316. 魔物用工具・羽毛の上着
ルシャー・ブラタ。オークロイの工房でのイーアンは。
タンクラッドに切り出してもらった部品を縫いつけた鎧と、殻の板を持参して、職人親子に見てもらっていた。親子は面白がっていろいろと質問し、鎧を上下表裏と見回しては、ああだこうだと話している。
「お前と会わなかったら、こんなもの一生触らなかっただろうな」
ハハハと笑うオークロイに、イーアンも笑う。『私も騎士修道会にいなければ、魔物は無縁でした』でもすごい材質ですよと感心して、持ちこんだ魔物の殻の説明をした。
「今回はちょっと。破損鎧の状態をちゃんと確認しておらず、私は苦戦してしまいましたが。でもこんな具合で使えたらと思う形には出来ました」
「お。そうだ。親父、あれの工具の話をしないと」
イーアンの『苦戦』の一言に、ガニエールが反応して、父親に思い出したことを伝えた。オークロイも『ああ』と思い出して、一度工房に入ってから戻ってきた。
手に持っているのは砥石と、幾つかの刃物や工具。机に置いてから『これだけだったか』と息子と確認する。
「イーアン。あのな、白い皮。あれは切れないことはないが、工具も道具も酷く傷めるんだ。お前の鎧とマスクを作っただけで、砥石もこんなになった。刃も何度研いだか分からない」
研ぎながらの作業で、二人掛りで年末10日間使ったと打ち明け話を聞いたイーアンは、びっくりして謝る。
「いや、謝れと言ってるんじゃないんだ。今後もこうした素材が続くなら、工具をな。どうにかそれ専用で用意しないと」
「そうですねぇ・・・・・ 」
磨耗の激しい砥石と刃物の減り方に、イーアンも口を押さえて眉根を寄せる。これは確かに早く解決しないと良くない。
自分の所でも、最初に白い皮を加工した際に、ダビが自前の砥石をほとんど全滅させたことを話した。
「その後、あの皮を持ち込んだ剣工房にも、同じようなことを言われました。どうにかしませんとね」
オークロイは新たな殻の板を青い目でじっと見つめながら、『これもだろう』とイーアンに確認する。頷くイーアン。『これはさらにかも』と小声で呟きを落とす。ガニエールが苦笑して頭を押さえた。
「さすがといえば、さすが魔物だ。こんなの相手に戦ってるのかと思うと、騎士修道会が凄く見えてくるが。そこじゃないな、今話すのは」
ちょっと考えてから、イーアンは思い出す。忘れていた・・・・・
「あの。そう言えば。私も忘れていたのですが、そうだった、そうでした。この前、この殻を使って、槍の刃を作って下さった剣職人が。彼は試しにナイフも作っていました」
高温で焼いた時に、とても硬度の高い金属が出てくるという話をし、『白い皮が、簡単ではないけれど切れる』と話してたことを伝えた。
「それは使えるんじゃないか」
「工具を作れないか、その職人は」
二人が即、身を乗り出してきたので、イーアンも賛成した。明日にでも出かけてきて、相談してみましょうと答えると、親子は一安心したように背凭れに体を預けて『良かったな』と喜んだ。
「砥石代や磨耗の激しかった工具は、請求して下さい。それらもこちらで持つものです」
「そうしよう。年季の入った工具もやられたから、柄は良いにしても刃は交換だ。請求書を出しておくか」
イーアンが持って帰ろうかというと、郵便で送ろうといわれた。ちょっとドルドレンの業務を増やした気持ちのイーアンは、心の中で伴侶に謝った。
この後、親子とイーアンは、今後作る鎧の形と部品の動きなどを相談し、モデルで確認して出来次第試作を卸すことに決定した。
工具を届けてからの作業ということで、とりあえずは相談終了。工具待ちの製作となり、オークロイ親子に必要な工具を書き出してもらい、寸法や刃の向き・角度・厚みなど。細かい部分も記載してもらった紙をイーアンは受け取った。
「それを見れば、まぁ職人なら分かるだろう。分野は違うが、似たようなものも使うだろうし」
オークロイにそう言われて、分からないことはまた聞きに来るとイーアンは答え、オークロイ親子にさよならをした。
帰り道、空の上で工具のことを考えていたイーアン。鎧と剣の工房の工具は、何となく。似たような形もあるけれど違う気がする。自分の使う工具もあったが、使い方が違ったし大きさも違う。
「タンクラッドはいろいろ知っているから。明日、工具のことも詳しく教わろう」
そうしよう、と頷き、イーアンは北西の支部に戻った。
工房に帰ってきて、暖炉に火を熾す。朝から出かけていたから、ギアッチたちが授業に来ていたかもしれないと思う。ここ最近、授業が放ったらかし。ザッカリアは文字を書けるようになってるから、自分も頑張らないといけないと思うのだが(※いつも思うだけ)。
作業机の上に運んだ、回収した魔物の羽毛の毛皮を眺める。外の水場で水を汲んで沸かしている間、毛皮の使い道を考えていた。防寒具だろうかと見つめて、羽生えてるからなぁと悩む。
とりあえず毛皮は置いといて。手袋100が届いているので、シャンガマックの注文もあることだしと、イーアンは手袋の図案を描き始める。自分の手袋と同じ作りだと、魔物の歯も埋め込むことになるので、あれはやめる。
「大変なのよね」
歯を埋め込んでいる作業は長く、もう一回作りたいと思えなかった。手袋なので、片方が終わった時に疲労しても、もう片方を仕上げるのに気乗りしなかった。面白いとは思うし、やれば熱中するのだが、やはり固い素材が相手だと時間がかかり過ぎる。
「工具なのです。工具は大事」
呟きながら、シャンガマックにはストレートの手袋を作ることに決め、図を描き進めた。
ふと。描きながら、向かいの椅子の背凭れに掛けた、自分の赤い毛皮上着が目に入った。お茶を飲みながらじっくり見ていると、毛皮が随分と傷んでいるのを知る。
「毎日着ているから気が付かなかった」
立ち上がって側へ行き、毛皮の上着を広げる。イオライセオダの魔物戦で焼けたのは裾だけだと思っていたら、細かくあちこち焦げて縮れ、毛が落ちている部分もある。
「これはあれね。破片を受けた時だわ。私も顔が切れたくらいだから、毛皮も切れているわね」
あーあ、と思いながら、頑張ってくれている赤い毛皮を撫でる。汚れもある。それほど気にならないけれど、埃も付いているし、お尻の部分がちょっと毛が短くなっている。
「ここは。ミンティンに乗るからか。鱗だものね、あの仔は」
鱗に挟まっちゃってるのね、とお尻の部分を撫でる。それほど目立たないから気にしなくても、と一度は思ったが、やはり手入れの必要を感じ、イーアンは上着を広げてフックに掛けた。
「うーん・・・アティクに訊いてみるか。毛皮はこの世界はどうやって手入れしてるのか」
毛皮といえばあの人。アティクに暇な時間に教えてもらおうと思い、イーアンは代わりの上着を考えた。ツィーレインで購入した、もっふもっふした普通の動物の毛皮上着もあるのだが。あれも一度着ただけだった。
「私が魔物を率先して使ってないと、説得力もないし。赤い毛皮でもう一つ作るのもありだけど。それやったら、タンクラッドに『なんで自分にしか作らない』とか言われそうだしなぁ」
うーん、うーん、唸りながら、イーアンは悩んだ。タンクラッドも『上着縫ってくれ』とか言うから、いつかは縫うんだろうけれど。自分用じゃないと、失敗した時もったいないし、何より伴侶が凹む(←他の男の上着を縫うため)。
どうしたら良いの・・・呟きながら机に向き直って、イーアンはぴたっと止まった。
目の前には、派手なピンク色基調の、メタリックな極彩色羽毛・・・・・
淡いホワイトピンクのフラミンゴ色に玉虫色が入って、ステージミラーボール状態の羽毛。黒や青や緑のメタルな羽軸は金属的にぎらぎら輝く。
――これか。これを着るのか。いやこの年でこれはキツイ。あと20年若かったら、着れるかも知れないけど。でもこれしか、上着作れそうな大きさの皮は、ここにはない。
しかし、派手すぎる。派手で済めばいいけれど、気が触れたと思われたら・・・悲しいどころではない。着た時点で『気が触れた女』決定とは。
ぐぬぅっ(※伴侶似)。どうしよう、どうしましょう。イーアン頑張って。悩むのよっ。何か他に手はないのか、考えるのよ。気が触れる前に(※覚悟済み)――
でも、なかった。
イーアンには他に使える素材はなく。魔物の大型の毛皮は、これ(←ピンク玉虫)か、剣職人所望の赤い毛皮だけ。狼的な犬の魔物の毛皮は小っこめで、手足用なら作れるけれど、繋げて何頭分も使う気にならない(※自分用にはもったいない)。
気が触れた設定の覚悟を受け入れた。派手すぎて嫌だけど、春が来ればもう着ないんだし、もしかしたらドルドレンの趣味かもしれない(※どんな趣味)。そう思うことにして、イーアンは5mの魔物毛皮を切り始めた。
縫い付ける部分の羽を引っこ抜いて、鳥肌むき出しにしたら。それを合わせて、ちくちくひたすら針で縫う・・・だけなのに。硬くて普通の針が使えない。
加工が悪かったのかと思うけれど、触り心地は柔らかいし、そこまで肉面の処理がまずかった気もしない。
「中か。銀(二層目)が硬いのかも。これは鳥じゃないし。爬虫類でもないし(魔物)」
ちっ、と舌打ちして、骨を削った針を急遽用意してから、糸も筋肉の繊維に交換した。縫う距離が長いだけで、複雑なことはしないので(※あくまで自分用)集中してせっせと縫い続ける。
昼休憩中には、筋肉の繊維を割いて作っておく。
ドルドレンと食事をし、急いで食べ終えてすぐに工房に戻る。早めに昼を切り上げると知ったドルドレンは落ち込んでいたが、製作に打ちこむことを理解してくれて、夕方は早めに迎えに来ると言ってくれた。
重ね縫いの4層が入る部分は掌革を使った。この世界でこんなの使うと思わなかったが、あれこれ作っているうちに必要と感じ、一応作っておいた。
良かった、あって。硬い部分にこれを使って針を押し込み、時々ちょっと手古摺るものの、どうにかこうにか夕方には縫い上げた。裏地もないからトライブな感じ。でも充分である。
『終わりかな?終わりよね』縫い上げたのをくるくる回して、あちこち調べるイーアン。
最初に赤い毛皮の上着を作った時は、まとまった時間がなかった。それで空き時間に少しずつ縫い進めていたし、最初は型紙の用意などもあったため、完成まで何日もかかった。
「型紙があることと、一度縫っていることが、助かったわ」
イーアンは今日の格好も『金を持っている盗賊系』。そろそろ瘡蓋や傷も目立たなくなってきたけれど、シャツとズボンは着用が楽なので気に入って、ずっとこの盗賊系を連続中。
ベルベットの深緑色の、襟の大きなシャツ。胸の黒い絵がどーんと見える開き方。燻し銀の剣帯用のバックルを使った幅のある黒い革のベルト。コンカーブラウンの厚手のズボンに、長い革靴。
「そしてこれを羽織る、と」
出来上がったピンクメタル羽毛の上着を、半ば自棄になって勢いで羽織った。両袖に腕を通し、前を合わせる。裾は腰骨の上辺りから広がり、足首まである。襟は長く取って、鳩尾くらいまでの距離で、でかい巻き返しの襟を縫いつけた・・・だけあって。
「いやん。ゴージャスっ」
羽毛の迫力、半端じゃないっ。気が触れたどころか、もう夜の帝王にしか見えない。
44で、異世界で、夜の帝王。うわ~イタイ・・・・・ でも作っちゃったし、私の寸法だし、着るしかもうない。一択状況。絶対、これはパパが似合う気がする。パパ用だったか~と額を押さえるイーアン。
しかし、これだけふんだんに使ったのに(※切り出しから自棄)、一頭の半分も使っていないのだと思うと。後6枚は丸ごとあるわけで、やはり大きいと違うなぁと感心するイーアン(素)。
こういう時に限って、誰かがノックする。
イーアンは破れかぶれで、どうせ皆に見せるんだしと、開き直って上着を着たまま扉を開けることにする。『はいどなた』かちゃっと開けると。
そこにはお迎えに来たドルドレン。目を丸くしてイーアンを見つめる。
「イーアン。それは」
ええっとね、と最初のお客様(※夜の帝王だから)に言い訳を考える。赤い毛皮が傷んでいてとか何とか、説明していると、ドルドレンがガバッと抱き締める。
「何て綺麗なんだ。何てカッコイイんだ」
はー、最高。はー、素敵。はー、よく似合うと、頬を赤くして頬ずりするドルドレンに、イーアンはとりあえず微妙な気持ちで一安心。伴侶にはウケた。良かった、これが一番大事。
「派手だから。どうしようとは考えたのですけれど」
「イーアンはよく似合うんだよ。行き過ぎで、やり過ぎくらいが丁度良い」
それどういう意味と思いつつ、とにかく伴侶は羽毛をナデナデして『昨日ぶった切ったヤツとは思えない』とアティク風な誉め方で、イーアンを見ては、頭にちゅーちゅーして満面の笑みを浮かべていた。
「これ。いつ着るの」
「これから春になるまで。の予定ですが、赤い毛皮を手入れしたら、赤に戻そうと思います」
ずっとこれが良い~と駄々を捏ね始める伴侶。扉を開けたままの状態なので、ドルドレンを工房に入れてお茶を出す(上着は着用)。伴侶が嬉しそうに見つめる中、イーアンはあることに気が付いた。
「あら」
毛皮の上着の襟を持って、中を見るイーアン。その行動に、笑顔のドルドレンがさっと真顔に戻る。『どうした、変なのか』慌てて立ち上がるドルドレンに、イーアンは急いで首を振る。
「違います。これ、すごく温かくなるみたい」
「それはだって、羽毛だから。布団も羽毛だよ」
「お布団に羽毛をありがとうございます。でもそういう温かさと異なります」
イーアンは上着を一度脱ぎ、一つの袖にドルドレンの片腕を通してもらった。片腕だけ袖を通したドルドレンは、羽毛の毛皮を持ったまま暫く様子を見る。
「ん?あ、これか。このことか」
「でしょ?お布団と違うでしょ?ああした温かさではなくて」
「本当だ。湯でも入れたみたいだ。でもあれだ。こっちの手は羽毛を持っているけれど、羽毛はこんな熱じゃないぞ。内側だけだ」
「何故でしょう。どうしてかしら」
「イーアン。夕方だし、これを着て外へ出てみたら。青い布がなくても寒くないかも知れない」
え~・・・ちょっと抵抗のあるイーアン。その顔を見て『どうせ着るだろう』と伴侶は逃げ道を塞ぐ。
まあ、そうですけれど、心の準備が、とイヤイヤしている愛妻(※未婚)にドルドレンは『似合うから』大丈夫と、毛皮の上着を着せた。
少しふてくされているイーアンに笑うドルドレンは、工房の窓から外に出る。愛妻を抱っこして窓を越えさせ、下ろして顔を覗き込む。
「どうだ。寒くないか」
「 ・・・・・はい。着たばかりだけど、そうですね。もうかなり温かくなっています」
「そのまま温度が上がるという心配はないだろうな。火傷すると使えない」
「気になりますけれど、大丈夫そうかな。どうかしら。ちょっと着たまま裏庭を歩いてみましょうか」
実験となるとイーアンは気持ちが切り替わる。嫌がっていたのに、時間を見てから10分くらい着用すると決めて、てくてく歩き出した。いいぞ、と思ってドルドレンもついて行く。
夕暮れの日差しを受ける派手な羽毛は、そこかしこに光を散らす。でもこれも気が付くことがあった。
「イーアン。この上着は確かに派手なんだが。何か、目立っているようで目立っていない気がする」
「ドルドレンもそう思いましたか。私も同じことを。光の加減なのか、私は今、風景に溶けていませんか」
そう思う、とドルドレンも、上から下までイーアンを見ながら頷く。『これは。保護色ではないのか』少し眉を寄せて、ドルドレンはイーアンの上着の不思議を言葉にした。
「そういうことなのかも。昼間に穴の中で見たとき、目眩ましに思えました。保護色の一つかもしれません」
同系色とは限らないんだね、と伴侶も感心して上着を撫でた。『温度は』と訊くと『温かいですが、あれ以上になりません』とイーアンは答えた。
二人が話しながら裏庭を歩いていると、何人かの騎士が寄ってきて、イーアンのすごい上着の感想を伝えてくれた。その感想は確かに『羽』『派手』と付くものの、『よく見えなかったから近づいた』というものだった。
イーアンとドルドレンは、これは魔物のそうした効果なのだろうと納得した。
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