、私は顔がどうとかで遠慮を願われました。私が諦めて龍を呼ぼうとしたら、女性の数名が私に教育を問いました。私が彼女たちに挨拶をしなかったからです」
突然のイーアンの話に、フェイドリッドは眉根を寄せて『誰だ』と名を尋ねる。護衛で付いている騎士団の3人が少し離れた。
「王よ。彼女はその者たちを罰することは望んでいません。私と彼女が舞踏会のご提案を辞退する理由がそこにあります。しかしこれを例え取り繕っても、それは表面上でしかないでしょう。私たちと王城の間には、一昼夜で埋められない溝があります」
「では。総長。魔物資源活用機構のために開催する舞踏会に、主人公が出席辞退をすると申すか」
「お伺いします。私と彼女がそれを望みましたか。それは何のために催されるのですか」
「望んでいるかは分からなかったが、開催の理由は先ほどの話だ。利点が多くあるであろう」
「フェイドリッド。私はあなたには大変親切にして頂いています。でもあなた以外は私を見れば、鼻で笑い、理由もなく顔や見た目ではじくのです。一般の人ではなく、貴族の方などは私はただの石よりも低いと思われているでしょう。その場所に、おめおめ馬鹿にされるために時間を遣う気はありません」
ドルドレンはイーアンの静かな怒りを感じて、肩を抱き寄せる。イーアンは『王相手に不敬罪』と言われそうな自覚はあるが、これは本当のことだから伝える必要があると思っていた。
「私が側にいれば。そうしたことはないと思うが」
「あるでしょう。目つきも、言い回しも、距離も、雰囲気も。それら全てで人は差別を操り、人によってはそれを楽しむのです。私にそれを耐える必要があると仰られるのでしたら、機構の存在が、私には一切関わりがないものにして下さいますよう、お願い申し上げるのみです」
「なぜ、それほどまでに拒むのだ。嫌な思いもするかもしれないが、今後、貴重な繋がりもできるかもしれないのだ。それを取るために我慢することはないのか」
フェイドリッドが言い返したので、総長がイーアンの代わりに口を開いた。
「はっきりお伝えします。国の機関として立ち上がる前。彼女は断っているはずです。騎士修道会の工房だとお伝えしたのです。それを国を利用する提案をしたのは彼女ではありません。しがらみと感情で彼女の動きを止める権利は誰にもありません」
誰とは言わないものの。ドルドレンは青紫色の瞳の若い王を見据える。
お前が言い出したんだろ、勝手に、と言えれば楽だが。その上、また勝手に舞踏会何たらと義務みたいに押し付けて、邪魔してるだけだろうと思う。
「お断りする返事しか持ち合わせておりません。機構が廃案になるとしても、国費がどのくらい影響しているか、こちらは知る由もありません。関係の許可はしましたが、実質の費用等は別です。
それはさておき。イーアンは戦います。そして自分で魔物から材料を取るのです。それだけで充分です。魔物を倒したこともない、どれほど危険かも知らない権力者に、イーアンの情熱と思いを軽んじられるのは不愉快です」
ドルドレンは灰色の瞳で、後ろの護衛を一瞥する。無駄に装飾された鎧に傷一つない。練習中に付いたような軽傷が顔に少しある程度。
黙る王に、悔しそうな血の気の多い後ろの騎士が、恨めしそうにしている。早く言い返せとばかりの顔に、ドルドレンは嫌悪を顕にする。
「魔物資源活用機構と仰いましたか。活用するまでの流れを、誰がどのように、どんな思いで作っているのか。そこを重視して頂きましょう。王城にその機関を添え付けるのであれば、イーアンはそことは無関係です。イーアンの魔物資源活用は、命懸けで戦う俺たちの誇りです。
ハイザンジェルの、騎士修道会の、工房ディアンタ・ドーマンが、国民と国を守るために、命を懸けて魔物を活用するのです。国益でも何でも良いですが、根本を飛ばすことはご遠慮下さい。以後、決して思い違いなさらないよう」
イーアン、帰ろう・・・ドルドレンはイーアンを促して窓を開ける。フェイドリッドは言い返さなかった。ただじっと二人を見つめていた。
龍はそこに待っていて、二人は王に会釈してから龍に乗り、青い空に飛び立った。
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