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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
337/2946

337. 王様の用事

 

 翌朝。イーアンは起こされる。


 前の晩は、いちゃついて(最近毎晩になる愛の営み)眠ったのは深夜前。一日工房に居ると疲労が少ない分、イーアンも頑張れる。伴侶も大喜び。翌日も製作だわ、朝ゆっくりだし大丈夫、と思っていたら。



 朝っぱら6時前に、窓が叩かれる。窓が叩かれている、と最初に思ったが、寝惚けたまま音を聞いていると、壁が叩かれていることに気がつく。睡眠を妨げられつつある伴侶が、うにゃうにゃ言い始めたので、イーアンは先に目を覚まして、窓を見ると。


「お前。なぜ」


 青い龍が窓の外から見ている。裸のイーアンは、何となく龍に見られるのも気が引けて、伴侶からそーっと布団を巻き上げて体を包んで、急いで着替えに行く。伴侶は寒さに強い(←全裸)。5分ぐらいは無事なはず。


 龍が外で待っていることで、イーアンとしては予感が()ぎる。この状況は以前もあった。


 今朝は寒いので、しっかりシャツもズボンも着込んでから、毛皮を着け、青い布をかけた上から、ピンクの玉虫羽毛を着た(※低体温寒がり)。

 剣が要るかどうかは分からないにしても、ナイフもここに入っているからと思い、とりあえず腰袋と一緒にベルトに下げる。獰猛な見た目の、歯付き手袋をして完成。


 伴侶が起きて慌てると危険なので、書置き準備。ちょっと絵を描いておくことにする。龍と自分が出かける絵。『愛してる』だけは書けるようにしておいた(※重要)から、紙の最後にそれも書いておいた。


 眠るドルドレンに布団をかけて、そっとそっと窓を開ける。冷たい空気が一気に流れ込む。伴侶が目覚めないかと思って振り向くが、全然気にせず眠っていた。恐らく彼は、全裸で冬の夜も眠れるだろう気がした。自分がやったら2時間で死ぬ。



 イーアンはミンティンに窓に寄ってもらって、どうにか首の付け根に跨り、冬の早朝の空へ出発した。



 ミンティンは日の上がる方向へ飛ぶ。少し斜め方角だけど、やはりそうかと思う方向だった。ぐんぐんミンティンの目的地へ近づき、イーアンは、くしゃみを一つして冷たくなった顔を擦る。


「何かしらねぇ。こんなに朝早く」


 町の上に来て、下を見る。王城のバルコニーに向かうミンティン。小さな溜め息をついて、諦めたイーアンは王様の部屋のバルコニーに降りた。

 龍が降りてすぐ、大きな窓が開いて微笑みのフェイドリッドが出てきた。ガウンがゴージャス。真珠色の布を、キルティングでふかふかにしたガウンには金の縁飾り。高級布団でも着てるのかと思った。



「おはよう。よく来てくれた」


「おはようございます」


 本当に早いと心の中でぼやくイーアン。もうちょっと寝かせて欲しかった本音は言えない相手。フェイドリッドが入れと言うので、已む無しミンティンに一度、帰ってもらう。


 早朝の王様の寝室に入る自分は何なんだろうと。そうは思いながらもお邪魔して、勧められるままに椅子に掛けた。



「そなたは会うたびに、格好が目立つように変わるな」


「どなたにも言われます。でも魔物が目立つのです。私はそれを使えるようにする仕事です」


 この前は赤と黒の毛皮で、今日はピンク色のぎらぎらする羽毛。そりゃ思うわねと頷く。


「今日はな。そなたを呼んだ理由があるのだ」


 以前はなかったんでしたっけ、と思い出すイーアン。ミンティンにこうして連れられて来た時。そうでした、なかったんだわと記憶を確かめる。確か笛の殻を触っていたら呼んでしまったと。

 イーアンが黙っていると、ニコニコしながら、フェイドリッドは手ずからお茶を淹れてくれた。


「私がここに居ますことを、他の方はご存知でしょうか。不審では」


「心配ない。伝えてある。だからほら、こうして茶もあろう。茶は持ってこさせている」


 来客が窓から。それを王様のお付の人たちは、どうとも言わなかったのだろうか。イーアンは微妙な気持ちで落ち着かないまま、お茶を頂く。


「御用は何でしょうか」


「そう急ぐな。イーアンはいつも大急ぎだ。これだけ朝早くても忙しいな」


「いえ。ドルドレンを起こさずに来ましたので、早めに戻ろうと思います」


「総長。総長な。そなたと総長は良いな。相思相愛だ。そなたも総長への愛に満ちている」


「そう思います。彼も私を愛しています」


 フェイドリッドは溜め息をつく。知ってるけれど。自分で振った話題だけど。朝一番で真面目に惚気られても。


「仕方ない。早めに用を伝えよう。イーアンの機構がもう半月で起動する」


 あら、とイーアンは声を上げる。どうすれば良いのかを、フェイドリッドが今から話すことに気がついた。じっと王様の言葉の続きを待つ。


「だからな。イーアンと総長を王城に招き、紹介と舞踏会が」


「なんですって」


 素で遮るイーアン。紹介までは分かるけれど、次の言葉が問題。王様はちらっとイーアンを見て、少し微笑んだ。『そなたたちを歓迎するためだ』そういうものだ・・・と。


「私は無理です。紹介は必要かもしれませんが、舞踏会などとんでもありません。お断りいたします」


「なんという率直な断りだ。さすがイーアン。いや、感心している場合ではないな。しかしこれは慣習でもあるから受けて貰うことになるぞ」


 イーアンは立ち上がる。勝手に決めるなとばかりに頭を振って、ちょっと怒っていた。


「この場でお返事をする話でもありませんが、私の意見は無理です。参加できません。それにドルドレンも断るでしょう。私たちはそうした世界から遠いのです。フェイドリッドのお気持ちに応えられません」


「だが。そうすると機構も動かしにくくなる」


「自力で進めるのみです」


 イーアンは王様にお礼の言葉と会釈をして、室内で笛を吹き、ピンク玉虫を翻して窓から出て行く。フェイドリッドは慌てる。毎度イーアンの退散に慌てる王様は、どうしてイーアンがそこまで機嫌を悪くするのか分からない。


 あっという間に青い龍はやって来て、イーアンはさっさと跨ってしまった。


「待て、イーアン。なぜそれほど怒るのだ」


「怒っていません。困惑しています。お断りすることしか浮かびません」


 でも、とイーアンは続ける。ドルドレンに持って帰って話をしてみることを伝え、彼と一緒にまたここへ来てちゃんとお返事しますと言い切った。


「もう。決まっているのだ」


「決まっていません。私たちはあなたの国の国民の一人ですが、法を犯したわけでもないのに、意思の選択肢を狭められる理由をもちません」


「なぜそんなに厳しい言葉で、私を断るのだ。そんなこと、私に誰も言わないぞ」


「私が育ちが良くありませんので、申し訳ありません。しかし、あなたが話している相手は、どう頑張ってもこれが精一杯の礼儀でしかない、そうした身分の者でありますことをご理解下さい」


 イーアンは突き放すように言い、フェイドリッドに少し同情的な眼差しを向けて、龍を浮上させて行ってしまった。



 バルコニーに残された王は、どうして彼女はあんなに手が届かない存在なのかと悩んだ。溜息も真っ白の朝のバルコニーから、暖かな部屋へ戻り、窓を閉める。


 イーアンはお茶も残さない。カップを見ると、がっちり飲み切って帰っていた(※食べ物大事)。彼女の触れたカップを手に取り、王様は沈む。喜ぶと思ったのだ。舞踏会まで必要ないとセダンカたちには言われたが、王様は彼女の王城参入を祝おうと考えて押し切った。


「押し切ったら。嫌われた」


 セダンカに相談するのも、きっと『言っただろう』と浴びせかけられるに決まっている。がっかりしたフェイドリッドは、どうしたら彼女の機嫌が戻って、どうすることで喜ばせられて、どうすると王城を気に入るのか悩む。



 扉をノックされて、王は入室の許可を応える。侍女が来てお茶を下げ始めるのを見て、侍女の年齢を徐に訊ねると、警戒されながらも『35です』と返事が来た。


 イーアンと9つも違う。王は、40代の侍女がいるかどうかを訊ねると、その侍女は少し考えて『何か自分たちが失礼をしたのか』と聞き返した。年を限定されたから、若くない理由で解雇されると勘違いしているらしかった。


「そうではない。恐れなくて良い。少し一般的な話を聞きたい」


 35歳の侍女は王の青紫色の目を見て、それが本当のような気がしたのか、厨房にいると教えた。42歳の女性で夫に先立たれて子育てをしているとか、そうした話を王にする。


 王様ショッキング。夫を亡くした女性が、42歳で自分が働いて子育てをしているとは。その女性は何時から働いているのかを訊くと、もう来ているという。すぐに応接へ呼ぶように申し付けた。


 侍女は王様の様子がおかしいので不安だったが、逆らうことも出来ようわけなく、厨房へ飛んでいった。同様に、逆らいようのない、厨房の働き手である女性が怯えながら、応接室へやってきた。



 王様の顔が見れず、ひたすら謝っている。


 フェイドリッドは椅子に座るように勧めるが、絶対に座らない頑なな姿勢である。よく見ると半泣きになっている。


「恐れなくて良い。少し一般の生活について知りたいと思った。その年齢が40代の女性の環境だ」


 まず名前をと尋ねられて、厨房手伝いの女性は顔を上げずに頷き、自分はシフという名で、王都の知り合いの家に住んでいると答えた。


「怖い思いをさせる気はない。話を聞かせてもらえたら、すぐに仕事へ戻す。だから質問に答えてくれれば良い」


 王は、一般の大人の女性の視点で答えるように言い聞かせ、『王城の印象』や『貴族や自分たちの立場をどう捉えているか』、もし『言い渡されることがあったら従うかどうか』を訊いた。



 王の質問が、何も含んでいる様子がないと判断したシフは、遠慮しながらも、王城の印象は、敷居の高さや身分の違いを感じることを正直に話す。王族・貴族の立場は、すでに持って生まれたものが違い、考えたこともないこと。

 その人たちに何かを言い渡されたら、従わない選択肢はほとんどないことを話した。『私の場合です』とシフは断りを入れた。自分は身分も低いし、言いつけに背くなど考えられないと言う。



 王様はシフの素直な意見を聞いて、何となくイーアンの言葉も理解する。


 若い世代とシフの世代の違いを一応訊いてみると、シフは『若い方は勢いもあります。いくらでも努力し、自分の居場所を磨けると思います。でも私くらいの年齢になりますと、背負うものも多く、耐える生活も多いのが普通だと思うので、与えられるものを受け取るようになる気がします』と生活観の滲む返事をした。


 王様はお礼を言って、この貴重な意見の礼に今日の賃金を少し上げておくと伝え、シフを返した。シフは終始頭を下げたままで、入ってきた時と同じように退室した。



 自室に戻ったフェイドリッドは、暫く考えた。


 イーアンは2つの態度がある。1つは、シフの言うような身分の差や、自分たち王族や貴族への緊張。

 もう1つは、シフとは決定的に違う、何も恐れない態度。

 恐れていたのは最初だけ。でもそれも、緊張から来るものだった気がする。緊張が解けると、素のイーアンは堂々としているのか、自分が相手でも平気で言い負かす。


「なんて強いのだ」


 ぼそっとこぼす王様。舞踏会への嫌がり方は、これまでの人生で見たこともない嫌がられ方だった。立場も利益も一切無視。機構に影響がでる、と教えたら、それがイーアンに火をつけたように怒った。


「私を前に、あれほどはっきり言う女がいただろうか。癇癪持ちはいくらでもいるが」


 手の届かないイーアン。なぜ拒まれてしまうのかを考えると気持ちが沈む。舞踏会に来たら、側について、重鎮の貴族に紹介しようと思っていた。一曲なら踊れるのではないかと思っていた(※無理)。


 溜め息をつき続けるフェイドリッド。総長と二人で、近いうちに来ると話していたのを思い出し、その時にもう一度説明してみることにした。

お読み頂き有難うございます。

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