319. 北東援護遠征報告会議
いつも通りの進行で、北東の援護遠征報告会議が進む。援護遠征は北と北東が混ざっているので、それぞれ滞在した騎士たちの報告で記録された。
各隊長と執務の騎士と会計・経理担当が加わって、遠征に出向した12名で会議は進んだ。
北は肉弾戦で終わったそうで、フォラヴがトゥートリクスと、ポドリック隊のワショーグ、ブラスケッド隊のチェオと組んで、森の中の魔物退治で4頭取ったと報告した。『チェオとワショーグは止めです』とフォラヴは爽やかな笑顔で頷いた。
北東は混乱状況だったため、総長が参加してから北西と北の支部で組んで隊を作り、2つに分かれて8頭を取ったと報告。
先に着いた隊長がクローハルなので、到着戦法状況から被害報告、総長とイーアン、北の支部、北東のショーリが加わった後の戦闘を伝え、回収までを伝えきると『ちなみに』と民間女性の乱入まできちんと全員に教えた。
イーアンは俯いていた。ドルドレンも怒りを抑えながら、ジゴロを睨みつけていた。
クローハルとしては違う見解だったらしく。
イーアンと民間女性とのガチンコに、恐れ戦いたものの、あんなふうに自分の愛のために戦う女がいたらと思うと撃ち抜かれた・・・・・『ああ、守られたい』『普段優しくて、他の女には蹴りかますなんて』『それも俺のために』等と、守られ愛に目を瞑って嬉しそうに萌えていた。
冷めた目つきでイーアンはクローハルを見たが、目が合うと、ジゴロは片目をぱつっと瞑ってきたので、さっと目を反らした。
「真面目な質問だ。イーアン、あの時そう言えば小石を魔物に与えたな。あれは?それにその羽の上着は最高に」
目を反らされたクローハルが笑顔を向け、余計な言葉が続くと判断したイーアンは遮って、きちんと答えた。
「イオライの魔物の体液です。ポドリックとブラスケッドに触らないよう注意した、あの黒い液に、石を浸して魔物の喉に落としました。喉の肉が焼けて引き攣りますから、呼吸困難になっていた魔物には丁度良いと思いました」
聞かなきゃ良かったというような、苦い顔をする質問者クローハル。頭を振り、笑いを堪えるブラスケッドが、ポドリックの肩に手を置いた。苦笑いするポドリック。
「なんで毒を使おうと思ったんだ。毒を塗ったシカや、毒矢を。誰も使っていなかっただろう」
片目の騎士がいつものように、笑みを湛えながらイーアンに質問する。イーアンも微笑んで返す。
「誰も使っていないので。使ってみて駄目なら、剣で切ろうと思っただけです」
「その。今、着ている派手なのは。それが今回の魔物か」
腕組みして背凭れに体を預けながら質問を続けるブラスケッドは、イーアンのピンク玉虫を顎で示して口端を吊り上げる。『豪華な戦利品だな』ハハと笑って、少し拍手した。
イーアンも笑って、上着の襟をちょっと引っ張り、頷いて返す。
「ね。本当に。豪華ですけれど、実はこれは大した機能があります。これを作ってから、その特性を知りました。その特性の効果で、ああした動きだったのかと・・・今更ですけれど理解しました」
「ほう。それは。説明を良いか」
食いつく片目の騎士に、微笑んで『もちろんです』とイーアンは話す。イーアンは上着を作るまでは知らなかったが、着用した時のこの皮の温度や、色彩の理由・保護色を知り、それらが魔物の夜行性に有利であったこと、日中でも一つ所に集まると、穴の中を見ても、はっきり姿を見極めるのが難しかったことを話した。
「昼間は、見えるのです。パッと見て派手だし、形も見えるけれど、ちらつくのですね。動かれると余計に目がおかしくなりそうでした。今ここに私が居るみたいに見えていました。
とっ散らかった羽の向きをしているでしょう?光の跳ね方は照射率や角度で異なります。この羽にはそういった効果があったのですね」
「森に入った魔物を追った時。木漏れ日と紛れる時があって、前を走っているのに消えるような、奇妙な感覚があった」
ドルドレンが付け加える。あまり森の話はしたくないが、思い出したので一応添えた。クローハル隊のゴウェインも同じことを思い出す。『夜に襲ってきた時。月が出ていたのに分からなかった』影が地面に落ちていて、と話すと、ブラスケッドたちも眉を寄せて恐怖を理解した。
「そうだったのか。苦戦するな、まともにぶつかったら。イーアンはどうして昼間に攻撃しようとした」
「集まっていますもの。日中は余り動かない、とクローハルに聞いていました。刺激すれば動くでしょうけれど、ああした種類の大きな生き物で、同じような習性を持つものの話を知っていました。
夜に活発で、動き回る範囲が広く散らばるのであれば、まとまって動かないでいる時を攻撃した方が確実でしょう。それに夜に見えなくなる姿ですから、なおさら見えている日中の方が良いはずでした。
私と一緒に、クローハルと飛び入りのショーリがいて、ドルドレンにはシャンガマックがいました。力の強い剣士2人ずつ、それぞれの隊に弓引きも付いてくれました。他の方も剣の強い人ばかりです。
ドルドレンが以前倒した魔物と似ていたらしいのですが、実際、彼も一人で日中に倒し続けています。私たちが今回、日中に攻撃しても、まず大丈夫だろうと思いました」
説明を終えると、『今後は毒を持つ魔物を倒したら、積極的に毒も回収対象に』とイーアンは言い添えた。ブラスケッドは大きく頷いて『毎度。最初っから。イーアンの話は面白いな』と感想を言った。
特に言わなかったが、イーアンはコモドオオトカゲやワニを思い出していた。この世界の人が知るわけないので黙ったが、あれは日中は日光浴して体温を上げて、夜にうろつく。恐竜でも、そうした体温を調整するとされている話は結構あった。
魔物は血液がなさそうだから、そもそも体温を保つ必要があるか、それは今も疑問のままだが、イーアンの理解としては、何かしらでモデルとなった元の動物の、そういった習性はそのまま引き継がれている気がしていた。毛皮も、着用した皮膚の温度を高めている肉面を考えると、そうしたことかと思えた。
総長は、咳払いしてから『北東のアルドマは降格だろうな』と伝えた。クローハルもそれには賛成した。あれでは部下が気の毒だと、今回の18名の負傷者はアルドマのためではないかと意見した。
「そうしたことは書けませんが。でも本部に、別報告で出した方が良い内容ですね」
執務の騎士がちょっと同情気味に提案した。『確かに。夜に見えない相手なのに、夜を選ぼうと思わない』ほぼ屋内勤務の執務の騎士も、ぽっちゃりした頬をぷるぷる揺らしながら頷いていた。
「フォラヴたちも日中だったのか」
クローハルが訊ねる。白金の髪を品良くかき上げ、妖精の騎士はジゴロにも平等に微笑む。
「そうですね。北の場合は群れが離れているので・・・一つの班で一つ担当は同じとしても、他の班の動きは分かりません。トゥートリクスは昼夜問わず魔物を見つけられますし。でも私は上から見れる昼が楽ですから、必然的に昼に攻撃しました。
私たちも戦いましたけれど、相手の首が大きくて太いので、止めは豪腕のお二人に任せました」
夜は挑まないんじゃないですかと、トゥートリクスも苦笑いしていた。
『俺は見えますけど。他の人は見えないでしょうね』緑の目をキョロっとフォラヴに向けて、同意を求めると、フォラヴもちょっと笑って頷いた。
『私も空にいれば怪我しませんから、夜でも浮かべば何とでもなります。でも皆さんはそうも行きませんからね』森林限定飛行能力のフォラヴが『夕食にされてしまう』とコロコロ笑った。
その『夕食状態』で、数日間、北東に戦わされたクローハルたちは苦い顔で聞いていた。とりあえず、援護遠征は全員無傷で帰還したので、会議はここで終了した。
この後は、夕食に慰労会があると告げられて、援護遠征から帰った騎士たちは休日入りとなった。イーアンとドルドレンは工房に戻ったが、すぐに執務の騎士が来て、ドルドレンは書類に判をつけと連れて行かれた。
イーアンは連行される伴侶を見ていたものの、ハッと思い出して走って追いかけた。ドルドレンが気が付いて振り向き、嬉しそうに『イーアン』と両手を広げたが、『明日のお金下さい』とイーアンに言われて凹んだ。
執務の騎士に、明日の工具買い付けと、昨日のルシャーブラタの工具代請求の話をすると、『イーアンはちゃんとしてる』と満足そうに頷かれて、総長をちらっと見た執務の騎士が『普通は後回しにしないで、こうなんですけどね』とぼやいた。
執務の騎士はすぐに金庫からお金を出してくれて、総長に確認させてから、買い付け代を持たせてくれた。領収書を『北西支部ディアンタ・ドーマン』で出してもらうように言われて、イーアンはお礼を言って受け取り、伴侶の寂しそうな瞳に励ましを伝えて工房に戻った。
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