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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
324/2946

324. 出発前日の夜

 

 大急ぎでピンク玉虫クロークを仕上げにかかる。ゆっくり縫っても後1時間くらいだったので、頑張って40分で縫えた。縫い忘れがないか確認して、きちっと畳んでから大きい荷袋に押し込む。



「それで」


 明日は荷物をぱっと持って出られるようにと、荷造り開始。ディアンタの僧院のイラストと、空の塩袋いくつかと、剣と腰袋、骨の粉と水を入れる容器、骨の粉は金属の容器に入れて運んで、お手拭きと。


「後は何だ。何がいる?お弁当と、水は雪を融かせば良いから。それと何だろう?イーアン思い出して」


 自分で自分に声をかけて、工房をうろつく。どんなに考えてもそれ以上、ナシ。なので、一日目はこれで行こうと決めた。もし足りないものがあったら2日目から持っていく。自分の上着と青い布は、荷袋の上にかけて、準備完了。



 暖炉の火を消していると、扉がノックされて『ドルドレンだ』と迎えが来た。


「ドルドレン、お金下さい」


 扉を開けるなり、イーアンは食材費を忘れないうちにと、それを言うと。


「イーアン・・・・・ なぜ金が」


 突然、金を請求されて、伴侶は寂しそうにイーアンを抱き寄せる。机の上にある荷物に目を留めたドルドレンは『え。もしかして明日から行くのか』と急いでイーアンに確認する。

 今日から無限イケメン職人の日々、そして今は『金をくれ』と言われ、伴侶は灰色の瞳に戸惑いと哀愁を漂わせた。


 急に言って悪かったとイーアンは謝りながら、工房を出て、着替えを取りに行く間、お金を求めた事情を説明する。



「そうか。ロゼールが。俺も恨まれかねんな。まぁ確かに皆の見ている前で、一人だけ特別食ではな、そうも思うかも知れん。介護食なら文句も言われないだろうが。柔らかいものとか、温いのとか」


 最近のドルドレンの頭の中は、老後に向けて、快適な家を建てる計画が一杯なので、ついつい、老後の状態で理解をする。介護と聞いて笑うイーアン。


「まだ30代でしょう。何を突拍子もないことを仰るの。うんでも、まあ。そうですね。ですから」


「で。イーアンは出張が終わったら、厨房で料理までするのか。菓子もちょくちょく作ってるというのに」


 忙しくて倒れかねないぞと伴侶は心配する。イーアンも少しそれは()ぎるが、無理はしませんと約束した。


「旅立つまでしか出来ないことです。旅から戻るまでの間、どれくらいかも分かりません。戻ったらゆっくり、厨房のおばさんで働かせてもらえたら」


 良いでしょう?と微笑む愛妻(※未婚)に、ドルドレンは肩を抱き寄せて『イーアンは優しい』と頭にキスをした。



 ――厨房のおばさん。こんなに可愛いのに、厨房で、手にあかぎれでも作るような仕事なんて。駄目だダメダメ。させるわけにいかん(※イーアンは手の皮が厚くて逞しいのを忘れてる)。

 そうだ。白い前掛けなんぞさせたら、取り巻きが増えてしまう(←中年なので増えない)。家が建つのだし、うちにいれば良いのに。イーアンは奉仕精神旺盛なのが困るところだ。


 大体、戻ってきたら、もう現役引退みたいな設定になっているが。国益にしようって話なんだから、工芸品で鎧とか剣とか作らなきゃいけないの、忘れてるな。これは。まして『魔王倒してきました』なんて言ったら、厨房のおばさんでぬくぬく過ごせないだろうに。王が許す気がしない。国費使ってるし。



 ドルドレンは、ニコニコしながら風呂場へ向かう愛妻をじっと見つめて、この人はいろいろ自覚が足りないとしみじみ思った。そこが良いとも言えるのだが。


 イーアンが風呂に入り、出てきて交代でドルドレン。イーアンはオシーンの鍛錬所待ち。ザッカリアは近くにいないのでドルドレンは今日、一人で入った。


 ドルドレンが鍛練所に迎えに行くと、オシーンとイーアンが笑って話していた。お礼を言ってイーアンと一緒に広間へ向かう間、オシーンに『剣の力が男並み』と誉められたとイーアンは話した。


「ちょっと待て。イーアンは剣を習ってるのか」


「少しだけです。毎日5分くらい。この前、一人でイオライセオダで初めて使って。

 タンクラッドが作ってくれたばかりの剣を、偶然使うことが出来ましたが、あれは剣が良いから助かったと心から思いました。

 だからこれからは、ちゃんと剣の使い方を覚えた方が良いと思って。下手なせいで、剣がダメになる速度が早いのは嫌です」



 ――ひえ~・・・・・ タンクラッドめ。何て方向に、うちの奥さんを走らせるんだ。うっかり剣、作っちゃったみたいな話だったが。これで、うっかり切られたら恨むだけでは済まん。


 オシーンに、『力が男並み』と言われて喜んでるんだぞ。剣の使い方知らないのに、支部と同じ大きさの魔物ぶった切ってきた人に、さらに剣の道に走らせて。どうしてくれるんだ。老後まで命が持つのか、俺は。そんな男並みの力で、怒らせて切られた日にゃ。死んでも死に切れない。


 はっ。そうだ。クローハルもこの前。イーアンがショーリと一緒に、穴の中で痙攣してる魔物の首を、剣でズバズバ切り裂いていたと。二人で笑いながら切っていたのを見て、自分が無力に思えて泣きたくなったと話していた。うちの奥さんは、本能で剣を使ってるんじゃないのか――



 黙りこくって困った顔をしている伴侶を見上げて、イーアンは『お夕食を運びますから』と既に着いていた、広間の暖炉前に座るように促した。


 力なく、老後まで生きれるかを悩む頷き方で返すドルドレン。厨房に行ったイーアンの背中を見ながら、ドルドレンは大きな溜め息をついて椅子に座って待った。



 少しして、イーアンが盆を持って戻ってきた。机に置かれた盆を見て、黒髪の美丈夫は目を丸くした。『これは』言いかけながら、イーアンを見上げると微笑んでいる。


「お夕食。作ったと話したでしょう。焼くのはロゼールにお願いしました」


 取り皿を用意して、並んで座るイーアン。盆の上には、焼き立てのブツブツと音が聞こえる2皿の料理。赤い野菜の焼き皿と、香ばしく金茶色に焼けたブレズに入った、肉の匂いのする焼き皿。


「とっても熱いです。気をつけて」


 二つを丁寧にドルドレンの皿によそって、ニッコリ笑う愛妻(※未婚)。鳶色の瞳が優しい。目尻にシワを寄せて、微笑む笑顔は温もりに満ち溢れている。ドルドレンはイーアンをぎゅうっと抱き締めて、すりすりした(※ここは夕食時の広間)。


「すごく嬉しい。何て嬉しいんだろう。ありがとう。有難う、イーアン」


 剣で切られようが、怒号で縮み上がろうが、俺の奥さんは最高だと。声に出しているのに気がつかずに、感動のままにドルドレンはイーアンに感謝を捧げる。周囲も笑っている。

 最初の方の、不穏な響きに顔をしかめるイーアンだったが、とにかく喜んでいるので良かったと思った。


「はい。では食べましょう。どうぞ」


 イーアンは料理を匙に取って、吹いて冷まして、伴侶に差し出す。ウルウルしながら目を拭うドルドレンは、口を開けてぱくっと食べて、はふはふしながら何度も頷く。飲み込んでから『凄く美味しい。愛の味だ』と喜びを伝えた。


「愛の味って。どんな味」


 周囲がやっかむ中、イーアンは笑っていて、ドルドレンはふーふーしてもらった料理を満喫する。『こんな味があるんだな。ありそうでない気がする。これが家庭料理か。愛の料理だ』うまいうまい言いながら、愛の味に悶えて食べる総長。


 ドルドレンが延々と食べるので、イーアンは自分用には一度、皿に取った分だけを食べた。ドルドレン以外はそれに気がついていて『総長、イーアン食べてないです』『彼女が可哀相だ』とわぁわぁ騒いでた。

 一切、耳に入っていなかったドルドレンだったが、ふと、イーアンは食べていない気がして(※遅い)愛妻を見つめた。『食べてないかイーアン』ちょっと訊いてみる。


「いいのです。私、あなたに食べてもらいたかったから」


 自分でも少しは食べて、味見しておかないとね。と笑顔を向けるイーアンは、ドルドレンに手料理を食べさせ続ける。ドルドレンは申し訳ない気持ちもあったが、自分だけの美味しい料理と、優しい愛妻に甘えることにした。



 こんな姿に、士気が下がると言われそうだな・・・食事中にドルドレンはちょびっと思ったが。でもちらほら、『早く彼女をつくろう』とか『役職ついたらああなれる』とか聞こえてきたので、もしかして良い効果を与えているのではと気がつく。

 そうそう、役職ついたら養える。その前に、彼女つくれば料理も食べれる。さぁ頑張れ、部下たちよ。目指せ、俺の今の立場を。


 そう思えば。この状態は、部下にも自分にも良い影響を持つのだなと、嬉しく思う総長だった。



 こうして二人は満足し、食器を片付けて(←料理担当に食べたかったとぼやかれた)寝室へ上がった。


「本当に有難う。忙しいのに、あんなに美味しい料理を作ってくれて」


「いいえ。毎日一食作ろうって決めましたもの。あなたを我慢させていましたから、自戒の念もありです。頑張って、毎日美味しいって、言ってもらえる食事を作ります。

 明日から、私は雪山に行きます。朝も早いし、帰りも夜です。ですから」


「そうだった。明日からなのか。幸せ時間に浸り切っていて忘れていた。朝から夜?」


「落ち着いて下さい。それは仕方ないとタンクラッドも言っていました。探しにかけられる日数に限度がありますから、朝は早いし、帰りは毎回夜です」



 いやだ~っ イーアンに縋りついて嫌がる伴侶。嫌だ嫌だと喚き散らす。宥めながら『でもね、でも。聞いて、ドルドレン』白い線の入る黒髪を撫でながら、イーアンは言い聞かす。


「お弁当作りました。作り置きになってしまうから、出来立てではないですが。お昼にそれを食べて。言えば、ロゼールたちが温めてくれるかも知れません。

 ドルドレンの分は焼き釜用の、今日の容器に移しておくからね。それを少しお昼の時に、焼き窯に入れてもらって」


「お弁当。俺に作ってくれたのか。うん?でも今、『俺の分は』と言ったか」


 感動を呼び起こしながらも、ちょっと引っかかるドルドレンは質問する。イーアンは微笑んで『私とタンクラッドも同じものがあります』と頷いて答えた。


「タンクラッドも同じの食べる~ いやだ~ 俺だけじゃないなんて、いやだ~」


「私も。私も食べますから。ね。皆一緒だから、嫌じゃないでしょ?」



 そうじゃない、嫌なんだ、と駄々を捏ねる36歳。自分だけではないことに、ドルドレンはイヤイヤしている。

 困ったなぁと伴侶の頭を撫でながら、イーアンは言葉を探したが。何を言っても、嫌なんだろうなと思うと上手い言葉が見つからない。ひたすら髪を撫でて『ドルドレンは熱いのが食べれます』『ドルドレンは一番、量が多いのよ』『ドルドレンのはお肉が多めなんだから』と特典を教えて、特別感を出すしか出来なかった。


 結局。どうやっても3人とも同じものを食べるのは変えられず、愛妻を引き止めることも出来ないので、ドルドレンは子供のようにべそをかきながらも、渋々受け入れた。



 寂しくて悲しいドルドレンは、明かりを消してベッドに入って、愛妻の眠る時間を考慮しつつも、みっちり隅々愛することにした。いつも愛してるけれど、念入りに自分だけの愛妻を堪能した。

お酔い頂き有難うございます。


ブックマークして下さった方がいらっしゃいました。有難うございます!!大変励みになります!!

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