320. 鞘・クローク作り・慰労会
会議が済んで、明日のお金も受け取ったイーアンは、ずっと気になっていた伴侶の鞘に、皮を巻くことにした。
広間に行って、ドルドレンの剣を探し、木型に収まった剣を持って工房へ戻る。白い皮の内皮部分の、黒い細かい鱗様形態皮が幾らもあるので、これを木型に合わせて切り出す。ふと、思いついて、白い皮の細い切れ端を縫い合わせる部分に当てることにした。
鞘と同じ長さの細幅の白い皮に縦に紐通し穴を開け、白い皮をジョイントで、黒い皮の両端を紐状に切ったものをくぐらせて編みこみ、ぎっちり木型を包んで網の装飾も完了した。剣帯やベルトを通す部分を作り、浮かせた場所に膠を丁寧に塗りこんで固めた。
「格好良い」
うんうん、と満足するイーアン。黒い鱗様形態の皮の編み目を通して、螺鈿のように見える白い皮。黒い方の紐部分を漉いたから、ぴったりくっ付いて、細かい鑢で磨いたら本当に螺鈿細工みたいに見える。
「ドルドレンっぽい。青かったらもっと似合うけれど、これはこれで素敵」
大満足のイーアン。編むのは得意だから、意外と時間も早く終わった。
「まだ何か出来るかも」
時計を見て、夕方前だと分かり考える。思いつきは自分の鞘。でもそれはまぁ後で良いや(※自分はいつでも可)と思って、ちょっと部屋を見渡す。手袋は時間が足りない。切り出しはタンクラッドのナイフ待ち・・・・・
「あ、そうよ。羽織ものを用意しておいた方が」
伴侶のクロークが工房にかかっているので、それを参考に羽毛の毛皮を切り出す。実は伴侶のではなく。
「雪山で仕事するんだから、タンクラッドも防寒上着がないと」
ということで。同じような背丈で同じような肩幅のタンクラッドに、ピンク玉虫のクロークを作る。貸してあげて、雪山が終わったら伴侶に着せよう(※お下がり)サイズも一緒だし、と合理的なイーアン。
上着は嫌だろうけれど、クロークなら毛布被ってるのと変わらない。イーアンの視点では、クロークは毛布。それに毛が生えたり、羽が生えてるだけである。もし伴侶が着ないと言えば、下手に縫わない広い面が生かせるから、クロークは再利用が出来る。
「これならリサイクルもしやすいし、雪山では温かいし、クロークが一般的な世界で良かった(←羽は異例)」
上着の袖やら襟やらに比べれば、長い距離を縫うだけでクロークは単純(※あくまで身内用)。
タンクラッドがこれを羽織ったら、イケメンだけに夜の帝王まっしぐらだなと思い浮かべつつ、でも雪山で、他に誰も見ないんだからと納得した作業だった。羽毛を嫌がっていた感じだけど、寒くて風邪を引いたら大変(※作業効率に関わる)である。夜の帝王に、真昼間の雪山で活躍してもらおう。
一度仕立てている作業は、手元も軽快。あれこれ思いながら、イーアンは、ちゃっちゃか、ちゃっちゃか縫い進めた。
そうこうしている内に日は暮れて。ドルドレンが迎えに来た。
イーアンはクロークを縫っている最中だったが、羽毛だらけで何を作っているのか、ドルドレンには分からない。『イーアン、慰労会だから風呂に早く入ってしまおう』ピンク玉虫に埋もれる愛妻に声をかける。
ドルドレンを見て、イーアンはすぐに壁に立てかけておいた剣を出した。喜ぶドルドレンに、イーアンも胸を張る。
「イーアン、素晴らしい。こんな鞘を見たことがない。何て美しいのだろう」
「とても丈夫です。魔物も使いようですね。編んでいますから、描いた絵みたいに消えませんよ。塗料が剥げるなんて情けないこともありません」
えへん、と胸を張る満足そうなイーアンを抱き締めて、ドルドレンは大喜び。素晴らしい工芸品だと褒めちぎって、二人は誇らしげ(?)に広間に剣を戻しに行った。
剣を戻して、寝室へ着替えを取りに行き、イーアンはお風呂。お風呂から上がってオシーンにお守りしてもらい、その間にドルドレンはザッカリアを掴まえて、二人でお風呂。
オシーンはザッカリアと総長が戻ってきたのを見ながら、イーアンに『ザッカリアは、お前たちの子供みたいだな』と笑った。
髪の毛の質が似ているからかな・・・最初、イーアンもそれを思った。皮膚の色は全然違うけれど、ドルドレンは白い肌だし、自分は黄色人種(この世界にいないけど)。ザッカリアはブラウン。それに、伴侶もイーアンもザッカリアも、黒い髪。伴侶の瞳は灰色で、自分は鳶色。ザッカリアはレモンちゃん。混ぜて割ったら、レモン色(?)。そうかもね、お子たまっぽいかも、と納得する。
イーアンはオシーンに『私もそう思う』と微笑んで、ザッカリアを撫でた。ザッカリアは、自分も慰労会に出るとはしゃいでいた。総長は『子供だから良いんではないの(※オマケ)』とイーアンに言った。
風呂上りの二人は、ギアッチに相談して、ザッカリアを1時間だけ慰労会に参加させることにした(←子供は早く寝る)。自分たちを含む援護遠征の12人と、その前に出ていた8人の20名分+子供の席が設けられて、慰労会が始まった。
「無事の帰還に感謝して。好きなだけ食べて。好きなだけ飲め」
ざっくり面倒臭さ満点の短い挨拶で、遠征慰労会の食事の席は沸く。
イーアンの横にドルドレンとザッカリア、ザッカリアの横の席は端っこなので、保護者のギアッチも同席している。『私はご馳走要りませんよ、お酒も要らないです』親ですし、と笑いながらザッカリアの側。
ギアッチがザッカリアの皿に、好きそうな物を入れるのを見て、イーアンは気になる。向かいに座るトゥートリクスの皿も気になる。野菜がない。ちらっとドルドレンを見ると、伴侶はちゃんと野菜を食べる。これは良い。
咳払いを一つして、ザッカリアに『緑色は』と囁くと。ザッカリアは、南西支部の年末会で野菜がまずかったことを思い出した。『いらない』小さい声で抵抗する子供。
「一つ食べましょう。一口。一回のお食事で、一口よ。ちょっとずつ食べて、大きくなるでしょ」
「緑ので大きくならないもん。肉で大きくなるんだよ」
一口だけだから、とイーアンは強行突破。小さーい茹で野菜をきちんと厚い肉に巻いて、たっぷり卵のソースを絡めてから、ザッカリアの口に差し出す。
『はい。あーん』ニッコリ笑うイーアン。仏頂面のザッカリア。絶対美味しくない、と騙された記憶で嫌がる。お父さん役2名は苦い笑顔で見守るのみ。
「食べて。これで終わりにするから。あーん、って。あーんして頂戴」
レモン色の大きな目を覗き込んで、満面の笑みでお母さん役のイーアンは顔を近づけてお願いする。ザッカリアはイヤイヤしている。周囲は『自分あーんします』と聞こえるように呟いて、目の前の光景を見つめる。
結局、口にちょんちょんと匙を付けて、卵のソースが美味しいとわかったザッカリアが口を開けた時に、肉野菜をにゅっと押し込んだ。イーアンを睨みながらもぐもぐする子供。
良い子良い子と、イーアンは口のソースを人差し指で拭ってやり、それは自分がペロッと舐めた。わぁわぁ、周りが煩い。
『美味しい?』イーアンが質問。子供以外が『美味しい』と騒ぐが聞こえない。ザッカリアは少し考えて、負けた気がしていても感想としては『美味しいかも』と答えた。
イーアンはザッカリアを抱き締めて『良かった。ありがとう』とお礼を言いながら誉めてあげた。野菜に慣らしていけば、皮膚も綺麗で、髪もツヤツヤ。お野菜は美に大切、とイーアンは信じている。
子供に甘いイーアンを見守るドルドレンは『野菜食べただけ』とぼやいた。俺だって食べてる、とイーアンに抗議。ギアッチもなぜか『野菜は私も食べていますけれどねぇ』とか呟いていた。
ふてるドルドレンに笑いながら、イーアンはいつものように伴侶にも食べさせる。すぐに機嫌が直る伴侶。部下は見ないことにして、自分の食事をするが。トゥートリクスは、視線を自分の皿に落とした。肉のみ・・・・・ これどうしよう、と思った矢先。
「トゥートリクスも食べましょうね」
頑張って食べる量を増やそう、と思うものの、やはり野菜に美味しさを見つけにくいトゥートリクス。イーアンに言われて、うーん、と唸りながら。自分から、蒸し野菜の料理を皿にとって、辛いソースを目一杯掛けて食べることにした。
イーアンはその行動に感心して(※野菜伝道師)すり身の蒸した魚の玉を、自分の匙に載せ、トゥートリクスの皿の野菜とソースに一緒に絡め、『こうすると食べやすいかも』と机に身を乗り出して、彼に匙を向けた。
「皆に食べさせるんじゃない」
伴侶がびっくりして、立つイーアンの腰を椅子に落ち着かせようとするが、トゥートリクスは赤くなりつつもぱくっと食べた(←度々あるので、少し抵抗が消えてる)。総長の目が怖いトゥートリクスは、絶対にそっちを見ない。
「美味しいです」
緑色の大きな目をきょろっと向けるトゥートリクスに、イーアンも幸せな満足に微笑む。大きいお兄ちゃんと、小さい子供に野菜を勧める自分は、とても良いことをしている気分だった。
伴侶にダメダメ言われながらも、イーアンは『はいはい』と往なし、匙を変えて伴侶にも食べさせる。食べさせると黙るので(※行儀は良い)せっせと与えて、文句を言わせる暇を作らないことにした。
子供は『総長はこんなに大きいのに、一人で食べないんだな』と総長をじっと見つめて思う。俺は自分で食べるけどと思うと、自分の方が大人に感じた(当)。
同席者には、クローハルも、シャンガマックもフォラヴもいる。彼らは好き嫌いしないので、イーアンに食べさせてもらう機会はない。ただただ、羨ましく見守っていた。
美味しいご馳走で呻くイーアンは、とりあえず少し味見をして呻きそうだと判断すると、パパを思い出しながら食事をした。
味気なくて悲しくなるが、皆と一緒に食事をするこの場が大切。大人だから我慢だと自分に言い聞かせ、パパを想像しながら、味覚の遠のいたご馳走を食べた。
そんなイーアンを伴侶は横で見ていて、自分の親父の効果を複雑な心境で見つめ、後で部屋でゆっくり食べてもらうことを愛妻(※未婚)に提案した。
イーアンはお礼を言って、『食べきれないと勿体ないから』と小さな皿に少しずつ料理を取り分けて持っていくことにした。
楽しい慰労会で、一緒に遠征の場にいた人も、そうじゃない人も。会話は飛び交って賑やかな席。珍しくクローハルも大人しい酒を飲んでいて、ドルドレンはこうした席を有難く思った。
時々、イーアンVS女の『ガチンコ』話をクローハルが持ち出したが、シャンガマックとドルドレンがびしびし止めた。シャンガマックもあの状況に魂消たが、イーアンらしい気もして受け入れた(※度量が広い)。
フォラヴは何か察したようで、イーアンに『あなたはいつでもどんな時でも、美しいのです』と微笑んでくれた。それが例え、民間人に憤怒して、蹴りを入れようとしていたとしても。感情的な自分に自粛しつつ、イーアンは謹んでお礼を言った。
ギアッチはイーアンを見て、総長を見て。ザッカリアに食事をさせながら『愛って大事なんだよ』と子供に教えた。
子供は、ギアッチの茶色い優しい目を見つめて、意味が分からないなりに『だから俺が結婚すればいいんだよ』と自信を持って答えた。総長は苦虫を噛み潰したような顔で、引き下がらない子供に警戒心を上げた。
暫くして、ギアッチとザッカリアが1時間後に退席。イーアンとドルドレンも寝室に引き上げる(イーアンの部屋の食事)。
残った面々は料理を全て食べ切ってから、酒を増やして二次会に突入した。ブラスケッドも加わって、暇だったポドリックも入ってきて、そうすると部下もくっ付いてきて。二次会の人数は、遠征慰労会の人数を超えていた。
結局、イーアンが嫌がっていたガチンコ話は、シャンガマック以外のその場にいた観客に全部バラされて、ブラスケッドは面白がって聞いていたが、ポドリックやコーニスは『いや、奥さんそれじゃ寝れない』と恐れていた。
途中。イーアンが気の毒で聞くに堪えなくなったフォラヴは席を外し、その時に近くにいたアティクとダビが入れ替わりで着席し、ここで再び、ダビが最近、イーアンを怒らせて剣を抜かれた話になり(止める人ナシ)二次会は延々と、豹変する暴力的な女の話で盛り上がっていた。
そんなことは露知らず。
イーアンは伴侶に優しくされながら、お部屋で美味しい料理を思う存分、あんあんうんうん言いながら味わっていた。それを側で見ている伴侶も唾を飲み込む回数が増えて、食べ終わったと同時にベッドに愛妻を連れ込んで、思う存分、愛妻を味わう夜になった。
お読み頂き有難うございます。




