327. 鉱石探し1日目の夜
ミンティンで飛ぶ夜の空は、星だけが頼り。時間が合わないのか月は見えない中、タンクラッドが星の位置を見ていた。
「ミンティンには、イオライセオダに向かってほしいと言ったので、この仔は直線で飛んでいると思います」
「助かるな。その方が明日も辿り着きやすいだろう。同じ場所から採り続けるのは性に合わない。明日は少し移動してみよう」
二人は夜の空を1時間半ほど飛んで、イオライセオダに着いた。
「行きは方向のずれもあったから、最初の国境まで2時間はかかったが。帰りは早く感じるな。星がまだそれほど動いていないし、2時間もかかっていないだろう」
裏庭に降りたタンクラッドとイーアンは、龍の背にかけた石の入った袋を一度下ろす。『私はこのまま戻ります』イーアンはそう言って、再び龍に乗った。
「そうか。これを一つ持って行け。総長が大喜びするぞ」
袋の中から石を一つ取って、タンクラッドは腕を伸ばして、龍の背のイーアンに持たせる。『明日か。いや、明後日には終わるだろう』職人にそう言われて、イーアンは微笑んだ。
「早く見つかって良かったです。確認することは、まだたくさんあるけれど。でも今日は成果がありました」
また明日、とイーアンはさよならを言って、龍を浮上させて支部へ向かった。
見送るタンクラッドは、想像以上の収穫に胸の高鳴りが押さえられず、工房に袋を一つ引っ張りこんで、早速、炉の温度を上げ始めた。
朝に見惚れたイーアンのことを思うと、あの威厳のある横顔に似合う冠を被せたかった。石像が血と肉を携えて動き出したような、奇妙な陶酔感を味わった。昔、ディアンタの僧院で見た石像の、今にも動き出しそうな素晴らしい作風の彫刻を、今現実の人間として見ている。
「面白い人生だ。枯れたと思っても、放って置かれることはないもんだな」
炎が踊る炉の中を見つめながら、剣職人は微笑んだ。それから、思い出した一本の剣を寝室から持ってきて、明日の荷物から鶴嘴とシャベルを外して、剣を荷物の横に立てかけた。
「あの場所だと足場もないし、これらは要らんだろうな。剣を代わりに持っていくか」
今日出かけた山脈は、ハイザンジェルを越えて、テイワグナ共和国だが、一応、剣を持つことにした。イーアンが剣を持っていたのを見て、男の自分が持たないのもと思った。
「これを使わないに越したことはない。年代物に鞭打つのも気の毒だ」
独り言を落としながら、剣の柄を撫でて、タンクラッドは食事の支度をしに台所へ行った。
壁に立てかけられた大きな剣は、遥か昔の彫刻を刻んだ焦げ茶色の石の柄と、無骨な鋳型で作られた動物の頭の鍔が飾られ、樋には古い文字で言葉が刻まれている、深く落ち着いた金色の剣身。大きい剣で、鞘の形も工夫があり、片側が上半分切込み方の口が入っている。
若い頃にヨライデの遺跡で手に入れた、錆も何もないまま置かれていたこの剣が、タンクラッドの剣だった。
支部に戻ったイーアンは、裏庭口を開けておいてもらったので、中へそそくさ入って門番の騎士にお礼を伝える。『お帰りイーアン。随分目立つね』ピンクの玉虫を見て、騎士が笑った。
急いでドルドレンを探しに広間へまず行く。夕食時で、騎士はたくさんいるけれどドルドレンはいない。執務室も一応行ってみるが、執務室が閉まっていた。
風呂場へ行くと、ドルドレンがザッカリアと入ったとギアッチが教えてくれた。『まぁまぁ。こんな寒い中、こんな時間までお疲れ様』上から下までイーアンを眺めて、先生は笑って労ってくれた。
「すごい格好だね。イーアンはいつからそんなに、煌びやかな戦士になったの」
「もう。会う人、皆に言われるの。困ります。これも魔物なのにね。『そうですねと』しか言えません」
上着を引っ張って笑うイーアンに、ギアッチも声を上げて笑った。『派手な羽毛に白い鎧、それに毛皮の首巻と足筒ですよ。目立たないようにするの、至難の業でしょう』
そうしていると、ドルドレンたちが脱衣所から出てきて、ドルドレンはイーアンを見るなり駆け寄って抱き締めた。抱き締めて持ち上げて、自分の高さで抱きついているので、イーアンは足が浮く。
「良かった、良かった。無事に帰ってきた。お帰りイーアン。気が触れるかと思ったよ」
「こんなことで気が触れるなんて、総長が簡単に言うもんじゃありませんよ」
ああた、男でしょっ、と。ピシャッと先生に叱られるドルドレン。抱き締めたイーアンに頬ずりしながら、ドルドレンは先生を睨む。『うぬ。爺には分からんのだ。どれほど恋しいのか』こんなに冷えて、とイーアンを羽毛の上から撫でる総長。
「イーアン苦しいよ。降ろしてあげて」
子供が総長の行為を注意する。イーアンは苦笑いしながらお礼を言う。ちょっと苦しかった。ギアッチとザッカリアに注意されて、渋々ドルドレンは愛妻(※未婚)を床に降ろす。
「カッコイイ、これカッコイイ!俺もこれ着たい」
床に降ろされたイーアンに抱きついて、ザッカリアは同じ上着が欲しいとねだった。イーアンも上着を脱いで、ザッカリアにかけてやる。『とても温かいのよ。作ってあげましょうね』微笑んでレモン色の瞳を見つめると、ザッカリアは嬉しそうに注文した。
「これね、着ると見えなくなったりします。彼が迷子にならないように、着用している間は目を離さないで下さい」
大きい上着を着てぴょこぴょこしてる子供を見ながら、イーアンはギアッチに特性を簡単に教えた。『そうなんだ。そんな凄いのか』へえ~と先生は驚きながら、約束すると言ってくれた。
「もう良いだろう。イーアンも風呂に入りなさい。疲れたんだから、早く眠って明日は休まないと」
一方的な流れで、休みに突入している伴侶の言葉に、笑ってしまうイーアンも頷き『明日も出かけますが、お風呂にはすぐ入ります』と答えた。
風呂上りで上着が暑くなったと言う子供が、イーアンに上着を返した。ドルドレンとイーアンは、荷物と上着を持って寝室へ行き、着替えを持って風呂へ。
イーアンが風呂に入っている間、脱衣所の前で番をするドルドレンは、手渡された白い石を見ていた。
「後で詳しく話す、と言っていたが。これで作れそうなもんだがな(←素人目)」
暫くそれを眺めていて、ドルドレンはこの色と質感を何かで見た気がしていた。思い出せないが、絶対知っている気がする。何だっけなぁと思って首を傾げていると、ふとそれが浮かんだ。
「あれだ。イーアンのナイフ。それと、あの白い棒だ。あれと似てるんだ。でも、ちょっと違うか。こっちのが冷たい感じだな。石だから当たり前かも知れんが」
そんなことを思いながら、石を回していると、イーアンが出てきた。チュニックとズボンなので理由を訊くと『明日のお弁当作るから』と言われた。
二人は夕食に行って、イーアンはその時にまたお弁当作りの話を通し、『8時くらいになったらどうぞ』と了解をもらった。
夕食を食べながら、今日の話をするイーアン。お弁当の話になると、ドルドレンも少しだけ仏頂面が柔らいだ。
「ロゼールが温めてくれた。受け取ろうとしたら交渉されてな。一口寄越せと言う。
断ったら、盆を掴んだまま離そうとしないのだ。交渉ではなく強奪だろうと指摘したら、凄い危険な目つきで睨まれた。睨んだ上に、手を放した途端に舌打ちした。
ロゼールだぞ?あの柔和なロゼールが、俺を睨み上げたんだ。あいつはあんなヤツではなかったのに」
そのうち、あいつの奇襲を受けるかもしれないと苦笑いしながら、ドルドレンが話すのを聞いて、イーアンは、ロゼールが本当に食べたがってくれていると知る。
『結局、俺は一人でちゃんと味わった』とても美味しかった・・・と微笑み、幸せ幸せ言って、思い出し笑いをしていた。
ドルドレンは特別感もあるから嬉しいだろうに。そう思うと、これでロゼールにも作ったらどうなるかと、イーアンは悩む。でもロゼールは、年の離れた弟や子供くらいの年といった認識なので、イーアンとしては、食べたがる彼にも作ってやりたかった。
内緒でちょっとだけ作っとけばどうかな、と考えて。食事の後に一度寝室へ上がり、8時になったら厨房へ行くことにした。
ドルドレンに今日の話をした後。灰色の瞳に期待を含ませて『ということは。明日明後日、で終わり』と彼は確認した。
「そうだと思います。今回は」 「何、その。今回はって」
「ですから。もしその金属であれば、これで終了ですが。違ったらまた探さないと」
うぬっ、唸るドルドレン。自分でも先日同じ突っ込みを入れただけに、ぬかったと心の中で毒づく。
「鉱石とは限らないだろう」
「でも鉱石だと思うのですよ。冠。あの大きさを別の物質で作るって。石を彫るか、鋳型で金属でしょう。木材には思えないし、動物の革や骨質も考えられませんもの」
素材の話になると、ドルドレンは手も足も出ない。
ちょっと前まで、ダビとイーアンが喋っているのが頭痛の種だったのに。ダビが消えたと思ったら(※消えてない)もっとひどいことに、相手がイケメン職人になってしまった。
イーアンはこんなやり取りをしながら、時計を見て『8時前です』と言ったかと思うと『作ってきますからね』と伴侶にちゅーっとして、さっさと台所へ行ってしまった。
部屋に残されたドルドレンは、机の上にある白い石と、寝室に置かれたイーアンの剣を見た。さっき、白いナイフに似てると思ったのを思い出して、ナイフを見てみようと考える。
剣の柄頭を回すと、ナイフが出てくるとやらで・・・・・ ちょっとやってみるか、と手を出したら。ホントにナイフが入っていた。
「くそぅっ。タンクラッドめ。うちの奥さん抱きかかえやがって。ヤツの剣に、うちの奥さん入ってるって。怪しからん、いやらしい奴め(※発想が夜基準)なんつーモノ作るんだ」
何コレ。俺と君は一心同体だよ~みたい。嫌な感じーっ コイツ、絶対分かってやってるって。イーアン鈍すぎるんだよ・・・・・
ぶつぶつ言いながら、ドルドレンはイーアンの白いナイフを取り出し、不快な気持ちに満ち満ちている状態で、石とナイフを比べる。しばらーく眺めて、違いに気がついた。
「何かあれだな。ナイフはちょっと。動物的だな。金属って感じじゃないぞ。金属だろうけど、何か違うな。その可能性はないってイーアンは言っていたけれど、骨とか歯みたいな色だ。これ」
イーアンの手袋に付いた歯を見る。じゃないな、こんな黄ばんでない。もっと透明感がある。野性味がないのだ。
うーん・・・・・ あいつか。ミンティン。あいつの歯みたいだ。あんな色してるんだな、コレ。
「でもなぁ。龍は金属じゃないしな。と言っても、このナイフも金属一色に思えんしな」
ドルドレンはナイフを見ながら唸る。どうにかして、イーアンとタンクラッドのいちゃつき時間(※いちゃついてはいない)を阻止するため『コレは違うんでは』と言いたい。イーアンがせっせと弁当を作る間、知恵を絞るドルドレンだった。
厨房では。イーアンは今夜もお弁当作り。
精神健康上に影響があるとかで、ロゼール以外が退散した厨房。ロゼールは横で、イーアンの料理を見守る。そんな悲しげな深い緑色の瞳に、イーアンは微笑んだ。
「あのね、ロゼール。良かったら、ちょっと内緒で・・・ロゼールの分も作ろうかなと思います」
「内緒で?良いのですか」
「ドルドレンはね。特別感が欲しいのだと思います。自分が持っていないものを、私が他の誰かに渡すのが、とても辛いのですね。
だから、私としてはロゼールにも、食べたいと仰ってくれる人たちにも、皆に作りたいのだけど。それをやると、また凹んでしまうのですね。
なので、ロゼールには失礼かもしれないけれど、内緒な形でどうかしらって」
ロゼールは目を潤ませる。綺麗な森のような深い緑色の目で、そばかすのある、白い頬と鼻がふんわり赤くなる。
彼は思った。総長はあの年で、なんて『子供』なんだ、と。気持ちは分かるけど、イーアンが大変なのにそれでも駄々を捏ねて、男としてどうなんだ。そのイーアンは、俺にも作ってくれると言う・・・・・
「俺は。食べたいけれど、イーアンが大変なの分かるから、後でで良いです。少しでも休んでほしい」
「優しいロゼール。何て優しいことを言ってくれるの。大丈夫。ちょっと量が増えるだけですもの」
「いいです。昼に、総長の食事を一口味見でねだったら、撥ねつけられて悔しかったけれど。そんな、一食丸々作ってほしいとは言いません。味見を一緒に出来たら、それだけでも俺は十分です」
思い遣り深いロゼールに心を打たれるイーアン。こうなると、頼んでもないのに張り切る。『有難う』と一言だけ伝えて、何も言わずに量を一人前増やす。思えば、ロゼールは遠征の食事を作る時から、いつも側で料理をさせてくれたり、美味しいと誉めてくれていた。彼は料理が好きなのだ。
少し多めに見える量に気付いたロゼールは、味見の分を増やしてくれたんだと、温かい気持ちになる。
弁当作りで使った調理器具を横で洗いながら、少しでもイーアンの手間を減らすロゼールは、横で一生懸命料理を作るイーアンが、本当に姉のように思えて、この時間が嬉しかった。
イーアンはこの日も、3種類の料理を作った。簡単だけど、腹持ちはするもの。レンジで15秒チンした感じの温もり方法に、分厚い料理は向かないので、それを考慮した。
生地を練って寝かしている間に、香味野菜を細かく刻んでおく。卵は、9個もらって茹でる。細かく刻んだ塩漬けのキノコと、炒ってすり潰した木の実を混ぜたペーストを作った。
前日のブレズをもらって、すりおろしてパン粉を作ってから。1cm厚さに切った塩漬け肉を叩いて伸ばして、粉と酒を混ぜた衣にくぐらせてパン粉をつけ、少ない油で揚げた。
最後に、寝かせた生地を薄く伸ばして円形にする。そこに油を塗ってから、香味野菜を満遍なく広げ、端からくるくる巻いて、棒状の生地をさらに渦巻きにして上から板を乗せて潰し、扁平にしてから鍋で焼いた。
「イーアン。これはどうやって食べるの」
全部が皿に乗った時、ロゼールに質問されたイーアンは。
① ゆで玉子は、殻の上だけ剥いたら、そこに木の実とキノコのペーストを入れて、匙で食べるつもり。
② 野菜入りの扁平な焼き生地は、そのままでも良いし、揚げた肉を乗せて、二つ折りで食べても良い。
という食べ方を教えた。『玉子くらいです。こうして食べて、っていうのは。肉も生地も、そのままで良いのです』好きに食べてと微笑む。
「では味見をしましょう、ロゼール」
イーアンはちらっと時計を見てから、作り始めて40分くらいで終わった早さに感謝した。洗い物をロゼールが片付けてくれたので、1時間もかからずに試食。ロゼールはこの一言に、神様への感謝を捧げる。
ゆで玉子を一つ取って、殻の上だけ割って取り、キノコと木の実のペーストを匙で入れて掬った。『はい、口開けて』イーアンが匙を向けたので、有難ーく感謝し、ロゼールは照れつつも食べる(※順応は早い)。
「おおっ。玉子が。もう玉子じゃない。いや、玉子なんですけれど」
美味しい、コクがある、ロゼールは玉子に喜ぶ。続いてイーアンは、揚げた肉と扁平生地を切って、挟んで食べさせる。ロゼール大喜び。野菜の香りが、香ばしさが、肉のざくざく感が、味がすげぇっと小躍り。
ぽんぽん跳んでは、えらい高さで回転して、重力無視の喜び表現。大袈裟なと思いながらも、喜びのロゼール(※運動神経抜群)にイーアンも嬉しくなって笑う。これは既にサーカス。
「さて。美味しくて何よりでした。それでは見て分かると思うけれど、一人2つずつですのでね。あなたもこれを明日お食べになってね」
ニコニコしながら、イーアンはドルドレンの分とロゼールの分、自分とタンクラッドの分を別にした。『玉子とペーストはそのまま。でも肉と焼き生地はちょっとだけ、下段で温めて下さい』お願いします、とロゼールに任せる。
笑顔の人にそう言われたロゼールは、後ろを振り返り、厨房からちょっと出て何かを探す。
イーアンが何をしているのやらと思っていると、ロゼールは戻ってきて、満面の笑みで両手を広げ、イーアンを抱き締めた。
「有難う。本当に有難う。優しいイーアン」
喜びダンスの次は、喜びのハグを頂戴したイーアン。正直なロゼールを抱き返して、背中をとんとん叩いて『見えないところで食べるんですよ』そう、念を押した。さっきあちこち見ていたのは、人目を確認したんだなと理解した。
家庭料理でこんなに喜んでくれるんだから、是非、厨房のおばさんにならなければと。イーアンは決意も新たにお弁当作りを終えて、ロゼールに挨拶してから寝室へ戻った。
伴侶は寝室で待っていて、イーアンを抱き締める。今日はよく、抱きしめられる日のような気がするイーアンは、ドルドレンの抱擁にだけ、ぺっとりくっ付いて安心する。
「さあ眠ろう」
ドルドレンは愛妻(※未婚)をしっかり抱きかかえて、明かりを消してキスをする。それからベッドに入って。『おやすみなさい』と一言食らい、お預けとなる。イーアンは眠くて仕方なかった。
朝も早いし、雪山で何してるか知らないけれど(※採石)帰りも冷えて、戻ってから弁当作って。眠いよなと伴侶は承諾する。股間が勝手に勘違いして、やる気満々になっているのを気にしながら、ドルドレンは理性で眠りに着くことにした。
大事な愛妻を出来るだけ抱き締めて、極力密着状態で眠る夜(後から、眠りにくいと離された)。




