317. 工具の相談
その夜。イーアンは大事なことを知る。
羽毛の毛皮を工房に置いて、暖炉の火を消してから⇒風呂⇒夕食⇒寝室の、いつもの順番で部屋に入った後。明日は朝から、タンクラッドに工具作りをお願いしに行くため、荷造りしておかないといけないのを思い出した。
それを聞いたドルドレンは仏頂面になって『明日で良いだろう』と嫌がる。朝早く行くから、荷物をまとめなきゃとイーアンは言い、仕方なし、ドルドレンはイーアンと一緒に工房へ行った。
扉を開けて、暗い工房の蝋燭を探そうとしてイーアンはふと気が付く。机の上に置いてあった毛皮がない。
慌てて机に駆け寄って触ると。ある・・・・・ 戸口に立っていたドルドレンは、イーアンの行動がよく分からなかったので、どうしたのかを訊いた。
「ドルドレン。ここを触って下さい」
何だ?と思いながら、ドルドレンは言われた机の上に手を伸ばし、イーアンをさっと見た。『これ』ぎゅっと力を入れて押してみる。羽が触れている。
「蝋燭をつけましょう」
イーアンが蝋燭に火をつけると、机の上に羽付き毛皮が6つ現れた。二人は目の前に出てきた毛皮を食い入るように見て、ドルドレンは触ったままの手をもう少し押し付ける。
「さっき見えなかった」
「そうです。私もここにあると思っていたから、見えなくて慌てたのです。でも触ると、ある」
イーアンは羽の上着を引き寄せて、すぐに羽織り、ドルドレンに見ているように頼んだ。頷いて、ドルドレンが蝋燭を吹き消すと。
「イーアン。見えない。こんなことがあるのか。イーアンの頭は見えているが、体が。何故だ」
「クローハルも言っていましたね。月が出ていても見えないと。こういう意味ですか」
二人は驚いて、暫く言葉がなくなった。『これは大変だったな』ドルドレンは一言漏らす。イーアンも、こんな魔物に夜遭うのは危険どころではないと答えた。
蝋燭の光では見えるけど、月明かりでは分からない。その理由もはっきりしなかったが、とにかくこの羽毛の毛皮の効果は侮れないと理解した。
それから、イーアンは蝋燭を一つ灯して、荷袋にオークロイから受け取った資料を入れ、ペンとインクと紙も入れた。他になかったかな、と見回して思い出さないので、二人は工房を出て寝室へ戻った。
「明日は朝からタンクラッド」
ベッドに入ったすぐ。伴侶のぼやきに、イーアンはちゃんと理由を伝える。『それにしても、タンクラッドに会う頻度が高いだろう』と言い返されて『行かないと分からないことがたくさんある』と返すイーアン。
「週に何回会ってるんだ。行くとなかなか帰ってこないし。恋人じゃあるまいに」
自分で言っておいて、沈むドルドレン。イーアンは撫でながら『そうじゃないですよ』と言い続ける。伴侶は凹み『そうだ。二人で鉱石も取りに行く』思い出して、さらに沈んでいく。
「鉱石は仕方ないです。私も悩みましたけれど、あれは彼じゃないと分からないです」
でも嫌だ、とドルドレンはぐずる(←36歳)。宥めても優しくしても、嫌がるドルドレンに、イーアンはこんな手は良くないなと思いつつも、ちゅーっとしてペロッとして。それを顔中繰り返した。
これで機嫌が直り(※単純)伴侶は勢いづいて、ベッドで燃える。燃えている間に『俺しかこれは出来ない』と変な自慢を時々呟いていた。当たり前でしょう、とイーアンが返すと、さらに激しくなって襲ってきた。
イーアンが振動に力尽きるまで続く夜の営み。ドルドレンも満足して、二人は夜中に眠りについた。
翌朝。ぶーたれるドルドレンの機嫌を取りながら、イーアンは着替える。朝食は一緒に済ませたが、食事中もドルドレンはぶつぶつ文句を言い続けていた。
文句を聞き続けつつ、出来立ての羽毛上着と青い布を羽織り、荷物を持ってイーアンは出発する。
「お昼には戻りなさい」
龍に跨ったイーアンに、ドルドレンは命令(※でも見送りに来てくれる)。クローハルたちが帰ってくるかもしれないから、と遠征報告会議の出席があることを理由に命じた。
「分かりました。お昼に戻ります」
お昼ご飯は作って帰ればいいかと思い(←既に習慣)イーアンは浮上した。イーアンが手を振って遠ざかる中、ドルドレンはハッと思い出し『タンクラッドに食事を作らないで、帰ってきなさい』と叫んだが、愛妻には遠過ぎて聞こえていなかった。
イオライセオダに降り、龍を帰して、イーアンはタンクラッドの工房へ向かう。すれ違う町の人が、ピンク玉虫の羽毛に包まれて、朝の光をギラギラさせて歩く夜の帝王の出現に驚いていたが、イーアンは日数のことを考えていて気にしていなかった。
タンクラッドと会うのは、何だか久しぶりのような気がしたが、シャンガマックと来た日から、数えて6日程度と気が付く。
「ドルドレンが言うみたいに、ちょっと頻度が高いからか。6日会っていないだけで、久しぶりに思えるなんてね」
脳みその擦り込みってすごいわねぇと感心しながら、工房の扉を叩いた。
中から何か落ちたような物音がして、すぐに扉が開く。『ああ』と声を漏らしたタンクラッドは、戸口に立つ、ふわふわギラギラのピンクの玉虫に驚きながらも、笑顔で両手を広げた。
「イーアン。永遠に会えないかと心配したぞ」
笑うイーアンを抱き寄せて、頭を撫でるタンクラッド。『それにしても凄い服を手に入れたな』嬉しくて抱き締めるタンクラッドは、ちょっと体を離して派手な羽毛の上着を見つめ、すぐに中に入れてくれた。
「これは援護遠征で倒した魔物の毛皮なのです」
お茶を淹れようとするタンクラッドの前に回りこんで、イーアンは上着を脱ぎ、彼を座らせて上着を持たせて見せた。『凄い色でしょう?私も、気が触れたと思われたらどうしようかと心配でした』笑いながらイーアンは台所に入ってお茶を淹れる。
「朝食はもう済みましたか」
「残念だが済んでいる。お前が来ないと思っていたから」
今日は何時までだ、と聞かれて、イーアンは昼に戻ると答えた。タンクラッドは寂しそうに眉を下げ『そうか』と俯いた。伴侶も職人もすぐ項垂れる。困ったもんだ、とイーアンは大人の男の扱いに悩む。
「お前のこの上着。確かに凄まじい印象だ。これは俺は着れないな」
気を取り直して、手に持つ上着の感想を剣職人は伝えた。
「私だって、これを作るのも覚悟が必要でしたよ。でも赤い毛皮は少し手入れしないと傷んでいて。だから手入れする間は、この派手な羽毛です」
効果があって、と派手ばかりではない意外性を教えるイーアンに、タンクラッドは相当驚いていた。『これが保護色』信じられないといった感じで羽毛に手を押し付けた。
「何だか。熱くないか、これは」
上着の内側に、もう片方の手を入れていたタンクラッドが、手を引っこ抜いて手の平を見た。そうした性質もあることをイーアンは伝え、『これは見た目はあれですけれど』・・・でも大した素材かも、と正直な気持ちを話した。
「そうか。魔物の体はいろんな性質というべきか、特質だな。備えているもんだな。凄まじい印象ではあるが、お前にはよく似合っている気がする。俺には赤い毛皮で作ってくれ」
またそれだ、と思ったイーアンは笑うが、言い返さないで頷いた。タンクラッドはイーアンの上着を壁のフックにかけて、イーアンの横に椅子をずらして頭を撫でる。
「鎧はどうだった」
「昨日行きました。援護遠征が先でしたから、昨日ようやく届けて。楽しそうに鎧を見ていましたよ。そう、それであちらで工具の話があって」
荷物からイーアンは紙を取り出す。オークロイの書いてくれた内容を説明しながら、タンクラッドに相談したいと思ったことを話した。
タンクラッドは鎧工房からの紙を手に持って、図と説明の紙を並べながらじっくり考えてくれた。
「鎧工房の工具か。それほど知らないわけではないが、俺は工具は、自分の工房のしか作ったことはないから。この通りに作っても、使い勝手は分からないな」
「私もそれは思いました。工具は応用は出来ますが、作る対象で違うものですから。どうなのかなと思って」
「イーアン。これと同じ工具を、安くて良いからどこかで仕入れられないだろうか。現物を見た方が良いだろう。工具の名前も書いてあるし、寸法なども入ってる。探せばあるかもしれない」
そうすると。イーアンは思う。デナハ・バスの工具取扱店に行くのねと想像する。一人で行って分かるか懸念はあるが、オークロイに相談したら気を遣いそうだし、どうしたものか。
「一緒に行くか。俺が作るんだから、俺が見た方が良いな。鎧だとデナハ・バスか」
どうしてこんなに勘が良いのか、この方はと、イーアンは先手を打たれて降参する。またこれで『タンクラッドとお出かけ』の用事が増える。そしてドルドレンが沈む。
「早くしないと切り出せないだろうから。早めに行こう。魔物の鎧を作るのに、魔物の工具を俺が作るのか。考えもしない展開だな」
ハハハと軽快に笑う剣職人。イーアンも苦笑い。でもそう。この人しか多分、作れない。他に良い方法は思いつかないし、タンクラッドも乗り気でいてくれるし、何より彼は仕事が早いし、想像以上のものを作る。
「お時間ばかり頂いて。どうぞ宜しくお願いします」
イーアンは降参して頭を下げる。タンクラッドの大きな手がイーアンの頭を撫で、ちょっと顎を指で持ち上げて上を向かせた。
「こういう用事は良いな」
ニッコリ微笑むイケメン職人スマイルに、イーアンは美への賛美を捧げつつ、丁寧に顎を引いた。『それから』と職人は大事な用事をもう一つ伝える。
「白い鉱石を取りに行こう。約束した」
はい、と素直に応じるイーアン。約束したし条件もあるしで、もう抵抗できないため、これも『宜しくお願いします』と頭を下げた。
「明日。行くか」
「早い、急ですね。明日と言いますと、どちらの用事?」
「そうだな。気持ちは白い鉱石だが。デナハ・バスかな。白い鉱石は時間がかかるから」
「明日がデナハ・バス。山脈に行くのは時間がかかりますか」
「うむ。山脈のどことは分かっていない。俺が若い頃に見つけた場所まで、まず行ってからだ。その上流を探して、地質を見ながら進む。1日で終わるようなものではないから、泊まりだな」
――うっそーっ いや~んどうしよう~っ 一日だけだと勝手に思っていたイーアンは目をむく。
でも。言われてみればそうだ。タンクラッドは川原で拾ったと話していたし、近くにあるわけではない、と。シャンガマックのお父さんも、その後の人生で同じ石を見つけていないとか・・・・・
ひゃーっどうしようっ。これじゃドルドレンが、凹み通り越して生き腐れになってしまう(※ナマモノ)。でもアオファを呼ぶ手がかりの一つだから、避けても通れない。うへ~どうすんのよ。これ。泊まりは、ないって、ないない。ムリムリ。
「あのう。日帰りで、どうにかその。毎日、日帰りでは。ミンティンもいますし」
「日帰りか。龍でどれくらいかかるかによるだろうな。行き来に半日使うようだと、時間の無駄だ」
ぎゃーっ。ミンティン早く早くっ。死なない程度に高速で飛ばして~ 時間の無駄って言い切ってる。そら合理的だけど、選ぶ方法と同行する相手が合っていないのって合理的なの?
イーアンは咳払いする。ちょっと落ち着く。
「タンクラッド。さすがに伴侶のいる私には、あなたとお泊りは無理があります。家庭崩壊の引き金になりかねません。ですから日帰りにしましょう」
「伴侶。家庭崩壊。ふむ」
はっきり言われて、とても寂しげにイーアンを見つめる焦げ茶色の瞳。そんな目で見ないで、見ちゃダメ。断りにくい。やめやめ、ダメダメ、こっち見ないで。
「俺が。お前の家庭を崩壊するのか。泊まると」
イーアンは目を瞑る。見てはいけない。同情してはいけない。ドルドレンが生き腐れになっては大変である。でも。可哀相な気がしちゃって『言い過ぎたかもしれませんが』ちょっとだけ謝っておく。
「イーアン。石を採りに行くんだ。家庭は崩壊しないと思う。石だし」
耳に聞こえる、タンクラッドの解説。どういう解釈なのと思うイーアンだが。でも泊まれません、とそれは押す。とにかくこれだけは譲らない(※譲るわけ行かない)。石だから大丈夫って、普通の理由にそぐなっていない。
「うむ。じゃ仕方ない。日帰りにしよう。お前を困らせるのは望んでいない」
その言葉に、イーアンは目をそっと開けて職人を伺う。じっと自分を見る、イケメンの寂しそうな顔にすまない気持ちで一杯。これがイケメンじゃなかったら、こんなにすまなくないのか(※差別)。
「時間。かかるぞ。日数がかかる選択肢だ。それは理解してくれ」
はぁっと溜め息をつくタンクラッドに、イーアンは『お仕事の邪魔をしてごめんなさい』と謝った。自分の仕事もある人に、日にちを取らせるのは、本当はしてはいけないことだものと反省する。でも泊まりはナシ。
「毎日だ。毎日行くぞ。詰めて行かないと、俺も請負があるから。邪魔はしていないが、時間を有効に使わないと」
泊りが消えた途端、毎日お出かけ決定。二択が強烈。だけどそういう仕事なのよね、と理解した。石を探して採りに行くのだ。あの延々と続く山脈のどこかにある・・・気が遠くなるけれど、毎日行って、何かしらの成果はあるだろう。
「はい。お仕事の時間をもらうのですから。毎日行きます。申し訳ないです。宜しくお願いします」
無理を聞いてくれたのだから、イーアンはそう覚悟する。タンクラッドはイーアンの頬を撫でて、微笑んでから髪の毛を撫でた。
「毎日っていうのも悪くないかもな。体は疲れるだろうが、お前と一緒だ」
ぬぅ・・・・・ そういうことにはなる。『はい。頑張ります』覚悟を決めたんだから、とイーアンは頷いた。早く白いの見つけよう、と誓うイーアンだった。
この後。イーアンは、お昼を先に作っておくと話して、恒例になったお昼作りをせっせと頑張った。タンクラッドが『今日もメンが良い』と言うので、メンを多めに作って、汁物もたっぷり作って、茹で方を教えた。
今日は別鍋で焼いた肉を濃い調味料で煮込み、冷めたら引き上げて、薄く切って食べれるようにした。
「保存するのか。どうすればいい」
「調味料ごと肉を入れられる器に移しましょう。明日、私がまたこれを使って料理をしますから、もし今日、お食べになるようなら、食べる分以外は煮込み液に戻して下さい」
「明日もお前が来るな。分かった。そうしよう」
嬉しそうなタンクラッドは、6日ぶりのイーアンを楽しむように、ずっと側から離れなかった。
イーアンが昼に帰る時、タンクラッドは採石の前に、ディアンタの石像を確認した方が良いことも話していた。『石像の冠を復元するつもりで作る』だから絵を描いておこうと提案されて、イーアンは最もだと思って了解した。
「あなたといると、謎が凄い勢いで紐解いていく気がします」
「俺はお前の先見の明と。バニザットが言っていたな。いつも一緒だ」
嬉しいような微妙なような。有難いような困るような。でも有難くお礼を言って、イーアンはピンク玉虫を着こんで、裏庭から龍に乗った。昼間で、龍か自分のどちらが目立つかと考えたら、自分は嫌だった。
「明日、朝な。総長を宥めるんだぞ」
励ましなのか何なのか分からない送り出しを受けて、イーアンは手を振って剣職人にさよならした。
お読み頂き有難うございます。
 




