330. 鉱石探し2日目の夜
イオライセオダに着いて、イーアンはタンクラッドと石の荷袋を工房に下ろす。そして龍に跨り、今日は早く帰れると思ったら。
「ボジェナに話しに行かないのか」
そうだった。ごめんなさいボジェナ。タンクラッドの一言にイーアンは龍を降りて、一緒に親父さんの工房へ行ってもらうことにした。
夕暮れの少ない光に、イーアンの上着が保護色となりつつある。タンクラッドは町では着ないので、イーアンだけが変に目立つような目立たないような、奇妙な具合で人の目に映っていた。
「本当に見えにくくなるんだな。羽が生えているのは分かるが、時々消える気がする」
こんなのが魔物だと思うと恐ろしい、とタンクラッドは魔物製の上着を見て呟いた。イーアンもそれを思うと答えた。貴重な意見をもらうと、この上着は使い様によることをしみじみ感じる。
親父さんの工房に着いて、タンクラッドが扉を叩く。親父さんが出てきて、タンクラッドとイーアンを見て笑顔で中に入れてくれた。
「イーアン。お前はどんどん派手になるな」
「私が派手なのではないのですよ。魔物が派手で」
工房の方向がこれですから、自分が使いませんと、とイーアンは渋い顔で説明する。でも親父さんは聞いておらず、早速ボジェナを呼んだ。
ボジェナが急いで出てきて、イーアンのピンク玉虫色の羽毛上着と、白い鎧と毛皮尽くしに驚く。ざっと頭から爪先まで見てから一言叫ぶ。
「やだ。イーアン。どこの金持ちかと思ったわ」
ハハハと全員で笑って、イーアンは頭を振った。『だからね。魔物が派手なのです、と。そう言っているのに』私は変わっていない・・・言いわけするイーアンの羽毛の上着を撫でるボジェナは、笑いながら『すごい、金持ってそう』と若い娘の発言と思えない感想を伝えた。
「ね。ダビは最近一緒じゃないの?それを聞きにタンクラッドさんの所に行ったのよ。ダビはどうしてるの。まだ始まったばかりなのに」
「そうだな。一回こっきり、宿泊で習ったところで意味ないから。連続で来れないと」
ボジェナと親父さんは、ダビが定期的に来た方が勉強が進むと言う。最もだと思うイーアンは、頷きながら『明日、彼に予定が入っていなければ連れてくる』と返事をした。ボジェナは手を打って喜んだ。
親父さんとボジェナに、もしダビが来れなくても、予定を伝えに明日また来るからと伝えて、その後、イーアンとタンクラッドは町の外へ出た。
夕闇が降りる頃で、タンクラッドの目には、真横を歩くイーアンが見えづらくなりつつあった。それを教えると、『夜には、ほとんど目に映らなくなる』そう答えたイーアンは、暗闇で毛皮を見た時の話をした。
「悪いヤツに利用されたら大変だな」
「そういう可能性も考慮しないといけません。販売する相手を、限定する質のものでしょうね」
町の壁の外に来て、龍を呼ぶ。龍が来てイーアンは跨り、タンクラッドにまた明日と挨拶した。タンクラッドは『明日は弁当なしだな』と微笑んだ。イーアンは『そちらで料理です』と笑った。
イオライセオダを後にして、イーアンは間もなく支部へ着いた。昨日よりもずっと早いので安心する。龍を帰してから、建物に入って、執務室へ向かった。
執務室はまだ明かりが漏れていて、扉を叩いて開けると、凄い勢いでドルドレンが来て抱き締めた。
「はー。やっと会えた。お帰りイーアン。どれほど辛かったか」
執務の騎士が呆れて見ている中、ドルドレンは抱き締めるイーアンの頭に頬ずりをする。頬ずりされ続ける状態で、執務の騎士がイーアンに書類を持ってきて『これオークロイさんの請求書ですが』と見せる。
文字がまだよく分かっていないので、イーアンは頷いて『何か問題がありましたか』と訊ねた。
「あの。項目分けが、僕らでは分からないので。これは工具?この前、工具の話しをしていましたよね。消耗品の支払いで良いのかな」
そうです、とイーアンは答える。普通、何の話か分からないような、工具の名前が並んでいるのかもと気がついた。請求内容の工具については、魔物材料で傷めてしまった一般工具の買い替え代金で、タンクラッドと先日購入したのは、魔物材料専用の工具を作る見本品であることを教えた。
「見本品か。そうすると、ジョズリンさん(←タンクラッド)が工具を作ったら、彼の製作費用とオークロイさんの購入費用が、請求でまた来るのかな」
「そうなると思います。ちょっと、お金を使って申し訳ないのですけれど。工具は専用で作れば、そう簡単に買い換えるものではないですので、最初の出費だけだと思います」
はい、分かりましたと執務の騎士は頷いて了解してくれた。予算内だから、全然大丈夫と聞いて、イーアンは安心した。
「もう良いだろう。今日は仕事を終えても」
愛妻(※未婚)に貼り付くドルドレンが、執務の騎士をちらっと見て、業務終了を仄めかす。
嫌味な溜め息をつかれながら『まー良いでしょう』と許可を受け、ドルドレンはイーアンを連れてさっさと監禁部屋を出た。
お風呂に入る前に、イーアンは寝室に荷物を置いて、明日の予定を簡単に話した。風呂に向かうまでの間で、ドルドレンはそれを聞いて微妙な気持ちでいた。
「鉱石はもう良いと。でも明日は牙を融かせるか試す。で、タンクラッドの家と」
そうですとイーアンは答えて、脱衣所に入りパタンと扉が閉まった。扉の前で佇むドルドレン。通りすがりの騎士たちが、総長はまた何かやらかしたのかとか、ひそひそ噂をして通り過ぎて行った。
脱衣所の前に置いた椅子(※定位置)に座り、ドルドレンは思う。
――どうやらイーアンもミンティンの牙に辿り着いたらしい。俺が先に言えたら、きっと『すごいわ!何て頭が良いのっドルドレン素敵っ』となったであろう・・・・・
惜しいことをした。絶対抱きつかれて、絶対そのまま××××に突入だったはずだ。株も上がっただろうし。早く言や良かった。
まあ。俺が気付く時点で、イーアンが気がつかないとも思わないけど。にしても、あっさりタンクラッドにお願いしてしまう辺り。どーもタンクラッドに、良い所を持っていかれている気が否めん(※別に持ってかれてない)。
ん?もしかして。明日は弁当がないってことか?明日はタンクラッドの家に朝から行く・・・となると、あっちで昼とか夜とか作ってると言っていたから、俺の弁当はナシ。
待てよ。朝からとなると、天然タンクラッドのことだから、朝飯も作らせてるんじゃないだろうな(当)。ちょっと待て。天然にも程があるだろうっ 人の奥さん、何だと思ってんだっ――
ドルドレンの眉間のシワが深く刻まれていると、イーアンが出てきた。すぐにイーアンに確認すると、普通の顔で頷いて『早く行く時は大体そうです』と答えた。
「イーアンはサービスが良過ぎるのだ。よその男に朝昼晩作っていたら、俺の一食なんて、霞んでしまうだろう。どうなの、それ」
「タンクラッドの場合は、お礼ですもの。お世話になっているし、私もあちらの食材で食事を頂いているわけで。ドルドレンの一食は霞まないと思うのですが、霞みますか」
「イーアンね。絶対、タンクラッドは勘違いしていると思うぞ。絶対、イーアンのこと好きだよ。どうするの、そうなったら」
うーん、と眉根を寄せて、イーアンは一応今日の話をする。風呂場の前で、周囲に人もいる中でする話でもないからと思っていたが。それを前置きして、ちゃんと何があったかを伝えた。
「隠すことはないですからお伝えします。それこそ今日ですよ。そうした想いを持ってらしたとは伺いました。ですからお断りして。そうしたら抱き締められまして」
「なんだとーーーっっっ イーアンどうしたの。引っ叩いたか」
「そんなことしません。今だけだからと仰いますし、抱きついたまま、ちょっと涙ぐんで諦めようとして下さってましたから、頭を撫でました。
それで今後は、限られた範囲ですけれど、私が出来ることは呼んで下さいって言いました」
「どーして、そんなサービス精神旺盛なんだ、君は。抱きつかれた上に頭まで撫でて、慰めて、約束しちゃって。自分が振っといて、何してんの」
「落ち着いて下さい。ほら。お父さんの時と同じですよ。お父さんも泣いてたでしょう。大の男が泣くんですもの。それは気の毒です。行動は、人として間違えていないと思います」
あのねぇとドルドレンが裏声になり掛けた時。後ろから、ぱんぱんと手を叩く音がした。この『はいそこまで』的な合図をする人物は一人しか・・・振り向くと、先生と子供がいた。
なぜか先生が睨んでいる。いつもは穏やかな爺のような目で、ニコニコしている先生が、総長の自分には厳しい。
「聞く気はありませんでしたけれど。聞いてしまったのでね。総長、もうそこまででお止しなさい」
側に来て、じろっと総長を見てから、ギアッチはイーアンに笑顔を向ける。
「イーアンは優しいですね。その優しさがちょっと、男には痛いかな。でも分かるでしょ。イーアンを好きになるような人なら、イーアンが思いやりで、そう接してることくらい。・・・・・とは思えないんですか。あなた」
『じろっ』が『ギロッ』に変わる先生の目に威圧されて、ドルドレンは困惑する。何やらマズイ方向に来ている。咳払いする先生は、怖気づいた総長に畳み掛ける。
「人前で。こんなことを奥さんに言わせるなんて。まだまだ度量が小さいですよ。こうした話は二人になってからしなさい。問い詰めるような言い方をして、何ですか。焼きもちも行き過ぎると嫌われます。いい加減に大人になりなさいよ」
先生がキツイ言葉で、総長の心を締め上げる。蛇にでも締め付けられるかのように、ドルドレンは呻いた。『だって』と声を漏らすと、ギアッチは大振りに息を吐き出した。
「ロゼールが言っていました。彼はね、あなたがイーアンに弁当を作ってもらっても、一口も分けてくれなかったと(←言いふらすロゼール)。弁当を作ってもらってるなんて、この支部で一人だけですよ。さらに奥さんに『その一食が霞む』なんて、よく言えたものです。
お礼だって言ってるじゃないですか、イーアンは。彼女がそう信じて行うなら、相手がどう思おうと、彼女はちゃんとそれに倣って応対しますよ。だから、その職人さんに断れたんじゃありませんか。
あなた、やってみなさい。自分の仕事の合間に、夜遅く帰ってきて他人の食事を考えて作って。出来ますか。それでも『その食事の意味がない』なんて、奥さんに言う夫がいますか。恥ずかしいと思いなさいっ」
最後の方、ギアッチはちょっとキレていた。ザッカリアも、怒るお父さん(ギアッチ)を少し驚いて見つめている。
総長は怯えた。先生が怒りの拳を振り上げたら、床に平伏しそうなびびりを感じてしまった。
先生ごめんなさいっ 俺が悪かった! 心の中で謝りながらも、壁を背に追い詰められるまま、じっとギアッチを見つめる。
「ギアッチ。いろいろ気にかけて下さって有難うございます。でもドルドレンの気持ちもそうかなと。私も逆だったら、頭で分かっていても、言いたくはなると思うので。
だからこうした時は、どうしたら良いのかしら。どのくらいが中間で、帳尻が合うのでしょうね」
イーアンは、ギアッチの正義の鉄拳(※鉄拳手前)に感謝しつつ、教えを請う。ギアッチなら、良い導きを諭してくれる気がする。ギアッチはイーアンを見つめ『イーアンは』と名を呼んだ
「イーアンのままで良いのです。好かれるのは悪いことじゃないんです。それを受け入れてしまうと歯車が壊れますけどね。
イーアンは距離を保って、相手と適度な状態で、人間関係を維持しようとするでしょう?そのやり方は人それぞれです。でも相手に通じなければ、見て違う反応って分かるでしょ。そうしたらイーアンはどうしますか」
「誤解されて、それを押し通されそうであれば、話し合いをして理解を求めます。出来なければ離れるでしょうね。誤解を解消して、自分の範囲を維持できるなら、その後も付き合えると思います」
「うん。そういうものです。だから、イーアンは大丈夫だと思いますよ。問題はね、こっち」
こっちと指差された黒髪の美丈夫。ギアッチは総長をちらっと見てから、子供を見て、また総長を見た。
「ここで、これ以上叱るのも可哀相だから。とにかくザッカリアとお風呂入って来てもらって。そこからお説教ですね。夕食はご一緒しますよ」
夕食時に説教を宣言されて、ドルドレンは萎れながら、ザッカリアに手を引かれて風呂へ入った。
結局。夕食にドルドレンはくどくどと説教をされて、イーアンが途中で、ギアッチに感謝しつつも遮り、どうにか夕食のお説教は終わった。
凹む総長にイーアンが食べさせると、それを見たザッカリアは『俺の方が大人だ』と総長に言った。ドルドレンが子供の言葉にぶすっとするが、再びギアッチに咳払いをされて表情を戻した。
広間を出る時、苦笑いでイーアンは先生にお礼を言った。ギアッチもちょっと笑みを浮かべ『総長は、あなたほど好きになった人がいないんでしょう』と教えた。
二人は寝室へ行き、少し話し合った。
ドルドレンは何となくしょげていて、でもイーアンに貼り付きながら、思いの丈をぼそぼそと話す。イーアンもナデナデして伴侶の思いを聞いた。
「ごめんなさいね。頑張って我慢してくれているのに」
「いいのだ。ギアッチの言うことも理解できる。俺はまだ小さいのだろう」
明日もお弁当を作っていくからね、とイーアンは伴侶の顔を覗き込んで微笑む。お弁当ナシだと思っていたドルドレンは、ちょっと反応して頷いた。
「今は、霞むかもしれませんけれど。でもドルドレン。一緒に暮らすようになったら、毎日です。毎日毎食私が作るから。だって家はそこなのでしょう?食事を食べに家に戻れますね」
「そうだ。家はすぐ・・・・・ そう。裏だから。そうだ、そうなる。ってことは。早く建てれば良いのだ」
突然元気になったドルドレンが、イーアンをぎゅっと抱き締めて『そうしたら毎日だ』と喜んでいる。早くそうなるように頑張ると張り切る伴侶に、イーアンも抱き締めてお礼を言った。
それから。イーアンは明日のダビの話もした。ドルドレンはダビは特に予定がないから、また連れてって置いてくれば(※扱いが雑)と言ってくれた。
8時になる頃、イーアンは厨房でお弁当を作ると言うので、ドルドレンはその間にダビに伝えに言ってくれることになった。
この夜も、イーアンが料理する横にロゼールはいて『今日はとても美味しいお昼を食べた』と感激したことを話してくれた。明日はドルドレンのお弁当だけだから、ロゼールにも作っておきましょうねとイーアンは2人分を作る。
ロゼールが洗い物をてきぱき終わらせてくれたので、9時前には味見が出来た。
明日のお弁当は焼き皿で、固く作ったクリームソースとチーズのたっぷり乗った、薄いピザみたいなもの。もう一つは、香辛料をすり込んだ鶏肉の塊の中に、野菜と芋を詰めたものにした。
これらを一度焼いてから、冷ましてお弁当は完了。明日、昼になったら、下段で少し長めに温めてほしいと頼んだ。
厨房を出る時、ロゼールは『今日ギアッチに告げ口しておいた』とバラして笑っていた。総長はもっと感謝しないといけないと思った、とロゼールが言うのを聞いて、イーアンは何やら恐縮だった。
伴侶は悪いことをしているわけではないのだが。自分が他の人に、そう思わせてるんだろうと反省する。
イーアンは寝室へ戻り、明日の朝は少しゆっくりだとドルドレンに伝える。元気を取り戻したドルドレンは、イーアンを抱きかかえてベッドには入り、二人はいちゃいちゃしながら眠りについた。
お読み頂きありがとうございます。
 




