318. ドルドレン消沈
タンクラッドの家を出てから、イーアンは支部に帰らないで北へ向かった。
ディアンタの僧院へミンティンを向け、石像の冠を描いておこうと思った。自分なりに解釈して、恐らくタンクラッドは『石像の冠』の復元のため、どれくらいの石が必要かを知りたいのだろうと考えた。
採石した石は砕いて融かされて、重量のどれくらいかが金属として残る。タンクラッドは一度、白い鉱石を持ち帰った時に、『ナイフ一本作れなかった』と言っていたのだ。冠の厚さや大きさ、装飾などで、彼はどれくらいの金属量が要るか。それを見当を付けるつもりだ。
「見えてきたわよ。ミンティン。石像のある部屋の前で降ろして頂戴」
ミンティンは僧院の廊下の窓の、石像のある場所に体をくっつけてくれた。そしてイーアンがもどかしいのを知って、摘まみ上げて窓に入れてくれた。摘ままないで、とは言えない親切に、イーアンは素直にお礼を言う。
石像はいつ見ても微笑んでいる。『あなたの冠を絵に描かせてください』イーアンも微笑んで挨拶した。
早速、ペンとインクと紙を出して、イーアンは石像の周りを動きながら、冠の大まかなデザインを描く。そこから装飾の形や、凸凹に影をつけて、一度デザインだけの絵を終わらせる。
それからもう一枚に、同じように少しラフに描いて、そこに石像の冠の厚み・丈・幅・頭囲をおおよそで書き込む。サイズは自分の頭だろうなと思いながら、とにかく冠自体の情報を出来るだけ見つけ出して書き込んだ。
ふと、綱にも目が行き、綱の太さや縒りも序に絵に描いた。これはグィードなんだと分かっている。綱の情報も、石像からわかる限り描き込んだ。
描き終えて、インクを乾かす間に荷物をしまい、紙をそっとたたんで袋に入れた。『また会いに来ます』イーアンは別れの挨拶をして、ミンティンに乗った。石像は自分と似ていて、最初こそ驚いたものの、今はもう、自分の親族がいるみたいで少し心強かった。
僧院を後にしたミンティンとイーアンは、ちょっと急いで北西の支部に向かった。
支部に戻ったイーアンは、工房に入って時計を見た。ぎりぎりでお昼に間に合った。12時は過ぎていたが、広間は昼食に賑わっている頃。
執務室へ行くと、ドルドレンが待っていてくれて、二人は一緒に昼食に行った。
「シャンガマックたちは戻りましたか?」
「まだだ。でももうすぐだろう」
間に合って良かったと思うイーアン。ドルドレンの視線が気になって、イーアンはドルドレンの灰色の瞳を見つめた。『何したの』と素っ気無い言葉に、イーアンは溜め息をついた。言いにくい。
イーアンの溜息に、ドルドレンは眉間に皺を寄せた。『何かあったのか』嫌な予感がする、と伴侶が言う。
「当たっています。予感の能力が高い。でも嬉しくないですね、きっと」
「何だ、何があった」
食事の手を止めて、腹を割ったイーアンは業務的に連日のタンクラッド同行を伝えた。ドルドレンが見ている前で萎れていく。
「そんな。あんまりだ」
「これでも交渉は頑張ったのですよ。ルシャー・ブラタの工具は最優先だし、あの魔物から金属を取り出して作ってくれる人なんて、すぐに他を探せませんし。
白い鉱石の日帰りだって、本当は泊まりと言われたのです。山脈のどこを探すか分からないと言われ、日帰りの時間の無駄を彼は心配していました。私も愕然としましたが、そういう内容のお願いをこちらがしているわけで。アオファがかかっていますから行かないと。
それに、彼もまた請負の仕事を詰めて、私たちの鉱石を探しに出てくれるのです。これ以上の取引は無理があります」
「分かるよ。分かるけど。でももう死ぬかもしれない」
「ドルドレン、気を確かに。死なないで下さい。私は何が何でも白い鉱石を早く見つけてきます」
「だって、本当にそれかどうかも分からないのだろう?白い鉱石なのか、冠かも」
「そうです。だけど今の時点では、私たちの謎解きではこれが一番の最有力説です。タンクラッドが間違えているとも思えません」
「信じてるよ~ うちの奥さんがよその男、信じてる~」
壊れかけのドルドレンは、昼食時の騎士たち(※部下)がびっくりしている中で、悲しい声を上げてのた打ち回る。慌てるイーアンが一生懸命宥めるが、ドルドレンは崩壊寸前。
「信じられない人にお願いしても仕方ないでしょう」
道理で説いてみるが、伴侶は半泣き。可哀相やらどうすりゃいいのやら、イーアンは困って、とにかく横に座って背中を撫でる。
「とにかくね。そうしたことですから。明日工具を買うお金を下さい。工具を買いに行って来ます」
慰めながらも、業務的に必要なことはしっかり伝えるイーアン。ぴくっと止まるドルドレンは、がっくりしながら頷いた(※一応理解はしている)。
そんなことをしていると、正門が騒がしくなって、少しするとクローハルたちが玄関から入ってきた。遠征から帰った10人が一緒に入ってくる。人数が多いと思ったイーアン。よく見ると、フォラヴもトゥートリクスもいる。
伴侶がぐたっとしたまま食事が終わっていないので、『ちょっと挨拶しますから、お食事食べてね』と言い残し、イーアンは彼らの元へ行った。
「ああ。イーアン。私を迎えに出てくれるなんて。あなたに会えなくて私は風前の灯でした」
仰々しいフォラヴは笑顔で返し、ちょっと置いといて、嬉しそうなトゥートリクスにも労いの挨拶をするイーアン。『あなたも遠征だったのね』と訊くと、彼は北へ援護だったそうだ。
「全員戻った。ただいまイーアン」
胡桃色の瞳の、甘ったるい笑顔を垂れ流すジゴロがイーアンに腕を差し伸べた。イーアンはその手を取って一応握手。引き寄せられるがそこは抵抗して、一歩も動かないまま笑顔で終わらせる。
「お帰りなさい。クローハル。長い道をお疲れ様でした。まだ昼食に間に合いますから、10人分を私が机に運びましょう」
「そんな必要はないよ、イーアン。会えただけで満たされた。北東まで遥々来てくれた上に、俺を助けて、その上奇妙な女に迫力で追い返して、そして帰還を労ってくれて」
「その。女性についてはもうお忘れになって」
ごめんよ、とクローハルは笑顔で謝り、イーアンの手の甲に唇を付ける。瞬間でシャンガマックに引っ叩かれる。『不道徳です』と冷たい言葉を浴びせられる。
「お帰りなさい。シャンガマック。お疲れ様でした」
ジゴロから手を引っこ抜いたイーアンは、シャンガマックに微笑む。褐色の騎士はイーアンの肩を撫でた。『ただいま。イーアン』口数少ないシャンガマックはそこ止まり。
他の騎士たちもイーアンに『ただいま』と笑顔を向けた。イーアンも笑顔で『お帰りなさい』を伝えて、クローハルには断られたものの、彼らが鎧を外す間に、彼らの昼食を運ぶことにした。
「そんなことしなくて良いのです。イーアン」
フォラヴがとろんとした目でイーアンに微笑む。ちょっとジゴロ的な雰囲気に、イーアンは警戒しつつも笑顔で『いいえ。お疲れだもの』と短く返して、厨房から10名分の食事を運んだ。
鎧を外し終えた順から、昼食を食べ始める遠征組。イーアンは、平和になっても厨房を手伝うくらいは出来そう、と給食のおばさん像を思い浮かべた。それも良いかも、と思いつつ(※良いのか)彼らの無事な帰還を喜んだ。
運ぶだけ運んで、イーアンは伴侶の座る暖炉を見る。まだくったりして机に凭れていた。急いで伴侶の所へ行き、全員無事だったことを伝えて(※ドルドレンの耳に入っていない)食事の残りを見る。食べていない・・・・・
「お腹空きませんか」
「イーアンがタンクラッドと出かけるなら、もう要らない」
そんな、とイーアンは一声上げる。仕方なし。ドルドレンの残りを捨てることは出来ないので、自分が食べ切る。満腹以上の状態になってから、ドルドレンを支えて工房へ移動した。
「ねぇ、ドルドレン。機嫌を直すのは無理かもしれませんけれど。でも食べないと心配です。私、何か食事を作りましょうか」
ちょっと反応したドルドレンは、悲しそうな灰色の瞳でじーっとイーアンを見つめて頷いた。『何か食べる』子供のように呟く伴侶。イーアンは理解した。タンクラッドの家で食事を作るのも我慢してくれていたから、限界だったのかも・・・と(←鈍い)。
「待てる?私が最初から作ったら20~30分かかります。ここで待てますか」
待てる、と言うのでイーアンは微笑んで、ドルドレンの唇にちゅーっとキスした。ちょっと機嫌が直った伴侶はニコッと笑う。可愛いなぁとイーアンも笑顔でドルドレンの頬を撫でて『急ぐから待っていて』と厨房に走った。
大急ぎで事情を説明して、同情されつつ厨房を貸してもらったイーアンは、使って良いと許可の出た食材でドルドレンの食事を作る。麺は時間がかかるから無理。包み焼きぐらいならと、先に生地を練って、具の肉と野菜を刻んで粉を合わせて一まとめ。生地を伸ばして3つに分け、具を包んで鉄鍋を熱して上下を焼く。最後に少し水を入れてすぐ蓋をして蒸してから、水気が飛んだ時に揺すって、皿に移した。
「それ。俺も食べたいかも。今日じゃなくて良いから作って下さい」
横で見ていたロゼールが笑う。そうしましょうね、とイーアンも了解して、大急ぎで工房へ戻った。
ドルドレンは大人しく毛皮のベッドで待っていた。『待たせてごめんなさいね。出来立てですよ』イーアンが作業机に皿を置くと、伴侶はとても嬉しそうな顔でイーアンを抱き寄せてキスをする。
大きい包み焼きだけれど、はふはふ言いながら齧りつくドルドレン。美味しい、と笑顔で言う伴侶に、イーアンも笑顔。『ありがとう』と答えて、3つで足りるかしらと少し心配。すごい勢いで平らげて、伴侶は満足そうに両腕を広げた。『おいでイーアン』ニコッと笑う。
イーアンもそそくさ伴侶に寄って、抱き締めてもらう。抱き返して『愛してます』と囁くと、『愛してるよ』と頭にキスをされた。『イーアン。とても美味しかった』ちゅー・・・っと頭にキスをされて、見上げると灰色の瞳が優しい光を浮かべている。
「いつも。タンクラッドが羨ましかった。でも今日は俺にも作ってくれた」
ひえ~ごめんね~ イーアンは鈍い自分に反省。そして健気な伴侶に謝る。イーアンは決めた。伴侶にも出来るだけ食事を作ろう、と。厨房の食材と別になるかもしれないけれど、そこは私の給料を(※実は給料受け取ったことない)使って。
「私の給料ってありますの」
「え。何を薮から棒に。あるよ、もちろん」
イーアンは何を思ったのか話した。ドルドレンの健気な我慢に気が付かない愚かな自分を反省して、これから一日に一食でも。厨房の邪魔にならないように気をつけながら、食事をあなたに作りたい、その食費は別だから私の給料でと伝えた。
「イーアン」
涙目のドルドレン。ぎゅうううっと抱き締めて、『俺は幸せ者だ』と鼻をすする。イーアンも『辛い思いをさせてごめんなさい』謝りながら伴侶を抱き返した。
工房で抱き合って、ドルドレンとイーアンは笑顔で話し合う。時々『タンクラッドとの毎日』を思い出しては固まるドルドレンだったが、それでも愛妻が自分を思い遣ってくれたのが嬉しくて、真昼間からちゅーちゅーしていた。
いちゃいちゃしている最中。工房の扉が叩かれて『会議だ』と無骨な声が聞こえた。
二人は目を見つめ合って『会議だって』『会議ですね』と笑った。それからイーアンはピンク玉虫を羽織ってドルドレンに肩を抱かれながら、二人は会議室へ行った。
 




